感謝回。女の子の水着は1シーズン? いいえ、毎回替えたいのが本音です
いつも誤字脱字のご指摘を頂けてありがたく思う一方、申し訳なく思います。せめてもの感謝を1話に込めて、今回も懲りずに書きましたのでよろしければご賞味を。
水着。スイムスーツ。要するに水に因んだ環境で着用する衣服の総称。どっかの国ではコズィ、なんて言い方もするらしい。
実用性のあるものからファッショナブルなものまで色々とあるが、中でも女物はアクセサリーなんかの小物を含めてとにかく種類が多い。もはや水に入ることさえ最初から想定していないような、ファッション全振りのデザインとかは水着にカテゴライズしていいのかね?
「ワンピース! フリル! 白!」
「ビキニ! ホットパンツ! 白!」
目の前でそれぞれ別の水着のハンガー持って、大真面目に対峙しているこの大人どもは何を言っているんだか。
「……白だけは共通のようですね」
「玉鍵様のイメージカラーでございますから」
汗を拭うな。ゴクリと喉を鳴らすな。何と戦ってんだこいつらは。
《ハイッ! ビキニで白と水色のボーダーもいいと思いマス! 布面積少な目で!》
(おまえは何を言ってるんだ。あとそのボーダーへのこだわりは何なんだ?)
ここは行きつけ、行きつけと言いたくないが事実としてよく利用している女性用服飾店『Wizard』。
知り合いの女どもの話では自社製品のみを売ってる直営店であり、主に若い世代用の衣服ならここって言われる有名ブランドらしい。
――――リスタートで女になっちまったうえ視聴率が足りずに何も持ち込せなかったオレは、初日から小銭どころかパンツにも困る生活がスタートしちまった。
そんなときパイロット試験の合格祝いと訓練手当で適当に衣服を買いに来たのがこの店なんだが、あれからなんのかんので服はここで買っている。
なにせ女物の店って内面男のオレには入り辛いからよ、いくつも回りたくなくてここで済ませられるなら済ませちまおうって話さ。
ただなぁ、ここの女店長はどうにも癖が強いというか圧が強いというか、なんか苦手なんだよな。
客とはいえ生理用ショーツを買いに来た時も親身になってくれたから、悪い人ではないっぽいんだが。
《じゃあ低ちゃんはどれがいいのさ? 着るのは低ちゃんなんだからご意見うかがいませう》
(ウェットスーツにいたしませう)
長官ねーちゃんからの要請を引き受けて護衛としてハワイに同行することにしたのはいいんだが、なんでOKした直後に『じゃあたまちゃんの水着買いに行きましょう!』なんだ? 他にもっと準備することあるだろねーちゃんよ。
そして到着したところでこの有様だ。例によってわざわざ出迎えてきた店長に水着の事を聞くと、とんでもない速さで二階にあるお得意様用のスペースにサイズピッタリの水着がズラリと並べられちまった。
こういうサービスは金持ちには便利かもしれんけど、絶対に買わなくちゃ悪い気がして根っこが卑しい下層民のオレには気遅れするんだよなぁ。この辺の無言の圧迫感もできればあまり利用したくない理由だ。
《却下シマス、却下シマス》
(着るのはオレなんだからいいだろっ、融通聞かないカタコトのロボットみたいな言い方をするな!)
《Non。高級ホテルのプールやリゾートビーチで女子学生が遊ぶのに、そぉぉぉんな野暮ったい選択肢は許されるわけがないデショ! こういう機会に目いっぱい若いお肌露出してドウゾ!》
(若すぎるっ言ってんだよ! この体まだ14だぞ!? そっち系の欲望に晒すなっ!)
