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生還

初ホラー、作ってて楽しかった。

来年も参加します!

 トン



 音は聞こえなかったが手に軽い振動が伝わってくる。


「中は……誰もいないよな?」


 扉から手を放すと逸る気持ちを抑え先ずは耳を澄ます。

 下りている最中に誰かと鉢合わせ、又は騒がれて巻き添えだけは食らいたくない。


 ──よし。アイツより先に(下へ)行かないと……


 冷静に努めようとすればするほど焦る気持ちが増してゆく。そこをなんとか抑えながら速足で下りてゆくのだが……


 一段ごとに増していく寒気。

 靴下を通して伝わってくるコンクリートの床の冷たさも加わりスピードが落ちてしまう。


 さらに十一階を過ぎるとクッキリと気配まで感じるようになる。


 ──おいおいマジか。


 途中踊り場で折り返し十階の通路へ出る為の扉が見えた所で遂に足が止まってしまう。




 ──いる。間違いない。あの扉の向こうに何かがいる。




 直感が囁く。あの扉の先で耳を澄ましてこちらの様子を伺っていると。



 いつの間に詰め寄られた?

 それよりどうする? 戻るか?

 いや時間を掛ければ状況はますます悪化するだけ。




 ええい(まま)よ!




 扉からこれでもかと悍ましい気配()が伝わる中、自由が利かない足で一段一段、息を殺しながら下りてゆく。

 段々と迫る鉄の扉。早まる鼓動。荒い呼吸。溢れ出す汗。

 音を立てずに獲物を狙う、微動だにしない気配()。トイレの時とは段違い。

 これじゃ蛇に睨まれた蛙と同じだ。


 その気配()に押され足が縺れて手摺にもたれ掛かる、が手摺を利用し体を預けながらも気力を振り絞り下りてゆく。


 扉の前までやってきた。

 気配()が凄くて顔も向けられない。

 そのまま手摺に体を預け止まらずに折り返し下へと逃れる。


 だが幸いにも一段降りるごとに気配()が薄れていく。

 タップリ時間を掛けて八階まで下りたところで気分が持ち直す。

 口を大きく開いてゆっくり息を吐くと少しだけ落ち着けた。


「はあはあ、気付かれたと思うか?」

『何とも言えない。疑っていた程度かも』


 疑っていただけであの気配()か? 他の奴らが逃げ出すのも頷ける。ただ……


「何の根拠もなくあそこにいたっていうのか?」

『振動を察知されたのかも』

「……俺の足音?」

『いや扉を閉めた時の振動。ビルの躯体を通して気が付いたのかも』


 確かに扉は金属製で壁のコンクリートと一体化しているので振動は伝わり易い。


「あの程度でか?」

『そう』


 仮に気付けたとして移動が早すぎるだろう!


『階によってもフロアの構造も違うし』


 それはそうだが何か釈然としない。


『まあ姿を見られていないからギリセーフ。存在は知られたかもしれないけど特定はされていない』


 何処まで喜んでいいのやら。


 そのまま一気に五階まで下りたところで足の裏が痛くなり、素直に靴を履く。

 その時に下方から何かの物音が聞こえてくる。


 ──ん?


 隙間からソーと下を覗き込む。すると手摺を掴む手が見えた。


 ──奴では無かったか……


 それはそれでどうすべきかを悩みだす。

 このまま声を掛けるべきか。それとも気付かれる前に移動すべきか。


 悩んだ末に階段を下りてゆく。

 三階まで下りたところで小声を掛けた。


「だ、誰?」

『大丈夫、アイツじゃない』

「そ、そうか」


 おい、お前ら声がでかいって!


