第18話 チョコっと魔導具屋へ行こう
クリスフォード様の件から数日が経ったある日。
『ケーキ? ケーキ買いに行くの?』
『やったー! 今日は何味にする?』
俺が出かける準備を始めた瞬間、ミントとチョコが騒ぎ始めた。
(違う違う。道具屋にどんなものがあるのか見に行くんだ)
『えー……つまんない』
『ケーキ屋さんじゃないの?』
2匹のがっかりした声が聞こえる。あの日ケーキを与えてから連日これだ。甘やかしすぎたらだめだと、心を鬼にして毎回断っている。
(でも大事なことなんだ。この世界でどんな道具があるのか知っておかないと。ケーキはお祝いをしたりご褒美で食べるものなの。大きな仕事を解決できたらまた買いに行こう)
俺はエレナに道具屋の場所を聞き、市場の奥にあるお店へと向かった。
◇
道具屋『魔導具の店 カラクリ屋』は、石造りの重厚な建物だった。店の看板には複雑な魔法陣が刻まれており、微かに光を放っている。扉を開けると、鈴の音ではなく、機械仕掛けのような音楽が流れた。
「いらっしゃいませ」
カウンターから声をかけてきたのは、俺と同じくらいの年齢の男性だった。茶色の髪を後ろで束ね、商人らしい上質な服を着ている。目は鋭いが、どこか温かみのある表情をしていた。
「初めて来ました。色々と見せていただけますか?」
「もちろんです。何かお探しの物はありますか?」
俺は店内を見回した。壁一面に様々な道具が並んでいる。光る石が埋め込まれたランタン、不思議な形をした調理器具など見たことのない道具ばかりだった。
「まずは薬類を見せていただけますか? 回復薬とか……」
「ああ、冒険者の方ですね。こちらへどうぞ」
「冒険者ではないんです。ただ、まだこの国のこともわかっていなくて。そもそもこの国には攻撃魔法や回復魔法はあるけど、生活魔法はないと聞いています。それなのに生活に役立つ魔道具があるのはなぜですか?」
疑問に思っていたことをぶつけた。
「ああ、魔術師にとっても魔力放出を持続したり加減をすることは難しいんです。それで失敗しては格好もつかないし、家を壊したりするリスクを考えたら、誰も使おうとも練習しようとも思わない。魔道具は作るのは簡単ではありませんが、それぞれの役割のために作られているので、なんの心配もなく使えるってわけです」
「なるほど。やっと理解しました。ありがとうございます」
店主が説明をしながら案内してくれたのは、店の奥にある薬品コーナーだった。ガラスケースの中に、色とりどりの液体が入った小瓶が並んでいる。
「こちらが治癒薬です。傷の回復や体力の回復に効果があります。1本1万イエンになります」
緑の液体が入った小瓶を見せてくれる。
「こちらが魔力回復薬。魔法を使う方には必需品ですね。同じく1本1万イエンです」
赤い液体の小瓶だった。
「安くはないですね……」
「ええ、材料費が高いもので。治癒薬は傷や体力は回復しますが、病気には効きません。病気を治すには万能薬が必要ですが……」
店主が困ったような表情を浮かべる。
「万能薬は1本10万イエン。死に至るような重篤な病気を治す万病薬に至っては、幻のような存在です。一般の方にはとても手が出ません。そもそも万病薬なんてのは死ぬまでに目にすることができるかどうか」
「治癒師という職業の方もいると聞きましたが……」
「ええ、でも安くても10万イエンは必要です。数年前に国の政策で1万イエンから診てもらえるようになりましたが、それでも庶民には厳しい。しかも城まで出向かなければならないので……」
店主の表情が暗くなった。
「正直、病気になったら諦めるしかない人が多いのが現状です。何かいい方法があればいいのですが……」
その時だった。店主が急に咳き込み始めた。
「ゴホッ、ゴホッ……すみません、最近調子が……ゲホゲホッ」
かなり激しい咳だった。顔も少し青白い。
『携太、この人病気だよ』
チョコの声が頭の中に響いた。
『胸のあたりに黒いモヤが見える。多分、肺の病気』
(そんなのもわかるのか? ちなみに治せるか?)
