サバイバル
ホラー作品初投稿!
気まぐれで応募した新興企業が手掛ける新作ゲーム発表会の参加権。
忘年会のビンゴすら掠ったことのない俺が、千二百倍まで膨れ上がった招待枠を見事勝ち取り、会場となる都心にある五十階建て本社ビルへとやって来た。
「高けーーーー」
上は夜空と一体化して航空障害灯だけが浮いているように見えた。
首が痛くなったのと田舎者に見られたくないので入口へと向かう。
企業ビルらしからぬ、豪華で遮る物が無い広々としたロビーへ入ると、待ち構えていた従業員に受付けブースへと案内される。
そこで発売前ということでスマホやデジカメなのど録画装置と外部への通信装置を含めた手荷物の一切を預ける代わりとして記念品と書かれた「小さな箱」を受け取ると無造作にポケットへと押し込んだ。
最上階直通エレベータで案内された会場は、多くの招待客と開発企業の社員やら接待対応の従業員などでごった返していた。
豪華な立食を伴った製品発表が大型スクリーンにて進められる中、用を足したくなりトイレへ行ったが、近くのトイレが何故か閉鎖されていた為、離れた場所まで彷徨い歩く羽目に。
やっと見付けて入ったトイレは誰もおらず静まり返る。中はシミ一つ見当たらない程綺麗に手入れされてあった。
幾つかある個室を選び扉を閉め便器に腰掛け用を足す。
ここまでは問題なかった。
だが立ち上がりズボンのベルトを締めたところで、突然明かりが消えて真っ暗となる。
「な、何だ? 停電か?」
視界ゼロの暗闇。だが何かおかしい。
停電ならば自家発電機が作動し、全てではないにしろ何処かしらの明かりが灯るはず。だが待てども一向に明るくならない。
……ピン……ポン……パン……ポン……
そこに館内放送? を使ったアナウンスが流れてくる。
『本日お集まりになられた百人の強運の持ち主の皆様、これよりその強運を生かした命懸けのサバイバルゲームに強制参加して頂きます。時間は無制限。ゴールはこのビルの正面入口を出た場所。一人でクリアしても良し、チームを組んでクリアしても良し。クリアされた方、全員に豪華賞品を用意してあります」
「はぁ? 何だこのふざけた放送は?」
取り敢えず放送設備が生きているのは分かったし、この停電は人為的に起こされたと分かった。
ただなぜこうなったのか、何が始まろうとしているのか、根本的な解決には至っていない。
続けて流れるアナウンス。
こめかみをピクピクさせながら聞き流す。
『…………ではこの放送の終了を持ちましてゲーム開始とさせて頂きます。多くの方が無事にゴールに辿り着けることを主催者一同、心よりお祈りしております……ケケケ』
「……ケケケ? こいつ大丈夫か?」
内容もそうだが明らかに様子がおかしい。ここは直感に従い素直に帰るべきか?
あれこれ考えながらドアに手を掛けドアロックを外そうとしたところ、
『静かに。もうゲームは始まっている。暫く大きな音を立てないように……』
と暗闇の中、何処からか男とも女とも取れる声の囁きが聞こえてくる。
「……誰だ?」
気付かない内に誰かトイレに入ってきたのか?