「もう少し静かにしゃべれ」

「は、はい……」


 意思の疎通が取れたところで注意深く一階まで下りてゆく。


「お前、招待客だよな?」

「お宅もだろ?」


 自分よりは十歳以上若そうな、まだ二十代前と思しき男。お互い私服なので見分けが付いた。


『お? パンか、久しぶりだな』

『なんだまだ残ってたの。ベーちゃんてば諦めが悪いぞ』

『それはお互い様だろう』


 こいつらもラジオを通してやり取りしている。


「で何故こんなところで足踏みしている?」

「扉が開かないんだ」

「……何だと?」


 ノブを回し押してみる……がピクリともしない。


「原因はそこ」


 扉の上部を指差す。見ればこちら側へと歪んでいた。


「チッ! なら他の階段から……ってコッチは?」


 反対側に扉がもう一つ。


「ああ外へ通じている扉な。そこは開かない」

「何故?」


 ノブを回せば簡単に開きそうだが……


「結界のせい、らしい」

「そう言えばそんな話をしていたな。なら窓も?」


『『その通り』』


「「…………」」


 ハモりやがった。


「他の非常階段は?」

「ここで二か所目」

「二か所……たしか一階に通じている非常階段はAからDのナンバーが「1」と書かれた四つのみ」

「そう、Cが開かずA(ここ)に来た」

「良くアイツに気付かれずにここまで来れたな」

「いや一度見られてる。そちらの扉が開かなかったからA(こっち)を試そうと中に入ろうとした時に」

「見られた?」

「ああ。そうだいい事を教えてやる。どうやらアイツは自分では扉を開けられないようだな」

「…………」


 先程のアイツの行動……俺に気付いた訳ではなさそうだ。

 この事は……黙っておこう。


「つまりここは安全地帯と」

「そう」


 自分で開けられないだけで中に入れない、と決まった訳でもない。コイツはその辺りを考慮しているのか?


「因みに地下(こっち)は?」


 更に下へと階段が続いている。


「下は地下一階のみ。見に行ったらシャッターが降りて外には出られなかった」


 シャッターくらいなら……と思ったが音は立てられないし、どうせ結界とやらで外へは出られないのだろう。


「なあアンタ、どうしてそんな大切な情報を俺に教えてくれるんだ?」

「表向きはお互い悔いを残さないため」

「悔い?」

「お宅も出口を目指しているんだろ?」

「勿論」

「本音は俺が生き残る可能性を無暗に減らしてほしくないだけ」


 成程、俺が急いでここまで来たのと同じ理由か。


「分かった。俺もアンタと同じ考えだ。だから別の道を行くとしよう」

「そうしてもらえると助かる。では幸運を」

「そちらも」


 男は階段を上がって行く。


 もし全ての非常階段が一階へと出れない場合、正面入口へ通じる階段はフロア中央奥のオープン階段一か所だけとなる。

 だがアイツは非常階段に入れないのだから上下の移動はそこを使っていることになる。


 ──他のルートを探しておいた方がいいな。


 一応地下を見に行く事にした。








 扉を開けて中を覗き込むと駐車場は真っ暗であった。

 懐中電灯で辺りを照らしながら静かに入ってゆく。


 場内は思いの外広く複数の区画分けがされており約半数が埋まっていた。


 そして上階の窓が無い廊下同様、左右上下、そして後方は深淵の闇。

 ライトが照らし出す場所以外は真っ暗。


 奴の気配はしていないとはいえ、逃げ延びてきた者が隠れているとも限らない。

 こんな暗闇でそいつらと「偶然」出くわしたら一生もののトラウマとなるだろう。

 周囲の気配に気を配りつつ、見落としが無いように光を散らしながら足速に進む。


 ──先ずはシャッターを見に行くか。


 地面の表示を頼りに出口へ向かうと料金精算ゲートがあり、その先にあの男が言ったように閉まったシャッターが見えてきた。

 確かめるまでもなく、想像を遥かに上回る重厚なシャッターであった。


 ──戻るか……ん?


