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第27話 リリィちゃん救出作戦

 俺は一度立ち上がり、通路の真ん中でスマホを見ながら悩んだ。リリィちゃんを安心させるには、両親二人の名前を出して話してみよう。問題は、どうやってここから救出するかだ。悪人から鍵を取るのはさすがにリスキーだと考えた。俺のスマホで救出できるとしたら、通販で何かしら購入して壊す? いや、音で奥の悪人たちがこちらにやって来るに決まっている。カメラ機能でアイテムを増やしたり色を変えたところで……


(ん? なんだこれ)


 カメラアプリの左上に赤い丸が付いている。そこをタップすると、アプリ内通知が来ていた。


【スマホのレベルアップに伴い機能が追加されました】

【新機能:材質変更機能が追加されました】


 気づいていないだけで新機能が追加されていたんだな……。しかも材質変更は使えるかもしれない。


 俺は心の中でオラクルを呼んだ。


(おはよう、オラクル。材質変更について教えてくれ)


『おはようございます、携太さん。材質変更機能についてご説明いたします。カメラアプリで撮影した物体の材質を、これまでに複製したことがある物の材質に変更できます』


(複製したことがある物の材質……布、プラスチック、木、革、魚……)


『はい。ただし生物は対象外です。もちろん見た目だけでなく、材質の性質も反映されますので、強度や燃えやすさなども変化いたします』


 これは使える。鉄格子を布に変えて、ナイフで切れば……。


 遠くから微かな足音が聞こえたような気がして、俺は身を低くした。静寂に包まれた地下通路に、自分の心臓の音だけが異様に響いて聞こえる。


 俺は通販アプリで画用紙とマジックを購入した。そして、リリィちゃんがいる牢屋の隣の、比較的大人しそうな少年がいる牢屋に近づいた。


 15歳くらいだろうか。痩せた体に汚れた服を着ている。茶色の髪はボサボサで、頬はこけている。それでも鋭い目つきには、この過酷な状況を生き抜こうとする強い意志が宿っていた。


 俺は黒いローブ姿のまま、できるだけ小さな声で話しかけた。


「静かに。協力してほしい」


 牢屋の中にいた少年が恐る恐る顔を上げる。完全に悪人の一味だと思われている。しかし、どこかで見たことがあるような気がする。すれ違ったことがある程度かもしれない。あの時の……まさか。


「な、な、何をする気だ……」


 少年の声は震えているが、目だけは俺をしっかりと見据えていた。


 俺は画用紙とマジックを取り出し、「声を出さないで!助けに来ました。外に出します。全員救出したいので、子どもたちが泣かないよう他の牢屋の大人たちと協力してください」と書いて見せた。


「今から外に出たら、この紙を持って全部の牢屋に見せてきてほしい」


 少年は目を見開いた。そして俺の目を見つめ返すと、小さく頷いた。


「え……?」


 俺は人差し指を唇に当てて静寂を求め、牢屋の鉄格子を撮影した。シャッター音が響かないか一瞬ひやりとしたが、この世界のスマホは無音のようだ。そして写真編集アプリを開き、材質変更で鉄格子を「布」に変更する。


 瞬間、鉄格子が布に変わった。


(すげぇ……本当に変わった!)


 俺は心の中で興奮していた。新機能の威力に自分でも驚く。これまた魔法のようだ。


 見ていた人々は息を呑んだ。


「何をしたんだ……?」


 少年が小さくつぶやく。その声には恐怖よりも純粋な驚きが混じっていた。


 実は護身用で買っておいたナイフを取り出し、布になった鉄格子を手早く切り裂いた。布はあっけなく切れ、牢屋の入り口が静かに開放された。


「本当に……助けに?」


「そう。でも今は静かに。他の人も助けなきゃ」


 少年が牢屋から出てくる。見ていた人々も、俺の行動を見て希望の光を見出したようだった。


 画用紙を少年に渡し、説明を任せることにした。俺はずらりと並ぶ廊下の撮影をした。そして写真編集で一括して鉄格子を布に変更し、護身用ナイフですべての布格子を手早く切り裂いていった。最後にリリィちゃんがいる牢屋の鉄格子も同様に処理した。


 全ての牢屋が開放されたとき、俺は重大な問題に気づいた。解放された人々の中に、横になったまま起き上がれない人が数人いる。病気や怪我で動けない状態のようだ。


『ケイタ! 扉の開け方がわかったから、今ケイタのところに戻ってる!』


 チョコの声が頭の中に響く。


『入口にある照明の魔道具を、上下反転させたら開いたよ! 試してみたから間違いないよ』


(よくやった。すぐにスマホに戻ってくれ)


『はーい』


 俺はチョコをスマホに戻した。


「あの……」


 先ほどの少年が俺に近づいてきた。近くで見ると、やはりあの時貧民街で見かけた少年に似ている気がする。


「本当に助けに来てくれたのは嬉しいんだけど……あの女性は足を怪我していて歩けないし、あっちの老人は高熱で意識がもうろうとしている……。みんな他の人を担いで、あの階段を上がる体力が残っていないと思う……」


 他の人々も不安そうに俺を見ている。中には疑いの目を向ける者もいた。


「本当に助けに来たのですか? また別の場所に売り飛ばすつもりじゃないのですか?」


 若い女性が震え声で言う。


「売り飛ばすなら、普通にカギを空けま——」


 俺が反論しかけたその時だった。


『あ! ダメ! 声が聞こえたのか、一人が巡回に行くって言ってる。そっちに出ていきそう!』


 ミントの緊急の声が頭の中に響いた。


(今来られたらまずい! なんとかできないのか?)