『ポケットの中』
ポケットの中? 確かポケットの中は受付で貰った粗品が。
手探りで開封し中身を取り出すと……
「……小型の無線機?」
電源が入っていたので内部の明かりで形が掴めた。
どうやらこの機器から聴こえていたようだ。
『見たことない? 昔はラジオって呼ばれていた機械』
「俺が知っているラジオなら会話は成り立たないが?」
『広域には無線機もラジオの類似品』
屁理屈に聞こえるが間違いではないな。
「……まあいい。で先ずはあんたから。あんた誰?」
『今放送があったサバイバルゲームの主催者の一人で君の担当』
「……担当?」
『事情は都度説明するとして、今はこの場で大人しくしていて』
「……はぁ? ん? 誰か来る」
暗闇の中、複数の悲鳴と慌てた様子の駆け足の音が近付いて来る。
「な、何だ?」
『静かに。今気付かれたら逃げ道が無い。だから今は音を立てないで』
複数の足音が近付いて来る、がトイレに入らず素通りし遠ざかってゆく。
その直後、異様な気配を発した何かが近付くにつれ寒気が全身を襲う、がそれもトイレに入らず、遠ざかる足音を追い掛けているのか徐々に薄れていった。
気配が感じられなくなった数秒後、僅かに響いてくる悲鳴と音と振動。
う、ぎゃーーーーーー
や、止めてくれーーーー
びちゃ……ぐちゃ……ドサ……
数人の叫び声と何かが叩きつけられる音が暫く続いた後に静かになる。
そのまま体感時間で一分程様子を伺う。
『よし行ったな。サッサと移動を始めた方がいい』
──何だコイツ……動くなだの移動しろだのと……
文句を言いたかったが、暗闇でジッとしていても埒が明かないので個室の扉をソーと開け、手探りで出口へと向かいトイレの出入口から通路をソーと覗き込む。
通路はトイレとは違い点々と非常灯が灯っており、辛うじて見渡せるくらいの明かりが確保されてあった。
「あれは……何だ?」
足音が向かって行った方向、パーティー会場とは逆の方向。
かなり先に僅かな光に照らされた「何か」が床に散乱しているのが見えた。
『人間。元ね』
「へ?」
小声で教えてくれた。
床一面に広がる液体らしきモノ。暖色系の光りのせいで黒色にしか見えない。
『君、すぷらったーへの耐性は?』
「……ある訳ないだろ」
『なら向かう方向は決まったね。ただ……』
「……ただ?」
『どちらにしてもアレで慣れておいた方がいいと思うけど』
「慣れる?」
先程の悲鳴、そして遠くに見えているモノと「スプラッター」という単語が頭の中で繋がってしまい、現実から速攻目を背けた。
いや正直に言えばスプラッターどうのこうのよりも、怪しい状況で怪しいモノには関わりたくない。
なので提案を無視しパーティー会場へと向かった。
「うっ……うげぇーーーー」
それを見た途端、反射的に吐き気を催す、というかさっきバカスカと胃の中に押し込んだモノ全てを一気に床へとぶちまけた。
通路と同じ、点々と照らされた薄暗い会場。
血の匂いが部屋全体に充満する室内。
そこはトイレに行く前の華やかだった光景は何処にもなく、死屍累々の地獄絵図へと変わり果てていた。
参加者の半数近くと思われる数が物言わぬ姿で床に転がっていたのだ。
『だから忠告したのに』
「ハアハア……何なんだこれは?」
『放送で説明してたでしょ? 命を賭けたサバイバルだって』
「わ、訳分からん!」
見れば開発企業の従業員と思われる者まで床に転がっていた。
だがそいつを見たお蔭で「違い」に気付く。
「お、おい……こいつら全員……」
スプラッターなのは同じ。だが招待客だけ頭部が無い。どこを探しても。
『アイツの好物だからね』
「アイツ? 好物? 食われたっていうのか?」
『そ、アイツに。君達招待客は見つからないようにアイツに注意を払いながらゴールを目指さなければならない』
「その「アイツ」って何者なんだ?」
『人ではない、かな?』
「なんだその「かな?」って」
『アイツの気配を感じられた君なら……見れば理解出来る、と思う』
