第三十五話 荒川魔羅
モブール『どした?もうへとへとみたいだけど…』
モブールは心配そうな目…否、そんな訳はなく、完全にこちら側を軽蔑してる目だ。
今すぐにでもこいつの顔面をぶん殴ってやりたい所だが…。
それは不可能だろう。何せ、実力差が圧倒的すぎる。あの「賢者」ノルマレスよりは実力は劣るだろうが、それでも、この学園の教師たちよりも実力は間違いなく上だ。
ヌルデールにすら碌に勝てなかった俺たちじゃ、絶対に勝てない。そしてこの状況を打破するには…いや!そんな論理的な話はどうでもいい!!
この俺…ザラルルは不可能ことだって可能に出来る!!
…もし、負けそうになった時はあれを使うだけ!だが、あんまり使いたくねぇから…
ザラルル『あぁ…くそうぜぇ…!陰キャが!死ね!!』
モブール『うわぁ〜まだ立ち上がってくるの?しつこいな…でも無駄だよ、考えなしに突っ込んだだけじゃ…』
『返り討ちに合うよ』と言葉を続けようとした時、モブールの声に重ねるようにしてあの龍人が砂の蠕虫のようなものを僕に飛ばしてきた。
ちょっと驚いた。まだこれほどの気力があったのか。
でも無駄だ。それは僕には効かない。
僕は真正面からそれを受け止めた。そして、服をパッパッ…と手で叩き、服についた砂を落とした。
僕は思う訳なんだよね。果たして僕にはこんな遊んでいる時間があっていいのだろうかと、いいわけがない。僕はさっさと“元の世界”に帰らないといけないんだ。
出来るだけ体力を温存しておきたかったけど……時間を掛けすぎるのも面倒だ。
てことで…。
モブール『死ね』
そのモブールの言葉にザラルルたちは震えた。煽りでも何でもない殺気を浴びた目で睨みつけてきたモブールに対して。
その場にいた生徒たちはすぐさま守りの姿勢に入った。
しかし、彼らはそれが無意味であることに気付いた。何故ならモブールはまだ本気を出していなく、今戦ったモブールの力はそれの半分にも満たないものだと。
モブールは目にも止まらぬ速さで、ザラルルの獣毛に包まれた首を掴み、持ち上げた。ザラルルは必死で抵抗し、周りの生徒たちもモブールに攻撃しようとしたが、モブールの速さに追いつくことはできなかった。
その瞬間…………血が舞う。その血はやや黒く濁っている。だが、おかしい。決定的な証拠や論理が思い当たるわけではないが、何かがおかしい。
これはザラルルの血ではない。この血は…
モブール『……?』
モブールはそこで初めて思考が止まった。
人は皆、予想だにしていないことが起きると驚いてしまうのだ。モブールもそうだ。
モブール『くそっ…』
間違いなくモブールの手と腕が切り離されたのだ。腕に痛覚を感じる、これは危険信号、油断してはいけない…モブールはすぐさま思考を回転させ、手を切り離した人物を探す。
モブール『マラ・ガンノール…』
見覚えのある顔…奴は武闘会に出場していた生徒で確か準優勝だったな…。
モブールはそうやって思考を積み重ねながら、その人物の特徴を探ろうとしたが、それはできないと思い知ることをモブールはまだ知らない。
俺『荒川魔羅!見参!!』
マラ・ガンノールはそこで自分の名前を一息つく間もなく、力強く掲げた。
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俺『ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!!』
華麗に滑りながら頭を地面に擦り付け、膝を地につけて俺の渾身のDO GE ZAをお見舞いした。
これはふざけているように見えるかもしれないが、これは本心からの謝罪だ。ただ単にみんなに怒られるのが目に見えていたのでどうしても勢いで乗り切るしかなかったのだ。
そう言い訳をしながらみんなの顔色を伺うようにしてゆっくりと頭を上げていくと、そこにはみんなの呆れた顔があった。
ジノル『はぁ……』
深いため息をついて俺の前に立ったジノルは続けて言った。
ジノル『今にでも殴りたいけど…特別に後で殴ってあげるよ』
