また1から
〜プロローグ〜
息を吸い、息を吐く。手をかけたドアから微かに漏れる黄色い光は、この暑い季節によく似合う。息を吸い、息を吐く。家からでるこの憂鬱さも、僕の望んだ日常なのだと思い心が晴れる。息を吸い、息を吐く。脱力していた右腕に力を込めドアを押し開く。
後ろを振り返り、届くはずのない独り言を発する。
「行ってきます」
〜自己紹介〜
僕の名前は白井玖人。今は高校の授業が終わって、そそくさと帰路についている。
僕が通っている私立菊漆高校は200年以上の歴史を持っている。よく言えば由緒正しき高校、悪く言えば古臭い高校だ。
僕はその一年生で、まあまあな生活を送っている。成績はそんなに良くないけど、充実していると思う。周りからはたまにテストの点数でバカにされるけど。
いや、本気を出せばテストなんて余裕だからね?僕物知りだからね?いっぱい世の中のこと知って(以下略)
今日は7月23日 僕の誕生日であり、夏休み前の最後の登校日だ。
僕は部活に入っていない。入れない、が正しいかもしれない。
昔に両親を亡くして、部活にはいかず施設で暮らしているのだ。たまに寂しく思う時もあるが、もう慣れてしまった。
そんな僕どこにでもいるかのような僕にも皆んなに隠している秘密がある。
心霊現象、神通力、運命的な出会い。その全てに説明がついてしまうような、そんな力を持っているのだ。
僕はこれを【能力】と読んでいる。
【能力】を持つ人はかなり少なく、この僕は今まで【能力者】と会ったことは2回ほどだ。僕の暮らしている施設は【能力】と関わりが強い施設なのだが、その僕が2回ほどなのだから、普通の人間は【能力】の存在も知らず一生を終えることだろう。
僕の能力は【増殖】。簡単に言えば自分から自分の分身を出す能力だ。もっと複雑な能力なのだが、まあそこまで説明しなくてもいいだろう。
この能力の一番の弱点は、分身が漫画のようにご都合主義では無いこと。
何を言いたいのかというと……分身はまっ裸だ!漫画のように服までは再現できない。できるのは自分の体のみだ。だから外では使えない!
……まあ能力自体外で使う気はさらさら無いけど
「それにしても、暑いな」
誰も届かないであろう独り言に一区切りがついたとき、そう言った。
太陽が僕を恨んでいるのかと思いそうなほど、容赦ない陽射しを浴びせる。
道路のアスファルトには陽炎ができていた。
ギラついた太陽を煽てるように、雲なんてものは空にはいない。
そんな夏の1日に浸っている時、、、
ーーー突如轟音が鳴り響いた。
目の前に鮮やかな赤い薔薇が飛び散る。
横腹に鮮烈な痛みが走る。足に力が入らない。僕は耐えられずに地面に膝をつく。
痛めたところを見ずとも、どうなっているかがわかる。でも何故?何故急に?
「どこから撃たれた、、!」
二度と味わいたくなかった痛みが全身を蝕んでいく。物事を考えれなくなっていく。
横腹を抱えながら、状況を素早く確認する。
撃たれた方向からある程度の方角は推測はできたが、まず僕がやるべきことは僕の体を隠すこと。
ここは周りが畑ばかりの開けた道路。射線を切れるほどの障害壁はすぐ近くにはない。
それなら……!
「ぞうしょ………」
2度目の轟音を聞いたのも束の間、頭に強い衝撃が走った刹那全身の力が抜ける。
死への恐怖も感じぬまま、僕の意識は闇に消えた。
〜また1から〜
体に力が入る。意識が戻ってくるのを感じた。
目を開けてみる、そこは知らない天井だった。
「どこだ、ここは、、」
「おや?目が覚めたかい?」
誰かの声が聞こえる。あたりを見渡すと、オレンジ色のいかにもチャラそうな男性が窓辺に立っていた。
「ちょっとダニエル呼んでくるから、まだ寝ときな、Baby」
オレンジ髪の男性がウインクをする。
「べ、べいびー?」
男性が部屋の外に出ていく。それを目で追った後、上半身を起こそうとしてみた。
「イタタタ、、なんで?」
突然走った痛さに思わず声が漏れる。
何故自分の腹が痛むのだろうか、確か学校から帰っていて、、、、
そうだ、思い出した。俺は何者かに撃たれたんだ。でもどうして、どうして生きているんだ?
普通人間ってあそこから生き返るか?
