文化祭準備期間! 当学校は加熱の必要な飲食物系の出し物OKです
誤字脱字のご指摘、いつも大変ありがたく……
ゲ〇バ子センセのオタク除霊師モノが新刊出てたので購入。買い逃してました。いつも本屋にフラッと入って買っていくのでつい忘れてしまう
<放送中>
S・国内対策課という組織名は大日本国時代の呼称である。しかし大日本国を離脱して独立都市サイタマに属するようになった現在でも、彼ら職員はこの名称は引き続き使用していた。
それはこの組織の根幹の理念が『S犯罪を取り締まる存在』であり、たとえ属する団体が変わろうと行うべき事は変わらないという職員たちの意思によるもの。
そのS課において今や事実上のトップとなった釣鐘も、自身の課長という役職の入った電子名刺を変わらず使っている。大日本国という肩書だけを消して。
「戻ってきたばかりですみません」
恐縮するスーツ姿の女性の名は高屋敷法子。ライフルとアーマーという物々しい装備の護衛を傍に付けている以外では、むしろ人当たりの良さそうな童顔の女性である。
この厳重な護衛は当然のこと。彼女こそこの第二基地の――――S基地の長官なのだから。
都市の表も裏も星天という、ドス黒い一族の勢力が牛耳っていた時代はすでに過去の事。
今や地下・第二都市において最高権力を持つのは、都市の経済とライフラインを一手に担うと言っても過言ではないS基地。そしての長官たる高屋敷だと言って間違いないだろう。
「いえいえ、国内旅行など今では贅沢な話ですからね。職務にかこつけてサガとトカチの名産品など買ってきてしまいましたよ。お土産というほどではないですが、保安のほうに渡しておきましたのでよろしければ」
クーデターによって明るみになった国家運営に関わる者たちを含む、数多くの権力者たちの犯罪証拠。
それらを錦の御旗にかつて先生やら重鎮やら言われた国の人間たちを取り締まるのは中々に痛快だったと、釣鐘は軽くおどけて見せる。
実際は逃げ足の速い彼らを追いかけるために地表都市のサガやトカチ、さらにその直下にある第一と第三地下都市までも網羅せねばならず、潜伏先として調べた場所の情報鮮度を考えると、かなりの強行軍となったため疲労とストレスで痩せたほどだ。
頬がこけたことでますます凶相となった爬虫類顔を歪めたのは釣鐘なりの愛想笑いのつもりであったが、高屋敷の護衛からの反応は無意識に手にしていたライフルを構えそうになるほどの警戒心であった。
「あ、ありがとうございます……お疲れのようで」
元Sワールドのパイロットにしてエースでもあった高屋敷は、自らの護衛以上の胆力をもって釣鐘の凶悪すぎる笑みを流した。
それに好感を持ったのか、釣鐘はすぐ要件に入らずに世間話めいた形で情報交換を行う。いかに通信が発達しても、やはり自分の足で現場を見てきた者の情報とは相応の価値があるものだ。
「他の都市に行って分かりましたが、思ったより権力者と都市民との間でサイタマと第二への感情に落差があるようです」
「私たちを悪者にしようと頑張ってるみたいですね」
「まあ国家からすれば屋台骨の3分の1をえぐり取られたわけですしねぇ。ただメディアを使って必死に悪感情を抱かせようとしているものの、当の都市民に関してはむしろ冷静、冷ややかな印象を受けましたよ」
何のことはない。これまでの統治体制の悪さがあることで、半ばクーデターが起きた事を国民から納得されているのだ。
サイタマに限らずいずれはどこかでそうなっただろうと、誰もが心のどこかでカウントダウンさえしていたかもしれない。
「世界会議に向けて少しでも弾みをつけたいんでしょうが、笛を吹いている当人たちしか踊っていないのはなんとも滑稽でした」
話の前提としてすでに大半の犯罪者はS課が拘束しているのだが、それに連動してかつては政界の大物と呼ばれた連中も総ざらいされているのが皮肉である。
つまるところ。近く始まる世界会議に爪痕を残せるような影響力を持つ人間が大日本勢力には残っていないのだ。
そんな基盤となる人材がいないスカスカの勢力がいくら都市民を煽ろうと、それは暖簾に腕押しとなって当たり前であろう。
「だからこそ必死なんでしょう。会議の流れが彼らの望む結果とならなければ、いよいよ他の都市でも離反が起きるでしょうから」
無力なトップに黙って付いていくのは未来に絶望した無気力な人間だけ。
しかし、サイタマという新しい可能性を見た人の中には未来を願う者が必ず現れるだろう。
そして長い悪夢の中にいた人々が目を覚ましたのなら、これまで古い体制の中で甘い汁を吸っていた者たちに待っているのは首に掛かる荒縄。
これは何も落日の大日本だけの話ではない。私欲によって歪んだ統治を敷いてきた権力者を抱える多くの国において、大なり小なり起こりえるだろう話。
