感謝回 カジノに降り立った天才? 玉鍵たま(ザワ……ザワ……)
毎度の感謝回でございます。いつも誤字脱字のご指摘をいただける事、とてもありがたく思っていることを今回も形に。
※これまでカクヨム側でもちょくちょくご指摘を受けまして、今回はなろうとカクヨムの両方で投稿させてください。
《バニーガール》
鎮圧協力もそこそこに、オレら余所者はハワイの治安部隊に現場を引き継いでお役御免になった。
世界会議も続けられる状態じゃ無いってことで、今回の会議はサイタマと第二都市セットでの独立の承認と、国際的にロンドンへ強度の制裁を行う事が可決される程度で終わるらしい。
《Bunny Girl》
もちろん詰める議題はもっとあったんだろうが、その辺は護衛役のオレにはあんま関係無い話。ねーちゃんたちは口と頭で、オレは銃とロボットで自分たちの残りの仕事してりゃいい。
――――と、思っていたんだがなぁ。
《ヴァニィーガァールゥー》
(音声MODバグってんぞ。秘密道具が出てきそうなイントネーションはやめい)
南の島だけに海のアクティベーションが連想されがちなハワイだが、観光の目玉は空港からも見えていた歓楽街になる。
《ぱっぱらぱっぱっ、ぱーっぱっぱー》
(ポケットから取り出すSEを流すな)
古き良きベガスやマカオの空気でも参考にしたのか、毒々しいネオンに照らされたこの街は、夜ともなれば一層に煌びやかな宝石箱のごとく輝いている。
別に自然の星が一番きれいなんてキザったらしい事は言わないが、欲にまみれた汚い光の洪水に辟易させられ、暗い夜空が懐かしくなるくらいにはうるさい世界。
そんなギラギラした街のど真ん中には、ひときわ大きなビルが聳えている。
この建物こそ、フロアというフロアに余すことなく賭博場を突っ込んだ、建物まるごとカジノ施設という高層ビルディングだ。
……そのカジノになぁぁぁぁんで未成年のオレが、ひとりでおいてけぼりにされてんだかなぁ?
《というわけで低ちゃんYA》
(何がという訳なのか知らんが嫌です)
赤毛ねーちゃんが旅の思い出にとか言い出して、長官ねーちゃんまで巻き込んでカジノに繰り出そうと言い始めたのがケチの付き始め。
2人は肩や背中がガラ空きのドレスで着飾って、夜を楽しむ大人の女を決め込んだはいいものの、直前で仕事の話が入ってVIP用の休憩室に回れ右しやがった。
いや参ったね。チャチャッと終わらせてすぐ合流するからと言って、それまでオレは適当に遊んでなさいとチップを持たされて締め出されちまった。
護衛を締め出すなやっ! ロンドンのタコどもの件は片付いたからって他の危険はあるかもだろ!? あと大人ぁ! 中身はともかく外見は中坊の小娘を悪い遊びに誘うな!
ああクソ、何度も脳内で突っ込んじまうわ。カジノの無駄に豪華なトイレの個室に逃げ込んだはいいが、これからどうすっかなぁ。
《HEY!? カジノだZE!? ここでバニー=サン、デビューせずにどこでするのサ!》
(あれ着るのはカジノのスタッフだって言うとろぉがっ! 客はバニー着ないんだよっ! というかバニーデビューってなんだっ!)
そう頭を悩ませていたときに、例によっておかしなことを言い出したのがこの無機物だ。
なにがどうせならバニー衣装を着ない? だ。アホか!
《そりゃあ他で着たらただのコスプレじゃん。仕事着として楽しむバニーはカジノか、後はラウンドガールくらいっショ?》
(それを楽しむのは見る方だ。着てる方は仕事で着てんだよ。そもそもなんでオレがバニーコスせにゃならん)
《えー? せっかくランちゃんたちから『楽しんでらっしゃい』って、チップ貰ったんだからさー。着るものからハッチャけて楽しく遊べばええやんケ》
(カジノなんて未成年が楽しむところじゃねえよ。中身はともかく世間的にはオレは中坊なんだぞ……あとまた勝手にデータ盗ったのか? Wizardのやつだよな?)