俺『え?結局殴られるの?』
汗を垂らす俺を庇うようにして、ミルマが俺の前に立つ。
ミルマ『友達だか、なんだか知らねぇが!我が旦那に手を出していいのは我だけだ!』
ジノル『え?何、急に怖!』
ザイル『どうせなら僕も』
俺『え?いやいや結局殴られるのかよ!?』
戸惑う俺にやや腰が低い体勢のジロルが笑顔のまま一切表情を変えずに言った。ザイルに関してはノーコメントで。
ジロル『そのぐらい…みんなが心配してたってことだと思うよ』
突如として言われた影響なのか…急に頬がリンゴのように赤くなった感じがして思わず笑みが溢れた。
俺『え…や、やめろよ照れる』
え?キモ、何その照れ…と自分で自分を責め苛んでいると、皆も同じように思ったのかは知らないが、長い沈黙が流れていて、何とも言えない空気になっているのは感じた。
実際の所は皆んなは照れていたり、笑顔だったり、興奮していたり、無反応であったりと反応は様々であったのだった。
そんな空気を断ち切るようにしてジェンナードが言葉を発した。
ジェンナード『馴れ合いはすんだか?』
ミルマ『あ"ぁん?なんだぁ?その上から目線は!殺すぞ!』
ジェンナード『あ、いやすまない…つい、高圧的に話してしまった』
俺『ジェンナード』
ジェンナード『なんだろうか』
俺『後で殴らせてもらう、腹いせに。』
ジェンナード『…!ありがとう』
ミルマが語気強めにジェンナードの口調を指摘すると、ジェンナードは礼儀がなっていなかったと謝った。見慣れない光景に皆んなは驚いた。あんなザ・ワルガキみたいなやつが謝っているのだから当然の反応だ。
でも、ジェンナードの言っている通り、馴れ合ってる暇はないのだろう。
俺はこの場を取り仕切る指揮官かのようにしてみんなに話を聞いた。
俺『何があったんだ?…ほんのちょっと耳に入ったんだが…悪魔だか何だかが暴れてるって…』
ジェンナード『全責任は私にある、私が小細工を行う際に悪魔崇拝教団の者から協力を得ていたのだが…あらかじめこうなると予想できていれば…』
ジノル『起きたことにはもう仕方ないよ…とりあえず簡潔にまとめると、殺人鬼が生徒を殺し回っていて、それの対処をナオマとサミナさん、ザラルルとサデラルに任せてる』
俺『なるほど…ジェンナード、その悪魔の実力ってどれくらいだ?』
ジェンナード『まぁ、あの四人であれば全然対処可能な相手なはずだ…だからもう戻ってきていてもおかしくない筈だが…』
ジェンナードはそこで沈黙を貫いた。
俺『何か別の問題が起きたってことだ』
ジェンナード『恐らくな』
レリエル『もしそうなら早く行かないといけないんじゃないの!?』
俺『そうだね…でもこのまま突っ込んでいっても多分駄目だ、だから…いくつか作戦を立てよう』
ジェンナード『作戦か…だが、相手がどういうものなのか分からない限り、予防策は必要だろうな』
俺『いいか?作戦はこうだーー
ーーーーていう感じで頼む』
皆は頷いた。
俺『よしー!じゃあ!行くぞ!』
行動開始した皆に続いて俺も行こうとしたのだが…。ジェンナードが俺を引き留めた。
俺が振り向くとジェンナードは既視感のあるDO GE ZAをお見舞いした。
ジェンナード『謝罪させてくれ、私は君に暴力を振るい、君を罠に嵌めようとした…それに……』
俺『まぁまぁ待てや』
ジェンナード『え?』
俺がそう言うとジェンナードは顔だけを俺を向けると俺は頬をビンタした。
俺『気は晴れたか?』
ジェンナード『……ぐぶっ……!…ん……それだけなのか?』
俺『もっとしてほしいとかはやめてくれよ俺にそんな趣味はないんで……』
ジェンナード『それだけでお前はいいのか?』
俺『いや、まぁ、許してないけど、普通にトラウマもんだし、お前が何しても俺は許さないよ』
ジェンナード『そう…だな……』
俺『そんなことりもだ。お前が変わったてことを証明してくれよ。こんなことはもう二度としないって俺を安心させてくれ』
ジェンナード『……っ!あぁっ!もちろんだ。任せてくれ!!勤めは必ず果たす!故に安心して欲しい!』
俺『いちいた堅苦しい口調だなお前』
