第二章第1話 赤鳥の始まり
国を捨て、家族を捨て俺は新天地ポシューマスにやってきた。
故国ファラスにいたところで三男坊の俺が何が出来るわけでもない。
長兄は家を継ぐ。
次兄は国家貢献度とやらを上げるために軍隊に入った。
兄二人はあのクソ親父のいいような操り人形になっているけど俺は違う。
あの二人のような操り人形などになってたまるか……。
そう思い、何もかもを捨て、隣国のポシューマスにやってきた。
誰もこの地で俺を知っている者はいない。 ここから始まる俺の俺による俺の為の人生!
「あれ、クラブ?」
「!」
未知の地でいきなり自分の名前を言われた……。
まさか親父の放った刺客がもう俺を特定したというのか?
ゆっくり焦らず慎重に声をかけてきた方に向く。
「やっぱりクラブだ。 なんであなたがポシューマスにいるの?」
俺はキョトンとした。
そこにはいるわけの無い人がいたから。
「姉!?」
彼女の名前はミエル。
俺の姉貴だ。
俺に断りもなく勝手にユハリーンの商人に嫁に行った人。
「質問に答えて欲しいな、なんでクラブがここにいるの?」
「い、いや。 姉こそなぜポシューマスくんだりにいるんだ? まさか離縁されてファラスに帰れずにここにいるとか!?」
「離縁って……。 縁起でもないこというね。 旦那なら一緒にこの国にいるよ」
「なんだと!?」
「それがねぇ、新婚旅行にこの国に来ていたら旦那の家があるユハリーンが革命起きちゃったじゃない。 それで国に帰る訳にもいかないからこの国に根を下ろしたわけ……。 でね……」
俺のかわいい姉を奪った男がこの国にいるだと?
しかもその男は姉の他に何十人も妻がいるという天下きってのたらしという噂。
そんなやろうが俺の姉をとっていきやがった。
許せない。
この国にいるならぶっ飛ばしてやる。
「…………聞いてる?」
「え?」
「なんか思いつめた顔してたけど。 どうかしたの?」
「い、いや……。 そ、そういえば姉以外の奥さんはどう?」
姉はキョトンとしている。
「さあ? 私以外はユハリーンにいるからね。 私も会う前に国に帰れなくなったし」
「ん?」
「私の旦那、奥さんはいっぱいいるらしいんだけどまだ誰とも会う前にこうなっちゃったからね。 で、話は戻すけど、クラブはなんでここにいるの? てっきりリーズ兄みたいに士官学校に行ってるものと思っていたんだけど」
「俺はリーズ兄とは違い、親父の道具にはなりたくないからな。 あんな国捨ててやってきたんだ」
「捨てて、って。 この国で当てとかあるの?」
「この国にはアカデミーってものがあるだろ? 入学試験結果次第では衣食住全部面倒見てくれるって話だしな」
「アカデミーの特別学生制を狙ってたんだ。 でも特学制はキツいよ? ダメだった場合どうするの?」
「ダメだったらウェンデスやナストリーニに流れて傭兵でもするさ。 ファラスに帰るくらいならなんでもする」
「…………参ったなぁ。 クラブもリーズ兄と一緒で一度決めたらテコでも動かないもんね。 仕方ない、私の旦那に話してみるよ」
「は?」
「私の旦那、今アカデミーで講師しているからさ。 多分話は聞いてくれると思うよ?」
「旦那って、姉の旦那?」
「うん」
「……………いや、それは」
「クラブ、お姉ちゃんにここは甘えてよ。 ね?」
「ね、と言われても?」
「何? お姉ちゃんに甘えるのはいや?」
姉は頬をぷぅっと膨らませて俺を凝視する。
本人は怖いつもりなんだろうけど、姉はどんな顔したって可愛い、自慢の姉だ。
だが、俺は悲しいかな、昔からこの姉には逆らえないでいた。
「い、いや。 ヨロシクオネガイシマス」
姉はぱっと明るい笑顔を見せて微笑んだ。
これぞ天使の微笑み。
俺はこの笑顔に一生勝てないだろう。
「そうと決まれば行こ」
「え? どこに?」
「決まってるじゃない。 買い物」
「買い物?」
「今日からクラブはうちに来るんだから」
「うち?」
「当てなんてないんでしょ?」
「う……」
