悠星の想い、美生の気持ち
「月の光で星が見えにくくなってきたかな…」
あれからいくつかの星座物語が紡がれたある夜、悠星は呟いた。
「そうなると、もう星座の話は出来ないの?」美生がしょんぼりとする。
「いや、そんなことは無いよ。
これだけ満天の星だから、月の光を直接見ない方角もあるし。」
「良かった!明るい方がむしろ星座を探しやすいって最初に悠星も言ってたもんね。」
パッと明るい表情になった。
前向きな美生を悠星はほほえましく見つめる。
初めて誰かを好きになる気持ちを知った悠星だったが、
だからどうするわけでも、出来るわけでもなく
ただ、彼女を見つめる瞳の優しさだけが強くなっていた。
「そう言えば」と美生が切り出した。
「悠星が作った物語って基本的にハッピーエンドだよね?
だけど、もとのギリシャ神話の星座物語って悲劇ばっかりじゃない?
最終的に可愛そうで星になったみたいな感じのイメージが強いんだよね。」
「ああ」悠星は頭を掻いた。
「なんていうかさ、
ギリシャ神話の神様って人間以上に人間臭いっていうか、自分勝手じゃん。
自分の思い通りにならないからって殺したり陥れたりしてさ。
神様ですらそうなんだから、人間なんてもっとそうだろ。
そしたら悲劇なんていくらでも出来る気がするんだ。
だからこそ、物語の中でくらいは幸せでありたいなって思うんだよね。
何かに振り回されてばかり、些細な願いすら夢見れない世界なんてうんざりだ。
悲劇とか理不尽なんて現実だけで十分…
あっ、いや。一般的にね。」
悠星は自分の言葉が重くならないように言った。
「ほんとにそうだね。理不尽なことなんて
現実だけで充分だよ…。物語の中でくらい幸せでありたいよね。」
美生もまた少し下を向き、そう呟いた。
心地の良い風がサワサワと吹き抜けるその場所で沈黙が生まれた。
「オレはさ」珍しく悠星の方から話を切り出した。
「星を見てると、自分をちっぽけだと思う。
でもさ、ひとつひとつは小さい光でも、それが集まって星座を作り
大きな銀河を作っている。
ちっぽけでも必要ないってこともないのかなとも思うんだ。
それに、今見ている光って何万年も前の光なわけだから
今見ている光は昔、星座物語が作られたころに放たれたものかも知れない。
そんなことを考えるとなんか凄いなって思うんだよね。
星の光の長い旅の果てに輝きを見ているってことだろ?
そんな事を考えると自分がしていることが、今は報われないとしても
いつか、それは例えば自分が死んだあとだったとしても誰かの役に立つことがあるかもしれないってなんか思えるんだよね。」
物語を話す以外で悠星がこんなに話すことに
美生は少しびっくりしたが、きっと悠星が今まで誰にも言えなかった
心の思いなんだと感じ、「うん」と小さく相づちを打って
そのまま悠星の言葉を待った。
「本当はここみたいな星の見える場所で働きたいんだ。
働きながら星の観察会とかにボランティアで星の解説をするような生活。
でもそんな夢は叶わないんだ。
うちは両親が会社を経営してて、それを継がなきゃならない。
小さい頃からずっとそうやって言われてきた。
そのために、幼稚園から私立に通って英才教育?みたいなことを受けてきた。
こんな地味なオレがいじめにあわなかったのも、
両親が裏で色々してきたってのも最近知った。
そんなんだからさ、普通に友達だって出来なかったんだ。
オレと話すのははれ物に触るようなものだったんだろうな。
親からしたら変な悪知恵を入れるような友達なら
いなくても良いと思っているんだよ。
親父たちからすれば、オレは自分たちの思い通りに動く都合のいい人形でいて欲しいんだ。
逃げればって思うかもしれないけど、
今までずっとそうやって独りで、
それ以外の選択肢がないって刷り込まれていたんだろうな。」
悠星の突然の話に美生はなんと返せば良いか分からず黙った。
「急にこんな話をしてごめん。
今まで誰にも知られずただここで独りで
星を紡いで物語を書くだけだったから、
美生に聴いてもらえて本当に嬉しかったんだ。
オレを社長の息子としてじゃなく一人の友達として普通に接してくれて
オレだって一生孤独ってわけじゃないのかなって
気付かせてくれたんだ。
美生のお陰で今は自分の生き方を考えようって思えるようになってきたんだ。ありがとう。」
悠星はそう言って優しく、ちょっとはにかむように微笑んだ。
その言葉に美生は何か言おうとしたが言葉に詰まった。
そして代わりに瞳から涙が溢れていた。
悠星は美生の涙にオロオロして
「あっ、なんかオレがベラベラしゃべっちゃって。
おれの暗い話なんかしてごめん…」
慌てて言った。
「違うの。」美生はあふれ出る涙を拭いながら言った。
「突然泣いちゃってごめん。…なんだかすごく嬉しくて。
私はいままで誰かに感謝されるようなことなんて無かったから。
どっちかと言えば周りに迷惑かけてきた方で…
だから悠星にそんな風に言ってもらえて嬉しくて。
『美生』って名前に恥じないように美しく生きたいって
思っていても全然出来てなくて…。
こちらこそありがとう。
悠星はちゃんと星にも詳しくてこんなに素敵な物語が書けるんだもん。
自分の進みたい道を進むべきだし、絶対できるよ!
自信を持って良い、私が保証するから。」美生は力強く言った。
「美生は十分美しく生きてると思うよ。
少なくともオレにとっては、初めて友達になってくれた大切な人だ。
美生こそ自信を持っていいよ。ありがとう。
…あっ、だいぶ遅くなってっちゃったな。ごめん。大丈夫?」
『大切な人』の言葉が重くならないように悠星は言った。
「うん、大丈夫。ありがとう。また明日も楽しみにしてるね。」
笑顔でそう言って美生はその場を離れた。
『友達』と自分が最初にそう言ったのに、その言葉では表せない気持ちが募っていることを感じた。
さっき改めて悠星に『友達』と言われたことに
美生は少し胸がチクっとしたのだった。