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第二章第20話 朱雀神軍

「……ュー、……シュー」


 耳元で誰かが俺を呼んでいる。


「カシュー、聞いてるの!?」


「うわ!?」


 俺の顔を覗き込む様に、よく見知った少女の顔が俺の顔の近くにあった。


「ごめん」


 何に対する謝罪を言ったのか自分でもわからなかったが、目の前の少女は特に気にした様子もないように話を続ける。


「で、カシューはこの戦い終わったらどうするの?」


「この戦いが終わったら?」


 本当にどうなるんだろう。

 この戦いが終わる。

 それは幾度も転生してまで意識を現界に留めている俺の終着点を位置する。

 この戦いが終わってもまだ俺の戦いは終わらない。

 だけど……。

 この戦いが終わったらしばらく平穏が訪れる。

 そしたらしばらく戦いの事を忘れてこいつらとのんびりするのもいいな。

 漁にでて、大物を釣り上げて市場で売る。

 ちっさい夢だけど、いつどこで死ぬかわからない殺伐とした冒険者稼業をやめて一般人として生きていきたい。

 そんな、夢。


「みんなはどうなんだ?」


 焚き火に木をくべていたロベルトに話をふった。

 一見すると華奢な男だけど、彼の使う槍は東大陸随一と言われている。

 その技量に加え幾ばくかの攻撃魔法をも習得しており、頼れるアタッカーとなっている。


「僕ですか? 僕はかわいい嫁さんとイチャイチャしながらゆったりと暮らしたいですね」


「かわいい嫁さん? 相手はいるのか?」


「生憎と……。 まずはかわいい嫁さん探すのが先ですけどね。 レイさんはどうするんですか?」


「私? 私はそうね……。 結婚、かな」


「レイさんも女の子ですね。 ラウさんは?」


 愛剣の刃を研いでいたラウはチラッとこちらを見て


「俺は元々傭兵だ。 戦いの中でないと生きられない。 この戦いが終わったら次の戦争を探すさ」


「クールな……」


「それにな、戦いの前にそんな感傷的な話はしないほうがいいぞ」


「?」


「それは死亡フラグといって、俺、この戦いが終わったら結婚するんだ、とか戦後に明確なビジョンを語ったヤツは真っ先に死ぬのがお決まりだ」


「ちょ!?」


 激しく焦り出すレイとロベルト。

 この二人はついさっき明確なビジョンを語ってしまっている。

 俺?

