第21話 秘密の共有
翌朝、俺は2匹の運動も兼ねて城壁外に行くため、いつもより早く起きて身支度を整えた。
「お父さん、行ってくるね〜」
エレナがバルトさんに向かって、元気に声をかけているのが聞こえた。
「気をつけてな〜」
宿屋の中から返事が聞こえてくる。俺は宿屋の外で一足先にエレナを待っていた。
「お待たせしました! 携太さん! 学校休みの日に、家の仕事もしなくて済むのは久しぶりで楽しみです♪」
エレナが弾むような足取りで俺の元にやってきた。
事の経緯を説明すると、宿を出ようとしたところで、ちょうどエレナに出会ったのだ。城壁外に行って川で魚を焼いて食べたり、運動がてらに散歩もしたいと伝えたところ、エレナが羨ましそうな目を向けてきた。次の瞬間、彼女はダッシュで父であるバルトさんの元へと向かい、キラキラした目でおねだりをしていた。
まあ、いつも頑張って手伝ってくれてる可愛い娘が、遊びに行きたいって言うんだから、バルトさんが「いいよ」と言うのも当然だろう。俺だって同じ立場なら、きっと同じことを言っただろう。
初めて2人で街を歩いている。何を話そうかと悩んでいるところ、エレナから話しかけられた。
「今日は魚釣りだけですか?」
「な、なんだよ。疑ってるのか?」
「本当は……もっと凄いことしようとしてるんじゃないですか?」
「え? 凄いこと?」
「私、気づいてるんですよぉ? 携太さんが見えざる客だって!」
俺の足が止まった。
「え!? なんで?!」
「だって、最近この街に来て、泥棒でもなくあんなことが出来る存在。スマホのこと知ってる私からしたら、携太さん以外いないんですけど!」
「た、確かに……そうだよね」
エレナの推理力に感心しつつ、俺は苦笑いを浮かべた。
「まあ、エレナには色々とちゃんと教えようと思ってるから、今日一緒に行動することを受け入れたんだ。向かいながらだと人目もあるから、話せるところまで行ったらちゃんと伝えるよ」
「やっぱり! 楽しみです!」
エレナが嬉しそうに手を叩いた。
◇
「ここだよ。俺が初めてキャンプした場所」
城壁外の、俺にとって思い出深い場所に到着した。
「へぇ〜。魔物とか出そうとか思わなかったんですか?」
「結界を信じて満喫してたら、実際に出たんだよ。魔物が」
「え? 出たんですか? それ非常事態じゃ……」
「でも襲ってくるような魔物じゃなくてな。魚をあげたんだ。そしたら俺に懐いてくれたみたいで……今では俺のペットのようなもんなんだよ」
俺は少し照れながら説明した。
「いやいやいや、魔物ってペットに出来ないですよ! 聞いたことありません」
「……やっぱり?」
「冗談ならやめ……」
エレナが俺の真剣な表情を見て、言葉を止めた。
「冗談じゃないんですね、その目」
「ちょっと見ててくれる?」
俺はスマホを取り出し、心の中で2匹に話しかけた。
(チョコ、ミント、出ておいで)
瞬間、光の粒子とともに2匹のカーバンクルが現れた。
「きゃっ!」
エレナは驚いて、近くの木の陰に隠れた。ほんの少しだけ顔を出して、こちらを伺っている。
「あちゃ〜。私たちってやっぱり怖いの?」
ミントが心配そうに俺を見上げる。
「いや、怖くないよ。ただ、俺が世間知らずだったってのもあるけど、それを差し引いても君たちは可愛いぞ」
「ええぇ! 会話も出来るんですか!」
エレナが驚きの声を上げた。
「うん、できるよ。エレナには聞こえないかもしれないけど、エレナの言葉は理解してくれる。だから俺が仲介役になれば、お互いに意思疎通が出来るんだ」
俺の説明を聞いて、エレナが少しずつ近づいてきた。チョコもミントも、スマホの中から見ていたエレナには警戒していない。
「怖くないよ、エレナ。この子たちはとても優しいんだ」
「本当に……可愛いですね」
エレナが恐る恐る手を伸ばすと、ミントが甘えるように頭をすり寄せた。
「わあ、温かい! 毛がとても柔らかいです」
◇
その後、俺は善行ポイントでフリスビーを購入した。
「甘いものが食べたいなら、運動も必要だからな」
「僕たち、甘いもの好きなの」
チョコがエレナに伝える。俺が通訳すると、エレナがクスクスと笑った。
「チョコミントアイスを見た時の反応を伝えてあげようか?」
俺はあの時の2匹の興奮ぶりを、身振り手振りを交えて再現した。
「それは確かに運動が必要ですね!」
エレナも同意して、俺たちは川辺でフリスビー遊びを始めた。
「それー!」
俺が投げたフリスビーを、ミントが器用にキャッチする。
「すごい! 本当に犬みたい!」
エレナが手を叩いて喜んでいる。
「今度はチョコの番だ!」
チョコも負けじと空中でフリスビーをキャッチ。着地の時に少しよろけて、みんなで笑った。
何だかんだで、俺もエレナもチョコもミントも、心から楽しんでいた。
◇
「よし! 飯だー!」
遊び疲れた俺たちは、毎度のように通販で買った魚を焼いて食べることにした。川があるのに…。
4人で輪になって座り、焼きたての魚を囲む。エレナの可愛い笑顔をたくさん見ることができて、俺も嬉しかった。
「携太さん、この子たちって何か特別な能力とかあるんですか?」
「実は、治癒能力があるんだ。ミントは心の病気や疲労回復、チョコは体の病気と怪我を治せる」
俺の説明を聞いて、エレナが2匹を見つめる目が変わった。
「すごい……それで携太さんは治療のお仕事を?」
「そういうことになるかな。でも街の中だと魔物だから出せなくて、いつもは俺が代役をしてるんだ。こう、手を出して俺が力を使ってるかのように」
「あと、実は部屋では外に出してるけどね」
俺が苦笑いを浮かべると、エレナが目を丸くした。
「え! 宿の部屋で?」
「静かにしてくれるし、バレないように注意してるから大丈夫だよ」
食事をしながら、俺たちは他愛もない話を続けた。ミントとチョコの話を俺が通訳し、エレナが笑い、また新しい質問をする。そんな穏やかな時間が流れていた。
やがて太陽が山の向こうに隠れ始めた頃、俺は思い切って口を開いた。
「なあ、エレナ……いつかで良いからさ、お母さんの話、聞かせてくれよ。俺も俺の親のこと教えてあげるからさ」
エレナの表情が少し曇った。
「携太さんが教えてくれたら……教えます」
俺は少し考えたのち、話し始めることにした。
「じゃあまず、俺のいた世界の話……」