《えー? でも法子ちゃんもテンチョ=サンも女の子らしい水着ってところは共通してるしぃ? ウェットスーツはダイビングとかで着るんだからまた別やん。それに低ちゃんも自意識が過剰では? そんなに否定してるとむしろ『ボクは中学生に興奮します』と暴露してるように聞こえマス》
(こ、このやろう……)
《少なくとも水着くらいはフツーでしょ。ダイジョブダッテ》
オレか? オレが変なのか? 自意識過剰なのか? なんだこの意味不明な敗北感……
「たまちゃん、とりあえず店長さんと交互に出し合って20着に絞ったわ。まずは試着してみて!」
「多い(わっ。ぜんぜん絞れてねえじゃん)」
「女の子の買い物はこれくらい試着して普通よ。買い物は調べて選ぶことから楽しみは始まってるんだから」
いや、絶対に水着を20着は多いだろ。オレは中身が男だけどそのくらいは分かるぞ。
いやまあ、星川たちを見てると自信なくなってくるけどよ。あいつらダベり続けながら買いもせずに何着も選ぶからな。それが×5だから余計に時間が掛かってるだけかもだが。
「試着室はこちらでございます」
「(流れが)速い」
軽いものとはいえ20着もよく持てるな店長。これがその道のプロってやつか。
《せっかく選んでもらったんだから、何着かだけでも着るだけ着れば?》
(チッ、分かったよぉ……)
こんな岩みたいな圧迫感を出す2人からは逃げられねえわ。適当に無難なのを1着だけ着てそれに決めちまおう。
(下の試着室と違って広いな)
案内された試着スペースは学生くらいなら生活できそうな広さがある。狭苦しい地下都市でよくもまあこんな空間を確保してるもんだ。
壁のピカピカに磨かれた姿見もあるせいか、実際のスペースより広く見えるぜ。
《お金持ちが利用するなら広くてゴージャスが基本だからニィ。無意味に広いトイレとかあるやん?》
(ああ、豪邸訪問みたいなバカっぽい企画でたまに見るなぁ。人様ン家のトイレなんてくだらないもの見たいもんかね――――んー? っと。スーツちゃん、こういうのって下着の上からなのか?)
《下はインナーショーツをつけてだナ。上は直でもオッケイ》
(ありがとよ。それにしても面倒くせぇ、男なら試着せずに買ってもだいたい問題ないんだがなぁ。いや、オレの体形なら別に試着しなくても平気じゃないか? 個人差の大きい上は無いに等しいんだし)
《試着室に入っておいて言う? 選んでくれた人に誠意を示しなサイ》
そう言われちまうとなぁ。はあ、いいかげん腹くくるか。
<放送中>
試着室に消えた玉鍵を見て、高屋敷法子とアルディ・ナザレはどちらともなく固い握手をした。
「お噂はうちの女の子たちからかねがね。たまちゃんのプロデュース、いつもありがとうございます」
法子は年下にもフランクな女性長官として、基地関係者の多くとは友人のように接している。特に若い女性パイロットたちからはパイロットあがりの元エースとして慕われており、よく話す機会があった。
その中でもやはりよく話題に上がるのが玉鍵の事。パイロットとしての実力はもちろんとして、あの圧倒的な容姿を飾るファッションについても同年代の少女たちは頻繁に話題に取り上げている。
しかしながら、玉鍵の私服姿について見ることができる機会は極端に少ない。これは彼女の生活サイクルが『学校・基地・出撃』という非常にストイックなものとなっているせいだ。
平日は学校。放課後は基地で訓練。そして休日は出撃。
玉鍵たまが私生活で身に着けていのを見るのは学校制服とジャージくらいしかなく、最近加わったパイロットスーツはあまりにも周囲にとって過激という事から、彼女に頼んでジャージの下への着用を義務付けている。これではとても私服を見られる機会は生まれない。
過去に珍しく出撃後に街に繰り出した際にはボーイッシュな衣装を身に着けていたそうだが、玉鍵の私服の目撃例はそれくらいであろう。
そのとき幸運にも見れた者たちの中には、今でも映像として記録していなかったことを後悔している者も多いらしい。もちろん見れなかった者はそれ以上に妬ましい思いで一杯である。
そう。例えば法子などは悔しがったひとりであった。