《ウィ。裁縫に魂を感じる逸品デス。それも間違いなく低ちゃんが着るのを意識してるサイズやで》
(あぁんの店はよぉ……本当はいかがわしい業界と繋がってんじゃねえの? 更衣室に入ったはずの女性客が2度と出てこない、とかの都市伝説がありそうで怖えよ)
あの服屋、他に店を探すのも面倒なんで利用してるが本当に大丈夫か? パーティ用のジョークグッズならまだしも、本格的な作りの衣装で中学生サイズのバニーコスを用意してるっておかしいだろ。
《店舗に堂々と飾ってあるアレを見てスーツちゃんは思ったネ。職人と店員の心意気に応えねばならぬト》
(どんな使命感だ……だいたいスーツちゃんよぉ、こんな貧相な体にバニー着せて何が楽しいんだよ)
《絶壁バニーだからこそくるという感覚! そんなニッチなニーズに弊社は全力でお応えいたしマスッ!》
(努力の迷子って御存知? 全力を出すベクトル間違ってんぞ変態企業)
その変態のデータをスーツちゃんが盗っちまった以上、帰ったら現物買って帳尻合わせなきゃなんねえというこの地獄。犯罪はワリに合わないって言葉を実感するわっ、クソが! オレは必要なら暴行も殺しもするが、万引きみたいな窃盗はやらねえんだよ!
《しょうがないニャア。じゃあバニースーツかディーラー服の2択にしようか》
(ディーラー? ……なんだろう、ものすごく罠くさいんだが。バニーとディーラーだと露出が段違いだろ)
《馬鹿にしてもらっちゃ困るナ。違いの分かるスーツちゃんは露出だけで選んでるわけじゃないZE? ベストに包まれた腰のシルエットが際立つ上半身と、スマートなパンツルックが形作りだす魅惑の下半身のライン――――その名は女ディーラー、エロくね?》
(おまえは何を言ってるんだ)
いい年したおっさんが性癖を突き詰めた結果、特にエロくもない余計なジャンルにまで反応するようになってバグったみたいな事を言い出したぞこの無機物。
《あらお嫌でっか? ほなら網タイツ輝く股下角度の際どい黒バニーにチェィィンジ!》
(ディーラー! せめてディーラーにしてくれ! やっぱり1択じゃねえかバカヤロウ!)
かつての人類の負の遺産、自然汚染の影響は現在のハワイでは非常に薄いとされる。
何せ汚染を取り除いた手狭な人工の海岸を作らなくても、素肌での海水浴に問題が無いくらいというから大したものだ。
……そんな立派な観光名所があるってぇのに。何が悲しゅうて電子チップ片手にギャンブルするだけのビルなんておっ建てるかねぇ。
「《ま、また1点賭けするのかっ》」
「《これで当てたら4連続だぞ。どうなってる……》」
夜にはライトアップまでされて、外観はいかにも摩天楼って言葉がよく似合う姿だったよ。各国のエリートら金持ちには、夜景の美しいデートスポットとしてもこのハワイのビルは有名らしい。
夜の海に浮かぶ月と眠らない不夜城。ロマンチックと言えなくもないのか? 欲望まみれの汚ねえ絶景だなぁ。
「《配当36倍が3連続……たった1000チップを瞬く間に4600万以上。そしてこれで勝てば16億を越える……》」
いや、別にいいんだけどよ。こういう娯楽ってのは雰囲気込みでアトラクションだ。場の空気からして多少突き抜けてるくらいにしたほうがいいってのは分かる。
まあアレよ、ジャンクフードみたいなもんさ。
賭博なんざ悪い遊びの代表格なんだから、変にお行儀が良くても魅力が無い。
ハメを外したい連中の琴線に触れるには、やっぱジャンクフードみたいに塩分と油分の塊みたいな体に悪いと丸わかりのものじゃないとな。
もう少し健全な施設で言うとテーマパークと同じで、夢を楽しむ世界観を作ってナンボのところがあるのが歓楽街ってもんだ。
儲けが良いところってのは客が気持ちよく金を落とすよう、客をシラフに戻さない作りをしてるもんさ。
欲望の時間を告げる鐘が鳴り、ボールが赤と黒の奈落の上を回り出す。
ディーラーによって投入された銀色の玉。それはルーレットの回転とは逆に回り続け、やがて慣性エネルギーを失った球体は外縁からずり落ちた。
――――ホログラフによって1枚最高額のチップを積み上げられた、赤の36へポケット。
固唾を飲んでルーレットを見ていた客たちが歓声、いやもはや悲鳴に近い声をあげる。
(……あー、これでいくらだっけ?)
