第三話 行く末は誰も知らない
過去は過ぎ去った未来。それは後悔と幸福に囚われるモノ。
ナクスル『……』
憂鬱の天神の名を与えられたナクスルはただ一人暗い洞窟に身を隠す。彼は朧げに覚えている過去を思い出すことに尽力する。
ーーーーーーーー
デキウスとの出会い。初めて顔を合わせた時からあの男はおかしかった。彼の目に映るのは一人だけだと言わんばかりの眼差しで僕を見つめた。
それが誰なのかは知るよしもない。それにそんなことには然程の興味もない。ただ一人暗い洞窟の中で彼が目を光らせたのは彼がどれだけ自分の役に立つのか…。
デキウス『やぁ…!ナクスルくん…だったかな?』
思えば最初から胡散臭い人間だった。デキウス、遊戯の神として突如現れた人間。
デキウス『どうだい?天使を辞めてからの生活は』
悪意も善意も感じ取れないその目が異質さを際立たせている。
ナクスル『何の用だ?』
デキウス『いや、別に?来たかったから来ただけさ、僕はね君に興味があるんだ』
彼の口から次々と出てくる言葉の全てが虚飾と嘘に塗れている。
ナクスル『手駒としての興味か?』
デキウス『もちろん!』
何の悪気もなく、その嫌味に対して彼は答えた。端倪すべからざる人物とはこういう奴を指すのだろう。
ナクスル『だったら…さっさと要件だけ、話してくれ』
デキウス『…?何を言っているんだい?さっきも言っただろ?来たかったから来ただけだよ』
ナクスル『何故…』
デキウス『何故って…言わなくても分かってるだろ?君はあの永遠の世界から逃げ出したんだ。普通に出来ることじゃない』
ナクスル『お前がそれを言うか』
現に逃げ出せた奴がそういうことを言うのは烏滸がましいことこの上ない。
デキウス『僕は最初から永遠の世界になんか入り込んでないよ、そんなことどうでもいいからさ、君がどうやって逃げ出したのか教えてくれない?』
ナクスル『……お前が知らないとは意外だな』
デキウス『そうかい?神だって万能じゃないんだよ?ましてや人間から神になった奴なんて尚更さ』
ナクスル『要件はそれだけか』
何とか手短に済ませようと語気強めにそう言った。
デキウス『もちろん、それだけじゃないけど…とりあえず話を聴きたいなって…あ!どうせなら子どもの頃の話も聞かせてよ!』
ナクスル『お断りだ』
デキウス『えぇ〜…ケチ!』
デキウスの怒る声に呼応するように地面が揺れた。
ーーーーーーーーーーーー
過去。それは戒めの記憶。他人に話してはならない。未来、現代が過ぎ去ったモノ。
『湿っぽい場所だね……"憂鬱の天神"こと……ナクスル……くん!!』
聞いたことのある声が洞窟の中で木霊する。
"怠惰の堕神"イカラァース。遊戯の神デキウスと出会い、何を知ったのか、以前とは違う性格に変貌した人間。金の指輪まで着けている。以前の彼とは何もかも違う。
本来死ぬべき場所で死ねなかった。愚かで怠惰な人間。
ナクスル『今のお前は以前より空っぽだ』
イカラァース『そうかなぁ?昔に比べて実に楽しい生活を送ってるんだよ?どう考えても〜空っぽじゃぁ〜ないでしょうよぉ〜』
ナクスル『そう思っている時点で君は空っぽ…。』
イカラァース『ははっ…!ハッ!あらやだ!私の中貴方に見透かされちゃってるみたいね…///』
ナクスル『無乃憂鬱』
イカラァースの吐き気を催すような口調に反応もせず、その言葉。固有魔法を口にした。それに続き、イカラァースも固有魔法を発動せしと、唱えるが…。
イカラァース『あれ……?』
イカラァースの一瞬の戸惑い。その隙を狙ってナクスルは背中の服を破き、そこに小さく残る漆黒の色に染められた羽を顕現する。そして、体中の全神経を羽に集中させる。
そうすると小さかった羽は菱形が何度も積み重なり、忽ち大きな翼へと変化した。
