ふたりの結末
「あそこに見えるのが、夏の大三角形です。」
ポインタ―で星の方向を示しながら、悠星が説明する。
「星がいっぱいありすぎてどれかわからないよ~。」
そんな声がちらほら聞こえてきた。
「これだけ満天の星空では、一等星と六等星でも
なかなか区別がつきにくいんです。
だから、星座の場所を覚えるならもう少し街の灯りがある方が良いですね。
なので、ここでは星座を覚えると言うより、この満天の星を見つめて
星たちの光を楽しんでください。
こちらで説明するだけではつまらないでしょう?
ここからは自分で好きな星をつなげて、自分だけの星座を作ってみましょう。
そして、そこに短くていいので物語を作ってみましょう。」
悠星がそう言うと、わあっとなり、参加者たちは思い思いに星空を見上げた。
美生と過ごしたあの夏から10年の年月が経っていた。
悠星は今もあの時と同じ場所で星を見上げている。
夏休みが終わってから、悠星は初めて親に自分の思いを伝えた。
「星の勉強をして、そこに携わる仕事がしたい」と。
当然、猛反対に合い話はなかなか進まなかった。
ほぼ勘当されるように家を出たが、
祖父母が悠星の味方になってくれたおかげで
無事に自分の目指したい進路へと進んだ。
そして、祖父母への感謝もあり
村おこしの一環として、星空観察会などに力を入れていた
この村で働くことにした。
こうして悠星は村おこし事業部で、
いまは観光客に星の話をしているのだ。
ここで星を見上げることは大好きだけれど、美生と別れてから何年経っても
少しの胸の痛みは付きまとってもいた。
けれどまた、もしずっとここに居れば
また美生が会いに来てくれるかも知れないと言う
淡い期待も心にあったのだ。
美生との出会いで、悠星は少し社交性を身に着けた。
大学では多くはないが友達も出来たし、
こうして人前で話すことを仕事に出来ている。
一度、悠星に好意を寄せる女性がいて、
このまま美生を引きずっていてもだめだと
付き合ったこともあった。
しかし、何をしても美生のことが頭に浮かび、その彼女にも申し訳なく
結局長くは続かなかった。
美生と一緒に過ごした時間はほんの一か月ほどだったにも関わらず、
こんなにも自分の中での存在が大きいことに戸惑いながらも
何より自分の人生を変えてくれた美生に対して感謝も感じていた。
さて、この星空観察会で人気なのが
悠星が発案した新しい星座と物語を作るものだ。
今までの星座の観察にはない発想がSNSでも話題になり
毎年夏休みシーズンには多くの観光客が訪れるようになった。
「ねえ、先生。どの星を繋げて物語を考えても良いの?」
小学校低学年くらいの女の子が悠星に話しかけた。
「もちろん。好きに考えたらいいよ。
それで動物が遊んでるとか、魔法の国があるとか
なんでも考えればOKだよ。」
悠星がそう答えると
「えー、そんな子供っぽいのにしないよ。
すてきな男の子との大恋愛の話とかでも良いんでしょ?」
悠星は苦笑しながら、もちろんと頷いた。
自分がちゃんと恋愛の星座物語を考えたのは、美生に途中まで話した未完の一作だけだなと
あの夏のことを思い出した。
ほんと、今どきの子達は今の自分よりも全然ませてるよなぁ
なんてフッと思った。
今日の自分の好きな星座を作る星空観察会は今夜も盛況のうちに終了の時間を迎えた。
この場所は交通の便が悪いので、観光客たちは
専用のツアーバスに乗り込み
楽しそうな顔をして帰っていった。
団体が帰ると一気に静けさに包まれた。
悠星はいつもの場所に座り、星を見上げた。
子どもの頃から見つめてる星空であっても
飽きることは無くいつでも悠星の心を落ち着かせてくれた。
目を閉じて物思いにふけっていると
「あの、すみません」
突然、声が聞こえた。
悠星は慌てて立ち上がりながら、
「もしかして、バスに乗り遅れてしまいましたか?
