プロローグ 2人の出会い
2022年6月10日のなろラジの「タイトルは面白そう」で読んでメールを読んでいただき、書き始めました。
夜空を見上げれば、そこにあるのは数多の輝く星。
手には届かないその星たちをつなげて、
大切なキミに物語を紡ごう…
***
悠星は小さい頃から星を見るのが好きだった。
両親が多忙で祖父母の家に預けられることが多かった彼。
普通は家の近くに住む父方の祖父母の家にいたが、
彼の人生を変えたのは5歳の時だ。
N県にある星がきれいで天体観測地として有名な
母方の祖父母の家で満天の星空を見た時に、
世の中にこんなに美しい景色があるのかと衝撃を受け、星に魅了された。
それ以来、事あるごとにN県の祖父母の家に行きたいと言った。
彼の両親はずっと忙しく我慢をさせていた息子が初めて言った主張を
むしろ嬉しく思い、なるべく好きなようにさせた。
そして祖父母宅に行っては、飽きずにずっと星を眺めていた。
もともと社交的な性格ではなかった彼は友達と遊ぶよりも星が好きだった。
東京の自宅に戻っても足繫くプラネタリウムにも通っていた。
そんな彼は、学校ではいつも独りでいた。
先生が心配をした時期もあったが、
本人は好きで独りなのだと知れると、その光景は普通となった。
特別いじめにあっていたわけではなかったけれど、
同級生たちも彼に話しかけることは殆どなかった。
仲のよい友人もいず、長期休みともなると祖父母の家で夜空を見上げる日々。
友達と遊ぶことも知らず、人付き合いは苦手なままで育っていった。
さらにただ星を見るだけではなく、星や星座に関する本もよく読んでいた。
とりわけ星座にまつわる神話が好きで小学校3年生の頃には、
ほぼ星座と神話を覚えてしまっていた。
星を見るのは飽きないけれど、星座は覚えちゃったし神話だって知ってる。
そうして、思いついたのだ。
そうだ、別に昔の人だって星を自分たちの想像でつなげて物語を作ったんだ。
別に僕だって同じように新しく星座を作って話を作ったっていいじゃないか?
そうして、悠星はスケッチブックを片手に自分で新しく星座と物語を作り始めた。
高2の夏休み。悠星は相変わらず祖父母の家にやってきた。
星を眺めて、そして星座と物語を紡ぐために―。
ここで運命の出会いをすることを彼はまだ知らない。
「おじいちゃん、おばあちゃん。この夏もよろしくね。」
「よく来たね。休みの度に来てくれて嬉しいよ。」祖母に言われ
ただ星が見たいからなんだけど、図らずも祖父母孝行している事に
歯がゆさを感じ、頬を掻いた。
いつも使わせてもらっている部屋へ着くと、
早速この部屋に置いてあるスケッチブックを手に取った。
もう何冊にも及ぶ彼の星座物語集だ。
春夏秋冬の星空を見上げては繋ぐを何度も繰り返している。
始めた時は小学生。星座の繋げ方も物語も拙さもあり、単純なものが多かった。
今は高校になり、星座の神話を読み返して参考にしながら、戦いや人間模様など
様々なジャンルの物語を作るようになっていた。
夏休みは期間も長いし、だいぶこの時期の星座はたくさん作れてるな、と
満足げにスケッチブックに目を落とした。
来年は受験さすがに父さん達もここに来るのを許してくれないかも知れないし。
今年は特に集中していいものを作りたい。
そんな意気込みでこの夏を迎えていた。
夕食後、家の裏手にある原っぱに大の字で寝そべった。
昔からお気に入りの天体観測場所だ。
まずはじっくり星を眺めよう。
悠星は星を眺めるのは好きだが新しい星を見つけたり
宇宙について学ぼうという気にはならなかった。
頭が完全に文系で、理科がチンプンカンプンであることを差し引いても
新しい何かを発見したり考えるのではなく
そこに今ある美しい星々を見るのがただ好きなのだ。
星がどうやって出来たとか、宇宙の神秘とかそんな事は、
彼にとってはどうでもいいことだった。
ただそこに満天の星空があれば良いのだ。
