第二章第30話 模倣の侍
戦闘を始めておよそ10分。
敵として目の前に立ちはだかる金套と名乗る侍と銀蝶と名乗る侍の力量が見えてくる。
あまり宜しくない事態だが、勝ち目がどうひいき目に見てもなさそうだ。
銀蝶と呼ばれる侍は、未来でも見えてやがるのか、やることなすこと潰してくる。
金套とかいう侍は、古今東西ありとあらゆる魔法を放ち、一歩も近付けないときた。
「隙だらけだぜ、ファラスの爆炎!」
銀蝶が横一閃に斬りつけてくる。
「つっ……」
不覚にも左腕に剣閃がかすり、血が垂れる。
油断は即死に繋がる。
こいつら、かなりの強敵だ……。
勝ち目は極めて低い。
だが、すんなり白旗をあげたところでこいつらが俺らを見逃してくれるとは到底思えなかった。
「煙幕か……、だから通用しないって」
「!」
ったく。
鞄の中の煙幕弾に手をふれただけで銀蝶は今から何をやろうかすぐに見極めてくれやがる。
こういう奴は正直どうやって戦えばいいかわからない。
完全に一手先、いや二手先まで完全に読まれてしまっては俺の得意戦術、敵を絡めて取るは死手。
ならば捨て札含め複数のトラップをセット。
畜生、全部砕きやがった。
エルニエル先輩は、うん……。
あの金套とかいう侍もどきの万能魔術師に出す手出す手潰されている。
エルニエル先輩も教会暗部出身とはいえ基本戦闘スタイルは支援プリースト。
教会神聖魔法は不死、悪魔など闇に属する連中には無類の強さを誇るが、対人には如何せん単体では火力が足りない。
防戦一方だ。
早く目の前の銀蝶とかいう侍を倒して加勢に行かなければ勝機は薄い。
だが、この銀蝶とかいう侍、撃破どころかこちらの打つ手打つ手全て潰して微小なりとも着実にダメージを蓄積する戦いに専念してやがる。
いずれ力尽きるのこちらというわけか……。
「どうしようかね……」
「本当にどうしましょうね……」
金套は高速で詠唱を完遂し、巨大な竜巻を巻き起こす。
「さっきは火の魔法、次は風の魔法ですか……。 そういえばさっき土と水の合成魔法まで使ってましたね……。 四属性使うとかどんなチートですか……」
「四属性で終わると思っていたんですか、ご愁傷様です」
竜巻を風魔法拒絶【ウィンドキャンセラー】という高位神聖魔法でかき消した後、金套の肩から生成されている黒いもやを確認する。
「それ闇魔法ですよね……」
金套を覆う黒いもやは闇の羽衣という闇魔法。
物理攻撃を全て遮断する闇魔法の基本にて代表的な防御魔法だった。
対俺にはともかく、支援プリーストには特に効果を期待できない。
それでも金套があえて闇の羽衣を公使する理由は、闇魔法をも会得していることを見せしめる為他ならない。
「見かけによらず性悪ですね……」
「戦意減退戦術とでも言ってもらいましょうか……。 ついでにこんなのできますよ?」
そう言って金套は光の弾丸を放つ。
先ほどまでエルニエル先輩がレン相手に撃っていた教会神聖魔法。
エルニエル先輩は光の弾丸を避ける。
「むぅ……。 つまり全属性魔法全て習得している、ってわけですか……。 魔術協会の人間がこの場にいたら卒倒しそうですね」
魔術というのは大別して火水土風闇光闇の六属性に分かれている。
一人の術者が過酷な修練を課して習得出来るのは限界で三属性とされていた。
属性対照という法則がある。
火と水、土と風、光と闇。
それぞれが対照の位置にあり、対照の属性魔法を習得するのは不可能とされていた。
例をあげるならば火の魔法を習得し、水の魔法を習得しようと修練すると今まで覚えた火魔法が使えなくなるといった具合になる。
そう、アカデミーで習ったし、それが魔術師の常識なのだ。
それを目の前の侍はその常識を破り六属性を駆使している。
「よそ見とは存外余裕のようだな」
「くっ!?」
横なぎに刀の線が走る。
なんとか回避出来た。
しかしいずれこの剣線に捕まる。
それにこれは憶測に過ぎないが、この銀蝶という侍、わざとギリギリ避けれる軌道で剣を振るっている様だ。
何のためにそんなことをしているのか不明。
獲物を追い詰めて遊んでいるとでもいうのか。
一思いにやらないからこそ、俺は未だ斬られていないわけだ。
しかしいずれ銀蝶の気が変わって殺す気で斬りつけてくるかもしれないし、体力の低下で避け損なうかもしれない。
その刻が一刻一刻と迫っているのがわかる。
万策尽き…………。
いや、ちょっと待て。
先を読まれてようがどうにでもなる方法があった。
出来るだけ公使する気はなかったが、勝手に出られて暴れられるよりは幾分もマシか。
「モモ、頼むわ」
「御意」
俺の呼びかけにヘポイオスの剣こと、モモが姿を現した。
「マスター、指示を……」
