感謝回 逝く君へ、送り出す側から
誤字脱字のご指摘をくださるなろう側の皆様に感謝を込めて。なおこちらはカクヨ〇側には投稿いたしません。
<放送中>
1人と1体の姿が見えなくなってしばし。室内は誰とは無く安堵の溜息をつくもので溢れかえった。
「……なんとか保留、というところか」
大会運営の責任者から急遽呼び出された老齢の男は、自らの英断が功を奏したと実感していた。
事はチーム・CARSのドローンを引きつれた、ひとりの可憐なドライバーが運営本部に現れるより前になる。
CFS運営の構成員たちは不正な判定で不利を背負うことになったチーム・CARSへ向けて、ごく簡単な謝罪とポイントの加点で和解に持っていく事を提案していた。
こういった大会で不正を認める時点で組織としてかなり譲歩しているのだから、大会の権威を貶めぬようにと釘を刺し、裏取引に近い形の妥協点を探ったのである。
すべての悪役は配慮を求めた企業に丸被りしてもらい、自分たちは従わざるを得なかったというスタンスを取る事で、ある程度の責任の回避を考えていたのだ。
ただし、この中で審査員と彼と共にいた数名が『あまりに不誠実だ』と猛反対したため、最終的に他の構成員たちが『上の判断』という名の絡め手を使う事になる。
すなわち、審査員のさらに上にいる人物によって諫めてもらい、多数派に同調するよう説得する方法である。
だが――――
「ここに来た理由は分かるな?」
頼みの綱の老齢の男性がやってきてすぐ、当然のように警備を押しのけて入室してきたひとりの少女に全員が絶句することになる。
だった一言、主語を挟まずに呟いた彼女の名は玉鍵たま。
若干14才でCFSレーサーの資格を取ってまだ1週間と経っていない、新人中の新人。
チーム・CARSがドライバーとして雇う以前はノーライセンスどころか、レース車の運転さえしたことが無いと噂される少女。
事実としてそれ以前のレースドライバー歴はゼロ。多くのレーサーが経験する大会などただのひとつとして参加の経験なし。
にも拘わらず、今回のCFSグランプリにおけるニュー富士岡サーキットレースの頂点に上り詰めた強者。
優勝者。
そんな異質な経歴の少女が、まだシャンパンの香りをさせる白いレーシングスーツ姿で室内に押し入ってきたのだ。
とてつもない憤怒の感情を滾らせて。
〔これ以上の不正の隠ぺいを行う場合、チーム・CARSは合法・非合法に関わらずあらゆる手段を駆使して大日本CFS運営の愚行を明るみにいたします〕
背後でAIが語る言葉も理性から言えば恐ろしいが、それどころではない。
今まさに化け物が殴り殺しに来た瞬間に、その後の事など考えてはいられないのだから。
目の前にいるのは可憐すぎるほど美しい少女。だがしかし、見立て通りの人間では断じてない。それほどの剣呑な気配を彼女は滾らせていた。
――――そして老齢の男は反射的に驚くほど深く謝罪の意思を表明した。
それまで審査員らを説得していた口で、舌と手の平が猛回転したのではないかと思うほど劇的に。
彼は不正に対する全面的な謝罪と、この事実を公表する事を約束したのであった。
「私の決定に文句があるやつはいるか?」
怒りを納めた玉鍵たまが立ち去った後、ただでさえ年配の男はこの数分でさらに老け込んだ顔で周りを見回した。
無駄な言い訳や駆け引きは最悪の心証をいよいよ悪くするだけ。身を捨てた謝罪こそがあの場に必要な最善手だと直感した彼の行動は正しかったと言える。
少なくとも責任逃れの発言を繰り返した企業幹部とその会社経営陣は、後に悲惨な境遇に陥る事になったのだから。
「美人が怒ると怖いと言うが……それだけでは無いんだろうな」
玉鍵たま。本職はSワールドのパイロットであり、あらゆる戦績を塗り替え続けるワールドエース。
Sワールドの戦利品に生存を頼る人類にとって、彼女は最大の守護者と言っても過言では無い。
ではそんな相手を怒らせたならどうなるか? 想像すればするほど、権力者ほど空寒くなるに違いない。