そんなこんなで姉に連れられて市場に向かった。
「なあ、姉よ?」
「なに?」
「すごく聞きたいんだが」
俺の手にはぎっしりと荷物が持たされていた。
「この量、一人で持って帰るつもりだったのか?」
自分で言った言葉でまだ見ぬ姉の旦那に殺意を覚える。
「いや、クラブと会わなければただパンを買って帰るだけだったしね。 今日はクラブの歓迎会なんだもん、奮発しちゃった」
姉は大きな家の前で立ち止まった。
「ここがうちだよ」
かなり大きな家だった。
実家ほどの大きさではないが、それでもかなり大きい。
「おかえりなさい」
庭からひょっこりメガネをかけた紳士そうなおじさんが姿を見せた。
「おや、彼は?」
「私の弟のクラブですよ」
「ほう、君が……」
紳士そうなおじさんが白い手袋を外して握手を求めてきた。
ついつい釣られてその握手に応える。
「はじめまして、ミエルさんの夫のロベルトです。 クラブ君の噂はかねがねミエルさんから聞いていますよ」
「夫? ……あんたが?」
「ええ」
ロベルトはニッコリと笑った。
こいつが諸悪の元凶、姉を俺から奪っていった男か!
握手している手を思いっきり握る。
「なかなか好戦的だね。 男の子はこうでなくちゃ」
そう言うとロベルトは握手の握力を強めてきた。
「いでででででででて!」
どこぞのボンボンと聞いてたのに、なんだこの握力……。
「ところでなんでクラブ君がこの国にいるんだい?」
「実はですね……」
握手で俺の右手を握りつぶしながらロベルトは姉と会話する。 その間、握力はどんどん増していた。
こんにゃろ!
負けじと握力を上げるが全く動じる気配もない。
ムカつく。
「なる程、家を捨てて単身でアカデミーに挑みに来たんですね。 ミエルさんの弟だけはありますね」
ロベルトは俺の肩をポンと叩いた。
「私苦学生は好きですよ。 それにミエルさんの弟さんなら大歓迎です。 それに骨があって私彼の事気に入りました」
「骨?」
「根性です。 私気絶させるつもりで握ってるんですがまだ抵抗してますしね」
「って、ロベルトさん!」
俺とロベルトの握手を見てやっと事態を悟った姉が、ロベルトを睨む。
「相変わらず怒っても可愛いですね、ミエルさんは。 そうでしょう、クラブ君」
当たり前だ。
くそ、マジでこいつなんなんだ……。
あきらかに華奢そうな外見をしているくせにこの無駄なバカ力は。
「ちくしょう……」
こいつ気に入らない……。
「クラブ、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ」
男の意地として、せめて姉には強がらないと。
「ロベルトさん、クラブ、仲良くしてよ。 今日から一緒に暮らすんだから」
「わかってますよ、リエルさん。 宜しくね、クラブ君」
「コチラコソヨロシクオネガイシマス」
「棒読みだねぇ」
ロベルトは俺の手を引っ張って姉に向かって言った。
「クラブ君、夕飯が出来るまで借りるよ」
と言って、俺の意志なんて関係なく、家の中に引っ張っていった。
家の中には子供の落書きかといわんばかりのヘンテコな絵画や、古びた壷、怪しげな甲冑など、所謂アンティークと呼ばれるものが並べられていた。
俺みたいな庶民には一見ゴミにしか見えないが一つ一つが信じられないほど効果なものである。
ロベルトはアンティークに見とれている俺を無視して、家の奥にある部屋に引っ張りこんだ。
「クラブ君はいける口かな?」
ロベルトは高級そうな酒を持ってきた。
「いや、俺は未成年」
「君ほどの悪タレならやったことあるだろ?」
図星だった。
ファラスにいたころカッコつけて悪友らと酒を飲んだりした事もある。
それを一回姉に見つかって泣かれた。
それっきり一度も酒は口にしていない。
「姉を泣かしたくないんで」
「泣かす?」
俺には俺を理解してくれる人はいないと、荒れていた時期があった。
だけど俺の為に泣いてくれた姉がいて、真剣に怒ってくれた。