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俺『荒川魔羅!見参!!』
俺は他の仲間たちといっしょに、その場に現れ、高らかに自分の名を叫び、対峙する相手を見た。
モブール…俺と同じく武闘会に参加した奴。
そんな奴が今、ザラルルを殺そうとしている。
ならば、すべきことは一つ。容赦はしない。躊躇はしない。
俺『ウィンドカット』
風魔法の初級魔法に分類される『ウィンドカット』は威力は弱いながらも相手に斬撃を飛ばすことが出来る。
俺は『ウィンドカット』を唱え、対峙するべき相手にかすり傷を与えたその瞬間に固有魔法『血液操作』を使用する。
そうするとどうなるか、風の刃に血が絡み付き、接着する。やがて血は固くなり赤く染まった刃はもはや、ただの風ではない。それこそ斧を振りかざしたのと同等の力を発することができる血の刃の完成だ。
血はやがて固まっていき、そしてかすり傷にしかならないはずの刃は首をも切り離す刃となった。
俺はこの刃を奴の腕へと放ち、ザラルルを掴んだ手を見事切り離した。
そうして助けられたザラルルは一度、こっちを見てきたが、まるで『感謝はしねぇ』とでも言わんばかりにプイッと顔を背けた。
モブール『荒川…魔羅』
モブールは俺に確かな憎悪を放ち、その名を呟いた。
どうやら、奴の視線は俺で釘付けになってるらしい。
ならば、さらなる追撃を重ねるべし!
最初に攻撃を行ったのは、モブールに一番近い位置にいる…漆黒の獣毛に包まれたきれいな青眼を持つザラルルだ。
ザラルル『こっち見ろやぁ!』
ザラルルはそうやって叫ぶと力の全て拳に込め、右ストレートを喰らわせた。
だがしかし、流石にそれは叶わなかった。
モブールはその拳を受け流し、ザラルルを今度こそ仕留めるべく、まだ残っていた方の手をナイフのように尖らせザラルルの首へと突き刺した。
モブール『な…』
しかし、それも叶わなかった。何故ならばそのナイフのように尖らせた手は砂に包まれ、真下に落下したのだから。
モブール『調子に乗るな!!』
モブールはそう叫び、手を包み込んだ砂を吹き飛ばし、すぐに敵を滅するために姿勢を変える。
まずは目の前にいる憎きマラ・ガンノールを仕留めるべく、
獣が咆哮を上げるような姿勢で襲いかかってくる。
そして俺はそんな目に血が走るモブールに対して、心の底では震えながらも言ってやった。
俺『こ、これで分かったぜ…お前、視野が狭いな』
先程から死角に対する攻撃に間に合っていなかった。
ジェンナード『う"お"ぉぉぉー!!』
モブール『なっ!?雑魚が何を……!』
息を潜めていたジェンナードはその死角を突き、モブールにしがみつき、動きを一瞬止めた。
ジェンナード『やれ〜〜!!!』
ジロルの雷が、レリエルの赤い剣が交差するように入り混じりモブールの背後を突き刺した。殺しに来てる相手に躊躇する必要などない。だから、遠慮なくレリエルはその刃を振るい、ジロルは雷を落とした。
モブール『が…!がぁ…!…かッ!…』
モブールは唸るように声を上げ、必死に言葉を発しようとするが、喉が締まるせいでそれが出来ない。腹から出る血を懸命に抑え、少しでも少しでも抵抗しようとするが…それは無意味だった。次第にモブールは焦り始め、呼吸を荒げるようになっていく。
そしてモブールは何も発しなくなり思考を停止した。
誰もが勝利を確信した。
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…本来、人は思考停止すると、動けなくなったり、心に希望がなくなったりして、結果的に敗北の二文字が浮かぶ。
しかし、それは時として悪い方向へと傾くときがある。
モブールは微かに感じた。自分ではない何かが自分自身を蝕む声が。
モブールは願う。元の世界に帰りたいと。
その方法は自分がよく知っていた。モブールはただ目の前の敵を蹂躙せし、と、立ち上がり。その失くした右腕を再生し、
そして…
豪快に笑った。
次回 世界




