第二章第31話 模倣の侍~金
「必要……、ないかな」
困った返答をするのは我らが主殿。
ええい、そこは受けて立つのが主人公の宿命じゃろうて!
見ろ、侍どものキョトンとした目を!
そこで否と答えるのは想定外だと言わんばかりの面。
侍どもの万能は全くもって正しい。
てなわけでしゃしゃり出るつもりは毛頭なかったが、ここはしゃしゃり出させてもらう!
「主殿!」
「どうした、カイ?」
「どうしたもこうしたもないわ! なぜ舞い込んだ好機を易々と無碍にする!?」
「好機?」
「追う奴を根本から叩き潰せば今後追われる重圧を払う事が出来る! それを可能とする駒を持っておきながら何故じゃ!?」
そう問い詰めると、主殿は困ったような顔をして頭をかいた。
「ひょっとしてなんですけど……」
そこに口を挟むのは金套とかいう侍。
「決着は自分一人の手でつける……、そうだからこそ、今はまだ時期早尚とでも?」
「主殿! 呆れたぞ! よもやその様な理由で断ったと抜かすか!」
我は本気で怒った。
我やピィやモモの力はいらないと言っているも同義。
我らを公使せず、何のための主従か! 我ら三人は主殿の力として存在するといっても過言ではないと言うに!
「パパの敵はピィの敵ですよ。 パパに害なすやつはピィが許さないですよ!」
「マスター……。 私はマスターの剣です。 カイ殿やピィ殿と同じく私はマスターのために戦うのが無常の喜び。 その出陣を許可頂けない理由、とくとご説明頂きたいです!」
我ら三人は、主殿を怒りの瞳で見つめる。
「三人の気持ちはありがたいよ……。 でもこの問題は三人に出会う前に起こした俺の問題。 だからこそ、俺一人で片付けるのが筋だと思うんだ」
この主殿は、とりあえず殴った方がいいのだろうか?
名付けの契約をした時点で我らはもはや一心同体であることを理解しておらぬ。
「クラブさん、クラブさん」
「え?」
横から声をかけるのはエルニエルとかいう似非聖職者。
「クラブさんの意見はズバリ間違っていると思います」
「……ズバリって」
「それはつまり私たちをも信用してくれてないって事ですよね?」
「い、いや。 そんなことは微塵にも……」
「いいえ、さっきのやり取りを聞いている限り、そうとしか聞こえないです。 その娘たちが怒るのは無理も無いですし、私も怒り心頭ですよ?」
う、うむ。
このエルニエルとかいう小娘、顔は笑っているが目は笑っていない。
というか、笑顔の怒気がここまで迫力があるとは……、末恐ろしい小娘じゃ。
「だ、だから、カメレオンとの因縁の発端は奴らのアジトをぶっ飛ばしたのが最初で起点を作ったのは俺であって、俺が自らの手で幕を引くのは当然なんじゃないかな、って思うわけでして……」
「……」
エルニエルは笑った顔をしたまま微動だにしない。
主殿はエルニエルの放つ重圧に押しつぶされかけている。
「…………」
「い、いやね。 自分のトラブルに人を巻き込むのは好ましくない行為だと思うんだ、うん……。 確かに気持ちはすごくありがたいんだけどね、うん……」
主殿の主張はどんどん声は小さくなっていく。
「パパ!」
「な、何?」
「ピィたちはどんなことがあろうと最後までパパの味方ですよ! パパの問題は私たちの問題です!」
「えっと……、ん……、まあ……、その……」
主殿はつまりつまり拒絶を試みるが、言葉をなくしたかのように言葉にならない。
主殿の自分の始末は自分で始末するという悪癖。
いずれその悪癖で命すら落としかねない。
そんな風に主殿を失うのは嫌だし、まず何より我慢出来ない。
「いやはや、金套。 贅沢極まりない阿呆の図ったぁ、こういうことかね?」
「銀蝶、失礼でしょう。 我々侍にも譲れぬ侍道があるように、彼には彼なりの道があるんでしょうから」
「俺は成り行きで侍になったんで侍道など屁でもねぇがな」
「まあ、頼れる仲間がいて頼らないのは仲間と思っていない証に違いないですしね。 それともあれですか? 孤高、かっこいいと勘違いしている夢想家ですか?」
「相変わらずな毒舌で。 よくもまあポンポン毒吐けるもんだ、そういうところは感心するぜ……」
「なに、思ったままの事を口にしているまでです」
「お前の腹はどんくらい黒いんだ……」
主殿を挑発するように二人の侍が所感を述べる。
と言っても、金套の口が悪すぎて主に金套が言っているように聞こえるのはもはや仕様だろう。
「ファラスの爆炎……、いや、クラブさんよぉ。 兄貴の期待裏切る気なのかい?」
「なに?」
「今のお前ならやれると見込んで俺らをお前の前に派遣したんだ。 それがどういう事か、少しでも理解してんなら否なんて答えが帰ってくるわけがないんだがな?」
「そもそも我々に言伝をした時点で手を貸すまでの事をリーズ中夫は見込んでいるはずです……。 あなたはその期待すらも裏切るというわけですね?」
「い、いや、そんなつもりはないんだ……」
「つもりがなくてもやってる事は一緒ですよ。 これがあのリーズ中夫の弟ですか、幻滅もいいところです」
「幻滅?」
「彼は比類無き知将です。 彼の大胆奇抜と呼んでいい程の読みは当たるのです。 しかし、その読みも肉親の情の前では凡夫に劣る訳ですね」
この金套という侍、主殿の本質を見抜きおった。
主殿は一見、傍若無人、厚顔無恥と評されても仕方ないくらい飄々としているが、何故か次兄であるリーズとやらをえらく敬愛している。
自分の名誉など塵にも思ってないだろうが、兄、リーズの名誉を守るのは何よりも重きを置く。
てなわけで、自分のせいでリーズの名誉が汚されている事実を突きつければ、いくら主殿でも重い腰を上げざる得ない。
全く、リーズを知将と誉めているが、この金套とかいう侍もかなりの能力を持った知将ではないか……。
こりゃ模倣の業でさしたる驚異のない小物の分類に置いていたが、こやつの状況分析能力は要警戒じゃな。
「負け犬に用はありません。 銀蝶、帰りましょうか」
「は? ……あ、うん。 ……そ、そうだな」
これも演技というわけか。
味方である銀蝶すらも一瞬、ここまで挑発しておいて帰るのかよ、みたいな顔をしていた。
主殿の選択肢をさり気なく奪っていく。
もはや沈黙は兄、リーズの否定を肯定する行為。
流石の主殿も
「待ってくれ……」
「待ったらどうなると?」
「カメレオンのアジト、教えてくれ……」
「嫌ですね」
「お、おい!?」
このくそ侍……。
せっかく主殿がやる気だしたのに性格の悪い奴じゃ。
我に大海のような広き心がなかったら絶対零度の空間に叩き込んでやって…………ん?
なんか忘れているような……。
そ〜っと、ピィとモモを見ると、怖くなるほどのどす黒いオーラを感じる。
まあ、我すらも我を忘れる程キレかかったんじゃ。
この二人が主殿をコケにされて黙っているほど器量あるわけはないな。
金套とかいう侍よ、骨は拾ってやる。