 体の向きを向きを変えた時に照らされた扉。

 そこには『防災センター』との札が掛けられてあった。


 ゲート脇にある部屋で扉の脇には窓ガラス。そこからライトを使って中を覗き込む。


 ──誰もいない。


 不用心だなとも思ったが、ここに詰めていた者達は逃げたとかではなく、停電により何も出来なくなってしまい、仕方なしと上階へ現状確認に向かったのだろう。


 ──ここにいたら少しは生き永らえたかもしれないな。


 確信を持って扉のノブを回すと案の定、苦も無く開いた。

 そのまま中に入り扉を閉め念の為施錠する。


「ふーーやっと一息つけるぜ」


 遠慮のない大きさの声。

 この部屋は役割上、強固な造りとなっている。機密性や遮音性は抜群なので声に関しては気を使わなくて済む。


 近くにあった椅子に腰かけると全停電している事をいいことに、ポケットから煙草を取り出し火をつけ大きく吸い込む。

 さらに会場から持ってきた缶ジュースを開けると一気に飲み干し灰皿代わりにした。


「さてここならありそうだが」

『何を探しているの』

「おい、地下なのに何で電波が届くんだ? やはりラジオなんかじゃないんだろ?」

『広域には……』

「あーー答えはいい。俺の探し物だが、一つは図面だな」

『図面? この建物の?』

「ああ、それと……」


 室内を照らすと壁にある物を見付けた。


「これだこれ」


 大きな金属製の箱が壁に取り付けられてあった。


「やはり開いていたか」


 蓋が半開きとなっていた。


「余程急いでいたんだな」

『中は何?』

「鍵だ」


 箱の中から何種類かの鍵を取り出す。


「よし次は図面だが……お? よしよし」


 部屋の奥の棚から目的の図面を発見した。


「…………成程。大まかな構造は頭に入った。後は……」


 チャンネル固定型の小型無線機が目に入る。


「なあ、外との交信は」

『出来ません』

「だろうな」


 何かに使えるかも、と二個持ち出す。

 それとヘッドライトがセットになった避難用ヘルメットをかぶる。

 これでいざという時両手が使える。



 よし行くか、と扉振り向いた途端に寒気に襲われる。


「っ……あ、アイツが下りて来たのか」


 ライトの電気を消し咄嗟に机の影に身を屈め、隠れながらガラス窓を覗き込む。

 するとチラチラと不規則な明かりが段々と近付いてきた。


 ──誰かが逃げてきたんだ……


 窓の先にはゲートがありそこを一人の男が素通りしシャッターの前で立ち止まる。

 音は聞こえないが男は何度もシャッターを叩いていた、が開かないのが分かるとこちらへとやって来て開けようとノブをガチャガチャと回し始めた。


『まさか開けないよね』

「勘弁してくれ」


 ()から見られないように一層身を屈める。


 実は一瞬迷った、が直ぐに決心がついた。

 考えが纏まる前に先程階段で味わったのと同じレベルの気配()が近付くのを感じてしまったのだ。


 直後、扉から鈍い振動が伝わりノブを回す音がピタリと止む。


「…………」


 今回は先程とは違い直ぐに気配()が遠ざかり寒気が収まる。

 想像だが他の獲物を見付けたのでそちらへと向かったのだろう。



 ──しかし今の男は何故ゴールに向かわなかったんだ? こっちに来るくらいなら一か八かでゴールに向かった方が良かっただろうに。



 だがこれで俺がアイツに気付かれていないのがハッキリした。

 ラジオ(コイツ)が言うように「運」がいいのかもしれない。

 さて先ずは使えそうなルートの確認からだ。


 とライトを点けて扉を開けようとしたが障害物のせいで途中で止まってしまう。

 原因は分かっていたので一旦ライトを消して無理やり抉じ開け外へと出る。

 見慣れたとはいえその障害物を意図して見たくは無かったので、濡れたコンクリートの床に足を取られながらも扉を閉め、()の臭いがする中、手探りで入手した鍵を試してみる。


