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バレンタインデー直前、後輩女子が作るチョコの味見係に任命された俺は。〜「好きな人にあげるチョコは、その人の舌に合ってるのが一番ですから」〜

作者: 和家有

チョコ作りに詳しくないので、その辺の描写は自信がありません。あしからず。

「せんぱーーい!」


 2月上旬。

 冬の寒さも一段と厳しくなってきたこの時期の廊下をさぶいさぶい言いながら歩いていると、ふと背後から声をかけられた。

 ん?と振り向くと、見知った顔がてとてと歩み寄ってきていた。


「……なんだよ」

「ちょっと頼み事があってー」


 にっこり笑顔で言う彼女の名前は秋川柚子(あきかわゆず)

 俺の後輩に当たる一年生だ。


「聞いてやろう」

「ありがとうございますー。あのー、バレンタインデーがもうすぐじゃないですか?」

 

 バレンタインデー?バレンタインデーってあれか。女子が好きな男子にチョコをあげるっていうあのイベント。


 あれ本当に実在してるの?

 今までチョコもらったことないから伝説上のイベントかと思ってるんだけど。


「おう……あるな」

「まあ、先輩にはあんまり縁のないイベントかもしれませんけどね」

「帰る」


 踵を返し歩き出すと、秋川は「はわわ!」と俺の袖をぐいぐい引っ張ってきた。


「冗談ですってー」

「世の中には言っていいことと悪いことがあってだな……」

「先輩は冗談も通じない人間なんですかー?」


 いや、通じるけど。

 通じない冗談ってのもある。まさに今の。

 俺にとってバレンタインデーとか本当に縁がないから、その冗談は冗談として成立していない。だって事実だし……。

 ううぅ……と内心泣いていると、秋川は用件を勝手に話し出した。


「それでー、チョコあげたい人がいて、そのためにチョコ作りの練習をしたいんですけど」

「おう、いいんじゃね?いっぱい練習しろよ」

「先輩にも付き合ってほしんですよー」

「俺?俺チョコとか作れないけど?」

「いや、先輩は味見担当でお願いしたくて」

 

 味見担当……それいるの?

 自分で食べて自分で味確かめれば良くない?

 そんな視線を向けていると、秋川を付け足すように言った。


「私って結構味音痴で。バカ舌なんですよー。だから、ちゃんとした舌を持つ誰かに味見してほしいなーって」

「それ俺じゃないとだめ?」

「先輩部活とか入ってないし超暇そうじゃないですかー」

「……」


 否定できない。

 できないけど、その言い方はあんまり良くないと思いますはい。

 むっと眉根を寄せてみたものの、秋川は我関せずだ。

 ということでーと、何やら話をまとめると、俺の袖をぐいっと引っ張る。


「今から家庭科室でチョコ作りの練習するんで、味見お願いしますっ」

「今から?いや、今日は家に帰ってからやることが……」

「どうせゲームですよねー。それはやることって言わないですよ。行きますよー」


 そんなこんなで、俺は半強制的に家庭科室へと向かわせられた。


✳︎


 放課後の家庭科室は誰もいない。

 秋川は中に入ると、冷蔵庫から卵やら牛乳やらを持ってくる。


「これ秋川が準備したのか?」

「はい。そりゃ、自費ですよ」


 そりゃそうか。

 流石に学校がチョコ作りの材料をくれるわけないよな。


「てか、家で練習しろよ……」

「ゆっくりできないじゃないですか。お母さんとか使ってますし」


 家庭の事情というやつだろうか。まあそれなら仕方ないか。

 秋川は他にもボウルや秤などの調理器具を適当に持ってくると、エプロンを身につけ、腕捲りをしてふむと気合いを入れた。


「それでは作っていきます」


 秋川はチョコ作りに慣れていないのか、携帯を見ながらチョコ作りを始めていく。

 買ってあった板チョコを細かく刻むと、それをボウルへと移す。

 そこに生クリームを加え、中火で湯煎。

 混ぜながらチョコと生クリームが完全に溶けたことを確認すると、それをオーブンシートに置いてある型へと流し込んだ。

 その他にも砂糖やココアパウダー、あとなんかよくわからん粉を吹きかける。

 まあ、世間一般的にいうチョコ作りとはこうだよな、といった感じのベーシックな作り方である。


 ていうか俺は作ってるとこも見守らなきゃいけないのん?

 できたのを後日渡すとかでよくない?だめなの?