ああ、今年も夏の大三角形がきれいだ。
天の川もきれいに見えている。
やっぱりプラネタリウムで見るより断然いいな。
星を眺めていると自分の小ささを感じながらも
夜空に圧倒される感じがなんとも好きだった。
そんなうっとりした気持ちで満天の夜空を見つめていた。
すると、星を遮って「ねえ!」という声と共に
目の前にひょいっと女の子の顔が見えた。
「えっっ、うわっっ、なっなんだ」突然の出来事にびっくりして、
ひっくり返って亀みたいにジタバタしていると、
少女はそれを見て笑いだした。
「とっ突然なんなんですか?」悠星は動揺を隠して、体を起こした。
「あっ、ごめんね。何回も声をかけたんだけど、全然気付いてくれないから
ちょっと心配になってのぞき込んじゃった。
そんなに驚くと思わなかったから。」
涙が出るほど笑っていた彼女は、涙を拭きながら答える。
確かに星を観ることに集中すると大抵、他のことが頭に入らなくなるなと思い、
「それは、心配かけてごめん。ただ星を観ていただけなんだ。」
と素直に謝った。
すると彼女も一呼吸おいて笑いも落ち着かせて
「こちらこそ驚かせちゃってごめんなさい。
ねえ、あなた去年の夏も、今年の春もここに居なかった?
私、この上のペンションに住んでるんだけど前から見かけてて気になってたんだよね。
こんなところで何してるの?」
と笑顔で言った。
「え?見られてるとは思わなかったな。まあ、確かにここで星を見ていたよ。
正確には年末年始にもここで星を観てたけど。」
「そんな寒い時期もいたの?あなたこの辺の人じゃないよね?休みの度に星を観に来てるの?」
と彼女は目を丸くした。
「普段は東京に住んでるよ。でも星が見たくてここに来てるんだ。」
「東京からわざわざこんな田舎に?東京の方が面白そうなのに。
ふーん。あ!って、まだ自己紹介してなかったよね。
私は美生、高2だよ。
夏休みは昼間は家の仕事を手伝わされてて、一息ついたから夕涼みに出てきたところ。
あなたは?同じくらいに見えるんだけど」
「えっ、オ、オレは悠星。同じ高2。えっと、下手にあるおじいちゃんとこに来てる。
…さっきも言った通り星を観に来てる。」
悠星は普段からコミュ力が低めで、まして同年代の女の子と話すなんて
ほとんどないので、内心しどろもどろになってぶっきらぼうに言った。
「同い年なんだ!よろしくね、悠星!私も美生で良いよ。
ところで星を観て何してたの?見た感じ望遠鏡やカメラも無さそうだし。
それスケッチブック?星空の絵でも書いてるの?長期休みの度に?」
突然、名前を呼び捨てされ、さらに畳みかけるように質問され悠星は戸惑った。
呼び捨てにしておいて、美生で良いよって言われても…
まずそんなことにドキドキした。
しかも、新しい星座の話は誰にも黙っていたことなので言うのを躊躇しながらも、
美生の好奇心と前のめりな態度に圧倒され、
これまで自分がやってきたことについて話をした。
「なにそれ!すごく素敵な話。ねえ、私にその話を聞かせてよ。ねっ!」
話終わると彼女は眼を輝かせて言った。
「えっ、いや…人に聞かせられるようなものじゃ…」
必死に否定しようとしたが
「いいじゃない。物語だもの、聞いてもらわなきゃ悲しいでしょ?」
美生の勢いと熱意に悠星は負けた。
「…分かったよ。自己満足で作ってる話だから面白いかは分からないぞ…」
「うん、ありがとう!」美生は花が咲いたように笑った。
「あっ、でも悠星も準備とかあるかもだから、明日からでいいよ。
このくらいの時間で良い?おすすめの物語、決めておいてね。楽しみにしてるね!」
そう言って悠星の手を握ってブンブン振り回した。
女の子に触れるなんてなかった彼は照れた顔を見られないように下に向いて
「わ、分かった。じゃあ、明日。」と答えた。
「うん、また明日ね!」美生も嬉しそうな笑顔で言った。
こうして、悠星と美生は出会った。
そして、新しい星座とその物語が紡ぎ出されていく―