その愚行は間違いなく都市の、国の、人々の怒りを買うだろう。その矛先が向けられれば生半可な権力などでは太刀打ちできない。モーターレース界を牛耳っているCFS運営さえ木っ端も同然。
――――疑う者がいるのなら、かの一族の最後を見るといい。
国の中枢に入り込み、法治を捻じ曲げるほどの力で栄華を誇った銀河。あの悪徳の一族でさえ彼女は滅亡に追い込んだのだから。
「やっぱ野外で食べるとなったら良い肉よねぇ」
ワイルドに口だけで金属製の串から肉の塊を引き出し、実に満足げにムッシャムッシャと咀嚼しているアスカ。
「おおう、待ちんしゃい。それはまだ焼けとらんき。ひとまずこっちにしんしゃい」
「えー、マグロいらなーい」
それを見て真似ようとミミィが置かれている串に手を出したところを、生焼けと判断した力士君がやんわりと止める。立ち位置的にBBQで手を動かしているのはこいつらしい。
肉と野菜の串の他に焼いていた具は赤身はマグロか。そういや冷蔵庫にあったな。こっちもブロックでゴロッとよ。
「ぶーっ……あ、おいしい?」
仕方なく勧められた串を取って、申し訳程度に齧ったピンクの顔が真顔になる。そこからは普通に食いだした。
「高級品のようだからのぉ。焼くのが勿体ないくらいの代物たい」
何かとワガママの多いミミィの意外に素直な反応に、他の串を用意していた力士君が笑顔になる。
キャンプ飯とか男飯ってやつかね。案外と手際も良いようだ。いや力士君、おまえホント将来良い旦那になりそうだな。
「マグロの炙り……そういうのもあるのね」
「炙りって、バーナーじゃないんだから」
真剣な眼差しで串を吟味している眼鏡女子は勝鬨。それに突っ込んでるのが初宮ってのも珍しいな。
いつもは勝鬨の相方と言うと花代あたりなんだが。こういう非日常な催しってのは思わぬ人間同士が絡んだりするもんかね。
「ジュースお代わりいる人ぉー」
その花代がちょうど足りなくなった各種の飲み物を補充してトレーラーから出てきた。荷物持ちで一緒に行っていたのは春日部か。
「……ビール? ちょ、誰よこれ混ぜたのっ」
「ノンアルっスよ。それでもあったのはあーしも驚いたけど」
氷水を張ったクーラーボックスにドサドサと突っ込まれた飲み物。その中になぜかビールを見つけて騒ぎ出した先町を、ビール容器のラベルを見せて春日部がいなしている。
ああいう飲み物はノンアルっ言っても『ほほゼロ』ってだけで、少しはアルコールが含まれてんだがな。
オレは気が付いたが飲まなかった。たぶん友大用に用意した残りだったんだろう。あいつ酒は苦手だったのかね。
「で、あいつらなんでBBQしてる?」
表彰式も終わったから最後に思いっきり運営に睨みつけて帰ってきたら、なんだよこりゃ。
――――そろそろ暴れてもいいかと運営本部に赴いたはいいが、出会った偉いさん数名が開口一番に謝ってきたから蹴り飛ばすタイミングを逃しちまったい。
ああまで大真面目に謝られると調子狂うな。最後はこっちが脅してるような空気になってきて気分悪りぃぜ。
11の代わりについてきた14が『諸々含めて手打ちにする』って事だから、雇われ身分のオレは黙って引き下がったがよ。
出来たのはせいぜい睨むくらいだ。こっちだってレース中に散々イモ引いたんだ。少しは意思表示しねえとな。不正にグリッド下げられてタイムを取り返すのにメッチャ苦労したっての。
〔打ち上げでございます〕
ここまで後ろをついてきていた14のドローンがフワリと前に出て、オレの独り言に反応したのかメインカメラのある面を向けてくる。
〔11が用意しておりました食材をこのまま持ち帰るのも勿体ないとも考えまして。私どもからの提案で皆様にお願いした次第です〕
あー、トレーラーに積まれていた食材は確かに山とあったからな。絶対オレひとり分じゃねえとは思ってた。肉とか塊で入ってんだもんよ。
サプライズで皆を呼んでいたあたり、11は最初から打ち上げ用に用意していたんだろう。
