第7話 宿屋の救世主
「改めて、この安眠亭を経営しているバルトと申します。相談というのは、実は……この宿屋のことなんです」
バルトさんは少し困ったような表情を見せ、俯きながら話し始めた。
「うちは全部で20室あるんですが、いつも半分以上が空室で……お客さんがなかなか来てくれないんです」
エレナも少し暗い表情になる。きっと家計のことを心配しているのだろう。
「建物が古くて、木材の色も疎らに褪せてしまって……見た目があまり良くないのが原因の一つなのではと思っております。しかし、恥ずかしながら大規模な改装をするお金もなくて」
バルトさんの悩みを聞いて、俺はピンときた。
「新品にはできませんが、確かに俺の能力が役に立つかもしれませんね」
「本当にそんなことが建物でも可能なのでしょうか?」
「建物の木材の色を変更すれば、疎らだった色が統一した色に変わるので、見た目もグンとよくなると思います。少し明るく、でも温かみを残す木の色にしてみませんか?」
バルトさんとエレナは目を見開いた。
「本当にやっていただけるのですか?」
「もちろんです。ただ……一日に5回が本来の使用上限で、エレナの服の変更で丁度使い切ってしまって。でも、今日は使えないわけではありません。1回増えるごとに30秒、60秒と待ち時間は増えますが、待てば使えますのでご安心ください」
「では、ぜひお願いします!」
エレナの方が興奮気味に答えた。バルトさんの不安がエレナに伝わって、家のことで相当心配していたんだろう。
まずは外に出て、建物全体を写真に撮り、編集画面を開く。
そして、古い木材の色を、温かみのある明るい茶色に変更していく。完了をタップ。
すると、広告が流れ始めた。俺には見えているが、二人を見てもただワクワクした様子で待っているだけ。
(やはり広告も俺にしか見えないよね〜)
そう思いながら広告に目を向けると、見たことがないCMが流れていた。
(このCMの商品はなんだ? こっち(異世界)の広告だな。火を使わずに5秒で水が沸騰する鍋。電気を使わない鍋型のケトル強化版みたいだな。便利だ……)
広告が終わっているにも関わらず、魔道具について詳しく知りたいと考えながらスマホをぼーっと見つめていた。
「ど、どうしました? 大丈夫ですか?」
エレナの声で我に返る。
「ご、ごめんエレナ! 大丈夫!」
慌てて完了をタップした。
「すごい……」
エレナが感嘆の声を上げる。
「まるで新築みたい」
確かに、年季の入った感じは残っているが、色が変わっただけで宿屋全体が明るく清潔な印象になった。古き良き味わいを残しつつ、お客さんを迎え入れたくなるような温かみのある外観に生まれ変わっている。
「待って、もしかして!」
エレナが急いで宿の中に入っていった。
バルトさんと俺は、何が何だかわからぬまま顔を見合わせた。
そして、二人が会話をする間もなく、忙しなく戻って来るエレナ。
「凄いですよ! 外観だけじゃなく、廊下も客室も、この建物はすべて統一した色に変化してます!」
「エレナ、本当か?」
バルトさんも急いで中に入っていった。
俺とエレナは顔を見合わせ笑顔になった。
「俺らも中に入ろう。バルトさんの反応が楽しみだ」
二人で宿の中に戻ると、一通り見てきたバルトさんが入口に走ってきた。
「お、お、お客様!! 全部屋の床、壁、天井が綺麗に塗り替えられております!」
バルトさんの興奮ぶりに、俺も嬉しくなった。こんなに喜んでもらえるなんて思わなかった。
「これで少しでもお客さんが増えてくれれば……」
バルトさんは目を潤ませていた。
「きっと、いや絶対に増えますよ」
俺は自信を持って答えた。
「また何かありましたら、遠慮なく相談してください。家具を新しくする際などは、複製などで役に立てると思いますので」
「本当にありがとうございます」
バルトさんは深々と頭を下げた。
「おかげで希望が見えてきました。家具については今は問題ないと思っております。お客様が増えて、金銭的余裕ができてきたら、一新するために相談させていただきます」
エレナも目を輝かせて嬉しそうに頷いている。とても堅実な親子だな。そういったところも俺は好きだ。
エレナの赤いワンピースと、宿屋の明るい雰囲気、さらに二人を見ていると俺の心も温かくなった。
「お疲れ様でした。今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
夕食の時間になり、俺はまた外出して屋台で食事を済ませてから部屋に戻った。
部屋に戻ると、俺は甚平に着替えてベッドに横になった。
今日は本当に色々なことがあった。
エレナに能力を見せたり、5分以内のキャンセルルールを発見したり、宿屋の問題を解決したり……。
異世界に来てまだ2日目だが、すでに誰かの役に立てている。元の世界では感じることのできなかった充実感があった。
写真編集が、こんな形で人を助けることになるなんて思いもしなかった。
明日はどんなことが待っているんだろう。
そんなことを考えながら、俺は深い眠りについた。
(あ、風呂入り……た……い)
そう思ったまま爆睡してしまった。