『やってみる』
俺は店主に近づいた。
「すみません、少し失礼します」
「え?」
俺は店主の胸の前に手をかざした。瞬間、手が微かに光る。
「えっ……」
店主が驚いた表情を浮かべる。治療は一瞬で終わった。光は消え、俺は手を下ろす。
「今の……何を……」
店主が自分の胸に手を当てる。
「あれ? 咳が……止まってる……呼吸も楽になってる……」
驚きの表情で俺を見つめる店主。
「あなた、一体何者なんですか?」
「すべてをお話しすることはできませんが……特殊な能力を持っています」
俺は正直に答えた。
「特殊な能力……まさか、治癒師なんですか?」
「似たようなものかもしれません」
店主は暫く呆然としていたが、やがて深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……本当にありがとうございます。実は先週から咳が止まらなくて、仕事にも支障が出ていたんです」
「お役に立てて良かったです」
「お礼をさせてください。魔力回復薬を10本、差し上げます」
「そんな、いただけません……」
「いえいえ、命を救っていただいたんです。それに……」
店主が商人らしい笑みを浮かべる。
「今後、うちで薬をお買い上げいただく際は、いつでも20パーセント引きにさせていただきます。どうでしょう?」
(これは助かるな。ネット通販で買うより安くなるかも)
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
「私は店主のガレットと申します。よろしくお願いします」
「携太です。こちらこそよろしくお願いします」
握手を交わす。ガレットさんは温かい手をしていた。
「それにしても不思議な能力ですね。瞬間的に治るなんて……」
「僕も詳しいことは分からないんです」
嘘ではない。チョコの能力の詳細は俺にも分からない部分が多い。
『携太、MPが1000くらい減ったよ』
チョコが教えてくれる。重い病気だったのかもしれない。
「携太さん、もしよろしければ……」
ガレットさんが真剣な表情になった。
「この街には病気で苦しんでいる人がたくさんいます。もしお時間があるときで構いませんので、お手伝いいただけませんでしょうか? もちろん、相応の報酬はお支払いします」
(回復系の仕事か……確かに需要はありそうだな)
「はい、お役に立てることがあれば」
「ありがとうございます! 実は知り合いの老人が体調を崩していて……薬も効かないし、城まで治癒師に診てもらいに行く元気もないんです。明日診て貰えませんか?」
「分かりました。明日、お時間を作らせていただきます」
「本当にありがとうございます。では明日の昼過ぎにお店に来ていただけますか? ご案内しますので」
ガレットさんとの約束を交わし、俺は魔力回復薬10本を受け取って店を後にした。
『お疲れ様! 人助けできて良かったね』
『でも1000MPも使ったから疲れた〜』
チョコが少しぐったりした様子だった。
(そうだな。今日は頑張ってくれたから……)
『ケーキ!?』
『ケーキ買ってくれるの!?』
2匹の声が一気に明るくなった。
(はいはい。でも小さいやつだからな?)
『やったー!!』
結局、俺は甘やかしすぎだと分かっていながら、ケーキ屋に足を向けていた。
◇
宿に戻り、部屋でケーキを分けながら今日の出来事を振り返る。
「治癒師の需要がこんなにあるとは思わなかった」
『明日も頑張る!』
チョコが元気を取り戻している。ケーキの効果は絶大だった。
『私も何かお手伝いできることあるかな?』
ミントも心配そうに言う。
(みんなで協力すればきっと大丈夫だよ)
夜も更け、今日はアプリの中ではなく、同じベッドで一緒に寝ることにした。小さな2匹が俺の両脇で丸くなって眠る姿は、本当に家族のようだった。
俺たちは眠りについた。