 そんなことを思うが、真剣に作っている秋川を前には言い出せない。


 椅子に座りながら、時折携帯をいじりながらちらちら様子を伺っていると、一旦チョコは完成したみたいだ。まだ溶けているチョコを固めようと、秋川はそれを冷蔵庫へぶち込んだ。


「ふぅ、結構大変ですね」

「あんま作ったことないのか、チョコとか」

「はい、初めてですよー」


 手の甲で額を拭いながら言う。


「ふーん、初めてか……。じゃあ、そんだけ手作りチョコを渡したい人がいるんだな……」

「はいっ」


 そんな会話をしつつ、チョコが固まるのを待つ。

 このクソ寒い季節だ、数十分程度ですぐにチョコは固まった。


「ではでは、味見の方をお願いしますー」

「はいよー」


 俺は言われた通り、出来上がったハート型のチョコを一つ口に放り投げる。

 もぐもぐと咀嚼する俺を、秋川はじっと見つめていた。

 

「うん、うまいよ。普通に」

「普通って何ですかー」

「あいや、特に深い意味はない。おいしーってこと」

「そうですかー、うーん。」


 秋川は俺の「普通」と言う単語に納得がいかないのか、首を捻る。


 あー……俺のうまいもの食べたときに「普通にうまい」って言っちゃう癖が秋川を困らせている。その普通に特に意味はなく、ただ相槌程度に付け加えたものでしかないのだが、秋川にとっては重要な二文字となっているそうだった。


「適当にネットの一番上に出てきたやり方で作りましたけど、まだまだ改善の余地はありそうですね。明日以降も頑張りましょう」

「……え、もしかしてバレンタインデーまで毎日やる気?」

「はい……?そうですよ?」

「……」

 

 め、めんどくせえ……。

 そんなことを思いつつも、俺はそれから毎日その味見役を担当した。


 秋川もこれだけ練習するってことは、それだけ最高の出来栄えのものを渡したい人がいるってことなんだろうし。その頑張りは褒め称えられるべきものだ。


 THE・青春って感じ。

 俺は後輩ちゃんの青春を邪魔したいわけではない、むしろ応援したいまであるので、味の感想は忖度なく正直なものを伝えていた。

 その度に秋川は首を捻り、また試行錯誤を繰り返す。


 そんなこんなな日々を送っているうちに、2月14日。とうとうバレンタインデー当日を迎えた今日の放課後。

 本当は昨日の時点で渡すチョコを完成させておくのが一番だったが、秋川はどうにも納得がいかないらしく、当日を迎えた今日でも家庭科室にいる。


「まあ、ラストチャンスだな。泣いても笑ってもこれで最後だ」

「ええ、だから最高の一品を作りますっ」


 言うと、秋川は覚悟を決めたようにチョコを作り始めた。


 練習期間は約二週間弱。その間毎日家庭科室に来てはチョコ作りの練習をしていた。その成果もあってか、秋川の腕はたしかに上達している。

 もうネットかなんかで作り方をみなくても作れるようになっているし、そのスピードも歴然の差だ。秋川は手慣れた所作で、チョコ作りのステップを踏んでいく。


「ていうか今更だけど、誰に渡す気なの」


 チョコを作っている最中、何の気無しに聞いてみる。


 流石にこれだけ練習を重ねてでも最高のチョコをあげたいと思う相手だ。それは相当好意を寄せている相手だと考えられる。

 そいつは相当な幸せもんだろうな……女の子がこんだけ頑張って作ったチョコもらえるの。

 俺も味見役としてその頑張りに加担していたわけだし、秋川がこのチョコを誰にあげるのかというのはかなり気になる点だった。

 聞くと、秋川はちらと俺を一瞥すると、すぐ手元に視線を移した。


「誰だと思いますー?」

「知らんよ。同級生の子?」

「違いまーす」

「じゃあ先輩?」

「はいっ」

「ふーん……で、誰?」


 俺が欲しいのはそんな抽象的な情報じゃない。

 このチョコを受け取るやつの顔が見てみたい。きっと相当のイケメンなんだろう。そんな一心で、個人を特定するような聞き方をすると、秋川はゔぇーっと舌を出していた。


「名前まで言うわけないじゃないですかー……なんですか?嫉妬してるんですか?」

「ちげえよ……」


 単純に羨ましいからですはい……。

 俺も女の子が頑張って作った手作りチョコ貰いたい人生だった。


「まあまあ、そのうちわかるんで、黙って見ていてくださいー」

「わかったよ……」


 そんな会話をしているうちに、チョコ作りはどんどん進んでいく。

 冷蔵庫に入れ固めること数十分、秋川が好きな人に渡すというチョコが完成した。


「できました!」

「見た目は今までで一番綺麗かもな」

「ですよねー?でも問題は味です、さぁ先輩、味見の方をー」


 今から秋川が好きな人にあげるものと同じチョコを味見する……何だか複雑な気持ちだ。してはいけないことをしてしまっている感じすらある。

 俺はそんな背徳感を感じつつも、役目だからとチョコを齧る。

 もぐもぐと咀嚼すると、甘すぎず苦すぎずのちょうどいい甘さ加減が口に広がった。

 