「とんでもございません。玉鍵様のおかげでうちの売り上げはブランド創設以来の角度で右肩上がりでございますので」
圧倒的な容姿と知名度を持ち、全身をWizardブランドで揃えている玉鍵は、まさしく最高の広告塔として若い女子の流行を引っ張ってくれている存在である。
そう謙遜するwizardの店長。しかしその顔から自慢話をしているような笑みが零れてしまうのは止められない。
なにせ企画の段階から自分が関わった衣服を、あの玉鍵に着せることができているのだから。
服飾に携わる者として、これほどの逸材を自らのセンスで染めることができるというのは無常の喜びであった。
「たまちゃんも感謝していると思いますよ。どうもあの子、オシャレにはちょっと疎いみたいで。お任せのほうが楽みたいだから」
「正直なところそれはわたくしも感じておりました――――失礼ながら玉鍵様はご両親は?」
アルディの不躾な質問に法子は言葉では答えず、小さく首を横に振った。
「失礼いたしました……初めての女の子の日にも、相談できる大人がいらっしゃらなかったようなので」
「私の着任前の話ですが経緯は聞いています。大変な時に最低の大人に絡まれたようで……パイロットを補助すべき基地の者として、いえ、ひとりの大人として恥ずかしい限りです」
初めて生理を迎えた少女を追い回して身勝手な契約を結ぼうとした女性オペレーターの話を聞いたとき、法子はこのオペレーターを肉体言語で教育してやろうと思ったものだ。
残念ながらその女は法子の着任前から行方知れずとなっており、後の調査で基地から不正に書類を盗み出していた事が発覚している。
そしてこの書類から巻き起こった事件と行方不明の事実を合わせれば、恐らくもう彼女は生きてはいないだろうと知れた。
これまで玉鍵はオペレーター契約を結んだことがないのは、間違いなくこの件が尾を引いてオペレーターに強い不信感を抱いているのだろうと言われている。
同じく記録として、ガンドール搭乗時にチームメイトが契約していたオペレーターと言い争っていることも目についた。
玉鍵は前長官火山との強引な仲介を続けるオペレーターに怒鳴りつけて、仲間を庇ったという。
「あれからオペレーターの選別を進めていましたが、幸いなことに自主的に退いてくれる者が多くて助かっています」
正確には質が悪いと噂されていた者ほど狙ったように行方不明となっているのだが、さすがに部外者へそれを口にすることは無い。
エリート層でラングと共にサイタマを切り盛りしている先輩、天野和美から聞いた話――――玉鍵がテイオウというロボットで銀河派閥を滅ぼした事実――――を法子も墓まで持っていくつもりだ。
このままオペレーターの質が改善していけば、いずれ玉鍵のトラウマも解消するかもしれないと法子は密かに期待している。
試着室の布ずれの音が静まったことで1着目を身に着けたと感じた二人は、閉じられたカーテンが開くのを今か今かと待ち構える。
「……これで」
「「ふんぬっ」」
その瞬間、ふたりはお互いに互いが心臓をやられたような呻き声を出して、心臓のある胸元をスーツに皴が寄るのも構わず強く押さえた。
初めに見せたのは意外にもビキニタイプ。
トップの少なさを自然と打ち消せる短いジャケットを身に着け、ボトムはローライズ気味のそれを、前を空けたホットパンツで下品にならないよう絶妙に隠している。
ただし、片方の太ももに付けた端末を収めるための黒いベルトが玉鍵の白い足を強調し、まるで拘束具か何かのようなとてつもなくいかがわしい装飾になっていた。
法子とアルティ。ふたりの思うことは同じ。
凶器。これは凶器だ。はしゃぎすぎて忘れていた、この子の容姿は男にとっても女にとってもスペシャルだったと。
「大変お似合いでございます、玉鍵様」
そして法子は再びまったく違う角度から仰天した。
自分と同じダメージを受けたはずの店長が、当然のように姿勢を正して店員らしく振舞っていることに。
これがプロフェッショナル。これが客商売かと。たとえ心臓が停止しても接客を続ける覚悟なのかと。
「じゃあこれ――――」
「いくらでも時間は取らせていただきますので! ぜひ他もお試しください! ぜひ!」