手がかりを探しに、俺のすぐ横の窓を見てみた。
「………どこだ ここ?」
どこかの森の中だ。
俺の記憶にはない、見たことがない木々だ。
俺は横たわっていたベッドから降りる。
横腹の痛みはそこまでひどくないことにそこで気がついた。
ベッドの右側、ちょうど俺の腹があったところに血の跡ができていた。
看病してくれた人に少し申し訳なく思いながらベッドを後にした。
時計が空の暖炉の上に立てかけられている。
時計の針は5時42分を指していた。
そういえば俺は何時間ほど寝ていたのだろうか?
え〜と俺が学校を出たのが、、、あれ?いつだっけ?
確か俺は授業を、、、ん?
時計の前で頭を捻っているとすぐ横のドアがガラガラと音を立てて開いた。
その奥には修道女の服を着た薄い茶髪の女性が立っていた。
「あれ、起きれるんですね〜 じゃあ意外とよくなってるんだ!」
茶髪の、おそらく『ダニエル』と呼ばれた女性はそう言って部屋の中に入ってきた。
……女性!? あ、いや、このご時世でこれはまずいか。
さっき扉を開けた『ダニエル』という女性の話を聞くと、なんでも俺が何者かに撃たれた後、この人たちの『リーダー』が俺を見つけたらしい。
「でも、どうして俺は生きてるんですか?人間ってあそこから生き返れるもんなんですか?」
そう聞くと、ダニエルさんは少し困った表情を見せる。何かを言うのに躊躇っているような。
するとオレンジ髪の男性が
「『リーダー』ちゃんの知り合いらしいし、【能力】の存在ぐらい知ってるんじゃない? 言っちゃっていいと思うけど」
「それもそうね…… わかった じゃあ説明するわ」
ダニエルさんが俺の目を見つめて言ってくる。
「あなたがここまで回復したのは私の能力【加護】の力よ」
そう……そうなのか?まあダニエルさん達はここで嘘をつく必要もないだろうし、本当のことなのだろう。
そのあとダイエルさんが早口で説明を始める。
「私たち【リベリノーティス】は団員が5人いtリーダーとわたcとこいつとそ」
「ストーップダニエル!!早口で捲し立てすぎ!ほとんど何言ってるかわからなかったよ!人の気持ち考えな!?」
オレンジ髪の男性が茶髪の顔の前で手をブンブンと振り話を遮る。
救い舟を出してくれて助かった、、、
ダニエルさんは肩をすくめて口を紡ぐ。
「ま、確かなことはここにBabyの敵はいないってことだ」
男性がそう言って俺と肩を組んだ。
顔が近くてむさ苦しい。
「俺様から改めて説明をしておこう ここは【リベリノーティス】。俺たちみたいな【能力者】が集まるチームみたいなものだ。メンバーは今のところ5人で俺とこいつとリーダーとあと男女一人ずつだな」
そこまで言うと男性は組んでいた肩を外し、二歩後ろへ遠のく。
そこで、俺は今まで疑問だったことについて質問する。
「ところで、その【能力】ってなんなんですか?」
2人の目が丸くなる。そんなにおかしいことを言っただろうか。
そりゃ能力と言えば虫とか動物とかの器官やら神経やらのことだろうが、【能力者】?なんのことだ?
「ありゃ?【能力】のこと 知らないの?」
するとダニエルさんが怒った口調で
「ちょっと『Bさん』!あなたが言っても良いって言ったんでしょ!?」
男性。さっきダニエルさんから『Bさん』と呼ばれていた人が慌てて口を開く。
「いやいや『リーダー』ちゃんと知り合いなんだよ!?【能力】のことについて知ってると思うじゃん!」
「ああ、その通りだ」
扉をガラガラと開けながら誰かが入ってくる。
声的に、中学生の男子ぐらいだろうか。
ダニエルさんのちょうど後ろの方にいてよく見えない。
「あ、『リーダー』!」
「ちょっと『リーダー』ちゃん?この子【能力】について知らないみたいだよ?」
ダニエルさんと『Bさん』と呼ばれた男性がどき、『リーダー』の姿が見えた。
『リーダー』は上下黒の学生服に黒い学生帽、色褪せた朱色のマントを羽織っている。マントは顔あたりでマフラーのように口を隠している。
顔を覆っている部分は黒い線がギザギザに二等辺三角形ができるように引かれていて、デフォルメされた横から見る恐竜の歯のようになっている。
そのせいで口が大きく歯をギラつかせているように見える。
「『白井玖人』 あなたは何故【能力】のことを知らないふりをしているんだ?