すぐに連絡をいれて迎えを呼びますね!」
慌ててスマホを手にして顔をあげた。
「えっ?」悠星は眼を疑った。
そこにいたのは10年分大人になった、
けれど10年前と変わらない笑顔の美生だった。
「久しぶり!突然ごめんね。びっくりしたよね。
元気にしてた?私は無事に手術が成功してね、
今は普通に生活出来るようになったんだ。」
美生は一気に話し出した。
「なんでここにいるのが分かったのかって思ってるでしょ?
たまたまネットで見つけた記事にこの星空観察会が載ってたの。
写真を見てすぐに悠星だって分かったよ。
なんか、初めて私と話した時にあんなにおどおどして
俯いてた悠星が、大勢の前でちゃんと話せるようになってるなんて
驚いちゃったよ。へへへ。」
美生が話し終わると、悠星はただ黙って美生を見つめていた。
美生は慌てて話を続けた。
「私ばっかりしゃべっててごめん。
あっ、て言うか私、美生だよ、覚えてる?
もしかして、もうあんま覚えてないかな。」
悠星はまだ黙っている。
「…今さら、こんな風に会いに来ても迷惑だったよね。
ネットの写真見て勝手に舞い上がってここまできちゃったけど
悠星にはもう今の生活があるもんね。
うん、会えて嬉しかった。じゃあ元気でね!」
精一杯の笑顔でそう言って踵を返そうとすると
悠星は慌てて美生の手を取り、彼女を引き寄せた。
「ごめん…
あまりに突然で急には声も出なくて。
オレだって会いたかった。ずっと会いたかったよ。
本物?本物の美生だよな?」
そう言ってより強く抱きしめた。
「最後に合った夜もこうやって美生を抱きしめたのに
言えなかったことがあるんだ。
オレは美生が好きだ。10年前からずっと、今でも。」
美生は瞳に涙をいっぱい貯めてギュッと抱き返した。
「また、隣で新しい星座の話を聞かせてくれる?
もちろん、ハッピーエンドの話だよ。」
「いくらでも、ずっとそばで話すよ。
もう絶対に美生を離さないから。」
数多の輝く星たちがその様子をそっと祝福していた。
☆☆☆☆☆
『ひとりぼっちの木こりと舞い降りた天女』
天女がいなくなってひとりぼっちに戻ってしまった木こりは
寂しい毎日を過ごしていました。
あんなに独りでも寂しさを感じなかった木こりでしたが
天女との時間で彼は愛とともに
孤独の辛さも知ってしまったのです。
木こりは寂しさに耐えられず街に行ってみました。
そこには、自分が想像していたよりも多くの人々が
暮らしていました。
木こりは人の多さに圧倒されましたが、
ここなら寂しくないだろうと街で
過ごすことにしました。
最初は物珍しくて街をウロウロするだけでも
楽しさもありましたが、次第に気持ちはふさいでいきました。
こんなに人がいるのに、自分のことを知っている人はいない
空虚な孤独を感じるようになったのです。
そうして木こりは森に戻ってひっそりと暮らすことを選びました。
空から様子を見ていた天女は、木こりの孤独に心を痛めました。
そして、父親である神様に頼みに頼み、
下界に行くことを許してもらいました。
しかし、それは天女としてではなく
人間となることを意味していました。
それでも天女は限りある命で木こりと過ごす日々を選んだのです。
こうして、元天女はひとりの女性として木こりのところに
戻りました。
木こりは事情を聴き涙を流しました。
そして、不老不死を捨ててまで自分と一緒にいることを選んだ
彼女を一生大切にしようと心に誓ったのでした。
そうして、二人はお互いを大事に想いあって
いつまでも仲良く幸せに暮らしました。
―空にふたつそっといつまでも寄り添っているその星たちは
その木こりと天女なのです―
☆☆☆☆☆
今回で本編は終了しますが、このまま続きでsideMIUとして、あまり語れなかった美生視点の話を書くので、もう少しお付き合い願えれば嬉しいです。