《1,679,616,000チップ。16億と79千、6百と16万だネ》
(もう数が大きくてわっかんねえわ。ざっくり16億ってトコだな)
チップを賭けたい数字にポンと出せばいいから簡単なので、ルーレットってやつをやらせてもらったらまあ勝てる勝てる。
ここのルーレットはBETに上限が無いらしく、得られた配当全額を連続で一点賭けで行って来いしたら、みるみるアホみたいな数字になった。
《はて? これだけ勝ってるのに冷静だネ。少しは嬉しくないのかニャ?》
(別にぃ? これはアレだろ、接待ってやつだ。そんなもの勝っても嬉しかねえよ)
ここは都市がケツ持ちしてる、いわゆる国営カジノみたいなところ。ハワイを守った礼として、適当に勝たせてやれと上に言われてんだろうさ。
《接待にしてはディーラーの顔が真っ青だけど?》
(ああ、さすがデカいカジノだよな。自然に負けてる演出は誘いのテクニックの真骨頂だ。良いディーラーを揃えてやがる)
普通のギャンブルならこうはいかねえ。
適当に勝たせて、適当に負けさせる。たまに気持ちよく大勝させて、最後に負けさせる。
賭けで大金稼げるのはカジノ側が選んだひと握り。大きな組織が胴元やってる賭博なんざそんなもんだ。客の懐はゲームの外から大まかにコントロールされてんだよ。
「《おぉ、ついに奴が》」
「《彼を一夜で引っ張り出すとは……さすがワールドエースと言ったところか。ギャンブルまで圧倒的に強い》」
(スーツちゃんよぉ、いちいち野次馬の会話まで翻訳しなくていいぞ)
《えー? せっかく『何かやっちゃいました?』してるんだから。周りの反応で無双を自覚して気持ちよくなろうゼィ》
(さっきも言ったが接待で無双してどうだってんだ。いっそ周りもサクラじゃねえのか? VIP客をチヤホヤ褒める役とか、大きいカジノなら普通にいそうだろ)
「《ご無礼いたしますレディ。若手では貴方様の相手にならないようで、どうか交代をお認め下さい》」
ぼちぼちチップの回収役もお出ましだしな。
さっきまでのイケメンディーラーから、いかにもベテランって感じの貫禄のあるナイスミドルに交代しやがった。
紳士的な物言いで客に途中交代の無礼を詫びてくるベテラン。
いつのまにかこのテーブルで賭けているのはオレだけになっていたから、実質オレひとりだけのために出てきたってわけだ。ガキを相手に接待も大変だなぁ。
ま、こういうのは偏ったバカ勝ちができないよう、店にはいくつもストッパーがあるもんだ。
機械側の操作やディーラーのイカサマは可愛い方で、後で物理的なお話になるパターンもある。
なにせ大きい金が掛かるんだ、背後のケツ持ちのご機嫌が悪くなると思えばなりふり構ってられねえわな。
(さすがに勝たせ過ぎたと思ったのかね。案外イケメンディーラーは接待し過ぎで失敗していたのかもしれん)
適当なトコでそこそこ負けさせて終わるはずが、オレが毎度全額BETするからタイミングを誤ったのかもな。
「よろしく」
《いいの? せっかく稼いだのに》
(負けても損はしないしな。元手のチップだってねーちゃんから貰った小遣いだ。全部スッても暇潰しのゲーム代だよ)
チップをいくら稼いだところで換金するまではここでしか使えないゲーム通貨。ガキのやるメダルゲームと変わんねえよ。使い切らずにそのうち忘れちまうだけさ。
そして古風なベルの音と共に、ベテランの白い手袋からボールがルーレットへと送り込まれる。このカジノではボールの投入後にも賭けられるのでのんびり行こうか。
実体のチップを摘まんでテーブルの番号に置く。するとホログラフのチップが賭けられた金額を視覚的に表示して、最高額のチップがテーブルに山と積まれた。