これは俗に言う、魂装魔法。ソウルアーマーである。
イカラァース『……なるほどね、これが君に与えられた力か…差し詰め、特定の魔法を打てなくする…もしくは打ち消しあう的なことなんだろうね』
『これは完全に不利だねぇ…』
ナクスル『勝利を諦めるか?』
ナクスルからの質問に対する答えなど考えなくてもすぐに結論は出る。"怠惰の堕神"はニヤリと笑って答えて見せた。
イカラァース『いや?むしろ燃える//』
ーーーーーーーーー
何もかもが退屈な世界。それは天界と呼ばれる永遠の世界。毎日が繰り返す世界。世界のためにある世界。空っぽな世界。
ただ無作為に天使達が行き交うだけ。神からの命令が来たら動くだけの傀儡。いつからだ。それに疑問を持ち始めたのは…。
………。そうだ。神だ。一人の神が言った。
『我が力、試させてもらうぞ』
そこからの記憶がない。気づけば洞窟にいて、今まで生えていた純白に包まれた羽は漆黒に染まっていた。
与えられた自由。しかし、その自由に適応出来ない程に永遠の世界に長く居すぎてしまった。
ただ何の変哲もない時間を過ごし、ただそこに居座るだけの日々。
そこに奴が来た。
ーーーーーーーーーー
むしろ燃える。一言それを口にしたその男はまるで恐怖という名の無作為に身を投じるギャンブラーのようだった。
しかし、それは怠惰という罪によって虚構されたものに過ぎない。奴は楽しくあろうとし、怠惰に生きようとしている。だが、奴は空っぽだ。
イカラァース『賭けよう、僕は君を三分で斃す!』
ナクスル『やってみろ…』
イカラァースの思い切った発言にナクスルは容赦なく攻撃を仕掛ける。漆黒の翼を太陽を覆うよう力強く広げ、一瞬で飛翔した。
空を飛び、洞窟の天井付近にまで迫った。そして漆黒の翼を思い切り広がると羽となった菱形をイカラァース目掛けて撃ち放った。
幾つもの菱形が交錯し合い、軈て一つの菱形に収束し、花の形となる。その黒い花は光のようなものを収束させ、イカラァース目掛けて撃ち放たれた。
イカラァースはその光を避けた。
イカラァース『おっ…!?危ないなぁ!』
あたかも危機一髪かのような口ぶりだが、顔の表情は口の端が上がっており、依然として笑顔のままである。
ナクスル『君は空虚だ。君は空っぽ』
イカラァース『そうかい?でもさぁ!楽しければそんなことどうでもいいんだよね!!』
ナクスル『その感情も偽り、お前は本当の楽しさを知らない。無論、私も知らない』
イカラァース『ツッコミ待ちかな!?』
一見楽しそう(?)に見える会話だが、そこで繰り広げられているのは戦闘だ。ナクスルの容赦ない追撃にイカラァースは何とか避ける。
イカラァース『所で気になったんだだけどさ!天使って性別あるの?君の顔立ちは結構中性的だし、もしかして性別ない感じ?』
ナクスル『そんなもの、気にした事がない。どうでもいい』
イカラァース『釣れないや〜つだなぁ』
イカラァースは独特な音程でその言葉を口にすると、溜息を吐き、口を開いた。
イカラァース『なら、そろそろ終わりにしてあげるよ』
イカラァースはそう言ってニヤリと笑った。
ーーーーーーーーーーー
デキウス『やぁ!答えは決まったかな?』
ナクスル『………』
デキウス『まさか…無視?あっは〜!分かった!照れてるんだな!』
ナクスル『受けよう』
デキウス『そんなに照れなくても……え?』
ナクスル『受けると言ったんだ』
デキウス『えぇ!?どうして急に』
ナクスル『お前に…いや、お前の信じる人とやらに賭けてみようと思ったまでだ』
賭ける。そう、賭けたのだ。永遠の世界から抜け出せたとはいえ、所詮天使のまま。真の自由など手に入れられなかった。
デキウス『じゃあ、君はこの八つの神の中のどれがいいかな?あ、ちなみに憂鬱と虚飾には後で死んでもらうことになってるから…それ以外で!』
