第19話 噂の『見えざる客』
翌朝、俺は目を覚まし、時間確認のためにスマホを出現させて画面を見た。
【善行ポイント 4,000pt 獲得】
【レベルアップ! Lv.3 → Lv.4】
【新機能:MAPアプリが追加されました】
【善行ポイント合計:26,000pt】
【アイテムボックス:20枠→30枠に拡張されました】
スマホのレベルが上がっていた。クリスフォード様の一件や昨日のガレットさんの治療など、複数の善行が積み重なってのレベルアップのようだ。
俺は起き上がり、まだ眠っている2匹を起こさないよう静かにスマホを操作した。
新しく追加されたMAPアプリを開くと、街の地図が表示された。現在地を示す青い点が宿の位置に表示されている。
「すげー、GPSみたいだ」
地図上には様々な店舗が表示されており、タップするとその店の詳細情報が見られるようになっていた。昨日行った『魔導具の店 カラクリ屋』も表示されている。
試しにカラクリ屋をタップしてみると、営業時間や取り扱い商品、さらには在庫情報まで表示された。
「営業時間8時〜19時、魔力回復薬在庫15本、治癒薬在庫8本……リアルタイムの在庫まで分かるなんて、どういう仕組みなんだ」
そして画面の下部には「注文する」というボタンが表示されていた。
「ここからでも買えるのか!」
元々通販アプリは存在していたが、このMAPアプリからも購入できるようになったようだ。
試しに魔力回復薬を1本タップして注文ボタンを押してみる。
【注文を確定しますか? 魔力回復薬×1 10,000イエン】
【はい/いいえ】
「ああそうか、誰がどう契約してるかなんて分からないから、割引は適用されないよな」
俺は「はい」を選択した。瞬間、アイテムボックスに魔力回復薬が追加され、所持金から10,000イエンが引かれた。
「マジで買えた……どういう仕組みなんだこれ」
面白くなった俺は、他の店も試してみることにした。パン屋の焼きたてパンを2個、ケーキ屋の小さなケーキを3個、雑貨屋で気になっていた異世界の石鹸なども注文してみる。
「ついついポチポチしちゃうな……これ危険だ」
『ケイタ、何してるの?』
ミントが目を覚ました。
「新しい機能が追加されたんだ。地図アプリとマップから商品が買える機能みたいなもの」
『すごーい! 便利だね』
チョコも目を覚まして、興味深そうに俺の手元を見ている。
『でも、商品の在庫数や売上金はどうなるの?』
「確かに、どうなるんだろう……」
◇
昼前、俺は約束通りカラクリ屋を訪れた。
「携太さん、お待ちしていました」
ガレットさんが笑顔で迎えてくれる。
「実は不思議なことが起きたんです。今朝、開店準備中にあるメモとお金が置かれていたんです。見てください」
ガレットさんが差し出したのは、小さな紙片だった。
『魔力回復薬×1 10,000イエン ありがとうございました』
綺麗な字で書かれたメモと、きっちり10,000イエンが置かれていたという。
「急いで魔力回復薬の在庫を確認したら、1本なくなっていたんです。……いったい誰だろうと店の前に出て見回しましたが、それっぽい人が居なくて……。そしたら、街中の店で同じことが起きてるって話なんです。パン屋さんでも、ケーキ屋さんでも、雑貨屋さんでも同じような現象が起きてるそうで。街中で大騒ぎですよ」
(俺の注文か……そんな感じで注文されるなら、そりゃあ街中で騒がれるよな)
「最初は驚きましたが、お金もきちんと払われているし、商品が減った分だけ正確に代金が置かれている。むしろ接客の手間が省けて助かるくらいです。他の店主さんたちも『不思議だが商売としては問題ない』と言ってました」
ガレットさんは困惑しながらも、商人らしく前向きに捉えているようだった。
「すでに『見えざる客』って持ちきりですよ」
「へぇ……」
俺は曖昧に相槌を打った。これ以上詮索されると困る。
「まあ、それはさておき、今日はお願いしたい件があります。こちらへどうぞ」
ガレットさんに案内され、店の奥の居住スペースに向かった。
◇
案内された部屋には、70歳くらいの老人が横になっているはずなのだが、そこには誰もいなかった。