見たくも無い。
こちらも見たくは無かったがチラッとだけ見えてしまった、刃物で切り取られたかの様な綺麗な首の切断面。どうみても人間技とは思えない仕業。
「見れば分かるんだな? ところでさっきの奴らもそいつにヤラレたのか?」
『そう。アイツは一体しかいない』
「アイツを知っているお前は何者だ? 仲間なのか?」
『人でないのは同じ。けどアイツとは違う存在』
「仲間じゃない……へ? 人……じゃない?」
『ゴール出来たら教えてあげる』
「……お前、名は?」
『名無し』
状況が全く飲み込めない。
直ぐにでも逃げ出したいところだが、尋常じゃない光景を目の当たりにしたら慎重にならざるを得ない。
そしてこうなりたくなければ得体の知れないコイツの言う事を聞くしかなさそうだと散乱する肉塊を眺めて思う。
『そろそろ移動を始めた方がいい』
「何故?」
『アイツは「人」を探し徘徊し続ける。このビルから誰もいなくなるまで』
「ここから外には出ないのか?」
『ビルには結界が張られている。だからアイツは外には出れない』
「……つまりこの中にいる限り、いつかはそいつと鉢合わせになると?」
『そう。因みに条件は皆同じ。だから手遅れになる前にゴールに辿り着かないと』
「……分かった」
この言い回しだと逃げ道は一つだけだろう。
最後の一人の状態でゴール前に居座られたら終わりだ。
返事をすると会場に転がっていた「使えそうな物」をいくつか掴みポケットへと押し込む。
そして入ってきた通路とは違う通路へと走って行った。
『そこを左に曲がって』
「こ、ここか?」
『そう。三十m程先にある左手の扉を開けると非常階段があるから二階下まで降りたら一旦通路戻る』
「ハアハア、ここだな」
〈C-2非常時用避難階段〉と表示された鉄製の扉を少しだけ開けて中の様子を伺うと、今いる非常灯しか付いていない薄暗い血塗れの廊下とは違い、踊り場ごとに設置されている蛍光灯により十分な明かりが確保された普通の空間だった。
「……よし誰もいない」
今の所、アイツの気配はない。なので中へと入り、足音に気を配りながら階段を一気に駆け下りる。
「なあ、このまま一階まで行った方がいいんじゃないのか」
『止めはしない。行きたければどうぞ』
足を止め下を覗き込む。
「……チッ! 選択の余地なしか!」
折り返し式階段の中央の僅かな隙間から下を覗き込むと……遥か下から僅かに響いてくる振動と悲鳴。
今まさに誰かが奴の餌食になったのだろう。
このまま階段を下りてゆけばかなりの確率で鉢合わせとなってしまう。だからといって上に戻っても意味が無い。
ならば他の道を探すしかない。最悪窓から地上に逃げるにしても出来るだけ下の階からでないと違う形でスプラッターとなる。
言われた通り〈四十二階〉と書かれた扉を開けると血の匂いが充満していた上階と変わらぬ光景が。
招待客か? とも思ったが、頭部が残っている所を見るにこの会社の従業員なのだろう。
──全く主催者は何を考えてやがる……
通路へと出ると、この階も電気が来ていないらしく光源は非常灯の弱弱しい明かりだけが点在していた。
しかも先程いた階よりも薄暗い。メンテ不足なのか所々バッテリーが劣化しているらしく均一の明るさではなかった。
──こりゃ早めに手に入れといた方がいいな。
「でどっちに行けばいいんだ?」
左右へと続く通路。
『左。突き当りをまた左。その先の十字路を右。突き当りにあるD-1非常階段』
聞き終える前に走り出していた。
「なあ一つ聞いてもいいか?」
移動しながら服の胸ポケットにいる「奴」に話し掛ける。
『どうぞ』
「あんたは何者だ? 何故俺に手を貸す?」
『それを聞いてどうする?』
「理由が知りたい」
『理由は単純。ギブアンドテイク』
「…………」
『まあ我々は賭けをしててね。君がゴールに辿り着けれれば、担当の僕にも素晴らしいモノが手に入るって寸法よ』
「もう一つ聞いていいか?」
『どうぞ』