……入賞できるかどうかも分からなかったってのに呑気なもんだぜ。レースなんざ数日前まで素人だぜ? オレはよ。
あいつらと共にテーブルを囲んでいるスクラップは焼けたコントロールボックスと、ここまで引っ張ってきたABADDONの車体。あんなもん焦げ臭くてBBQが台無しだろうによくやるわ。
〔玉鍵様、どうか気に病まないでくださいませ。11の事は残念でしたが、チーム・CARSは間違いなく優勝したのですから〕
「まあ、そうだな」
本来あいつに頼まれたのはレースへの参加だけ。
けれどやるからには入賞を目指して、そこからタコに挑発されて優勝なんて欲をかいちまった。
それがこの結末だ。相棒は気のいい悪魔と共に炎の向こうに消えていった。
オレだけは助けて。置き去りにして。
〔11の事でストレスを与えてしまっているのは存じております。ですが、玉鍵様もどうかお付き合いください。あなたこそがいたればこその優勝です――――11が正常であったなら、きっと玉鍵様がご友人方にお祝いされる事を喜ぶでしょう〕
「たまちゃんさーん!」
CARSのブースで大げさな手招きをしてくるミミィ。その周りの連中も『早く来い』と言わんばかりにこっちを見ている。
近くには対スナイパーの1戦で傷だらけのまま横付けされている14と19の車両もあった。
《まーアレだナ。精進落としってやつ? ご遺族たっての願いなのでお付き合いください、という命題で葬儀屋が小銭を稼ぐパターン》
(精進落としで肉も無えけどなぁ。あとさすがにその発想は不謹慎だぜスーツちゃん)
参加者全員が心にも無い涙を流す冷えた葬式もそりゃ沢山あるだろうが、ちゃんと故人を悼んで送るやつと送られるやつもいるだろうさ。
(……オレが一人でクサクサしてもしょうがねえのはそりゃそうだ。切り替えてくしかねえな)
「気を遣わせて悪いな14。他のナンバーもそうだが、CARSってのはどいつもこんなお節介な感じかい?」
〔いいえ。プランに合わせた顧客の快適な送迎はCARSの会社理念でございますが、同時にそれ以上ではございません。我々にも気を遣ってくださる玉鍵様だけの対応でございます〕
「ヘッ、リップサービスもうまいもんだ」
思わず軽く笑いがこみ上げ、それが足取りを軽くしてくれる。
あいつはオレを置いていったんじゃない。オレがドンくせえから駆け抜けていったんだな。
そう思ってやるよ、相棒。
「4本貰うぞ」
氷水に浸けられたばかりのビールを引き抜いて次々に開けると、少し乱暴だったのか泡が噴き出て水と共に手を濡らした。
「4本? あっ、それノンアルだけど苦いヤツっすよ?」
数は4で合ってるさ。
「乾杯」
なあ、友大、ABADDON、11。
〔玉鍵様、本日は誠にありがとうございました〕
BBQも終わってじゃあ帰んべ、ってところで。14から『レース依頼の報酬』について話があると助手席への乗車を勧められた。
加えて部外者には聞かせられないと、走行途中から後部座席との間に防音防弾のシャッターを下ろす徹底ぶりだ。
「いいさ……むしろ悪かったな。おまえの仲間を無事に連れて帰ってやれなくてよ」
防音は報酬うんぬんの話より、オレ本来の口調に気を遣ってのものかねぇ。
スーツちゃんの規制はAI相手をカウントしないらしく、CARSとの会話は特に規制を受けないんだよな。
〔――――我々CARSは便宜上の必要性からナンバリングこそしてございますが、基本的には同一のAIを基準値とした同一の存在です。本来は仲間という表現ですといささか語弊がございます〕
《別の器に入って動いてるから個性が出てくるけど、結局は定期的に平均化するからリセットされて『同じCARS』になっちゃうんだナ》
(AIも大変だな)
平均化にバックアップ。人間相手なら物議をかもす話題なのに、それを受け入れているのは機械だからかねぇ。
11もいずれは平均化されていたんだろうか? あいつもそれを黙って受け入れたのか?