「あれ? 誰もいらっしゃらないですね……」
ガレットさんが困惑している。部屋にはベッドがあるが、そこに老人の姿はなかった。
「おかしいな……体調が悪かったのに……」
ガレットさんが部屋を見回していると、テーブルの上に小さなメモを見つけた。
「これは……マルクス叔父さんの字です」
メモには震える文字でこう書かれていた。
『城の治癒師に診てもらいに行く。心配をかけてすまない』
「なんてことを……あんな体調で城まで歩けるはずが……」
ガレットさんの顔が青ざめた。
「急いで探しに行きましょう」
「はい! 馬車を出します」
ガレットさんが慌てて店に戻り、馬車の準備を始めた。
◇
馬車で城に向かう道中、俺たちは前方に人だかりができているのを発見した。
「あそこで何かあったようですね」
「まさか……」
ガレットさんの表情が険しくなる。俺たちは馬車を止めて人だかりに近づいた。
「すみません、何があったんですか?」
ガレットさんが近くの人に尋ねる。
「老人が倒れているんです。意識がなくて……誰か知り合いはいませんか?」
「すみません、通してください!」
ガレットさんが人だかりの中に入っていく。
「マルクス叔父さん! 私の叔父です。馬車で運びますので、道を空けてください」
ガレットさんが周りの人に頭を下げながらお願いする。
「それなら良かった。私たちもどうしたものかと……」
周りの人たちも安堵の表情を浮かべ、道を空けた。
俺とガレットさんでマルクスさんを抱え上げ、馬車に運び込む。意識はないが、かすかに息はしている。
「急いで家に戻りましょう」
ガレットさんが馬車を走らせ始めた。
◇
馬車の中で、俺はマルクスさんの様子を確認した。
『ケイタ、この人……』
チョコの声が震えている。
『すごく真っ黒なモヤがかかってる。昨日ガレットさんを治した時より全然ひどい』
(治せるか?)
『やってみる……でも、かなり大変そう』
俺はマルクスさんの胸に手をかざした。人目を気にする必要がないのは幸いだった。
「ガレットさんここで治療を始めます」
「え? ここで?」
「馬車なら人に見られませんから」
「今すぐ治療が始められるなら、ぜひお願い致します」
馬車を御するガレットさんから強くお願いされ、俺は治療を開始した。
瞬間、俺の手から強い光が放たれる。昨日よりもずっと強い光だった。
『ケイタ……すごく疲れる……』
チョコの声が弱々しくなってくる。
(無理しなくていいぞ)
『でも……この人を助けたい……』
30秒ほど経った時、チョコの声がさらに弱くなった。
『もう……MPが……』
俺は急いで片手でスマホを操作し、アイテムボックスから魔力回復薬を使用。
薬の効果で、チョコのMPが500回復する。
『ありがとう……続けられる』
再び光が強くなった。しかし、さらに1分後……
『また……足りなくなりそう……』
俺は2本目の魔力回復薬を使用した。
『もう少し……あと少しで……』
そしてついに、2分を超える長時間の治療の後、光が消えた。
マルクスさんの顔色が見る見る良くなっていく。
「ガレットさん、もう大丈夫です」
「えぇ?!もう終わったのですか?」
ガレットさんが驚きの声を上げ馬車を道の端に寄せて停めた。そして荷車に急いで乗り込んだ。
「ガレット……か……」
マルクスさんがゆっくりと目を開けた。
「マルクス叔父さん! 良かった……本当に良かった……」
ガレットさんが涙を流している。
『ケイタ……モヤが消えた……でもすごく疲れた……』
チョコの声はとても小さかった。
(本当にお疲れ様。あとはゆっくり休んでて。)
「ありがとうございます……携太さん……」
ガレットさんが俺に向かって頭を下げる。
「いえ、お役に立てて良かったです」
◇
家に戻った後、ガレットさんから治療費として5万イエンを受け取った。
(魔力回復薬を2万イエン分使ったから、実質3万イエンの利益か)
それでも、人の命を救えたことの方がずっと価値があると俺は思った。
「マルクス叔父さん、なぜ一人で城に向かったりしたんですか?」
ガレットさんが心配そうに尋ねる。
マルクスさんは重く閉じた口を開き、話し始めた。