「もう少し他の都市と歩調を合わせられれば良かったんですけどね」
性急に過ぎて、もはや望まぬ血が流れるだろうことは高屋敷もすでに覚悟している。
もともとこのような急激な形で都市を奪取するつもりはラングたちには無かったのだ。あの銀河の暴発が無ければ他の都市とも連携をとって、数年のスパンでじっくり銀河と大日本の勢力を削っていったのだが。
「なかなかボードゲームのようにはいきませんな。なにせ相手はお行儀よく着席しているひとりふたりではありませんから」
それを言ったら銀河や大日本こそ文句があるだろうなと釣鐘は思う。彼らはいずこの巨大勢力どころか、たったひとりのパイロットの活躍によって落ちぶれることになったのだから。
盤石と思っていた国家体制が個人の力のみで覆る。
今や巨大ロボットなど操って戦っている時代だというのに。まるでこん棒と槍でも持って戦っていた大昔だと、つい皮肉を思い浮かべた釣鐘は小さく笑った。
人になったヒルのような笑みだが、彼は差別主義者であることを除けば勤勉で実直な、むしろ現代においては善良に分類される人物である。
「お飾りでない実際の代表を探すのも大変ですからね」
国家の枠組みから離脱したサイタマに追従する形をとった第二都市は、同じく地表にあるサイタマ都市と同じ問題を抱えている。
それは他国や他都市との『公式なコンタクト』が難しいという点。
水面下ではすでにひとつの勢力として認められていても、いまだ表の国際社会にとってはクーデターを起こしたならず者でしかない。
大日本という国家こそ正当であると世界に認められているかぎり、サイタマと第二は足抜けしただけに過ぎず、他の国からは対等の立場として認められていないのだ。
そのため少しでも外部に味方、あるいは黙認の姿勢を取ってくれる国や都市がほしい。だがそのための他国・他都市のリーダーと繋ぎを作るのが困難な状況である。これは非公式の約束事だけでは認められない。
『公の場で認められる』ためには、やはり『公式な約束を取り付ける』必要がある。世界で広く認められてこそサイタマと第二は本当の独立を勝ち取れるのだ。
世界にひとつの勢力として認められてこそ、大手を振って取引も可能となる。でなければ他国の目を気にして無駄な下準備などをする手間を強いられるし、他との連携を気にして取引に応じられない国や都市も多いだろう。
だが公的に認められてしまえば交流や取引の敷居は大きく下がる。実利を取ることが楽になる。
例えば、かつて玉鍵たまがSRキラーを倒したことで得られた難病の治療法も世界に届けることが可能となるだろう。国や都市の面子だけで死んでいくしかない患者たちが助かるのだ。
『Fever!!』の出現によって世界のあり様は大きく変わった。戦利品という物資の取得法を得たことで、1都市であっても生き残る方法がある。
とはいえ、やはり今後が不安定なのは否めない。Sワールドでの戦いはいわば狩猟のようなもの。収入は農耕に比べて不安定なものだ。だから保険として他の勢力と繋がりを持っておきたいのがラングや法子の共通の思想である。
「代わりと言ってはなんですが、味方はともかく敵のほうは明確に視覚化できそうなんです。そのためにS課の力を貸してください」
陰に隠れた敵が見えればそれ以外を分けやすくなる。今回の戦闘で色分けの材料となる人間を確保したことで、ラングは世界会議に向けて大きな自信を得たようだった。
法子からするとラングの考えを頭では理解しても、その人物にあまりに冷淡に思えて困っているのだが。やったことは確かに批難されて当然とはいえ、相手はまだ十代の子供なのだから。
たとえそれが宗教という理念のもとに集った大人たちによって、生まれた時から決定的に思想を捻じ曲げられてしまった人間だとしても。
「もちろんです。責任を持ってお預かりします……ただひとつお聞きしたい。内通者のメドは立っているのですか?」
高屋敷は小さく首を横に振った。だからこそここまで急いで拘束されているロンドンのパイロットをS課へと預けるのだ。
厳重な警備と情報規制で入院している彼女はすでに1度、秘密裏に連れ去ろうとする何者かの影があったためである。
文化祭だか学校祭だか明確な名称は忘れたが、とにかくこの第二都市唯一の学校で普段の授業とは違うイベントが行われる時期が近づいてきた。このため最近は放課後に生徒が学校施設にいられる時間を延長し、準備する期間が設けられている。
『ワールドエース喫茶』『オリエンタルな味と香りの玉鍵キッチン』『たまちゃんのカレー店』。
ボードに書かれている店名候補のアホさ加減に眩暈がしてくる。
せっかくだから看板を物理媒体で自作しようという流れは嫌いじゃないが、なんでクラスの出し物に個人を前面に出す?
