第二章第26話 旅行に行こう
お姉ちゃんのお手伝いでリグウェイに行かなければいけなくなった。
一人で行くのもいいけど、せっかくの夏期休暇。
どうせならみんなで遊びながら行きたい。
そんな動機で仲の良いクラスメートを誘ってみることにした。
早速、同じ学生寮にいるエルニエル先輩とアマリリスさんを見つけたので声をかけてみた。
「リグウェイに遊びに行きませんか?」
二人はキョトンとしていた。
まあ、確かにちょっとそこまで遊びに行こうと誘うような言い回しだったし、この反応は当然かな……。
「リグウェイってあのリグウェイ?」
アマリリスさんがようやく私の意図を理解して、そう聞き返す。
「そーです」
リグウェイとは、アカデミーのあるポシューマス王国の西に位置する国で、世間一般にいう外国。
流石にホイホイ返事は出来ないよね。
「行く。 エルはどうする?」
「私ですか? お二人が行くのなら行きますよ〜」
二人とも快諾で即決した。
流石に予想外だったが、寂しく一人旅よりみんなでワイワイ行けるのは嬉しいので私は喜んだ。
「じゃあ、ユイと男どもも誘わないとね」
と、アマリリスさんは言い出す。
「男ども?」
「ひじりとクラブとロイのじいちゃん」
アマリリスはさっくりと答えた。
確かにクラブさんと一緒に旅してみたいけど……、それって、つまりは……。
あ、あぅぅ……。
「遠出だし、何があるか分かりませんからねぇ。 山賊とかはいないでしょうけど、もしものためにボディーガードとしてきてもらうのも手ですねぇ……」
と、エルニエル先輩もアマリリスさんに同調した。
「で、でもでも、いくら隣国とはいえ、片道1日って距離じゃないですよ? それってつまり、道中の宿が一緒ってことになるんじゃないですか? だって男の人ですよ?」
「ロイのじいちゃんは枯れてるし、ひじりは清廉な程紳士だし、ましてクラブに至っては重度のシスコンだから他の女に興味なんてないでしょ」
と、アマリリスさんは切り返した。
クラブさんは重度のシスコンだから他の女に興味はない。
なんていうか、その事実に密かに傷付く私。
そうですよね。
クラブさんにとって私はただの友人でしかないんですよね……。
分かってます。
クラブさんのお姉さん、綺麗だし……。
クラブさんのお姉さんに私が勝てる要素なんてなんにも無いことくらい分かってます。
「リリスちゃん、リリスちゃん、ち〜ちゃん凹んでます」
「あ……。 えと、ちぃは可愛いんだから他の男どもが放っておかないって。 ただクラブが見る目ないだけなんだから」
「リリスちゃん、リリスちゃん、それ、追い討ちになってますよぉ」
「う……」
「ちぃちゃん、ちぃちゃん、良いこと教えてあげますね」
「……え?」
「まず、クラブさんのお姉さんはロベルト先生の奥様。 ……つまりは既婚者です。 その次にクラブさんのお姉さんはクラブさんと血の繋がっている姉弟です。 ……クラブさんはこの壁を超えようとするだけの意志は無いです。 さらには、ロベルト先生の夫婦仲の良さはアカデミー内でよく知れており、クラブさんのお姉さんが間違いを犯す事は有り得ないのです。 ……以上の事を踏まえ、クラブさんとお姉さんのカップリングは有り得ないのです。 と、なると、クラブさんはいずれそれを悟り、さっくりと失恋します。 失恋中の人間なんてあっさりと落ちるのは男女共通。 クラブさんとてこの例外に洩れる事はないでしょう。 狙い目はそこですよぅ? その時はお互い頑張りましょうね」
お互い頑張りましょうね?
え?
えええ!?
「エル、あんた?」
「面白いですよねぇ、ひじりくん争奪戦はリリスちゃんとユイちゃん。 クラブさん争奪戦はちぃちゃんと私。 いろんな所でトライアングルしてますねぇ……」
「って!?」
へぇ……。
アマリリスさんとユイさんはひじりさん狙いなのか……。
初めて知った。
じゃなくて!
「見てれば分かりますよぉ。 ユイちゃんもリリスちゃんもよくひじりくんを見ているし」
「あ……うぅん……、ユイのはちょっと違うんじゃないかな」
「違う?」
「ユイがひじりを見ているのってどっちかというと知的好奇心に近いものを感じるんだけど……ね」
「今は確かにそうかもしれないですね。 でも、ひじりくんはユイちゃんの初恋の相手ですからねぇ……」
「……エル、あんたどこまで知ってるの?」
アマリリスさんは顔を青くして聞いていた。
私はよく意味がわからないけど、なんかエルニエル先輩がすごい事を言っているのが分かる。
「偶然知っちゃっただけですよぅ。 ユイちゃんが編入してきた次の日くらい、クラブさんとユイちゃんが図書館で話をしていた日がありましてねーーー」
アマリリス回想……。
プリンサンドの作り方が乗ってる調理本、今貸し出し中みたいですね。
せっかくちぃちゃんからいい卵譲ってもらったのに残念です。
諦めてスクランブルエッグにでもしますか……。
おや、あれはクラブさんと確か昨日編入してきたユイちゃん?
「時空牢って魔法、知っていますか?」
時空牢!?
なんでそんな教会禁呪魔法がユイちゃんの口から出てくるの?
「これまたマニアックな禁呪魔法が出てきたもんだな。 確か教会が編み出した自己犠牲系魔法だったっけ?」
って、クラブさんもなんで知ってるの??