 名の通りに機能した鍵をしまい、靴裏についた「血糊」を落しながらライトの灯りを頼りにD非常階段へと向かった。






「お? お宅無事だったのか」

「アンタこそ、よくこっちに移動できたな」

「たまたまヤツが移動してくれたんで」


 そこには先程A階段で会った男と他に八人ほどの男がいた。


「で、移動中と分かっていながら何故ゴールに向かわない?」


 ここの扉に異常は見られない。押せば開きそうな気がするが。


「見れば分かる」


 そう言って場所を開けてくれた。

 なので遠慮なく扉を少しだけ開けて覗き込む。


「こりゃ……辿り着けない……か」

「ああ確実に追い付かれる」


 開け放たれた正面入口自動ドアの脇は一面ガラス張り。なので外の明かりでロビーが地獄絵図と一目で分かった。


 ピカピカに磨かれた大理石の床一面に横たわる無数の骸と血の海。

 これでは走れないどころかまともに歩けない。


「もう一か所は」


 B階段(そちら)の方が出口に近い。


「マトモに開くのはここだけだ」


 別の男が俯きながら呟く。

 他の者が何も言わないところを見るに嘘では無いのだろう。


 これでは誰かを囮とし、その間にゴールに向かったとしても出口に近づくにつれ障害物が多くなり、まともに走れなくなるから辿り着く前に安易と狩られてしまうだろう。


「ん? 今「マトモに」って言ったか? 僅かでも開く扉があるのか?」

「ロビーを挟んだ反対側のCだ」

「どのくらい?」

「十cmほど」


 扉の隙間から覗き込む。

 ロビーを挟み反対側にあるAとCの扉。

 CはAとは違い、破壊された訳ではなく障害物が山積みとなって開けられないようだった。


 ──ん? あの扉は……


 出口に近いA階段の脇、ロビーの隅にもう一つ、鉄の扉が見えた。

 確かあの扉の先には通路があり、コンクリートの壁で仕切られた複数の小部屋があるだけ。

 他の部屋と通じている訳でもなし、一時避難には使えるだろうが、脱出には使えない。

 ただ周辺には障害物も無く最高の条件なのだが……


 ──ん? 待てよ、確か……


「お前達はこれからどうするんだ?」


 階段に座り込み俯いている奴らに聞いてみた。

 だが誰も口を開こうとはしなかった。


「打つ手なしか。ならここでお別れだ」

「ど、何処に行くんだ?」

「ただ待つってのは嫌いでな、他に手が無いか探しに行く」


「「「…………」」」


 複雑そうな表情を向けてくるだけで、誰も付いてこようという者はいなかった。


 こいつらからしてみれば、俺は自分達の脱出のチャンスを生み出してくれるかもしれない存在。

 離れた場所で引っ掻き回してくれた方が有難いと思っているのだろう。

 だがここにいても埒が開かない。

 待っているだけではチャンスは訪れないかもしれない。

 ならコイツに付いて行った方がまだ生き残れる可能性が高いのかも……


 全員そんな顔をしていた。


 まあそれはお互い様。そこに文句をつけるつもりは毛頭ないが、俺としては単独行動した方が色々と都合が良い。


「お、そうだコレを渡しておくか」


 ポケットから小型無線機を一つ取り出し、電源を入れてから一番親しい親切な男に手渡す。


「何か分かったら教える。使い方は知っているか?」

「あ、ああ」

「念の為。一般的な(この)無線機は一方通行。自分が声を出している間は脇のボタンを押し、終えたら離す。押しっ放しだと相手の声は届かない」


 試してみる。ボタンを押すと相手側からピッといった音が聞こえこちらの声が聞こえる。そしてボタンを離すとまたピッと音がして待機状態となった。


 頷く男。


「じゃあな。お互いに幸運を」


 これでついてこようって気は起こさないだろ。







 目的の五階にやって来た。


「なあ、どれくらい生き残っている?」

『散乱物から想像するに、二十人は切ってると思う』

「不味いな」


 そこまで減ってしまったのなら、急ぐより慎重に動いた方が良さそうだ。


『で、何処に向かってるの?』

「抜け道だ」

『へ? そんなのあるの?』

「ある、が通り抜けれるかは実際に見てみないと」


 図面と現物が異なるなんてのは往々にしてある。

 ただこのビルの規模ならば後々を考えて余裕を持って作られる筈。


「よし、いないな」


 非常階段から通路へと出た。

 そのまま目的の部屋へと向かう。


 ──あそこか?