 ……ていうか今更だけど、このチョコって俺が味見して意見を出し、秋川がそれに応じ改善をした結果の味であるわけで。それってつまり、必然的に俺の好みの味になっているわけである。

 

 いいのか?それで。

 しかし、その味が俺にとってまずいものなわけがなく。

 俺はチョコを飲み込むと、秋川の方を見やる。


「うん、すげーうまい。今までで一番うまいわ」

「ほんとうですかー!?」

「ああ、完璧な出来だ。これならきっと、渡される人も大満足だろうな」

「やりましたー!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ秋川。

 そりゃ二週間も頑張ったもんな……。


「じゃあ早く渡しに行かないとな。もう日、暮れちまうぞ」


 放課後になってすぐ作りに来たものの、時刻はもう午後5時を回ろうとしている。

 渡したい人がまだ学校にいるのか、はたまた部活がなく家に帰ってしまっているのかわからないが、いずれにせよ早くしたほうがいいだろう。


「そうですね」


 秋川は完成したチョコを可愛らしい包みに入れてデコレーションをする。何やらメッセージカードみたいなものも最後に入れると、きゅっと包装紙を結ぶリボンをつけた。そして、完成したことに安堵するかのようにほっと息を吐いく。


「よしっ」

「あー、後片付けは俺やっとくからいいよ。早く渡しにに行っちゃえ」

「あ、ありがとうございますー……」


 俺を置いて先に行け!

 ふぅ、後輩のアオハルを一つお手伝いしてしまつった。

 一方俺のアオハルは散々なものだって言うのに……。


 水かも涙かもわからない液体で手を濡らしながら洗い物をやっていると、秋川は隣でちらちら俺を見ているだけで、完成したチョコを渡しに行こうとする素振りを全く見せなかった。


「どした?早く行ったほうがいいぞ。遅くなっちゃうだろ」

「あ、はい。じゃあ、これ」


 そう言って、秋川は先ほど完成させたチョコを差し出してくる。

 ……こいつ、なにやってんだ?


「え……なに?俺が渡せって?いや、それは色々問題になっちゃうだろ」


 手渡ししてるの見られて、男が男にチョコ!?とか思われちゃったらどうするの?

 

「違いますよー……。このチョコ、先輩にあげるって言ってるんです」

「はぁ……?なんで?」


 出来が気に食わなかったか?また作り直す気……?いや、もうバレンタインデー当日なんだぞそんな悠長なこと言ってられねえだろ早くできたもん渡してこいと俺が言うより先に、秋川が口を開く。


「元から先輩にあげるつもりだったんですよ」


 ん、とチョコを差し出してくるので、俺は洗い物をやめ、服で手を拭うとそれを受け取った。


「……え、どゆこと」

「……わからず屋さんですね」


 秋川はふいっと視線を逸らした。

 秋川の横顔を見つめて数秒、俺は口を開く。

 

「なに、お前もしかして俺のこと好きなの?」


 冗談めかして聞いたつもりだったのだが、言うと、秋川は急に顔を赤く染めあげる。それから何かを弁護するように、消え入るような小さな声で言い募った。


「……っ、す、好きな人にあげるチョコは、その人の舌に合ってるのが一番ですから……だから、先輩を味見役に選びました……」


 ふむふむなるほど……。

 えーっと……先輩を味見役?好きな人にあげるチョコ?その人の舌にあってるのが一番?うんうん確かに、つまりそれって?


「じゃあやっぱお前俺のこと好きってこ」

「あー!違います違います!義理です!先輩にあげるチョコなんて義理でしかないです!」


 秋川は俺の言葉をわざと遮るように大声を出すと、ズビシっと俺を指差して捲し立てた。

 怒っているかのように顔をむーっと膨らませ、焦るように半べそをかいている。うるうると潤む秋川の瞳を見て、ついドキッとしてしまった。

 そんな表情は……初めて見たな。


「じゃ……じゃあ、あと片付けお願いしますね。私もう帰りますから」

「え、ちょ。待てよおい……」


 呼び止めるも、秋川は聞く耳を持たない。

 がらがらぴしゃ!と勢いよく扉を閉められてしまった。


「……なんだってんだ……」


 俺は受け取ったチョコに目を落とす。

 透明な包みの中には、『I love you』と書かれたメッセージカードが入っていた。

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