我が姉の事だけど一見イイトコのお嬢で、世間知らずの人だと思っていたけど、あの荒んだ家で誰よりも家族思いだった姉。
そんな姉は家族で一番幸せにならなければならない。
それなのに、クソ親父の命令でこんなやつと無理やり結婚させられてしまった。
「クラブ君、殺意はもっとうまく隠した方がいいよ」
「!」
「なんで気付いたか、って? そりゃ君。 ずっと恨めしい顔で僕を見てたからね」
ロベルトは酒をコップに注いだ。
「誤解があるようだから先に行っておくけど僕はミエルさんが好きだよ」
「あんたにはたくさんの奥さんがいるだろが! 姉は所詮その中の何分の一なんだろ!」
「確かに僕にはミエルさん以外妻と呼べる人はいるよ。 ただ彼女たちとミエルさんではまず本質が違う。 彼女たちは僕の父が僕を家に縛り付けるための鎖なんだよ」
「は?」
「僕はね、若い頃冒険者だったんだ。 ダンジョンを攻略したりミッションを受けたり傭兵になったりね」
道理でバカ力なわけだ……。
「父はそんな僕をなんとか家に縛り付けようといろいろ画策した。 で、手っ取り早い方法が僕に所帯を持たせることだったんだろうね。 父はたくさんの娘を連れてきたよ」
「その中に姉もいるんだろ?」
「うん。 ミエルさんもそんな一人だった」
「つまりあんたはみんな愛するなんていう一見フェミニストを気取る気なんだろ?」
「いや、僕が愛する妻はミエルさんだけだよ」
「は?」
「ミエルさんを除く僕の妻たちはね、みんな僕ではなく僕の家の資産を愛している。 だけどミエルさんは資産より僕自身を好きでいてくれる」
「あ、姉が、お前を好き、だと?」
「だから彼女の事をよく知りたいから今回の旅行に誘った。 そしたら実家のある国で革命が起きてね。 帰るに帰れなくなったというわけだ」
ロベルトがコップに注がれている酒をぐいっとあおる。
「で、この国に根を下ろして今に至るまでミエルさんと二人で慎ましく過ごしているというわけさ」
「……………………」
姉の事を語る度に優しい顔つきになるロベルトは、本当に姉を愛しているんだろうという事がわかった。
それは正直困った話だ。
俺は姉の夫はどうしようもない屑で殴るのに遠慮のいらない人物を想定していた。
しかし実際はどうだ。
きちんと姉を愛しているし大事にしているのがわかる。
俺がこいつを殴るとそれはただの嫉妬だけ。
それは俺の負けだ。
「クラブ君」
「え?」
「そろそろご飯の時間ですよ。 ミエルさんお得意のスープの香りが漂ってくるでしょ?」
言われてみれば姉が得意のクリームシチューの香りがする。
「さて、行くとするか。 君を紹介しなければいけないからね」
「紹介?」
ロベルトと姉の二人以外に誰かいるのか?
そんな事を思っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「センセ、ミエルさんがご飯出来たから呼んでこいって」
若い女の声だ。
「ああ、わかったよ。 すぐいく」
ロベルトはドアを開ける。
ドアの向こうには俺と同じ位の歳の少女が立っていた。
少女は俺に気付き、ニッコリと微笑む。
「センセ、彼がミエルさんの弟さん?」
「ああ、紹介しよう。 彼女は僕の教え子でこの家に下宿しているルゥ君だ」
「ルゥです。 君の名前は?」
「ク、クラブです」
「クラブ君か。 君もアカデミーに?」
「そうなんだ。 ルゥ君の後輩だよ」
「宜しくね、クラブ君」
ルゥと名乗る少女は握手を求めてくる。 俺は握手に応えた。
夕食は俺の好物ばかりだった。
姉が俺の好物を覚えてくれたんだろう。 久しぶりに食べた姉の料理は前食べた時に比べさらに美味しかった。
姉とロベルトの会話を聞いてて思ったことだが、姉は思っていたほど不幸じゃない。
いや、逆に幸せなんだろうと。
ロベルトは姉を大事に思っている。
姉も俺には見せてくれない笑顔でロベルトと面している。
とてつもなく悔しいが、姉が幸せならそれでいい。
そう感じた。
第二章はリーズ主体とクラブ主体で進めて参ります。宜しくお願いします