モモの突然の登場に二人の侍とエルニエルは目をパチクリさせる。
モモから発せられる膨大な魔力を感知したのか、金套は冷や汗を垂らしていた。
「聞いてないぜ、あんなの出てくるとはよ……」
銀蝶が舌打ちをする。
「我が名はモモ。 ヘポイオスの剣の化身也。 我が刀身は正邪問わずマスターの敵を全て断つ。 警告は一度きりと心得よ」
凛とした透き通る声でモモが宣言した。
「銀蝶、私に任せて……」
金套がはやる銀蝶を抑えて不敵に笑う。
「召還合戦か。 稀少な戦いになるな」
金套がそう独白すると同時に金套の背後に龍が現れた。
「召還術……。 この侍、何者ですか?」
エルニエルの疑問も無理はない。
金套という男、火水風土闇光魔法に教会神聖魔法、呪術に錬金術を駆使しているだけで魔法使いとしては非常識なのにさらに召還術まで使って見せていた。
その非常識さはひじりに匹敵する。
「いえ、あれはダミー。 先から拝見していましたが、本家には遠く及びません」
「ダミー?」
「あの侍の本懐は模写の技。 我が刀身をも真似る事が出来るでしょう。 ですが、我が刀身を真似た所で所詮は模写に過ぎません。 私以上、いえ私と拮抗する刀身を作り出すことは叶わないはずです。 問題はあの侍よりあっちの侍」
モモは静かに銀蝶を見据える。
「銀蝶、といいましたか。 彼の本懐はどうやら先見。 彼の侍はどうやら10手は先の未来を視ることができるようです。 私の戦術は線と点。 予測されてしまっては如何に戦ってもジリ貧です」
「ふむ」
「ここは不可避の広範囲攻撃を可能とするピィ殿の出陣を進言します」
「四対二っていうのも卑怯のような気がするけどな……。 ただ、切り抜けるためにはそれっきゃなさそうだ……。 てなわけでピィ……、頼んだぜ」
「はいです!」
俺の呼びかけでピィが虚空から現れた。
「ピィの出番ですね」
ピィは左手に紅き炎を纏う。
「っ! 金套、飛べ!」
銀蝶が叫んで警告を発した瞬間、金套がいた地点に灼熱の炎が吹き出していた。
銀蝶の警告にいち早く反応出来た金套はその炎を緊急回避のために飛び移った木の上で見る。
「な、なんだこの炎……。 なんだこの二人は……」
金套と銀蝶は標的の前に突如現れた二人の少女に畏怖する。
二人の持っていたファラスの爆炎の情報では、持ち前の読みの良さで爆弾を徹底的に駆使する戦闘スタイルとインプットしていた。
が、その認識は修正せざる得ない。
「お二方は優秀な戦士と拝見します。 我が陣営の布陣へ尚も無謀な攻撃がどれだけの損害を生み出すかすでに理解しているはずです。 それでも尚、戦いを挑んでくるのであればモモの名においてあなた方を斬り刻みます……」
モモの静かでいてそれでも透き通るような声での宣告。
その宣告を二人の侍はどう受け取るだろうか?
「銀蝶、彼女の言うとおりですね。 我らはあの布陣に飛び込むには些か修練不足です」
「まあ……な」
「わかりました。 白旗を上げさせていただきましょう」
金套がそう宣言した。
「なら、雇い主は誰だ? お前等が黒一門ってことはやはりあのクソ親父か?」
「その答えは否だ。 雇い主はお前の兄貴、リーズだ」
「は!?」
予想もしていなかった回答。
リーズ兄が俺を?
「ああ、誤解するなってのも無理があるか………。 依頼主は確かにファラス水軍中夫のリーズだが、依頼内容はお前の排除じゃねぇ」
「どういう意味だ?」
「言伝。 それがリーズ中夫から受けた依頼だ」
「言伝? 黒一門ではその言伝対象を襲撃するのが習わしとでもいうのか?」
「ははははは。 正直お前に仕掛けたのは俺らの独断だ。 言伝の内容が内容だけにそれを伝えるに値する力量を持っているかを計る為に……な」
「んじゃあ認められなかったらどうしていたんだ?」
「依頼主には返り討ちにあったと伝えるだけですよ……」
怖い事を平気で言いやがる。
だが実際のところ、ピィとモモの二人の力を借りなければそうなっていただろう。
悔しいがこの二人に俺の技量は遠く及ばない。
「言伝とは?」
「カメレオンの残党の本拠がリグウェイにある」
「!」
なる程……。
この二人の襲撃を肯定するわけではないが、確かにヤバい言伝だ。
俺がカメレオンの残党連中に叩きのめされてこいつらの事を吐いてしまったら確かにこいつらにとって不利益だ。
リーズ兄からいくらか貰っているだろうが、カメレオンの残党を敵に回してもいいって程の金額を貰っている訳がない。
「詳細に関してなんですが、それはクラブさんの意志次第です。 憂いを断つ気でいるならお教えしましょう。 断つ気がないのであればこの事はお忘れください」
「さて、どうする?」
俺の答えは……。