仮にも教会極秘に分類される秘法なのに……。
「よく知ってますね。 多分教会系の人ならともかく普通なら聞くことない魔法なのに」
「まあ、教会系にも知り合いいるしね。 ところでさ、時空牢が英雄カシューにどう繋がるわけ?」
知り合いって……。
ある程度教会の深部に触れれる身分の人じゃなきゃいくら教会に属しているとはいえ、知りもしないものなのに……。
ましてや教会外部の人であるクラブさんがなんで知っているんでしょう?
「英雄カシューが生涯最後に使った魔法が時空牢なんですよ」
「は? 英雄カシューが、なんで時空牢なんて教会魔法を? …………そうなれば、納得いくな」
「どうかしましたか?」
「え? いや、なんていうかあまりにもバカバカしい仮定が頭をよぎったんだ」
「バカバカしい? 英雄カシューにまつわる仮定ですか? ……聞かせてもらえませんか?」
「いや、あまりにも常軌外れてる仮定なんで……」
「どんな仮定でもいいです。 聞かせてください」
「なんでそんなに英雄カシューに固執するんで?」
「笑いません?」
「へ?」
「私が英雄カシューに固執する理由……」
「いや、言いたくない事は無理に言わなくても構わないって……」
「でも私は、クラブさんの仮定が聞きたいんです」
「なんで?」
「私程度が予測できる予測はやりました。 色々な本や人から聞いた話を頼って様々な事を推察しました。 でも、どうしても教会系でないカシューさんが教会系魔法の時空牢を使えたのかという疑問にぶつかってしまうんです。 私一人じゃいつまでたってもカシューさんの真実に近づけない。 だから、どんな仮定話でも聞いてみたいんです」
「………探求心だけでここまで切羽詰まった重い思いにならないわな。 なんか深い理由があるのか……。 なら、なんでその仮定に至ったって質問はなしでいいなら話すよ」
「分かりました」
「英雄カシューは、転生者という説」
転生!?
クラブさん、駄目です、いくらなんでもそれ以上喋ったら、聞かれでもしたら教会深部に消されちゃいますよぅ!!
「てんせいしゃ? ……え? 転生って、古代で廃れたとされるあの転生ですか?」
「そう。 だからカシューという代で時空牢という術を学んだんではなく、カシューの前の代の時点で学んだと考えればカシューが時空牢を公使できたという考えが結びつくな、っと」
…………あ、なるほど。
それで納得した。
ひじりくんがあのイージスって魔法を構築できた理由。
ひじりくんが転生者なら知っていても不思議じゃないなぁ……。
ってことはひじりくんは英雄カシューの転生体ってことなのか。
なんか色々繋がってきました。
「でもその説だと、今の世に英雄カシューが新たに転生しているって可能性がありますよね。 それならなんでその正体を父や母、ロベルトさんといった昔の知り合いに明かさないんですか?」
それは転生の魔法を発動する際の制約だから仕方ないです。
「とりあえず、カシューのいたパーティーにロベルトがいたということと、ユイさんの両親がいたということに驚きを感じているが、それは置いておこう。 それについても予想の範囲になるけど、転生という大魔法である以上制約が無いわけがないからね。 制約の一つに正体を明かすことを禁じる制約があるのかもしれない」
クラブさん、正解。
よくそこまで正解を連想できるんだろ。
発想力がすごいよなぁ〜。
「……………なる程。 ………どうかしたんですか? さっきから難しい顔して」
「え? いや、なんで結局ユイさんはカシューに執着しているんだろうなって思って」
確かにユイちゃんの固執ぶり、興味本意の枠を超えている。
「そういえば言っていませんでしたね。 母の初恋の人がカシューさんなんですよ。 小さいころからカシューさんの話を聞いて育っていますから」
「お袋さんの初恋相手ね」
「それと同時に私の初恋相手でもあります」
へ〜〜。
ユイちゃんってピュアですねぇ。
「…………はい?」
クラブさん、全く理解出来ないみたいな顔している。
男の人にはこの感覚、わっかんないんだろうねぇ……。
「だからですよ。 人から見たら異常なまでにカシューさんの事知りたくなってしまったのは」
「でも会った事ない人だろ?」
「……クラブさん知らないんですか? 女の子は偶像に恋することできるんですよ?」
そうそう。
年頃の女の子にはよくあることです。
「ふむ」
「バカにしないんですね?」
「人それぞれだろ、それって」
「クラブさんって理解あるというかなんていうか……、普通引かれちゃうんですけど」
「じゃあ言わなきゃいいのに」
「だって私じゃ考えつかない転生説という糸口を提供してくれたじゃないですか」
「転生説はあくまで仮説にすぎないからね?」
「それでも一歩前進です」
いやあ、前進どころか、正解です。
「左様ですか」
「よし、転生術について調べるぞ〜!」
「ま、頑張ってね」
これはいつかひじりくんの正体にユイちゃん行き着いちゃいますねぇ。
お待たせしてしまい申し訳なかとです。
なんていいますか、前話で話の区切りがつき、次の展開を書こうと思った矢先、これまっあまり目立ってない登場キャラクターにもスポットを当ててみようなる邪な考えが浮かび上がって、書いては消し、書いては消しを繰り返してたらどんどん日にちが過ぎていき今に至ると……。
ロブ爺さんの過去話、ロベルトとミエルの出会いから今に至るまで、エルニエルと教会の関係、アマリリスとカシュー前世での因縁、っと。
削除して日の目に見られなかった文字数、概算で四万文字。
削除理由?
話の本筋ぶったぎりすぎだろ、っと。
まあ、結局諦めてこんな展開になってしまったわけで。
もうなんていうか……。
バカかと。
アホかと。
くだらないことしてないで、夏休みあけさせればいいんですが、それはそれでもったいないのでこの展開になったわけです。
いやはや、釈明の余地ありませんね。
猛省します