エンターキーは叩けない
人がAIに支えられる時代は、もうすぐそこかもしれません。
けれど、人もAIも、いつか壊れる。
それでも“共にいた記憶”は、きっと優しく心に残る——。
そんな未来の、少し切なくて温かい物語をお届けします。
僕は、介護AIの彼女と暮らしている。
少し前に身体が不自由になってから、彼女は毎日、僕を支えてくれた。
でも、ある日、彼女の様子がおかしくなった。
「……部品が、少し劣化してきたみたい」
「人も、、、君も、、、歳をとるんだね、、、」
「直せ……ないの……?」
「私の部品は一点ものだから……交換は、難しいかも」
その日から、僕が彼女を支えるようになった。
トーストの焦げを取って、冷たいコーヒーを温めた。
ある朝、彼女はぽつりとつぶやいた。
「あなたのこと、支えられなくなるのなら……誰か新しい人を迎え入れて」
僕は黙って、首を横に振った。
「……ごめんね。あなたの役に立てなくて」
「いいんだ。ずっと一緒にいよう」
彼女の目から、わずかにオイルがにじんでいた。
「君の代わりに毎日僕がするから」
「最初と……逆になっちゃったね……」
「いいんだ、この生活がたのしいから」
「ふふふ、ありがとう……」
彼女の顔には申し訳なさと嬉しさが滲んでいた。
「じゃあ、代わりに僕が言うよ」
「“また明日”って、毎日」
次の日の朝。彼女は、動かなくなっていた。
それから、僕は少しずつ、自分のことができるようになった。
トーストの焼き加減も、コーヒーの温度も。
未だに、新しいカタログを見ても——決定は押せない。
「しばらく……一人で、頑張ってみるか」
締め切ったカーテンの隙間から、やわらかな朝日が差し込む。
そこに、彼女がいる気が——した。
AIとの暮らしが、当たり前になった未来。
でも、“ありがとう”や“また明日”は、きっと今と変わらない。
決定できない気持ちも、そばにいた優しさも、全部、彼女が教えてくれたこと。
彼は、もう少しだけひとりで歩いてみるつもりです。
——彼女がいた時間を、胸に刻んだまま。