出会いの翌日
美生と会った翌朝、いつもは夜遅くまで星空観測をしていても
きちんと起きる悠星が、起きる時間を過ぎてもベッドでぼーっとしていた。
昨晩の出来事を思い出しては、あれは夢だったんじゃないか。
どちらかと言えば、いや明らかに陰キャのオレにあんな明るくて可愛い娘が
話かけて、まして今夜も会おうなんて…
そんな考えをグルグルと巡らせていると、
トントン
「悠星、おはよう。朝ごはん出来たよ。起きてこないからどうしたかと思って。
体調悪いなら、おかゆでも作ってこようか?」
祖母が心配そうな声でドア越しに言った。
「おばあちゃん、おはよう。昨夜ちょっと夜更かししちゃって寝坊しただけだから大丈夫。
すぐに下に行くよ。」
悠星は慌てて飛び起きてダイニングへと向かった。
普段、昼間は宿題をしたり読書をしたり、祖父母の手伝いをしているが
その日はどれも全く手につかなかった。
食事中もぼーっとして、結局祖父母を心配させてしまった。
自分でも、昨日の出来事がこんなに自分の心を乱すとは思っていなかった。
これまで、一人でいることが多く誰かに関心を持つことも持たれることもなかった彼にとって未知の出来事だった。
そうであるが故に、なぜ自分がこんなに彼女のことばかりを考えるのか分からず、
戸惑いばかりだった。
夢だったかどうかは今夜、分かるんだから…
自分にそう言い聞かせて過ごしていた。
そして夕食後、普段通り…いや、いつもよりだいぶ緊張して星空観測へと出掛けた。
本当に美生が来てくれたら、嬉しいけれど落胆しないように
きっと昨日のことは夢だったんだと言い聞かせながら…
昨晩と同じ場所に着くと、そこには誰もいなかった。
やっぱりあれは夢だったのか、リアルな夢だったな…
いや、本当の事だったけど、オレの態度にもう会いたくないと思ったかな
そんな風に頭で考えがぐるぐるした。
そして、最終的には放心状態になって座っていると、
「わっっ!」と背後から声がした。
悠星はビクッと大きく肩をあげて驚いた。
「あははっはは。悠星は本当に驚かされるの苦手なんだね」
悠星が振り返ると、美生がまた目に涙をためて笑っている。
悠星は驚きとまた会えた嬉しさで美生の腕をつかんで
「夢じゃ…なかった。」と呟いた。
突然、腕を掴まれた美生は驚き、そして少し顔が赤くなっているのを見て
悠星は慌てて手を離した。
「ご、ごめん。オレ…。昨日のことが、本当かどうか確信持てなくて…」
こちらも顔を赤くしてアワアワしながら話し出した。
「オ、オレ、陰キャだし女の子と話す機会とか
ほとんどなかったから。
そもそも友達もほんといなくて…
昨日みたいに、君のような明るい娘と話をしたって事が
ちょっと自分でも信じられなかったんだ。
ゆっ夢だったんじゃないかなって。
本当の出来事だったとしても、こんなオレの話なんてホントは聞きなくなくて
来ないんじゃないかって…
で、でも、また会えた。なんか嬉しくて…」
ちょっと驚いていた美生だったが、ふっと微笑んだ。
「悠星は、昨日も普通に話してくれたし、楽しかったよ。
それに陰キャ?ってことになったら、私もそうかも。友達少ないし。
全然気にすることないんじゃない?少なくとも私はそう思うけどな。
あっ、そうしたら、私は友異性の達第1号になるの?嬉しいなあ。
陰キャ同士仲良くしましょ。」
ぱっと明るい笑顔で笑って悠星の横に座った。
友達第1号…悠星はその言葉に嬉しくもなり、友達か…っと
なぜだか分からないけれど複雑な気持ちにもなった。
そんな彼の気持ちに気付かず、美生は話を続けた。
「昨日の悠星の話聞いてほんとにわくわくしてたんだよ。
星座なんてずっと昔からあるものだし、
それを自分で考えようなんて。
私も星を観るのは好きだけど、全然思いもよらなかったもん。
悠星はこの満天の星を観て、どんな物語を考えたんだろうなって。」
美生は本当に嬉しそうな顔を悠星に向けた。
それにひきかえ悠星は胸がドキドキしてうまく答えられない。
顔も赤くなってきていた。
夜で良かった、これが昼間だったら顔をあげられなかった…
でも、会えるか分からなかった時間よりもドキドキしてるぞ
もうなんだか訳が分からない…
悠星の頭の中は初めての恋で混乱していた。
黙っている悠星を見て
「どうしたの?調子悪い?もしかして、本当は話したくなかった?
私が強引に頼んじゃったかな。ごめんね。」
そう言って、悠星の顔を覗き込んだ。
悠星は正面に美生の顔がやってきてまた心臓が飛び出そうになった。
悠星は一呼吸おいてから、深呼吸をした。
「い、いや。そんなことない。ほ、ほんとに。
さっきも言ったけど、こんな風に誰かと話すことってあんまなくて。
誰かにこの話をしたことなかったし。ち、ちょっと緊張して…
でも、みっ美生がこんな風に楽しみにしてくれて嬉しいんだ。
うまく話せないかも知れないけど…」
最後の方はだいぶ声が小さくなっていったけれど、
悠星は頑張って伝えた。
「そっか、じゃあ良かった!改めてよろしくね。
悠星のペースで全然大丈夫だからさ。
そんな気にしないでいいよ。」
美生の言葉に悠星はだいぶ心が落ち着いた。
息を吐きだし、悠星が話し出そうとすると美生が、
「あ、ごめん。昨日聞き忘れちゃった事があったんだ。」
意を決して話し出そうとした時に美生が言葉を遮った。
「忘れないうちに聞いても良い?
『ゆうせい』ってどんな字を書くの?
私はね、美しいに生きるで『美生』。ぜんぜん名前負けしてるけどね。へへへ。」
そう笑った。
突然言葉を遮られて動揺していた悠星だったが
なんだ、名前のことか…と拍子抜けして答えた。
「『悠』はにんべんの隣に縦棒引いて教えるの右側を付けて、下に心を書いたやつ。
『星』は今空に輝いてる星だよ。」
「悠々自適の『悠』ね!はるかって意味だよね。『はるかな星』かあ。
悠星にぴったりで素敵だね。」
自分の名前を褒められたことは無かったし、星好きで『悠星』なんて
なんとなくベタ過ぎてあまり好きではなかったが、その一言で
悠星は自分の名前がなんとも誇らしく思えた。
「み、美生もこんなオレに話しかけてくれて
美しく生きるってぴったりだと思う。」
そう力強く言った。
美生は少し驚いて、しかし嬉しそうに「ありがとう」とほほ笑んだ。
何となく出鼻をくじかれた悠星だったが、
改めて新しい星座について話し始めた。