しかも言い争ってるグループの先頭が星川たちというのがおかしい。
「…ここは玉鍵さんのネームバリューを前面に出すべき。品目も一目で分かる『たまちゃんのカレー店』が最良」
「コーヒーも出すんだからそこもアピールしないとだろ。飲み物だけの客だっているんだから。カレーとコーヒー、『オリエンタルな味と香りの玉鍵キッチン』でバッチリじゃん」
「シズクのはちょっと子供っぽいし、ノッチーのは名前が長いよ。それにキッチンって言ってもカレーとコーヒーだけだし。スマートに『ワールドエース喫茶』でいいんじゃない?」
アホ3人の後ろにはそれぞれクラスメイトもいる。だいたい同じくらいの数。
「カレー喫茶じゃダメなのか?」
「「「《それだと売りが見えてこない》」」」
(スーツちゃんまでハモってんじゃねーよ)
《真面目に言うと店名は大事だよ? 意識高い店長やオーナーだけ満足するような捻りすぎの店名なんて誰も口にしないもんやデ》
(あー、言わんとすることは分かるがよ)
経費差し引いた半分とはいえ収益をクラスで山分けできるとあって、わりと生徒たちは大まじめに考えている。どんなもんでも金が絡むと真剣になるのが人間だよな。
「向井は何か案ないか?」
「オレに振らないでくれ……」
最近あんまり喋ってないのもあって、共通の話題にいいかと持ち掛けたら本気で迷惑そうな顔をされちまった。
まあ確かに今のはオレが悪い。言い争ってるクラスメイトの、主に女子が射殺すみたいな目つきで『これ以上増やすな』って感じに向井を睨みやがった。群れた人間は気が強くなっておっかねえなぁ。
自分の席で気配を殺す作業に戻った向井。こいつは前回の出撃では他と組まずにひとりで戦ったようだ。
――――底辺と違い一般のパイロットは出撃が義務にこそなっていないが、出撃しなかった次の週は訓練手当が出なくなる。金銭的な援助の無い孤児のパイロットなんかはこれが地味に痛い。
出撃しない日以降はバイトとかで賄うか、前回の報酬で食い繋ぐことになる。
パイロットしてないやつにはわざわざ賃金安いバイトなんかと思うかもだが、将来を見据えるならまとまった報酬にはあまり手を付けたくないもんさ。
身寄りが無い人間ってのは最終的に金しか頼れるものは無いんだ。残高の桁が減るのがスゲー嫌なんだよ。
(一応、飯は食ってるみたいだな。体も弛んでるわけじゃなさそうだ)
《年の離れた弟の心配してるみたいになってるナ。たまちゃんお姉ちゃん概念? アリでッ》
(大人がガキ心配してるだけですぅ。最近ホントに学校くらいしか会わないしよ)
オレのほうは長官ねーちゃんや爺に呼ばれることが多くて不規則になってるせいか、いまいち訓練の時間が向井の訓練時間とかち合わないんだよな。
ただ向井は向井で最近は訓練以外にも何かやってるらしくて、あまり基地に長居をしていない。
そういや実質ひとりになったことでマシンサンダーチームの顔が濃い先輩がチームに入るよう誘っているようだが、今のところ向井は断っているみたいだ。
前に乗ったレスキューサンダーは銃手として撃破実績があるし、向井の顔見知りの月影ってガキもチームにいるから悪くないと思うんだがなぁ。
あの顔の濃いリーダー、えー、んー、大剣だったっけ? チームが野郎ばっかになっちまうがしょうがねえとか愚痴ってたわ。いい加減オレの勧誘は諦めたらしい。
オレが初対面のときは腐ってたが、もともとは面倒見のいい先輩なんだとサンダーたちも言っていた。コミュ障気味の向井にはああいうグイグイ来るタイプはしんどいだろうが、そういうやつほど交流を持つには悪い相手じゃないのによ。他との接点を作ってくれるからな。
一度チームに入ると抜けにくいのを気にしてるのかね?