ナクスル『……』
ナクスルが出した声と共に地面は揺れた。
ーーーーーーーーー
イカラァース『さぁ!僕のテーブルまで落ちてきて貰おうか!』
『君の手の内はもう見えているよ!』
勢いよく言い放ったその言葉にナクスルはただただ無表情で答えた。
ナクスル『虚勢だな』
イカラァース『かもね…でも、僕はこの可能性に賭けるよ!』
イカラァースはニヤリと笑い、懐から数字の書かれた札を取り出した。
イカラァース『ナクスル…君、固有魔法使ってないでしょ』
『それだけじゃない。その羽も本物じゃないでしょ』
イカラァースのその問いにナクスルが答えることはない。
『固有魔法を使えないのは…影響魔法……そうなんでしょ?』
ナクスル『デキウスの入れ知恵か?』
イカラァース『いや?鎌かけてみただけさ!』
ナクスル『死ね』
煽るイカラァースに耐えかねたナクスルは元から低かった声にドスを利かせ、一つの単語を口にした。しかし、イカラァースは恐れる所か…。頬を微かに動かし、笑みを溢した。そして、手に持っていた札で口元を隠した。
イカラァース『もうちょっと早かったら死んでたかもね』
『1日1回限定魔法!クロックギャンブル!』
そう武器魔法を唱えると皆の動きが止まり、イカラァースの頭上に時計が現れ、札が光を放ち始めると同時にその針も動き出した。そして、その光が消えると同時に針も動きを止めた。
イカラァース『三の札か…』
3と書かれた札と三時を差した時計がそこにあった。
彼の武器魔法は札と時計を使う物であり、一から十までの数字が書かれた札がある。それはポイント数を表し、蓄積することで買い物が出来る。最大ポイント数は100。時計の針はそのポイント数を影響魔法として使用するものであり、差した針の場所によって効果が変わり、またカードを引ける回数も変わる。
イカラァース『交換!3ポイント消費!「遅動」!!』
イカラァースがそう叫ぶと周りの空気が変わった。それが体にどんな影響を及ぼすかはすぐに理解できた。
ナクスル『体が…』
動くのが遅い。原理は分からないが、どうやらイカラァースの動きも遅くなっているようだ。
一瞬の動揺。それがイカラァースの望んだ結果だった。
そう、一瞬の隙。それさえあれば。
イカラァースは頭で思考し、心の中でこう呟く、『解除』と。
ナクスル『…!』
ナクスルは瞬時に元の状態に戻っだと気づいた。しかし、少しだけ。ほんの少しだけであったが、油断した。
イカラァースは金色に光る指輪を中指から解き放った。そうすると糸のように張り巡らされていた魔力のがそれに収束した。
揺れを感じた。それだけではない。爆発音のようなものも聞こえてくる。
思えばデキウスと会う度に地震があったが、それは奴が原因だったのか。気づかなかった。
薄暗い空間の狭間に取り残された彼は崩れ落ちる天井に身を任せた。
イカラァースは『交換』と叫び円蓋状の何かが彼を包み込み、爆発の二次災害から身を守る。だが、自分にはそれを止まることも自分が奴を巻き添えにすることは出来ない。
ーーーーーーーーー
デキウス『意外だね、君なら逆張りで憂鬱を選ぶと思ったんだけどな』
『困ったな…でも、君の意思は尊重するよ、だから、勝負をしよう。君か彼。どっちが怠惰に相応しいか。』
デキウスがそう言うということはやはり、元から憂鬱を選ばせるために動いていたのだと断言出来た。
ーーーーーーーーーーー
イカラァース『ふぅ……これで終わったのかな…?』
洞窟が崩れ、月の光が身を包む中で彼は『終わった』と断言せず、曖昧糢糊としていて、その物言いには違和感を覚えた。
そして、その違和感はやがて恐怖となった。
イカラァース『化け物かよ』
いくつものナクスルに積み重なった岩たちを爆風で飛ばし、物怖じもせず一直線にこちらに突っ込んできた。
