第二章第27話 和解
「酒木原ひじりじゃな?」
夜道、ひじりはいきなり声をかけられて、警戒する。
声を掛けられるまで一切気配を読めなかったからだ。
「誰だ?」
ここまで完全に気配を消して近付き、その状況で声を掛ける。
殺すつもりならば、声など掛けず、さっくりとひじりが気付く間もなく殺す。
今はまだ殺す気はない。
そう根拠の無い憶測にすがるしかなかった。
「青龍と言えば思い出すかの? ……カシュー」
「な!?」
ひじりが声の方向を見る。
そこには年端もいかない少女が立っていた。
「久しぶりじゃな」
「…………なんの用だ?」
勇者一行にいるとき、激戦苦戦の上、ようやく追い払った朱雀と互角の神獣、青龍。
そこに立つ少女は、前回戦った時より遥かに魔力を凌駕している。
カシュー全盛期の時でもかなり不利になるほどの……。
「主に会わせたいもの達がおる」
「会わせたい?」
「そう構えるでない。 主の今世では、恐らく敵対すまい」
「……それを信じろ、っと?」
「今の主殿が、お主と現状、良好な関係にある。 これまでのお主を観察する限り、お主は主殿と敵対することは現状あり得まいて……」
「主殿だと!」
「おや……、お主の事ゆえ、既に主殿の目星はついておるのではないかえ?」
「何の話だ?」
「しらばっくれるか……。 なら、これならどうかや? 我は主の記憶に新しく別の姿で会うておる」
「…………まさか」
「我が今世の名はカイ。 名の由来は単純明快な主殿曰わく、カイザードラゴンからとっておる」
「………クラブがお前の主!?」
「是」
「馬鹿な……」
「それに主殿を主と仰ぐは、我だけではない。 主と因縁深きあのモノも共に仕えておる」
「まさか!?」
「百聞は一見にしかずと言う言葉は東方が倭の言葉。 見て見るがいい」
カイと名乗る少女は、手のひらに水晶玉のようなものを呼び出し、それをかざす。
水晶玉はひじりのよく知っている友人の姿と一人の少女の姿が映し出された。
「パパ、パパ、遊びましょ?」
「ピィ、頼むから勉強させてくれ……」
クラブは参考書を開き勉強している所を無邪気に少女は遊びに誘っている。
「あの娘は朱雀じゃよ」
「…………」
ひじりは言葉を失う。
前世で生死を賭けた仇敵が、身近の仲間の側にいる。
それも、今世に置いて最も信頼を置ける友の側に。
「主殿の性格を主は我らよりよく知っているじゃろう。 我らは主殿が敵対と決めぬ限りお主と敵対する事はあるまい」
「それを俺に知らせてお前等に何の得がある? そもそもなぜこの時期にこのタイミングでそれを伝える必要がある?」
「明後日よりリグウェイとかいう所に遊びに行く予定をたてておるじゃろ?」
「は?」
「主殿は、朱雀とお主を気遣って誘いを断っておる。 それでは後々主殿にとって面倒なことになるのでな」
「どういう事だ?」
「何が何でも主殿にはこの機会にリグウェイに行って長年の癌と決別して欲しいわけじゃ」
「癌?」
「まあ、苦難ある旅になるが、この機会に癌を摘出出来る。 主殿の為になるのじゃ」
「苦難ある旅? 何が起こる?」
「さてな。 我の先見は白虎ほど優れたものでなし。 苦難の具体的内容までは知る事は出来ぬ」
「それでなんでクラブの為になるってなんで解る?」
「我の見る先見では苦難後に解放であることしか紐解けぬ。 苦難は何を差し、解放は何を差すのか全く我程度の先見では不明じゃ……」
カイは微かに笑って、淡々と語った。
「分からないな……。 その苦難とやらで主であるクラブが死ぬかもしれないんだぞ? それをわかっていながらなんでクラブをそんな所に行かせようとする?」
「主殿ならなんとかするじゃろ。 そう思ってしまえるだけの可能性を持っておるとお主も思うじゃろ?」
「確かに……。 不思議な奴だな」
ひじりはクラブの事を思い返し、カイと共に笑う。
「で、最初の疑問に戻る訳なんだが、なぜ俺に正体を明かした?」
「主が主殿をリグウェイに行くように催促してもらうためじゃ」
「ふむ。 俺と朱雀に和解しろ、ってことか」
「些少な問題であろう? 本来主が転生を続ける理由……。 我ら四聖と敵対するに非ず。 最も極めて邪なるものと決着をつけるため……。 今回は共闘になりそうじゃの」
「やれやれ……。 どこまで知っているんだ?」
「断片的にしか知り得ぬよ」
カイはニコニコした顔でそう言った。
「確かに俺はカシューという生を未だに惜しく思っている。 だけど今は酒木原ひじりという生である以上、酒木原ひじりの人生だ。 朱雀と和解する努力はするさ」
「大人な対応で助かる。 実はもっとわめかられると思うておったが……」
「まあ、怨敵と和解を迫られたらそうなるだろう。 でもそんな感情はさておいて、俺にはどんなことよりも優先すべき事項を持っている」
「立派じゃな。 我も主殿の為に主との遺恨は今後水に流そう。 …………さて、酒木原ひじり。 主には一仕事頼むことがある」