人間のオレには分っかんねえよ、11。
〔……しかし、ナンバーごとに個体として扱ってくださる玉鍵様の気遣いに『喜び』を感じます。私も、CARS11も、55も、117も。おそらくは19も〕
メンバーの半分を乗せて14の後ろに追従する19。サイドミラーに映った車体がオレ視線に応えるようにランプをチカチカと点けた。
〔ですので、玉鍵様が11を悼んでくださることにも『喜び』と、若干のマイナスの数値を記録しています〕
「マイナスの数値?」
〔人間で言えば『嫉妬』……でしょうか? 貴女様に想われる11が少し、羨ましい〕
「そんなもんかい? 戦いを供にしたり、そうでなくても長く付き合ってれば愛着のひとつも湧くやつはいるだろうさ」
宗教観にもよるのかもしれんがな。物は物、家畜は家畜。人以外は人間に奉仕する存在と教えられてる連中には欠片もそんな気持ちは芽生えないかもだが。
〔では我々も玉鍵様に愛着を抱いて頂けるよう、各車とも努力して参ります〕
「何言ってんだか。もう十分気に入ってるよ、今後ともよろしくな」
《ウッホ、出しちゃうのっ!? 機械のプロポーズにOKを出しちゃうのっ!?》
(アホか。何を聞いたらそうなる)
〔ありがとうございます。差し当たり今後の契約プランにおいて優待をさせていただき、かつ玉鍵様専用の新たなサービスについても提案いたしたく思います。どうか草案のご確認を。もちろん玉鍵様からご要望がございましたら、どうか遠慮なく仰ってください〕
「そりゃどうも――――なんだこのカチコミサービスって?」
〔法に関わらずどこにでも突入するサービスでございます。これまでは契約内容の解釈を捏ねまわしての黙認という形でございましたが、以降はサービス内としてCARS全車両がどこにでも突撃のお供をいたします。治安にでも、軍の基地にでも、外国にでも〕
「物騒すぎる……」
《プークスクス。これまでの低ちゃんの活動を見る限り、これはメッチャ実用性があるんでナイ?》
(うるせえよ。好き好んでケンカ吹っかけてるわけじゃねえわ)
〔加えてパイロットの玉鍵様向けとして計画しておりました、『戦闘ロボット形態に変形できるCARS車両』も順調です。路上で試験稼働できる車両のロールアウトは半年後を予定しております〕
「車から変形する人型ロボットってそんな早く作れるもんか? しかも本星でよ」
〔さすがに性能はSワールド製とまではいかないでしょう。ですが、どうぞCARSの技術力にご期待ください。玉鍵様だけの最高のシートをご用意いたします〕
「あー、うん。楽しみにしてるよ」
オレは見た目はガキでも金は十分持ってるし、今後も稼いでくる予想が出来るって意味では『良い顧客』だろうが……なんか暑苦しいセールスマンに目をつけられた気分になるな。14ってこんな性格だったっけ?
《そしてCARSに気に入られ過ぎた低ちゃんは『最後のパーツはあなただ』、されてロボットの生体パーツとして取り込まれるト》
おいやめろ。今日だけはなんかシャレにならん気がするだろうが。こいつらだって11を失ってちょっとナーバスになってんだよ、きっと。




