第二章第23話 ユイとカシュー
アカデミーが所有する図書館。
ライトノベルから文学書、剣術指南書に歴史書、さらには発禁になった本や、禁呪とされた魔法指南書、呪われた本など危ない本など含め世界一の蔵書を持つ図書館と言われている。
古今東西のあらゆる記録がこの図書館にあるといっても過言ではなかった。
「一般閲覧枠?」
「はい。 一般閲覧枠に該当する書籍の中であなたが探されている書籍は存在していません」
「一般閲覧枠って何ですか?」
「どの人でも閲覧可能に分類されている書籍です」
「私、アカデミーの学生ですよ?」
「アカデミーの学生でしても指定書籍に分類される書籍の閲覧には制限をつけさせてもらっています」
「むぅ〜」
司書と言い争っているのは確かこの前転校してきたユイ=エコンジスト。
ロベルトの知り合いだったか。
指定書籍がどうのってなんか揉めているがどうかしたんだろうか?
ユイは司書との言い争いを諦めたのか引き下がったようだった。
「ユイさん、どうしたのさ?」
「あ、クラブさん。 ……なんかあんまり似合わない場所で会いますね」
「そりゃこっちの台詞だ。 俺とて本を読みながら優雅に過ごす趣向もある」
「そこは笑い飛ばす所ですか?」
「………すまん、見栄張った」
「クラブさんって見かけ通り面白い方ですね」
「見かけ通りって所に突っ込みを入れたいのはさておいて、さっきのアレ、どったの?」
「ああ……、さっきのですか? 探している本があるんですがそれを見るためには条件を満たしていないって言われちゃいまして」
「何の本?」
「先の大戦で英雄と呼ばれたカシューについて書かれている書籍ですよ」
「そんな本なら一般閲覧枠の書籍にゴマンとあるだろ?」
「それらは全て読んでます。 創作の伝記やタチの悪いゴシップまで」
「それで満足出来ない……と?」
「そうですね。 私の知りたい事はそんな事じゃありません」
「じゃあ、具体的に何が知りたいんだ?」
「時空牢って魔法、知っていますか?」
「これまたマニアックな禁呪魔法が出てきたもんだな。 確か教会が編み出した自己犠牲系魔法だったっけ?」
「よく知ってますね。 多分教会系の人ならともかく普通なら聞くことない魔法なのに」
「まあ、教会系にも知り合いいるしね。 ところでさ、時空牢が英雄カシューにどう繋がるわけ?」
「英雄カシューが生涯最後に使った魔法が時空牢なんですよ」
「は? 英雄カシューが、なんで時空牢なんて教会魔法を?」
英雄カシューは確か魔法剣士のはずで教会系ではない。
そう思った矢先、一つの仮定が頭をよぎった。
「そうなれば、納得いくな」
「どうかしましたか?」
「え? いや、なんていうかあまりにもバカバカしい仮定が頭をよぎったんだ」
「バカバカしい? 英雄カシューにまつわる仮定ですか?」
俺はその問いに頷いた。
「聞かせてもらえませんか?」
「いや、あまりにも常軌外れてる仮定なんで……」
「どんな仮定でもいいです。 聞かせてください」
ユイはどこか切羽詰まった顔で俺を見る。
その目があまりにも真剣だからこそ、信憑性があまりない仮定を打ち明けるのは場違いのようで、言い出しにくい。
「なんでそんなに英雄カシューに固執するんで?」
そういう切り返しをすると、ユイは今まで食いつく様に見ていた俺から目を離した。
「笑いません?」
「へ?」
「私が英雄カシューに固執する理由……」
「いや、言いたくない事は無理に言わなくても構わないって……」
「でも私は、クラブさんの仮定が聞きたいんです」
「なんで?」
「私程度が予測できる予測はやりました。 色々な本や人から聞いた話を頼って様々な事を推察しました。 でも、どうしても教会系でないカシューさんが教会系魔法の時空牢を使えたのかという疑問にぶつかってしまうんです。 私一人じゃいつまでたってもカシューさんの真実に近づけない。 だから、どんな仮定話でも聞いてみたいんです」
「………探求心だけでここまで切羽詰まった重い思いにならないわな。 なんか深い理由があるのか……」
ユイは顔を真っ赤にして頷く。
「む……」
となると、尚更こんなヨタ話にも等しい仮定を話すことが出来ないってのもある。
何よりその考えに至った道筋を、人に言えない理由もあるわけで……。
どうしたものかな。
「なら、なんでその仮定に至ったって質問はなしでいいなら話すよ」