ここには【能力者】しか集まっていないぞ」
「【能力者】? それに
『白井玖人』って誰のことです?」
リーダーが目を見開き、何かを考えるようにブツブツ独り言を呟く。
「撃……た影響で記………いや、でもそんなこと……おじ……まは…………」
「リ、リーダーちゃん?どうしたの?」
『Bさん』がリーダーに駆け寄るが
「『BPM』 一旦黙れ」
「あ、はーい」
軽くあしらわれてしまった。
男性、『BPM』さんがしょんぼりと口を閉じる。
するとダニエルさんが
「あの この人回復したてで困惑してるんじゃない? それか撃たれた衝撃で記憶飛んじゃってるとか」
「……そうだろうな やっぱりそれしか考えられない おい玖人 私のこと思い出せるか 私のことじゃなくもていい 自分がどこに住んでいたかとか 何か思い出せないか」
それを聞き、一生懸命思い出そうとする。
まず、俺の住んでいた場所だ
ええと……
「…………あれ?俺どこに住んでたんだっけ? ていうか俺の名前…なんだっけ」
そういえば、さっきも俺が学校から帰った時間や、そもそも俺が何故学校に行ってたかすら思い出せていない。
もう一回、もう一回だ。もう一回思い出そうとするんだ
「……おい玖人 大丈夫か? 覚えてない……無理………ていい…?」
(ドクン ドクン ドクン ドクン)
だんだん音が聞こえなくなっている。
声が遠くなっていく
「そ、そうで…… なにも今……出そう………………」
⦅ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン⦆
違う、俺の鼓動がうるさくなっているんだ。
でも何故だ?俺の心臓は何故ここまでうるさくなってるんだ?
俺は何に焦って……だって今までこんなに鼓動がはやいことなんて……
【今まで】?今までってなんだ?
いや、そんなこと俺が今まで歩んできた人生に他ならない。
でもそれがわからない。覚えてない。
あれ?
あれあれ?
あれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれあれ?
『俺』って 誰だっけ?
どうしようもない恐怖が襲ってくる。なんだ?自分がわからなくなっている。いや、思い出せない。
言葉の定義や今日が何日なのか、記憶していた森羅万象の簡単な物は覚えている。
だが、自分のことについて、自分が今まで何をして生きていたのか、
俺がいつ産まれたのか、何歳なのか、好きな食べ物は? 嫌いな人は!? 俺は何をしていた!?!?
「……全く…覚えていない…………」
いけない、泣きそうになってきた。孤独感が全身を這っている。
手が震えてきた。顎が震えて歯がカチカチと音を立てる。
俺が何者なのか全く思い出せない。
どんな性格なのかも、どんな容姿なのかもわからない。
そもそも、俺は本当に『俺』なのか?
本当は生き返っていなくて、他の人間に魂だけ入れ替わったのではないか?
俺は、本当に人間なのか?
「おい…大丈夫か〜」
BPMが俺の肩を掴み、反射的にその手を振り払う。
「あ……すみません……」
「いや 気にしてないさ」
静寂が訪れる。空気が重い。
誰かが口を開くのを待っていると、誰かの足音が遠くからドタドタと近づいてくる。
「おーいリーダー!『ボタン』が呼んでるよ〜 ってあれ?その人起きたのか! リーダーの知り合いらしいじゃん よかったなリーd……!?」
俺以外の全員が廊下からやってきた男子に向かって視線を向けていた。
視線を向けられた男子はみるみる顔が青ざめていく。
「な、なんかすみませんでしたー!」
何かを察したのか、男子はピューンと逃げていった。
「ブッ!ハハハハハ!」
逃げていく様が面白くて、つい吹き出してしまった。
あの男子が空気を変えてくれたおかげか、他の3人も顔が明るくなり、笑い合った。
俺が誰なのか、おれが『白井玖人』であることも今は何一つわからない。
でも、それでも
俺は今、笑えたんだ。
この人たちと一緒に笑い合えたんだ。
それは俺が一人の『人間』であることの何よりの証明なんだ。
こんにちは、作者の華街です。RATDANCE第一話楽しんでいただけましたでしょうか?
僕自身こうやって書き物をすることが初めてですので、至らぬことがあっても温かい目で見ててください。
ちなみに僕は男です。華街って名前なのにね。
名前といえば、RATDANCEに出てくるキャラクター達にも特徴的な名前が付いていますね。(自然すぎる誘導)
主人公の白井玖人にも色々な理由はありますが、そこは一旦置いときます。
幹部やリーダー、そして一瞬でてきた『ボタン』ちゃん。これら全てに意味が込められています。
読者の皆様は考察とか色々して、楽しんでいただくと嬉しいです。
ちなみにキャラクターたちの本名は大事な場面で明かすことにしてます。
それまで楽しみにしておいてください。
それでは次の話でお会いしましょう。華街でした〜