 ライトに照らし出されたプレートには<機械室>との表示。


 マスターキーを使い扉の中へ。

 入ると前室となる通路があり正面と左右に鉄製の扉があった。


「こっちだ」


 三つある内の一つ、正面奥の〈PS系統〉と表示された扉を開け中へと入る。

 そこは給排水系の機器や配管、そして小型の受水槽を纏めて置いている部屋だった。


『ここに抜け道が?』

「ああ……あった!」


 壁際に上下方向へと走っている配管の天井と床に、人が一人だけ入れそうな空間を見付けた。


『この穴は?』

「地下迄通じている筈だ」

『地下? ならここから一階に?』

「図面通りなら」


 〈EPS〉は電気系。そちらは高圧電線もある。停電しているとはいえ万が一を考えれば近寄りたくない。

 もう一つの〈DS〉は空調系で階を跨ぐ穴は、図面上は見当たらなかった。


 配管を両手で握り壁に背を当て足を上手く使ってズリズリと降りてゆく。







「ハアハア」

『お疲れ様。少し休憩したら?』

「そうする」


 ライトの明かりを頼りに煙草を取り出し火をつけた。


 ふーー何とか一階に着けた。

 築年数が浅いビルなので埃などは無く大して汚れなかったが、普段使っていない筋肉を酷使したが為に特に足が笑ってまともに歩けない。

 だが苦労したかいあって()()()()()()()()()()に来れた。

 このアドバンテージは途轍もなく大きい。


 吸い終わる頃には手足の感覚がだいぶ戻ってきたのでそのまま立ち上がり部屋の出口へと向かう。

 鍵を開け前室となる通路を覗き込む。

 前室は五階と同じ構造で正面と左右に扉が一枚づつ。

 正面の扉がロビーへ出る為の扉となる。


 ──奴の気配がしない。上で狩りでもしているのか? それとも……


 最悪の予感がしたので無線機のボタンを一度だけ押して直ぐに離す。

 これであの男に音は聞こえたはずだ。

 返答があるのを期待し暫く待つが何の反応も帰って来なかった。


 嫌な予感がしたが今は他人を気遣っている余裕はない。

 意を決しヘルメットを床に置く。

 ロビーへの最後の扉の鍵をゆっくりと開け、そーと様子を伺う。

 静まり返るロビー。先程見たのと同じ光景で動くモノは何一つ見当たらない。

 そして奴の気配もしていない。


 もう少しだけ扉を開け直ぐに戻れるように頭だけを出して周囲の状況を確認する。


 反対側のD階段から見たときと変わらず、今自分がいる周辺には障害物となるモノが無く、惨劇が起きる前のままの姿だ。


 だが近くで見れたお蔭でより詳細な状況を掴めた。

 自分がいる扉の周りは数メートル先まで綺麗な状態。ただその先は他の階段同様、正面入口に向かうにつれ「元人間」の障害物が増えてゆき、ゴールとなる正面自動ドア手前は折り重なる障害物が人の背丈の半分くらいの高さのバリケードを形成していた。


 ──一気に駆け抜けるのは厳しいか。となると身を隠せる場所が欲しいが……アレか。


 今いる場所からゴールまでの間にある支柱。

 その支柱は入口から奥のオープン階段へと二列×三本の計六本。

 先ずはあそこを目指す。


 ──ところでアイツ等は?


 直線距離にして五十m程。

 薄暗い中、D階段の扉を見ると……何故か扉は開いていた。

 しかも開いているにも関わらず階段内は真っ暗。

 さらに開いている原因は暗くて断定は出来ないが「何かの」障害物が挟まっており、自動で閉まるのを妨げていた。


 ──こりゃまさかの全滅。


 想像するに誰かがゴールに向け突っ込んだのだろう。そこに運悪く奴が戻って来たので引き返し、皆がいる非常階段へ逃げ込んだせいで道連れにしてしまった。


 階段内にいた者達は前もって離れていなければ逃げ切れるものでもない。

 なので恐らく全滅。だから無線機に反応が無い。


「なあ、一つ教えてくれ」


 扉から身を乗り出しながら小声で聞く。


『どうぞ』

「奴は残り人数が分かるのか?」


 音を出さないよう扉を閉めて摺り足で障害物の前まで進む。


『この場に存在している、ということは「餌」となる者が残っている。そこは理解していると思う』

「なら俺が生きている限り、俺を探し回るってか」

『そうなるね』


 柱まで二割程進んだ。

 ここから先はどんなに気を付けても音が出てしまう。


 意を決し前へ進む。




 ピチャ……




 つま先が床に広がる液体に触れる音が聞こえた瞬間、思考が乱れ始める。


 奴は今何処だ? 

 階段の中を駆け上がっている?

 それとも他の階を徘徊しているのか?

 まさかこのフロアに潜んでいないだろうな?


 辺りを見回す。


 そ、そうだ、何も俺と条件が同じとは限らない。


 天井にも視線を向ける。


 もしやコレも罠か?

 そういえば俺は奴の姿を見ていない。

 なので目の前にいたとしても見分けがつかない。

 もしかしたらこの先に……


 ネガティブな発想ばかりしだして遂には歩みが止まってしまう。

 そこでハッと気付く。何故弱気になっていたのかを。


 寒気が徐々に増してきているのに。



 ──う、上から! ま、不味い!