イカラァースはそれに対応しようとし、もう一度あの数字の札を取り出し……。
ナクスル『無乃怠惰』
突如立ち止まり、口を開いて次に出た言葉はその言葉だった。イカラァースは目を見開いて……。
イカラァース『何の冗談かな?』
ナクスル『デキウス曰く誰が怠惰だろうがどうでもいいそうだ』
イカラァース『流石デキウス様!発想が適当//』
照れながらそう言う彼だが、内心では静かながらに怒っているはすだ。
しかし、そんな彼にお構いなしでナクスルの固有魔法『無乃怠惰』が発動する。
ナクスルの体から大量の闇が放たられる。そして、その闇は奴を飲み込み、ナクスルの姿は見えなくなり、完全に闇と化したのだ。
イカラァース『奇妙な魔法だねー』
イカラァースは棒読みでそう言ってさりげなく、『交換』した槍を勢いよく飛ばした。それは確かにナクスルの腹を貫いた。しかし、その瞬間イカラァースの腹に痛みが走った。それはまるで腹を貫かれたようだった。だが、その跡はなかった。
イカラァース『気持ちの悪い固有魔法だな…。でも、ナクスルにもダメージは入ってるみたいだ。ふっ…!この状況……。燃えるね//』
『クロックギャンブル!』
ーーーーー
ナクスル『なぜ私だったんだ?』
最初出会った時から疑問に思っていたことをその時初めて声に出した。
デキウス『ほら、君たちは固有魔法を持たないだろ?』
ナクスル『そもそも、天使の周りでは固有魔法を使えない。それが何か関係があるのか?』
デキウス『僕が能力を授けるのは固有魔法を持たない者たちだけ…単純に固有魔法を持たない者であった方が宝石の力を授かりやすいのが一つ。もう一つは…』
『ただの趣味だよ!ほら、恵まれない者たちにチャンスを与えるのって優越感に浸れるでしょ?』
ナクスル『たち…何人にその力を与えるつもりだ?』
デキウス『この世界に固有魔法を持たない者は天使の君を除いて八人だけ』
『その内一人を除いた七人に与えるつもりだよ!』
先ほどから過去ばかりを思い出す。そうか、これは確か走馬灯と呼ばれるものか。死神が今にも命を奪い取ろうとしているのか。
デキウス『まぁ頑張りなよ、こう見えてもまぁまぁ期待してるんだからさ!』
ーーーーーーーーーーー
死が刻一刻と近づいてくるのを感じる。天使を捨てた者の末路はとうに決まっていた。
イカラァース『交換!』
イカラァースは10と書かれた札から金色に輝く細剣を取り出した。
イカラァース『百ポイント全部消費して手に入れたこの武器…………負ける訳ないね!』
そう言ってその剣を勢いよく、横に振るった。
その剣は我が身を切り裂いた。イカラァースは言葉に出来ないような痛みが走り、足を崩したが、ナクスルはそれも出来ずに闇と共に消え去った。
彼は初めて死を恐れた。
ーーーーーーーーーーーーー
イカラァース『倒したけどさ…デキウス様って意地悪だよね!ぷんぷん!』
デキウス『そう、死んだんだ……期待しすぎてたみたいだね』
イカラァース『……あのぉ…無視しないでください』
デキウス『あぁ、ごめんごめん、報酬は渡しておくよ』
イカラァース『いや、だからいらないって前にも言っただろうが』
珍しく語気を荒げたイカラァースだったが、それも演技だということを知っているデキウスは構わず話を続ける。
デキウス『とりあえずは君に任せたいことはこれで終わりかな、じゃっ!さようなら〜』
奴はそう言って座っていた椅子から立ち上がり、闇の中に消えていった。
ーーーーーーーーーーーー
消えゆく意識の中で憂鬱の天神は最後の言葉を残す。
『この先、未来がどんな結末を辿るのか誰も知らない、人間、魔王、監視者でさえも。自由に囚われた者たちがこの先どうなるのか…せめてこの瞳で見届けたかった』
次回 お手伝い