『私にできる事……これしかないわ』


「何よ急に黙って。どうしたの?」


 急にミントとの会話を始めてしまった事で人々が置いてけぼりになっていた。


「すみません、悪人がこちらにきそうだったので。とにかく静かにしてください。何とかしますので、もう少し時間をください」


 少しの間をおいてミントの声が再度響いた。


『やった! 大丈夫! 興奮しながらこっちに戻ってきたわ』


(何をしたんだ?)


『仕方なく、疲労回復をしたのよ。4人とも私の能力に興奮してるわ。どうやら、ここには隣国のアルドニアから奴隷商が買いにくるみたい。別の入り口がこの国の城壁外にあって、そこから取引に来るんだって。私もそこに売られる予定』


(冗談はやめろ。とにかくありがとう。急いで終わらせるからもう少し頑張ってくれ)


 俺は決断した。チョコの力で回復させることで、彼らの信頼を得よう。


(チョコ、スマホの中から治療してもらえるか?)


『任せて♪』


 俺はまず足を怪我した女性のもとに向かった。


「動けない人だけ治療します。他は外に出てから治療します。静かにしていてください」


 俺は女性の足に手をかざし、チョコの治癒能力を使った。微弱な光が俺の手から放たれ、女性の足を包む。


 ほんの数秒で光が消えると、女性は驚いたように足を動かした。


「痛くない……本当に痛くない……」


 女性が立ち上がる。完全に治っていた。


 人々が息を呑む。今度は恐怖ではなく、驚嘆の声だった。


 俺は何も言わずに高熱の老人のもとに向かった。再び治癒の光が老人を包む。老人の顔色がみるみる良くなり、意識もはっきりしてきた。


「これは……まさか……」


 老人が驚きの声を上げる。


 俺は動けない状態の人々を次々と治療していった。チョコのMPは消耗していくが、魔力回復薬でサポートしながら続けた。


 最後の患者を治し終えた時、人々の俺を見る目は完全に変わっていた。


「あなたは……いったい何者なんですか?」


 少年が敬意を込めて尋ねる。その目には、もはや疑いの色はなかった。


「今は俺の事よりも、全員で外に出る事に集中しよう」


 俺はリリィちゃんの前に膝をついた。フードを少し下げ、優しい表情を見せようとした。しかし、ネックウォーマーで顔の下半分は隠したままだ。


「リリィちゃん、お母さんのマリアさんとお父さんのトムさんが心配してるよ。一緒に帰ろう」


 両親の名前を聞いて、リリィちゃんの目に光が戻った。小さな手で涙を拭いながら、俺を見上げる。


「ママ……ママとパパに会える?」


「うん、すぐに会えるよ。でも今は静かにしていてね」


 俺は手を差し出した。リリィちゃんは恐る恐るだが、俺の手を取ってくれた。その小さな手は震えていたが、信頼の証として俺の手をしっかりと握りしめた。


 俺は最初に救出した少年にチョコから聞いた扉の開け方を説明し、先頭に立ってもらうことにした。俺は何かあったらいけないからと最後尾を務めることにした。


 人々はできる範囲で早く歩を進めた。足音を立てないよう、皆が細心の注意を払って歩いている。息遣いも抑え、まるで一つの生き物のように静かに移動していく。


 リリィちゃんは俺が手を握ってあげていたが、小さな足では皆についていくのが精一杯のようだった。階段の下に俺が着いたところで、ミントをスマホに戻した。


(おかえりミント! よく頑張ったな)


『本当! ハラハラしたけど、意外と楽しかったわ!』


 楽しそうなトーンで言っている。


『お姉ちゃんお帰り! 悪人達、全員居なくなっているのを知ったらどうなるかな?』


(確かに……ミントが居なくなって今騒いでいるだろうし、さらに全員となれば……血眼になって俺を追ってくるよね……?)


 なんだか急に怖くなってきた。急ごう。自分のペースではないことだけでなく、行きより帰りの方が出口まで遠く感じる。俺はリリィちゃんを抱っこしてさらに急いだ。


「何だ! どうなってるんだ!」


 遠くで怒声が聞こえたような気がした。気のせいだと信じたい。


 そしてついに俺は、全員と共に外に出ることができた。


 皆、感謝を伝えようとしてくれているのか、すぐに逃げていくことなく、扉から少し離れたところで俺を待っていてくれた。あれ? マリアさんがいない。どこにいったんだろう。


「おい! お前!!」


 後ろから声をかけられ、思わず俺の肩がびくっと反応してしまった。

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