#1 俺、死す
「父さん……。母さん……。どうしたの……? 」
大雨の夜、雷鳴が轟く。
リビングは荒らされ、部屋には無数の切り傷。
大理石調の床には大量の血と共に倒れた父さんと母さん。
直感的に俺は気づいた。この部屋にもう一人誰かがいる。
『これしかなかったのか……。』
ラジオの様なノイズが混じった声がした。
――稲光の瞬間、フードを被った奴が目の前にいた。
逆光で顔は見えず、奴の手には血だらけのナイフと父の財布があった。
恐怖で声も出せず、血だらけの父さんと母さんをを見たショックで俺はその場に倒れた。
――目を覚ますと俺は鉄格子の中にいた。
起きた俺に気づいた警察官が教えてくれた。
要約すると、昨晩俺の家から物音と叫び声で、近所からの通報が多数あり、警察官が駆けつけると血だらけで倒れた父さんと母さんと俺の3人が発見され、俺だけ鉄格子の中みたいだ。
「――あれ? 父さんと母さんは……? 」
あれだけ血だらけだったんだ。答えは分かりきっている。でも信じたくない。もしかしたら助かったかもしれない。
警察官は首を横に振った。
俺はその場で泣き崩れてしまった。まだ幼い子供のように。
「――君は重要参考人として身柄を確保している。」
この人は何を言っているんだ……?
警察官が言った言葉に脳が処理しきれず頭が真っ白になった。
「大切な家族を……父さんと母さんが殺されたんだ!
俺が……。家族を殺すわけないだろう! 」
「出せ! 早く出せ! こんなもの壊してやる! 」
俺はひたすら鉄格子を殴った。手が血だらけになっても殴るのをやめなかった。
「こんにちは! 親殺し君! 」
鉄格子を夢中に殴っていて気づかなかった。
目の前には白髪のスーツを着た男が鉄格子を握りしめ、笑顔で俺に話しかける。
おいおい親殺し君ってなんだ?
こいつの頭は湧いてるのか?
「お疲れ様です! 勅使河原警視監! ご要件は……? 」
先程の説明をしてくれた警察官がスーツの男に敬礼をした。
警視監……。インターネットで見たことがある。確か全国で数十人しかいないトップがなぜ目の前に。
「ニュースで話題の少年Aがここにいるって聞いてね。」
――スーツの男によると今朝から俺の家族が襲われた事や、犯人の容疑者が息子の俺、少年Aを取り調べ中と……ニュース番組や新聞で報道されているらしい。
「うるさい! 俺は殺してない! 」
お前に何が分かるんだ……。
俺は行き場のない悲しみと怒りを鉄格子にぶつけた。
「あいつがやりやがったんだ! あのフード野郎だ! 」
信じてもらえないのは分かっている。ただ……。
「静かにしろ。ここを出してやろうか? 俺はお前を無実だと思ってる。」
口元をニヤニヤしながらスーツの男は、鉄格子越しから俺のポケットに解錠用のカギをこっそりと入れた。
「――好機を見定めよ。また会おう親殺し君! 」
スーツの男をそう呟き留置場から去っていった。
――数日が経過した。
俺は警察に反抗的な態度を取り続け、容疑者となった。
「○○くん、サヨナラだよ。」
そして、別の場所に移送が決まった。
――脱獄は今夜しかない。
俺は、固い意思と共に脱獄の無事を願った。
留置場にサイレンが鳴り響く。
無事に鉄格子から脱出したが、後ろには初めて見る警官が追いかけてきている。
「君! 待ちなさい……! 」
待つ訳がないだろう。俺はひたすら走った。
相手は1人しかいない。セキュリティが薄く、俺が居た建物には鉄格子を除いて、普通の建物らしく難なく脱獄出来た。
「やっと追いついた! 止まれ! これ以上罪を重くするな! 」
かなりの距離を逃げたせいか、口調的にさっきの優しい警官はどこいったのか。俺は警察官をかなり怒らせてしまったらしい。
「――撃つぞ! 殺人犯め! 止まれ! 」
はい出た。出た。俺は凶器で脅したりしていない。しかも逃げているだけ。法律的に撃てるわけないし、よくある脅しだろ。
「売ってみろバーー」
――パァン!……。
トンネルの中に入った瞬間、銃声が鳴り響く。
――右腕が熱い……。弾が俺の右腕に当たったみたいだ……。
一旦止まったふりをしてみて、様子を見て逃げよう。
俺が足を止めて振り返った瞬間……。
――パァン! パァン!
追加でもう二発。弾が俺の右胸と脇腹に命中。
これやばくね……? 俺は警官に撃たれて死ぬのか……?
考えているうちに、俺を追いかけていた警官が、横たわる俺の目の前に立っていた。
警官は何かを呟いていたが、俺の意識が遠のく。
どうして俺はこんなにも不幸なんだ……。
父さんと母さんが殺され、犯人は野放し。
挙句の果てに、容疑者は俺で追いかけてきた警官に撃たれて死の間際。
あれ? おかしくないか? どうして警官は俺が止まったのに撃ったんだ? 誤射にしてもあり得なく無いか?