いいよな、こういう視覚的な演出。電子的な数字のやり取りにはない臨場感で客を楽しませてくれる。さすがルーレットひとつ取っても本場は金掛かってんなぁ。
「《ま、また全額、1点張り》」
「《いくらになるんだこれは……》」
《的中時の配当額。60,466,176,000。604億と66千、17万6千チップデース。ところで最後に『0』に賭けたのって、もしかして理由ある?》
(ゼロに賭けてスッカラカン。皮肉が効いてていいだろ? それとBIGのラストアタックにも掛けてみた。あれも見事に『0』字に操縦席を抜けたしな)
反動が無いビーム兵器とはいえ、手首に4砲あるビームの照射口がバルカンみたいに回転する形式だったから、照準が回転の勢いで思いの外ブレちまって危なかったわ。
さて、ルーレットってのはボールが投げられた時点で落ちる場所が決まってる。ボールに乗せられたエネルギーは回転している間に順当に失われ、推進力の無いただの金属球には新たにエネルギーを得る機会は無いからな。もちろんイカサマがあればまた別だ。
(どこに落ちるかね、スーツちゃん)
《算出中……残念、0のひとつ前だネ》
このルーレットの0の前後はどちらも黒のポケットに挟まれている。奥は黒の28。そして手前は黒の――――
「――――2か」
(そりゃお見事。こっちがゼロに賭けると読み切って、かつギリギリを演出するとはさすが大カジノの火消し役だ。その腕に敬意を表して、あとひとつズレていたらぁーとか、ちょっと悔しがってやるか)
「《……っ》」
? ナイスミドルが喉を鳴らしてら。さすがに大勝負ってことで腕に自信があっても緊張したかね。それともこれも店側の演技ってやつか。客商売ってやつは大変だ。
《振動検知》
(あん? 荒事か?)
《うんにゃ、波形的に自然の地震だネ。小さいやつだから平気ジャロ。ハワイは火山島もあるし、大きいのは滅多にないけど小さいのはそこそこあるデヨ》
(なんだ。BIGでやりあったとき地盤構造にダメージでも入って、ビルが倒壊しかけてんのかと思ったろ。脅かさんでくれ)
BIG-Kのほうは衝撃緩和装置が効いていたとはいえ、敵側のほうはそんなもん無かったからな。同格の30メートル級が飛んだり跳ねたりしたら大ごとだ。しかもロボット運搬用の秘密のレールが地下に通ってたわけだしよ。
ハワイの地下、秘密レールのせいで地下工事や建築の時に変な制約だらけなんじゃねえかな。
《ねえ低ちゃんや、先に言っとくけどスーツちゃんは何もしてないからネ? これはマジでス》
(急になんの前置だよ? おっかねえ――――ああ、ぼちぼちか。カジノにディーラー服なんて着てきた小生意気な中坊、せっかく稼いだ全額を失って絶望の図、って感じで行くか。オーノーってよ)
エネルギーを失い外縁から外れたボールは盤の傾斜によって、それまでの真円と違った不規則な周回を始める。最後の姿は針に掛かりもがいている魚の動きにも見えた。
「《あ》」
カチンという音と共にポケットした銀色のボール。
その瞬間、洪水のような勢いの声と音が響き渡った。
<放送中>
「よろしく」
静かな一言。それだけで男はこれまで感じたことが無いほどにディーラーとして危機感を抱いた。
(一流というのはどんな分野でも纏っている空気が違うものだが……ここまでの迫力は初めてだ)
大手銀行の頭取、大会社の社長、トップの政治家、王族、名うてのギャンブラー、裏業界でのし上がった犯罪者。
男がこれまで接客をしてきた厄介なお客様たちも、やはりその態度や言動から普通とは言い難い気配を出していたものだ。
ある者はより強く自分を見せるため。またある者は大物であることを示すため。周囲に舐められることのないように。