 俺は思い描きはしたが語ってない。

 多分免れたはず。

 レイとロベルトはどうすれば死亡フラグを叩き割ることが出来るか議論を始めた。

 そんな時、近くの川に水を汲みにいっていた魔法剣士のベルと、プリーストのチャーチルが帰ってきた。


「あ? 将来のビジョンだ?」


「この戦い終わったらどうするか、ですか……」


 あ。

 あの二人、死亡フラグに巻き込まれてしまった。


「ラウ……、この戦いどう見る?」


 死亡フラグの話をした後、我関せずと言わんばかりに刃を研ぎ始めたラウに俺は聞いてみる。


「……わからん。 だが、勝ちたいな」


「…………ああ、そうだな」


 明日は朱雀神軍の残党、朱雀と決戦する。

 魔王エドワードを倒した今……。

 残る脅威、朱雀を倒せば平和が訪れるのだ。




 予想以上だった。

 いや、魔王エドワードを倒した事がこの展開になったといっていいのかもしれない。

 目の前に立つ、紅い炎を纏った女。

 女の目からは涙が流れ、俺たちをみつめている。

 彼女の目には怒りと憎しみが宿り、それが炎となり、周囲を焼いた。

 周囲は炎に囲まれ、圧倒的な魔力をもってただ無言で瀕死決壊したパーティーを見つめていた。

 朱雀と呼ばれた炎の鳥の化身。

 神に人が勝てるわけがなかったのだ。


「くそ!」


 最強の盾と自負したイージスすら朱雀の炎で一瞬にて蒸発した。

 朱雀まで誰も近づくことすら叶わず、パーティーはみな地面にひれ伏していた。


「咎人らよ……、あなたたちの犯した咎を胸に刻み、蒸発するがいいです」


 朱雀の処刑宣告だった。


「……」


 俺は半死の体駆を引きずりながら立ち上がる。

 カシューとしての生もこれで終わりか……。

 未練残るけど、仕方ないよな。


「時を司る巫女よ……。 我の肉を糧にその扉を開きたまえ……。 その供物とし、我の肉を差し出さん……」


 俺は最後の詠唱を唱え始める。

 それに気付いたのはプリーストのチャーチル。


「ば、馬鹿野郎!! それは、それだけはダメだ!」


 教会魔法禁呪。

 教会魔法が編み出した自らの命と引き換えに孔を開け、異次元に対象を転移させる魔法。

 送り先は暗黒界。

 如何なるものも存在を許されない無の世界。

 それは朱雀といえども例外はない。

 巷にいう自己犠牲呪文。

 自己愛をも説く教会としては容認できない呪文でもあるのだ。


「カシュー!! てめえ、ふざけんなああああ!!」


 教会の理念はもとより、俺の身を案じてチャーチルは罵声を浴びせる。

 そして、この時、やっと俺が何をやろうとしているのか気づいたのか、青い顔をして俺を見つめる勇者と呼ばれた少女。


「幸せになりなよ、レイ」


「な、何言ってるの?」


 首を横に振り、全力で否定しようとするレイ。

 孔を開ければここにいるパーティーも無事ではすまない。

 だから前もって範囲転移を発動する。

 それがパーティーを見た最後だった。



 頬に冷たいものが流れているのに気付き、目を覚ます。

 ぼやっとした意識で周りを見ると、幌の中であることに気付く。


「あれ、気付いた?」


 ここは馬車の中で、御者が声をかけてきたことを理解する。

 つまり、この馬車の持ち主に俺らは助けられたということを察した。

 助けられた以上、お礼を言わなければならない。

 御者をしている人にお礼を言おうと声をかけた。


「助けてくれてありがとう……」


「いえいえ」


 馬車を運転しているため、馬車の中へ顔を向けないが、御者は声や後ろ姿から俺と年が代わらない少女だと推察する。


「私はこのままポシューマスに向かいますが、そこまでなら送っていきますよ」


「すみません、助かります」


「ところでなんであんな所で倒れていたんです?」


 あの場で助けた以上、当然その疑問に直結する。

 本来ファルサー如きで苦戦するならばあの地帯を彷徨いてはいけない。

 ファルサーは群れたら厄介なヤツらだが、低級の冒険者でも狩れる魔物に位置しているためファルサーに苦戦するようでは冒険者としてやってはいけないのだ。


「まあ、色々ありまして……」


 きっと背伸びしたパーティーが調子に乗って深部まで着てしまって決壊したと認識されてしまっているだろうな、と思いつつも否定しても虚しいだけなので言葉を濁す。


「見た所、火傷をおっている方もいましたが、ここに火を使う魔物はいないはずなんですが……、何があったんです?」


 カイザードラゴンの爆炎を火傷程度で済んだのは暁光だろう。

 普通なら蒸発している。

 が、あの草原にそんなのいないから一から説明するしかない。

 助けて貰った恩もあるし、隠さず説明した。


「……………じゃあ、お仲間は……」


 クラブを置いて逃げざる得なかった事を説明した段階で御者はこちらを向いた。


「え?」


 御者の顔が知っている顔だった。

 そんなわけはない。

 時の流れがある以上、そんなわけはない。

 だけど……。


「……レイ」


「え?」


 俺がカシューを名乗った前代。

 一緒に旅した少女と同じ顔だったのだ。


「母をご存知の方ですか?」


 母!?

 時間軸的に考えても娘がいても不思議じゃない。

 そうか……。

 結婚したのか……。

 幸せになったのかだけが気になって、ついつい聞いてしまった。


「お母さんは………、元気して……、ますか?」


「……母は、一昨年流行り病で亡くなりました」


「…………」


 亡くなりました?