待っている自分たちに悪いと思ったのだろう、1着目で決めようとした少女を底抜けの営業スマイルで押し切ったアルディは、その迫力に思わず玉鍵が身を引いたタイミングを狙って有無を言わせずカーテンを閉めた。
「着けられたものは下の籠に入れてくださいませ。畳む必要はございません」
「……はあ」
どこか諦めた感じの少女の声。やがて再び布ずれの音がし出すと籠に先ほどの水着が落とされていく。
「すごいですね、店長……」
カーテンが閉められたと同時に垂れてきた鼻血を素早く拭い、血を止めるためのティッシュを詰めるアルディ。
その鼻栓を詰めたみっともない顔を同じ客である法子にも見せることはない。業界は違えどプロの矜持を感じた法子は彼女を純粋に称賛した。
「天職と自負しております」
それからこのやり取りを繰り返し、都合11着を試着したあと玉鍵が本当にグッタリとしてきたのでこの中から3着を買うことで決定となった。
「1着でじゅ――――」
「いいのいいの! おねーさんに任せなさい! 女の子はこういうときこそ飾ってなんぼなのよ? 三日分で3着、このくらいは出させて!」
それでも自分で払うと言う玉鍵を押し切って法子は強引に決済を済ませる。
この少女は法子さえ及びもつかないほどの稼ぎとはいえ、それで感謝の贈り物をしないとはならない。これは今まで何度も無理を聞いてくれたことへのお礼でもあるのだ。
「それじゃあ私も水着を新調するわね。実はもう注文してあるからすぐ済むわ。たまちゃんはラウンジか車で待っていて」
「別に待ってい――――」
「やーよーぉ、もう。スタイルは維持してるつもりだけど、さすがにたまちゃんの後に晒したくないもの」
いいからいいからと玉鍵を押し出していった法子だが、そこをすっと自然に抜けようとしたアルディの腕を法子は猛禽のような握力でガシリと掴んだ。顔は玉鍵に向けて笑顔のままで。
「どうされましたか高屋敷様?」
「その籠の中身、どうするつもり?」
「……もちろんこちらは当店の商品でございますれば、お客様のために我々で責任を持ってクリーニングいたします」
ユラリと幽鬼のように躱そうとした店長の往く手を、法子は持ち前の運動能力で強引にブロックする。
昨日の友は今日の敵。互いに互いの思惑を嫌というほど理解した2人は、相手をいかに出し抜くかを考えあぐねてわずかに場が膠着する。
「それも買う。全部」
そんな光と闇の膠着を、極寒の冷気をまとった少女の声が切り崩した。
「あ、いえ、お気に召さない商品を無理にご購入なさるのは――――」
「お会計」
「――――ハイ。タクサンノオカイアゲ、マコトニアリガトウゴザイマス」
(ねーちゃんにも困ったもんだ。サプライズのつもりか知らんが11着もいるかよ)
ハワイの日程は3泊5日。時差があるから変な感じだが滞在するのは3日だけだ。どう考えても遊ぶ時間なんて大して無いだろうに、3着でも多いっての。
《残りも低ちゃんが買うとか太い客すぎる》
金持ちのヒロインがここからここまで全部、なんて買い方する映画を見たが、現実にやることになるとはな。どれもサイズは合うからまだいいがよ。
まあスーツちゃんが言う限りオレはこの体型から成長しないらしいし? 毎年変えても11年は持つぜチクショウが。流行なんざ知るか。
(それにしてもここの店長は立派だな。店側は売れた方が嬉しいだろうに、ねーちゃんの無茶買いを諫めるなんてよ。苦手なタイプだがちょっと評価を改めたよ)
《ソッスネ。今回はスーツちゃんもちょっとはしゃぎ過ぎたカモ。次からは同性にも気を付けようネ》
(なんのこっちゃ? まあいいや。アスカにも海に誘われてるし、これで買い物の手間がひとつ省けた。あいつも水着水着うるさいんだよな)
あれはたぶんスーツちゃんのせいだ。オレに白の旧スク水なんて着せるから。あれを長官ねーちゃん→赤毛ねーちゃん→アスカの順で聞いたんだろ。
……それを言ったらこの買い物も、長官ねーちゃんがオレのセンスを心配したからかもしれん。
うへぇ、知らぬ間にオレの服装センスが色んなやつにヤバイって思われてんぞ。
女物についてなんて何も知らないが、少しは学んだ方がいいのかもな。
――――今回のリスタートが制服を着なくなる年齢まで、生きていられたらな。