生まれつきの身分から傲慢を増幅させた者もいれば、地を這い泥を啜ってきた反骨心を抉らせた者もいた。いずれにせよ今の自分に絶対の自信と執着を持った怪物たちばかり。
ルールなど関係ない。怒らせれば何をされるかわからない相手。たとえ国営カジノのディーラーであろうと、こういった人間らは金と力で思い通りにできると思っている。
そんな相手をこそ上手に遊ばせトラブルなく金を落とさせる。それがこのカジノの全権を都市から預かり、仕切っている男の役割。事実として彼はこれまでのどんな難局も乗り越えてきた。
ディーラーとして大成する秘訣は丁寧に負け、丁寧に勝つこと。
自分の勝ちを追うだけでいいギャンブラーとは神経の使い方が段違い。危険な相手を怒らせずに最小限の負けを演出し、トータルの売り上げこそ自分の勝ちと定めて丁寧に勝ってきたのだ。
もちろん機械的なイカサマも技術的なイカサマも仕事のうち。不正をする者にはバックヤードで暴力を用いることもある。
ただし、平で戦う相手にはこちらもイカサマは使わない。それがこの仕事についてから男が己に課したルール。これまで破ったことはないのはひそかな自慢だった。
そんなおおむね真面目に、善良に生きていた男の店に現れたのは、とてつもない規模の超自然の災厄。サイクロンだった。
飲み込むすべてを吹き飛ばし、粉々にしてまき散らす暴風雨の塊。その名はタマ・タマカギ。
つい先頃、ワールドエースとしての実力をハワイ中に見せつけ、島中を魅了したパイロットである。
「ま、また全額、1点張り」
「いくらになるんだこれは……」
客でありながらディーラー服という、なんとも変わったいで立ちでカジノに現れたこの少女。しかしそんな些細な事など、たった一目見るだけでその場の誰の頭からも抜け落ちるほどに彼女は美しかった。
初めは男もその容姿のあまりの可憐さから呑気に『ここで本当に働いてくれないものか』などと、画面の向こうで悠長に考えていた。
さらにルーレットで遊ぶようだと知ると、最初のBETは無条件で勝たせるよう通信でディーラーに指示したくらいである。
もともとこのカジノでは親が資産家であるなどの条件さえ整っていれば、未成年でもそれなりに遊ばせている。忖度は彼女がハワイを守ってくれた事への個人的なお礼の意味があった。
担当のディーラーは指示通りに1度目を勝たせ、男は2度目の配慮も認めた。
連続の1点賭けという無茶に対して、再び勝たせてはさすがに不自然になってしまいそうだが、それはワールドエースという強者の肩書がぼかしてくれるだろうと考えたからである。
むしろこの程度の出費で自分のカジノに、ワールドエースのエピソードが手に入れば、宣伝として逆にプラスだとさえ思っていた。
だが3度目はさすがによろしくない。
上限ありテーブルならもう1度くらい勝たせても良かったが、タマ・タマカギの選んだルーレットはBETに上限の無いルール。36倍もの高配当を3連続されてはさすがに悪目立ち過ぎる。
逡巡なく3度目の1点賭けをした少女に『まだまだ世間を知らない子供か』と、やや失望した彼はディーラーに外すよう指示した。
個人的なサービスは終わり。後は店から都市を守った英雄へのお礼と称した店としてのサービスチップでも届けて、そこそこ楽しんでもらえばいいだろう。
このカジノで雇っているディーラーはいずれも自分ほどではないが、卓を任せることができるだけの実力は持っている。そもそも1点張りの客など、素人が何も考えずに玉を放ったとしてもまず負けさせることができるのだから憂いは何もない。
――――そう思おうとしたとき、男の博徒としての直感が不意にざわめいた。
待て。そう指示するには1秒遅かった。