 絶好のチャンスを逃したと気付くと同時に戻るか進むかを迫られた。

 今いるのは出てきた扉と柱との丁度中間地点。

 オープン階段から増してくる寒気と迫り来る圧倒的な気配()


 気付けば音が立つのも気にせずに柱へ向けて走り出していた。





 ハアハア


 柱に辿り着いたと同時に奴がこのフロアに着いたのを気配()で察する。


 まだ見られていない。だがこのフロアに俺がいると知られてしまった。


 どうする?


 出口まであと十五m程。

 障害物を乗り越えても数秒も掛からない。

 だがその距離でも逃げ切れる気がしない。


 何か手は無いのか?

 どうすれば奴の気を逸らせられる?


 辺りを見回す。

 何か役立つ物が無いか服を(まさぐ)る。


 その時、指が何かに触れた感触が。




 ピ……




 柱の向こう側。ロビーの奥の方から音が聞こえた、と同時に奴の気配()が何処へと移動して行く。


 い、今だ! 今しかない!


 出口に向け走り出す。

 モノ言わぬ障害物を形振り構わず踏みつけバリケードに手を掛け一心不乱によじ登る。


 その瞬間、絶望感に襲われた。


 絶望感の原因を横目で見ると「そいつ」と目が合う。D階段の扉の隙間から中へ入ろうとしていたヤツ(黒い影)がこちらに気付いて、瞬間移動とも取れる速さで迫っていた。




 クッ……間に合わない




 頂上は超えた。後は出口に向け飛び降りるだけだった。


 足に力を込め思いっきりジャンプした。


 だが時既に遅し。

 ジャンプしたと同時に大きく開かれた口が……閉じられた。








 ぐちゃ………………ドサ








「ハアハアハアハア」

『おめでとう! まさか本当にゴール出来るとは思っていなかったよ』

「ハアハアハアハア」


 結果的に、だが助かった。

 飛び降りる際に血塗れのバリケードが崩れコケ落ちたことにより、髪の毛数歩と引き換えに奴の口から逃れた。

 俺の体は床に落ち、勢いそのまま滑って自動ドア(ゴールライン)を超えたのだ。


 ただ助かったが全身血塗れ。

 そして奴の気配はまだ真後ろで健在。

 なので恐怖心から這いずりながら扉から離れる。


『もう食われないから落ち着いて』


 そう言われやっと我に返る。


「ハアハアハアハア」


 息も絶え絶えに座り直し自動ドアに目を向けるとラジオ(コイツ)が言ったことは本当らしく、結界を抜け出せないようで見えない壁の前でウロチョロしていた。


 背丈は三m程の全身黒い靄かかったがアフリカの肉食猛獣に似た体型からムカデのように足を二十本生やし、真っ赤な八ツの眼で俺の事を見つめていた。


「こいつが……そうなのか?」

『うんそう。説明する前にちょっとだけ待ってて』


 胸ポケットからラジオ(コイツ)が消え失せると、俺と奴との間の空中に黒い靄が集まり出し人の形を形成していく。





 ──先ずは自己紹介。僕の名はパイモン……偉大なるルシファー様の忠実なる(しもべ)……





 目の前に、先端に真っ赤な宝石が嵌められたスタッフを手に、黒一色のゴスロリ服を着た小柄な女が宙に浮いた状態で現れ、口を動かさずに話し始めた。


「お前悪魔だったのか」


 ルシファーの名は聞いたことがある。確か別名はサタン……


 ──その問いに答える前に……


 浮いたまま向きを変え右手を奴に向けた。

 その途端、右手が黒い闇へと変化、そのまま風船のように広がり奴を一瞬で包み込む。

 右手は直ぐに元の形と色へと戻った。


 ──フーー御馳走様。


「く、食った?」


 ──そう。やっと力を取り戻せたよ。


「力? アイツを取り込んだのか?」


 ──そう。アイツは極上の「不運(御馳走)」を集める存在で名は貪り食うもの(アメミット)。君のお陰で僕は総取り出来た……


「それはおめでとう。ところで不運とは?」


 気配()が無くなったので気が緩み思考が回りだす。


 ──君達「招待客」は「不運」にも我々悪魔の力の糧としてここに呼ばれてしまった。


 確かに俺を除き全員食われた。

 結果だけ見ればその通りだが。


「なら俺も食うのか?」


 ──僕らは君達から「不運」を直接奪う能力は持ち合わせていない。いやそれより今の君は残念ながら対象外の存在となってしまった。


「何故だ? 俺も負けず劣らず「不運」だと思うが……」


 ──このサバイバル(ゲーム)で唯一貪り食うもの(アメミット)から逃げ切り、ゴールに辿り着けた君はある意味とてつもない「強運」の持ち主だと言える。この「強運」は「不運」とはまた違う。