……初宮にしても夏堀にしても、オレや向井にしても。また揃ってチーム組むってのは無理な流れだと感じている。向井がオレらに義理立ててひとりを続けているなら、ちょっと言ってやらないとマズいか?
「――――みんな、大事な事を忘れてるわ」
煮詰まってグダグタになってきた討論の中で、ひとりトーンの違う声を出す者は目立つ。思わずクラスの全員が視線を向けた先には星川がいた。
若干苦労性で委員長属性というか、苦労を買って出てしまうオーラがある人間ってのは普段大人しい分だけ爆発すると恐い。それを感じ取っている面々は席からゆらりと立ち上がった星川に狼狽える。
「カレーより、コーヒーより、アピールするのは玉鍵さんのメイド服姿でしょうがぁ! 玉鍵さんのっ!!」
「「「「「「「おおっ!」」」」」」」
お茶を飲んでもいないのにブーッとお茶吹きたくなったわ。
もはやどうでもいいが啖呵切るからってダンッと椅子に片足を上げんな。それ初宮の椅子だろ。勢い良すぎてスカートの中もちょっと見えちまったし。
オレらのクラスの出し物は飲食店で、メニューはカレー系とコーヒー。ここまでは決まっている。
だがこれの他にもうひとつ、とある無敵で無情な無遠慮な無機物のリクエストで、オレからという形でクラスに提案せざるをえなかったものがあった。
それがコスプレ。題材はメイドだ。
《うむ、皆の心がひとつになって美しいネ。そしてメイドコスを覚悟している低ちゃんも実に尊い》
(うるせえ、バニーかメイドか選べと言われてバニーを選ぶ女がいたら見てみたいわッ! 実質一択じゃねえか)
前に礼はコスプレがいいとか言われたからスーツちゃんからリクエストを聞いたんだが、この変態は変なものばっかり提案しやがる。あれもダメこれもダメと却下してたら最後にこのふたつが残った形だ。
というか絶対最初からメイドで決めてたろ。初めに無茶なもん言って相手の譲歩を引き出す詐欺の手口じゃねえか。それとバニーはバニーでワンチャンとち狂ってOKするのを期待してた感がある。おっそろしいわこの無機物。
《ほほぅ? じゃあバニーに対抗できる露出のやついっとく?》
(変更は受け付けません。ご了承ください、しろっ!)
メイド服ってのはマンガとかでもよく出る衣装だから知ってる。改造した変なもんじゃないなら露出もさして無いから、まあまあ中坊の出し物にも妥当だろ。この辺りで譲歩しないと強硬策に出られそうで恐いしな。
考えてみたら今この瞬間にも変な服にモーフィングされるかもしれんという現実に震えるわ。無機物に社会的な生殺与奪を握られてんじゃん。
「すでに衣装は発注している! この学校に玉鍵さんというメイド神を降臨させるのよ!」
「メイド神ってなんだ……」
オレのなけなしの突っ込みはクラスメイト共のどよめきでかき消えた。
<放送中>
取り急ぎ直近の危険――――爆発物や人体に有害な汚染物質、敵を呼び込むビーコンの類などのひと通りの検査を終えて、『この敵の機体はひとまず安全である』という判断を下した獅堂は、その旨を高屋敷長官に報告した。
「ようし、このデカブツの面倒はまた今度じゃ。通常業務に戻るぞ!」
長年の作業によって培われた固くブ厚い皮膚を持つ手をバシバシと叩いて、老人は若い整備士たちを次の仕事に急かす。
今後は本格な解析作業に取り掛かるための専門的な機材の発注や、臨時の人員確保など大掛かりな計画を立てる必要があるだろう。
いくら優先的に調べたくともマンパワーには限界がある。特に専門性の高い分野となると簡単に人手を割けるわけもない。整備や開発、研究者とて、普段から請け負っている仕事があるのだから。
特に出撃日から数日は大変なものだ。修理・整備・補給をするのはもちろんとして、場合によっては機体の面倒を見る順番を調整したり完全な廃棄をするタイミングも決めねばならない。
でなければ多くの部署で無駄な時間を費やされる。修理待ちの機体を置いておくスペースとて有限なのだ。
「整備長、例の……ご両親が来てるんで、少し行ってきます」
玉鍵の機体を担当させている少年整備士のひとりが申し訳なさそうにそう告げてくる。それを聞いた獅堂は機械油で汚れたツナギから、いくばくかのお悔やみを入れた封筒を出して彼に渡してやった。