 レイが?

 俺は一時呆然としていた。


「……そっか。 逝ってしまっていたのか……」


 転生を繰り返しているし、そのほとんどが戦場に身を置いている以上、親しい人の死は常人の何百倍も体験している。

 だけど親しい人の死にはいつまでたっても慣れないものだな……。


「………母と親しくして頂いたのですね。 葬式に呼べず失礼しました」


「いや、仕方ありません……。 お父さんは元気ですか?」


 母になった以上、父もいる筈だ。

 誰がレイと結ばれたのか、気になるところだった。


「父は相変わらず木を彫っていますよ」


「木を彫っている?」


 そんな趣味のやつはパーティーにはいなかったな。

 ロベルトやチャーチルと結ばれているのかと思ったけど、その二人が彫刻なんて趣味は持っていなかったはずだし。


「英雄カシュー……。 実在したことを証明するのは父と母の記憶にしかありません。 ですから父は英雄カシューの彫刻を彫っているんですよ」


 俺がレイの娘の父の記憶にある。

 ということはあのパーティーのだれかなんだろうけど。


「まあ、父には彫刻の才能はお世辞にもあるとはいえませんけどね」


「は、ははは……」


「私は父の意志を継ぎ、英雄カシューの軌跡を追うため旅をしているんですよ。 ひょっとして母たちの古い知り合いなら英雄カシューのこと、知っていたりしますか?」


 まあ、カシューも存在した事を証明するものは例によって整理しているため、殆ど無いはずだ。

 知人の記憶にしか残っていないだろう。

 それは俺がそう仕向けたから仕方ない。

 それは転生をするための絶対とされる制約だから……。

 酒木原ひじりとて、肉体が消滅したら自動的に酒木原ひじりが存在したとされるものは消滅する。

 冒険者登録証、アカデミー学籍記録、など公的なものから、俺の存在を記した伝記などもなかったように世界が干渉してしまうのだ。

 記憶に関しては様々な理由があり不干渉となる。

 だからこそ、俺が消えた後に俺のことを書いたものとかは消えることなく、たまに伝説上に残ってしまうこともあるのだけど。

 まあ、それは置いといて……。

 誰だろ、この娘の父って……。

 ふと、少女の左の手首に見覚えのある腕輪がはまっていることに気付く。


「その腕輪は?」


「ああ、父が旅の安全に、ってくれたものなんですよ」


 なるほど。

 この娘の父はチャーチルか。

 少女が左手首に付けている腕輪は、信心深かったチャーチルが旅の安全を願掛けてつけていたものだった。


「ボロボロですけど、これをつけていれば父が常に側にいる。 そんな気がするんです」


 あの破戒僧もどきのプリーストが、今じゃちゃんと父さんしているんだ、としみじみ思った。


「あ、名前まだ言ってなかったね。 俺はひじり。 酒木原ひじり」


「ユイ=エコンジストです」


「ユイ……。 母さんの流れを継いだ名だね」


「はい。 私この名前好きです」


「そっか……。 ところでユイは何しにポシューマスまで?」


「父母の知り合いの勧めでアカデミーに通うんです。 その人、ロベルトさんっていうんですけどアカデミーで講師をしてるっていうので」


 ロベルトが、アカデミーに?

 気付かなかったな。

 転生した年が早すぎたか。

 前代の知己あるものがまだ生存しているから気をつけなければいけない。

 カシューがひじりである事をバレると転生術が無効になる。

 無効になる即ち酒木原ひじりの終焉を意味するのだから。

 面倒臭い制約だが、仕方ない。


「アカデミーか……」


「入学は遅れましたけど仕方ないです」


「……そういやそうだ。 なんで遅れたの?」


「通り道で戦争が始まっちゃいましたから」


「……戦争」


「ファラス魔法軍がクーデター起こしたんですけど、知りませんでした?」


 ……………。

 嫌な歯車が回り始めた。

 そんな予感がした。

 前回の聖魔戦争と始まりが似ている。

 また、あの地獄が始まるのか、と心のどこかで感じていたのだった。


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