「強運? この俺が?」


 ──そう。ややこしい話はここまで。では約束通り「賞品」を渡す…………前に一つ提案をしたい。


「提案? 悪魔のか? 断る」


 ──話も聞かずに即答ね。まあ拒否は拒否、契約失敗。


 フフフと笑みを浮かべながらコチラに手を伸ばしてくる。見れば受付けに預けた俺の荷物と「あのラジオ」が乗せられていた。


 ──ついてないと感じた時や、ここぞという時にそれに話し掛けて。


 それらを受け取る。すると血塗れだった服が一瞬で綺麗になった。


「話し掛けるとどうなる?」


 ──僕が話し相手になってあげる。


「……捨ててもいいか?」


 ──ふふ、冷たいな。効果が実感出来たら手放せなくなるって。それじゃあお達者で。


「お前もな」


 そのまま敷地の外へと出ると突然町の喧騒が聞こえ出す。

 人が居らず灯りが消され静まり返る敷地内とは異なり、街には多くの人の喧騒やネオンの灯りで満ち溢れていた。

 それらを見ると先程までの体験が夢であったのではないかと錯覚に落ちる。

 だが夢幻(ゆめまぼろし)ではない証拠が手の中に残っていた。


 ──明日になれば大騒ぎになるだろうな……


 あれだけの惨劇。どうやっても隠し通せないだろう。

 何気に振り返ると……そこは五十階建ての巨大なビルの姿は何処にも無く、ただ緑に覆われた静かな公園へと変わっていた。


「…………な」


 喧騒の中、一人呆気に取られて暫しの間、茫然と公園を眺めてしまう。


「何だったんだ……」


 まあ奇妙な体験だったが、今は生き残れたことを素直に喜ぼう。








 不思議な体験をした年の会社の忘年会。


「おい! あれだけ苦労したのに効果はこれだけか⁈」


 手には五等賞の「束子」が乗っている。


『いやーーおめでとう!』

「この程度なのか⁈」

『この程度? 生まれて初めてクジで景品が貰えたじゃん。(ひとえ)に僕のお陰だよね』

「…………」


 パイモン(こいつ)曰く、普通の者は「幸運値」と「不幸値」はほぼ同じで普段は均等が取れているらしい。

 だが俺は生まれもって幸運値よりも不幸値の方が高いという非常に珍しい体質らしく、その比率は一生変わらないそうだ。

 ただ「幸か不幸か」その「不幸値」の中に「悪運値」とういのがあって俺はその値がずば抜けて高いらしく、そのお蔭であのサバイバルを生き抜けたと後から教えられた。


 その「悪運値」は善人である俺には全くの不用品。だがパイモン(悪魔)にとっては少量でも最上級のご馳走だと。


 俺は減らしたい、パイモンは他の悪魔には渡したくないと両者の思惑が一致したので「不幸値」も含め「ラジオ」を通し徐々に俺から抜き取らせた結果が()()だ。


『契約してくれたら君の「不幸」の部分は僕が全部奪ってあげられるよ?』

「対価は?」


『僕を抱いて』


 あの起伏の乏しい小柄な身体が思い浮かぶ。

 いや()()()()()()


「断る」

『な、何故? あの時僕の姿を見たでしょ? 自分で言うのもなんだけど結構可愛いと思わない?』


「可愛いってお前……()()()?」


 あの後、名前を基に調べたら()()()()記述を見付けた、っていうか悪魔に性別があるのに驚いた。


「俺にその趣味は無い」

『大丈夫。僕はどちらもイケる口だから♡』

「死んでも契約するか!」


 結局あれだけ苦労したにもかかわらず、得られたのは束子一つという小さな幸せだけだった……


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