「おう、いいから今日はそのまま帰って寝ちまえ。嬢ちゃんから差し入れがあったら、おまえの分は冷蔵庫に入れといてやる」
……傷ついた機体がそれでもなんとか帰ってくるならまだ良いほうで、合体機の中には戻ってきたコックピットの中でチームメイトが重傷・死亡しているケースもある。
バイタルパートであるコックピットはとりわけ頑丈に作られているとはいえ、壊されるときは壊されるもの。そしてここが破壊されるということは、多くの場合パイロットの死に方は悲惨なものとなる。
ブロック丸ごと替えるならまだしも、整備士にとってコックピットの清掃とはある意味で肉体的にも精神的にもしんどい作業となる部位。時間が無いと分かっていても、中を見て精神的にやられてしまい作業が出来なくなるという整備士も少なくない。
そして亡くなったパイロットの家族へ遺体を引き渡すさい、整備士も立ち合うことがある。特にパイロットと整備士が同世代の場合は接点も多く、友人関係を持つ事もあるからだ。
――――少年は整備士同士の接点から亡くなったパイロットとも友人であった。男子として気丈に振舞っていても、今日は使い物にならないだろう。
整備棟は常に機械音が鳴り響くうるさい場所である。ここで働く多くの整備士たちは慢性的な騒音にウンザリしているが、遠くの霊安室から聞こえてくるであろう誰かの泣き声を、わずかでも聞かずに済むことだけはありがたかった。
「最近はみんな帰って来てたんですけどね……」
少年整備士のひとりアーノルドが画面の電子書類に目を落としながらポツリと零す。
担当していた機体、玉鍵乗機のWF3000が未帰還であったため手が空いた彼は獅堂の書類整理を手伝っていた。
「初出撃でバタバタ死んで、それからはポツポツ。そういうもんじゃ」
筆跡の残る電子ペンで画面に映った書類にサインを続けながら、老人はどこかくたびれた声でアーノルドの言葉に答えた。
長年パイロットたちを送り出してきた整備長の獅堂はパイロットが死にやすい時期というものを熟知している。
もっとも危ないのが初出撃。不慣れと緊張、そして恐怖によって冷静であれば対処できることにも対処できずに死んでいく。
次に危険なのが3度目。半端に恐怖に慣れた結果、慢心と欲によって死ぬことになる。
そして最後は5度目。一般層ではそこまでではないが、底辺層のパイロットは5度目に撃墜されることがとりわけ多かった。
もちろんそれ以外でも死ぬ者は死ぬ。実力が不足した者、運が無い者から死んでいく。
行ったきり死体さえ戻ってくることが無い者に比べれば、死んでも帰ってこれた者はまだ幸運なのかもしれない。
「普通は玉鍵さんのようにはいきませんもんね」
乗機を失っても敵の機体を奪って戻ってくるという強運とバイタリティ。彼女のような機転としぶとさがあれば、どんな戦場でも戻ってこれるだろう。
「嬢ちゃんは慢心せず、油断せず、諦めないを実践しとるだけよ。まあ、それが難しいんじゃがな」
玉鍵がSワールドで機体を失うのはこれで2度目。今回もなんとか戻ってこれたとはいえ、そんなもの次の出撃の保障にはならない。
(三島の嬢ちゃんの提案……応じるか。儂だけでは時間が掛かりすぎる)
獅堂による新型スーパーロボットの設計は難航している。それは技術的な問題というより、多くは設計に割く時間が絶対的に足りないためだ。
整備長として数多くの仕事を抱えている老人には私事で使える時間はあまりにも少ない。かと言って仕事を放り出すわけにもいかない。もちろん信頼できない他人に任せるなど論外だ。
悩む獅堂の御眼鏡に適うギリギリのライン。それが三島ミコト。
現時点での実力でさえ間違いなく天才と呼ぶに値する人材だが、性格にムラっ気のある彼女を獅堂はあまり技術者として評価していない。
だが先のクルセイダーの強化オプションの開発を踏まえ、玉鍵たまに関することには真摯であると判断した彼は三島の提案を飲む決意をした。
玉鍵たま専用の新型ロボットの開発協力と、遠からず訪れるであろう己の老衰による退職の後の、玉鍵機の整備チームを彼女に任せる下準備のためである。