「他の招待客もお前と同じ物を?」
『担当は違うけどね。条件は同じ』
「つまり俺が生き残れるかはあんた次第?」
『半分正解。最終的には君の運次第』
「運……か」
──やべー俺の運はここに来るのに使い果たしちまったよ……
『もしかしてアンラッキーな体質?』
「ああ、今その体質を味わっている最中だ」
『そんなことないと思うけど?』
「何故そう思う?」
『アイツが現れた「その時」君は何処にいた?』
「トイレだな」
『そ、アイツはトイレではなく会場に現れた。そして君はまだアイツの視界にすら入っていない。これはとても運が良いとしか言いようがない』
「…………」
トイレに行ったから運がいい、と言われても……不安を覚えながらも扉のノブに手を掛けた。
十二階まで下りてきた。
ヤツの気配が移動している中、コイツのお陰で何とか出会さずにここまで来れた。
「そんな目で俺を見るなよ……」
真っ暗な中に浮かび上がる瞳孔が開き切った眼差しに呟く。
この階に辿り着くまでに各階の非常灯は全てバッテリー切れをおこし、窓の無い通路は暗闇と化していた。
バッテリーはそう長くは持たないのを知っていたので、事前に避難器具置き場から懐中電灯を幾つか確保しておいた。
『気になるなら見なきゃいいのに』
ごもっともなご意見、っていうか気付けば亡骸を観察するくらいの余裕が生じていた。
まあ三桁近い亡骸を見ていたので、匂いもそうだが嫌でも慣れるってもんだ。
「ん? 近く……ないか?」
『コッチに向かってきてるね』
「逃げるぞ」
下方向から感じている「寒気」が増してきている。
それと共に僅かだがオープン階段を通して悲鳴も聞こえてきた。
「チッ、こっちに逃げてくる奴を追い掛けているのか」
『ならそれを利用しちゃえば?』
「言わずもがな」
今なら下はガラ空き。
来る方向が分かっているので迂回路となる階段へと走り出す。
だが……
「……動きが止まった?」
『チャンスは一瞬で終了。残念」
気配が止まったと思ったら、それ以上はこちらには上がって来ず、横方向へと移動しているようだった。
「奴の移動速度は?」
『君の全力の五倍と見ておけば。何せ足だけでも君の手足の指と同じ数、生えてるからね』
「なんじゃそりゃ。それじゃ奴と出会したら……」
『余程運が良くない限りはゲームオーバー』
一旦移動を止める。すると気配が丁度真下を通ったようで全身を悪寒が突き抜ける。
初めにトイレで擦れ違った時の感覚と比較すると、一つか二つ下の階にいるようだ。
「倒す方法は無いのか?」
『ない。ただ確実に逃れられる術なら一つだけあるけど……』
「何だ? あるなら早く言え」
『ゴールする』
それを聞いて安心……じゃあねえ!
「大体、何でそんな奴がここにいるんだ?」
『それ聞いてどうなるの?』
「君子危うきに近寄らず。今後の為にだな」
『それは大事な事だよね。でも大丈夫、気にしなくて』
「何が大丈夫なんだ?」
『ゴールさえ出来れば二度と会わなくて済む』
「あんな気配を撒き散らす奴とはゴール前でも会いたくねえ」
〈A-1非常時用避難階段〉と書かれた扉の前へとやってきた。
さてどうする?
気配が伝わるこの距離で暫く観察して分かったのだが、こいつが言うように移動速度が想像以上に速い。しかも厄介な事に動きに一貫性や規則性が感じられない。
これだと例え反対側にいたとしても「運」が悪ければ下へ逃れる前に詰め寄られてしまうかもしれない
「おい、奴は俺達をどうやって探しているんだ?」
『君達と同じ「五感」だね。あ、味覚は除くから「四感」か』
「それでさっきは動くなと言っていたのか。で知能は?」
『本能のみ。だから気付くと本能に拍車が掛かりとても厄介』
「姿を見られたら……っておい一階は確か……」
『そう入口から階段までは……支柱以外遮る物無し、だよね』
「急がんと」
迷っている暇はないようだ。
足音だけでも立てまいとその場で靴を脱ぎ手に持つと、避難階段の扉を開けて中へと入っていった。