輝く太陽のリングのように回転する玉の落下を見ることなく、彼はルーレットとへ急いだ。
<放送中>
途中で別のVIPに捕まり、折り目正しく挨拶せねばならないというタイムロスを被った男。その結果案の定、やってきた最上のカジノルームは異様な興奮に包まれていた。
技量と見栄えのする容姿で目をかけていた若手ディーラーの青ざめた顔は、場の空気と対照的。
大勢の観客が注目するなかでは時間稼ぎもままならず、向かったテーブルでは4投目までもが投じられていた。
むろん結果は言うまでもない。
彼は若手を叱責する気にはなれなかった。これは完全に自分のミスであったから。
言うなれば猛獣の前に番人として幼児を立たせていたようなもの。食い殺されて当然の結末。相手をさせてしまったほうが悪い。
(イカサマ無しで信じ難い豪運。このガキは持っている人種だ)
世に生まれ落ちたなら誰もが感じるだろう運不運。
多くは統計学に証明されるようにすべては平均値へと収束するが、ごく稀に偏っている者というのが世界には必ず存在する。
どう考えてもおかしい、ありえないほど偏った運の持ち主が。
考えるまでもなく当たり前だったのだ。世界最高峰のSワールドパイロットが、選ばれた運命を持っていないわけがない!
タマ・タマカギのプロフィールはVIP待遇の相手として、当然男も目を通している。その戦績と出撃回数を見るだけでも、十分に強運だと分かっていたはず。
(だというのに、注目すべき情報が頭から抜けるほど見惚れてしまった……白人どもの言い分じゃないが、悪魔のような娘だ)
ここまで幼い見た目でこれでは、成長したら彼女の愛を巡って戦争が起こるのではないか。
おとぎ話に登場する傾国の美女のようだと、男は改めて少女の美しさに飲まれないよう気を引き締める。
すでにこのカジノはタマ・タマカギの放つ異才のオーラで満たされている。
可憐にディーラーの服を着こなす少女の姿をした怪物と、その一挙手一投足に注目するギャラリー。これではどちらがディーラーか分からない。
それでも代役を認められた男によって、プライドを賭けた5投目が投げられる。
全思考・神経を集中し、この瞬間だけルーレットの神となった男の選ぶポケットは黒の2。
タマ・タマカギから感じたすべての情報を己の直感に委ねた渾身の1投。それでもなお彼女の魔物のような指を掠っていたことに、男は内心で恐怖する。
少女がBETに選んだのは『0』。黒の2のすぐ隣。紙一重。そしてやはり1点賭け。
入ればその配当額はチップの枚数だけで600億以上。
換金すればハワイの金庫の一角が消し飛ぶ額。むろん即金対応用のカジノ口座など消滅してしまう。
人が何人も消える桁。
もしここで男がわずかでも気を緩めていたのなら、全身から滝のような汗を滴らせていた事だろう。
だが彼は勝った。イカサマ無しの真剣勝負で。このワールドエースに。そう思うと今さらながらに指に喜びと安堵の震えが来た。
「2か」
――――その意識の緩急に差し込まれたのは、ポツリと零した少女の一言。
「……っ」
まだルーレットは回ったばかり、素人は落ちるポケットを判別するなど不可能な場面。
否、並のディーラーではこれがイカサマ無しと信じられずに邪推し、逆に落ちる場所を当てられないかもしれない。
そう、男とてもし他人がこの場面で投げたとしたら、必ずイカサマ前提と考えたはずである。カジノの残高と共に責任者の命まで吹っ飛ばす額の勝負など、誰がまともにするものかと。
チラリと見た少女には何の変化もない。どれほどの大金が掛かろうと、周囲が固唾を飲んでルーレットの結末を見届けようとしている中でも、タマ・タマカギだけは冷めた目で場を眺めていた。
まるで運命を見下ろすように。
「あ」