「分かりました」
「英雄カシューは、転生者という説」
「てんせいしゃ? ……え?」
カシューとひじりを転生者として結ばなければ納得いかない事例を俺は多々目撃している。
まずはいくらクダンのマナコの魔力を使用しているとはいえあんだけ複雑な術式のイージスを無詠唱で何度も使用していた件。
罠破りやら鋼糸の鍛錬法など、一介の薬師が理解している件。
そして何より、元朱雀であったピィがひじりを知己もなく嫌っている件。
などなど……。
「転生って、古代で廃れたとされるあの転生ですか?」
転生という大掛かりな魔法は、古代に滅亡した魔法として伝承のみに残されている魔法。
現代にその使い方を知るものが皆無。
しかしひじりが転生という魔法が滅亡する前の世界から転生を繰り返しているとしたら、という仮定。
「そう。 だからカシューという代で時空牢という術を学んだんではなく、カシューの前の代の時点で学んだと考えればカシューが時空牢を公使できたという考えが結びつくな、っと」
「でもその説だと、今の世に英雄カシューが新たに転生しているって可能性がありますよね。 それならなんでその正体を父や母、ロベルトさんといった昔の知り合いに明かさないんですか?」
「とりあえず、カシューのいたパーティーにロベルトがいたということと、ユイさんの両親がいたということに驚きを感じているが、それは置いておこう。 それについても予想の範囲になるけど、転生という大魔法である以上制約が無いわけがないからね。 制約の一つに正体を明かすことを禁じる制約があるのかもしれない」
「……………なる程」
何もかも憶測だが、話しているうちに自分で次々納得してしまった。
て、ことはですよ。
ひじりとカシューが転生という線で繋がっているという点を迂闊に口外しないほうがよさそうだ。
俺の仮定が真相だった場合、制約がなんであるかわからない以上、何が制約に触れるかわかったもんじゃない。
制約を破ってしまった場合、如何なるペナルティが課せられるかなんとなく想像できるし。
でも、ひじりは俺の前で色々疑われる事を平然でやっており、全く隠す素振りをしなかったわけで。
俺が気付いたところでどうでもいいのかもしれない。
俺は当然ながら英雄カシューと知縁なんてないし。
しかし、ユイの場合、親が英雄カシューを知っている以上制約の範囲に当たる危険もある。
これは一か八かの賭となるが、ひじり本人に聞いて確認とっておかないとな。
ひじりに聞くという事態が地雷なら、隠そうとしていないひじりが悪い。
あれは隠してるというようなもんじゃない。
言わないだけという行動に等しい。
「どうかしたんですか? さっきから難しい顔して」
「え? いや、なんで結局ユイさんはカシューに執着しているんだろうなって思って」
さすがにさっき考えていたことを言うわけにはいかない。
我ながら自然な切り返しだ。
「そういえば言っていませんでしたね。 母の初恋の人がカシューさんなんですよ。 小さいころからカシューさんの話を聞いて育っていますから」
「お袋さんの初恋相手ね」
「それと同時に私の初恋相手でもあります」
「…………はい?」
「だからですよ。 人から見たら異常なまでにカシューさんの事知りたくなってしまったのは」
「でも会った事ない人だろ?」
「……クラブさん知らないんですか? 女の子は偶像に恋することできるんですよ?」
「ふむ」
ま、人の趣向をとやかく俺は言えん。
俺とてまっとうとは思えない趣向だしな。
読者諸子は余裕で忘れてるかもしれんが俺はうちのあの姉萌えである。
「バカにしないんですね?」
ユイは不思議そうに聞いてきた。
「人それぞれだろ、それって」
「クラブさんって理解あるというかなんていうか……、普通引かれちゃうんですけど」
「じゃあ言わなきゃいいのに」
「だって私じゃ考えつかない転生説という糸口を提供してくれたじゃないですか」
「転生説はあくまで仮説にすぎないからね?」
「それでも一歩前進です」
「左様ですか」
「よし、転生術について調べるぞ〜!」
「ま、頑張ってね」
なんていうか、まっすぐな娘なんだな、この娘。
ひじりに独力で行き着いてしまう可能性もあるな、こりゃ。
早急にひじりに聞かなきゃな。
転生術の制約のことを。
聞く事自体がタブーに触れてしまうんならひじりの自業自得ってことにしとこ。