――あぁ。悔しい……。父さんと母さんを襲った奴も、さっきの警官も……。悲しい……。寂しい……。戻りたい…。父さんと母さんがいたあの頃に……。
「――あの頃に戻りたい。」
気がつくと、俺は古い書斎の様な部屋にいた。
「気がつきました? 」
透き通った女性の声がした方向を見るといかにも、テンプレートでありそうな女神の様な女性がいた。
おいおい…まさかこれ異世界転生ってやつか?
いや、見た目はそのまんまだから転移って可能性もある……。
「つい先程、貴方は亡くなりました。それでですね……。」
はい! テンプレ確定! 俺、遂に異世界転生しちゃう?
――急に高笑いが聞こえてきた……。
え?女神様爆笑しちゃってどうした?
「先程から、貴方の心の声がダダ漏れでもう……ぷはっ」
「え? 全部? 」
「はい。全部です。」
めっちゃ恥ずかしいやつ……。もういいや。俺死んでるし。
「それと金髪巨乳女神って夢見すぎかよ! 」
女神様は爆笑しながら急に口調と声が変わった。
「あ――実はこの姿は貴方の理想そのものになってるんですよね! そんなにテンプレの異世界転生したかったんですか? 」
――女神様が笑いながら徐々に姿が変わっていく……。
顔には白いパーティにありそうなマスク。服装はスーツに体格は高身長男性って感じ……。
「残念でした! 本当の姿は男なんですよー! 乳なくてすみません! 」
もういいから……。恥ずかしすぎるからもうやめて……。
「あのー、ここってどこで何なんですか?」
俺は、恐る恐る質問をしてみた。
「ここは城壁の書庫だよ。」
聞いたことない……。そりゃそうか、とりあえず別次元って事でお城とかその辺かな?
「それで、君。死ぬ前に願ってたでしょ?」
『――あの頃に戻りたい。』
「それを叶えてあげる! だからさ、モートにならない? 」
――モートってなに?いやいやそれ以前にあの頃に戻れるのか……?
父さん……。母さん……。
「あー、感傷的なとこ悪いんだけどさ、モートって種族みたいなものかなー。人間辞めちゃう感じ。一時的っちゃ一時的だし死ぬまでもありうるし。」
よく分からないんだが……。説明下手くそかよ……。
「モートっていう者になったらどうなるんだ?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「力に代償は付き物。何かを得るには何かを捨てなきゃ!」
マスク男の目は何かを見透かした様子で俺をみている。
「説明めんどいし、後で案内出来る様にステータス画面用意しとくね。簡単に説明すると、モートになったら異能が使える様になるよー。」
異能! スキル的なやつなのか?
「異能使ったらクールタイムには気をつけてね。それと……」
――急に俺の足元が光り始めた……。
え? ちょっと待って。まだ説明全部聞いてないし。
「ごめん、時間ないから今から君をモートにするね。他の世界の神が介入してきたから、また会おう!」
また景色が変わった……。白い空間に黒髪巨乳の女神様。
はい、ありがとうございます。次こそ異世界転生ですね。
「貴方は先程亡くなりました。前世を凄く頑張ってましたので異世界に転移させます。」
はい! スキル! スキル! くださいなー!
「聞こえてますよ。言語理解、虚空の2個差し上げます! 」
地獄耳なのかな……。スキルもよく分からん! 待って!
「あの……もっとないですか?こうパッとしないと言うか…その俺最強みたいな……? チート的な……。」
「前世の記憶を持って転生だなんて、それだけでチートですよ? 詳細は後ほどステータス画面にて……。そろそろ転移のお時間です。」
無視かよ!お前も後でかよ!あーもうなる様になれだな。
「それでは、よい異世界生活を……。」
――俺は光に包まれた。
目の前にはテンプレ。お城の中で王様とその他諸々……。
「勇者召喚の儀によってたった今、勇者が召喚されました! 」
はい。そうですよね。分かります。一応お約束のこれ聞いとくか。
「すみません。急に勇者って言われても……。元いた世界には帰れないんですか?」
恐る恐る王様に聞いてみた。答えは大体予想つく。
「勇者には塔へ登って国を脅かす存在、魔族を殲滅し魔王を倒してもらいたい! 帰る方法は、魔王の首飾りが手がかりになるだろう……。」
魔王倒せコースか……。スローライフは難しそうだな。
「仰せのままに。我、勇者召喚の儀によって舞い降りたハレスと申す。」
いつでも転生していい様に、こういう作法を練習してたんだよね。
王様! 神殿から鑑定の結果が出ました! スキルは言語理解、虚空の2つ持ちになります! 」
兵士の一人が慌てた様子で走ってきた。
これスキル晒されるスタイルなの……。隠蔽とか欲しかったな……。
「スキル三つ持ちとは愉快! 普通は一つあれば安泰、二つは熟練、エキスパート! 勇者よ! 祝福を祈る!」
ここから始まる波瀾万丈の異世界生活。やっていくしかない。
ハレス ステータス画面
『言語理解』……国、世界関係なく自動翻訳される
『虚空』………半径十メートル以内制限で無条件に瞬間移動可
「逡ー閭ス縺ッ荳肴」……謎に包まれている