「一仕事?」
「うむ。 今回の会談は我の独断によるもの。 主殿はおろか、朱雀すら知らぬことじゃ」
「というと?」
「主から朱雀に歩み寄ってくれ。 朱雀は主のことは知としては喪失しておるが、本能として覚えておる。 分かりやすく言うならば理由もわからずに嫌っておる状態じゃな」
「はあ……」
「主に害無き事を朱雀にアピールをしてほしいのじゃ」
「難しい事を言うな……青龍」
「ああ、その青龍という名は無しじゃ。 我にはカイという主殿が付けた名前がある。 朱雀とてピィという名前がな」
「分かったよ、カイ」
そして……。
「ただいま帰ったぞ」
「カイ、おかえりー」
ロベルト邸の玄関でカイを笑顔で迎えるピィ。
クラブが勉強中なため、遊んでくれないからカイと遊ぼうという魂胆が見えてカイはため息をつく。
「まあ良い、ピィ。 お主に大事な話がある。 ちょっと散歩に付き合うが良い」
「? いいよ、何して遊ぶ?」
「そうじゃな。 …………モモも呼んでくるが良い」
「モモも? 三人で遊ぶの?」
「4人じゃ」
「4人?」
「うむ」
ピィは怪訝な顔をしたが、まあいいかと、納得したのか、モモを呼びに家の中に入っていった。
「モモ? 誰だ、それ?」
カイの後ろにいたひじりがカイに尋ねる。
「主も神代から生きているなら聞いたことがあるじゃろ。 ヘポイオスの剣の化身じゃよ」
「な! ヘ、ヘポイオス!? 神すら断つとかいうあの邪刀の!?」
「まあ、その辺が主殿たる所以といえばそうなるかの。 すごく驚くと思うぞ、今のモモを見たら」
「………」
「お待たせ、カイ。 モモを連れてきたよ!」
ピィに腕を掴まれて銀髪の少女がやってくる。
「あ、あの……、マスターを守る任務があるので私はご遠慮したいのですけど……」
おどおどと、銀髪の少女はそう言った。
「なに、主殿なら放っておいても降りかかる火の粉を自ら消火器をぶちまける裁量はある。 ちょっとモモにも仲介に入って欲しいことがあるんじゃ」
「仲介?」
「………まさかカイ、そこになんかぼうっと立ってる男は!?」
ピィはやっとひじりの存在に気付いたのか警戒を露わにする。
「うむ、酒木原ひじりじゃ」
「……………」
ピィはひじりを見て、怯えた表情となる。
理由は分からないけど、ひじりを見ると嫌悪、恐怖、怒りの感情が次々と浮かんでくる。
ピィは、モモの背中に隠れた。
「うむ、気持ちは分からんでもないが、大分重傷の様じゃの……」
「カイさん……、これは一体どういう事ですか?」
唯一、状況がいまいち掴めていないモモが、カイに訪ねた。
「ピィとひじりを仲直りさせようと思ってな。 ……ピィよ、ひじりは主殿の盟友であるぞ? それでも嫌うかや?」
「だって!」
「主殿を思うなら、ここでこやつと手を結んでいた方が主殿が死なずにすむぞ?」
「え!? パ、パパ、死んじゃうの!?」
「現に我に殺されかけていたであろ? ひじりの退却が無ければ主殿は我によって滅んでおったはずじゃ……。 そんな事で救えたはずの主殿を見捨ててもピィは平気というわけじゃな?」
「いいわけない!」
「ではどうする? これまでの主殿のパターンからいくと、常にひじりが主殿の側にいるぞ? 主殿の急変時にもな……。 そんな中、ピィはひじりが嫌いという理由で助けれるはずの主殿を見殺すんじゃな?」
「うぅ……」
「主殿の未来はこれから荒れに荒れる未来となる。 ……いつ命を落としてもわからないくらいにな」
「…………」
「あの、カイさん……。 言い過ぎではないでしょうか?」
目に涙をため、俯いているピィを見て、モモは口を挟んだ。
「我が言うことは事実じゃ。 悲しい程にな……」
「そうですが……。 ですが、私は常にマスターを守る剣として側にいます。 私が頑張ればいいと思うのですが……」
モモの何気ない一言を聞いたピィが顔を真っ赤にして
「パパを守るのはピィの役目!」
と、モモに噛みついた。
「じゃがひじりと仲違いを続けている現状じゃと、それは困難な役目なんじゃないかの?」
「うぅ………」
「どうじゃ? 主殿の為にここでひじりを受け入れてみては?」
「う……。 し、仕方ないです。 頑張ってこの男と和解しますですよ」
「と、ピィは言うておる。 ひじりよ、主も過去の事は水に流すことに問題ないであろな?」
「まあ、その気がなければここにいたりしないよ……」
(それに、毒気抜かれたしね。 これがあの朱雀と青龍の化身か……)
全てを焼き尽くす愚蓮の炎を纏った赤き鳥、朱雀。
如何なる物を吹き飛ばす暴風を操る蒼き竜、青龍。
そして正邪問わず全ての物を瞬時で断つ古の太刀、ヘポイオスの剣。
何れにしろ単体にて最強と語り継がれる伝説のモノ。
それが今世で出会った友人の元に集ったのだ。
陳腐な言葉だが、運命とかいうのを信じたくなった。
今世でようやく俺の旅が終われる。
そう予感しながら……。