――――その日、彼の培ってきた世界が崩壊した。
……その後、彼は周囲の引き留めを押し切ってカジノを退職し、親類の伝手で観光ガイドという穏やかな仕事に就いた。
ギラギラした業界の第一線にいたにもかかわらず、急に身を引いた理由をある日、彼はこう述べている。
「運命そのものを変えてしまう相手にあったんだ。あんな化け物が立ち寄りそうなところに、ただの人間がいられないよ」
<《――――次は素敵なニュースです。先日ハワイをロンドンの魔の手から救ってくれたワールドエース、タマ・タマカギさんが、ハワイ復興のためにと寄付をしてくださいました。これに対してハワイ代表――――》>
(スーツちゃん、ニュースの翻訳やめてくれ)
《えー? せっかく2度もヒーローになったんだから悦に浸ればええヤン》
(別にヒーローやるためにロボットに乗ったわけじゃねえよ。というか、あんなイカサマからの客寄せパンダ行きがヒーローなわけあるか)
《あれは自然の地震だってバ。スーツちゃん嘘ツカナイ》
(どーだか。ハワイは地震が多いって言ってたじゃねえか。なら小さい揺れくらいなら対策してねえわけがねえ。あんなものでプロが投げた球がズレるなんておかしいだろ)
スーツちゃんが黒の2と計算したのなら、球は間違いなくそこに落ちたはずだ。たとえ地震が起きても対策してる卓なら落ちるポケットは動きようがない。ならイカサマだろ。
おかげでバカ勝ちして周りの盛り上げ役も大騒ぎ。白々しいったらないぜ。初めから勝たせる算段だったんだろうに。
ハワイの狙いはズバリCM。コマーシャルなんじゃねえかな。現に早速ニュースになってやがる。飛行機内は暇だからって、中継なんて見るんじゃなかった。バカバカしい。
(人を善人顔した芸能人みたいに扱いやがって)
カジノに話を通してカメラはNGにしたってのに。ハワイに来てからの映像を切り貼りして、オレが自分から送金したっぽい絵にしてやがる。これがメディアの捏造ってやつかよ。クソが。
《そんなに不満なら寄付しなきゃええヤン》
(チャリティーするならノーギャラでやらにぁ恰好がつかねえだろうが。そもそもあんな政治臭い金が受け取れるか。ドブに投げるよりマシだと思っただけだよ)
どうせ復興財源のために国庫はあける。なら転んでもただでは起きないとばかりにチャリティー的な物語をつけたってわけだ。
ロンドンに荒らされた都市復興にかこつけて、オレに賭博であぶく銭稼がせてから寄付させるって遠回しなロンダリングだ。オレが接待を嫌がるのも計算の内で。
ワールドエースと仲良しのハワイをよろしくってな。
ああクソ、ムカムカしてきた。ハワイにゃ人質救出で手間かけたから、黙って流れに乗ってやるしかなかったっての!
思えばねーちゃんたちも一口かんでたんだなこれ。だからハワイと示し合わせてオレをカジノに放り込んだんだ。
クソ、ギャンブルなんざ毎週毎週やってるっての。パイロットって命賭けのやつをよ。日常までやってられるか。
《まあまあ。忖度されてると思ったのに変な賭け方した低ちゃんも悪いでショ。低いレートの卓で遊んでればよかったのに》
(さっと賭けて1発でスッて帰る、ってしたかったんだよ。思えば向井の野郎、あいつがすぐ消えたから場が持たなかったんだ)
話をしてたらゲームしてなくても適当に過ごせたのに。帰ったらどうしてくれようか。
《擦り付け乙。マーそんな嫌な事は忘れて、次に来たときはバニー衣装で楽しんでいこうゼ》
(まだ諦めてないのかおまえは……あぁ、その衣装も買わないといけないんだった。頭痛ぇー)
バニーはなんとか阻止したが、文化祭は文化祭で結局メイド服を着る予定。あ゛ー、そのうちコスプレが趣味みたいに言われそうでたまんねえわ。




