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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛に巣食う

 色恋にかまけ、責務を忘れ、本来添い遂げるべき相手を貶めた者への扱いなど相場が決まっている。

 そんなわけで、誰の目にも明らかな愚王子は廃嫡の後、王都から遥か離れた辺境にて一生を過ごす事と決められた。後に残ったのは元婚約者。そして、王子が目覚めたという真実の愛の相手のみだ。

 その少女は、名をステファニーといった。花が咲くような笑顔を見せる、誰もがうらやむ美少女である。しかし、彼女は見た目ばかりが取りざたされるただの花ではない。文武両道、頭脳明晰、質実剛健。その上で思慮深く、何より分別がある。

 彼女の身の程を弁えた態度が、どうやら王子の心を射止めた。いつしか、王子は婚約者である公爵令嬢コーネリア・バーグマンを疎ましく思うようになっていったようだ。

 そして、王子はコーネリアにありもしない罪を擦り付け、なんと独断で婚約を破棄しようと言い出した。新たな婚約相手には、ステファニーを名指しする。更にはその事を他貴族のいる夜会の席にて高らかに宣言するという暴挙に出た。

 ステファニーの家は王家にも覚えがめでたい豪商ではあるものの、無論そんな事が許されるはずもない。コーネリアの免罪は瞬く間に晴らされ、王子の愚行は明るみに出る事になる。そして、頭を抱えた王子に言い渡されたのが、冒頭にて説明した廃嫡騒動である。

 王子は最後まで真実の愛を叫んでいたが、それが認められる事は終ぞなかった。


 ただ、この騒動には裏があるという噂があった。

 その後の対応に、いくつか不審な点があったのだ。

 まず、ステファニーが全く咎められなかった事。騒動は王子のみの暴走であり、彼女はむしろ被害者であるとされたのだ。

 そして王子が廃嫡されたのち、元婚約者であるコーネリアが夜会の場に現れなくなった。しかし、決して死亡したわけではない。王家から多額の見舞金を支払われ、それを機にカントリーハウスからほとんど外出をしなくなったのだと。

 さらに、異変はステファニーにも現れた。彼女の生家は今でも国一番の豪商として活動しているが、その活動の最中にステファニーの姿がないのだ。かつては常に大旦那である父の横に立っていた彼女がどこに行ったのか、その話題になると家族はいつも口をつぐんでしまう。

 こんな謎の常として、様々な憶測が飛び交う。

 騒動の後争いがあり、二人は既に死亡しているとか。王子の逆恨みにあい、二人は顔に酷い怪我を負ったとか。二人とも他国へ嫁いで行ったとか。

 しかし、そのどれもが実態からは程遠い。彼女達はまるで壮健であり、至って健康であり、とても健常である。そればかりか、何の捻りもなく家におり、特に奇を衒うでもなく生活している。外に出ないという一点を除き、彼女ら二人はごく普通の生活をしているのだ。

 それは満足な食事をして、着飾る事ができ、柔らかなベッドで眠る自由。貴族として何も恥ずべきでない生活水準であり、なにより“愛する者と共にある”生活である。

「ステファニーさん! おはようございます!」

「あら、今日は早いのね」

「ええ、貴女に! あ、貴女に紅茶を淹れたくて……っ」

 ステファニーは紅茶を受け取る。彼女の家でも卸している一級品である。

「貴族様が自ら紅茶を淹れてくれるの? 私には勿体無いわね」

「そ、そんな事ないわ! 貴女のために私が淹れたかったの!」

「可愛い事を言ってくれるのね。大好きよコーネリア」

「——っ!!」

 ステファニーは例の騒動以降、コーネリアの屋敷で生活していた。誰も邪魔する者のない、二人だけの愛の巣である。

 誰からも好かれるステファニーは、あろう事かコーネリアからも好かれた。初めて見た時からの一目惚れである。

 そうなると、邪魔になるのが婚約者の存在だ。二人が結ばれるためには、その隔たりになるものは何一つ許容できない。

 そうして二人は狂言を演じる。王子を唆し、間抜けな婚約破棄騒動を起こさせたのだ。

 公爵家は、これによって王家へ貸しを作る事ができた。多大な迷惑をかけてしまったという負い目から、国内において公爵家の影響力は大きなものとなるだろう。

 商家は、これによって公爵家と強固な繋がりを作れた。大きな秘密を共有しているという事実は、互いを縛る強固な絆として充分な働きを見せるだろう。

 そのような理由で、互いの家の助力まで取り付けた計画は、滞りなく果たされた。この事実を知るのはごく僅かな人間だけであり、その全員が墓場まで持っていく。つまり、二人の楽園は安泰である。誰もが羨む永劫の幸福を手にして、二人の少女はただ愛を育んでいた。

 しかし――

「そろそろ花が咲く季節ね」

 窓の外を眺め、ステファニーが呟いた。庭の木々は蕾を付けて、間もなく弾けんばかりに開くだろうと思われる。

 だが、それは失言だった。

「……外がそんなに気になるの?」

「っ!」

 冷たい、暗い、寒い、声だ。その顔に表情はなく、先ほどまで赤らんでいた頬は雪のように白い。

 まるで別人になってしまったかのように、コーネリア・バーグマンはそこにいた。

「まさか……まさかだけれど、外に出たいの?」

「そんな! わ、私にとって、貴女よりも大切なものなんてないわ!」

「そうよね。ごめんなさい……疑いをかけるなんて、貴女に対する裏切りだわ……」

 そう言うと、コーネリアの頬に再び赤みが差す。ステファニーは、安堵の息を吐くのを強い意志で堪えなくてはならなかった。

「ごめんなさい、ごめんなさい……私は悪い女だわ。いつだって貴女の一番じゃあないと、この身が焦げて狂ってしまいそうになるの」

「なら安心だわ! 私の一番はいつだって貴女だし、だから貴女が狂う時なんて決して来るはずがないんだもの!」

 ステファニーは震えている。震えるほどに愛している。

 コーネリアは、その様子を見て満足そうに頷くと、飲み終わったカップを持って部屋を出て行った。愛おしそうに、ステファニーを見つめながら。

 二人は、紛れもなく幸福である。疑う余地など微塵もない。愛する者と、愛するままに生きていけるのだから。


 もう二度と、二人が歴史の表に出る事はない。あたかももういないように、あるいは初めからいなかったように、やがて誰もがその存在を忘れてしまう程。しかしそれはつまり、二人の巣が犯されないという事でもある。

 これ以上の幸福があるだろうか。愛する者との世界に、なんと愛する者しかいないというのだ。

 二人がどうなったのか、後の世において知る術はない。しかし幸福である事は紛れもなく、それでいてその末が短い事も想像に難くない。

 分かっていながら、手を取らずにはいられないのだ。手を繋がずにはいられないのだ。

 愛に生き、愛に死ぬ。

 二人が選んだ生き方と死に方は、それほどにどうしようもなく幸福である。


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