価値観の相違? 歪んだ思想
誤字脱字のご指摘、誠にありがとうございます。
暑すぎてフラッと見かけた店でジェラートを食べてしまった。いつもはシングルなのにトリプルを頼むヤンチャまで。ビタークッキーの入ったバニラやマンゴーが美味しかったです。でも凍ったスライスレモンの入った酸味のあるフルーツ系が特に良かった。体がクエン酸を求めている?
……はい、COOL、COOL。もう終わったわ。ほら、みんな守れたから。大丈夫、落ち着いて。ね?
またひとつ鍵を見つけたわね。見つけさせたのはあいつでも、ここまでの強い発動は予想外だったみたいよ? それじゃ、あいつに見つかる前に消えるわ。
――――指輪、いいかげん填め直さないで薬指に付けたままにしときなさいよね。
「うぶっ」
猛烈な吐き気で込み上げたものを寸前で飲み込む。鼻から抜ける酸っぱい臭いは最悪だった。
そんな最悪の虹色フラッシュをまさか無重力空間にブチ撒けるわけにはいかねえ。うーわ、気持ち悪い。昇ってきた胃液で喉がヒリヒリするぜ。
「ええっと……っ!」
働かなくなっていた頭がやっと回転を始め、戦闘中だったことを思い出して発作的に身構える。こんなにボケッとしていても、オレの手はしっかり操縦棹を握っていた。
しかしなんでこんなボーッとしてたんだオレは? 失神してたのか? 激しい戦闘機動なんてしたつもりはなかったし、頭が揺れるような衝撃を受けた記憶も無いんだが。
《やぁっーと正気に戻ったかネ?》
(正気? すまん、状況説明を頼む)
《まずはレーダーとモニターをご覧くださサーイ》
(敵が……いないな)
レーダーに映る光点も汚れて見辛いモニターにも、映っているのは敵だった残骸ばかり。
まるで古典SFでよくある宇宙の墓場ってやつみたいだ。漂っているものはあっても、自力で動いているものは何もなかった。
「って、あいつらは!? 三島! 柿山! 生きてるか!?」
《大丈夫だよ。振り回されてちょっと伸びてるだけ。キレてた低ちゃんが落ち着いてから5秒そこらしか経ってないから。キャスちんたちもサンボットも、ティコちんもなんとか無事だよん。直近の映像見る?》
「頼む。いや、それより敵はどこ行った?」
《ハイハイ、これ見てからネー》
これはオレの髪飾りについたカメラの視点か。
髪飾りに内蔵されたガジェットによって空中にホログラフ投影されたのは、エディオンが両方のアームから白い光を放ち、まるで箒で払うように敵の大群を薙いでいく光景。
腕から出ている光はレーザーキャノンとかレーザーソードなんてチャチなものじゃないようだ。威力はもちろんだが、その射程があり得ないほど長い。
レーダーと映像を対比して仮算出した距離単位を使い、観測できるもっとも遠くで撃破した敵との距離を内蔵されたガジェットで計測すると、地球から月面まで届くような距離が算出された。
大雑把なものだから数字は当てにはならないだろうが、それ以上の距離だって全然余裕に思える出力に感じる。途中で敵や隕石をどれだけ貫いても減衰する気配がまるでない。
「あの『エ』型の敵、逃げたのか? ……珍しい。それにこれは、いわゆるワープってやつか? 初めて見るぞ」
振り回されている2本の白い光の軌道にいた『エ』型の超大型船。だがその姿がブレたかと思うと一瞬にしてその場から消え去って、エディオンから放たれている光はそれ以外の敵と、船のいたはずの暗黒をかくだけに終わっていた。
基本的に突っ込んでくるだけの敵が逃げを選択するのは珍しい。最近だとオレがガンドールで戦ったスーパーハイドザウルスくらいだろう。事実、他の敵はすべて全滅するまで戦っている。
戦うと表現したが、あとは完全に蹂躙だ。とり残された敵たちはもはや残飯処理の如く、ただただエディオンの光に飲まれて終わっている。
敵からしたらフードプロセッサーにでも突っ込まれた気分だろうな。回転する刃に引き裂かれるのを待つだけって感じだ。
こうなると判断してさっさと撤退したとしたらあの艦船、ずいぶんと知恵が回る。
チッ、また小知恵が回るタイプが出てきやがったな。しかも今度はとんでもないサイズで。この機会に取り逃がしたのは痛恨のミスかもしれねえ。
……もうこのフィールドには来ないほうがいいな。ザンバスター戦、ダイショーグン戦、そして今回と。どうもここは敵の戦力のインフレ具合がヤバすぎる。
さらにワープなんて退避法も完全に初見だ。たぶん空間跳躍なんて目撃したのはオレらが世界初じゃないか?
広大な宇宙フィールドならではの移動法と言ってしまえばそれだけだが、移動の技術=兵器技術だ。あの敵のテクノロジー、オレたちのロボットに比べてかなり高いんじゃね?
そしてそのインフレした敵を無双レベルで退けたこいつ、『EDON』。
こいつ何者だ? 本当に敵のロボットなのか?
敵の秘匿された基地で見つけたこのロボットは異質だ。そもそも隕石の中に埋もれていた姿を考えると、とても正規生産のロボットには思えない。
考えてみたら初めて見たときの姿は、まるで偶然に出土した遺跡かのような光景だった。
……それを言ったらそもそもこの基地の存在自体、もしかしたらエディオンが埋もれていたから作られたんじゃないのか?
誰にも知られぬよう、何かから守るように。あるいは封じる込めるように。
そこまでして厳重に秘匿し、さらに大戦力で守っていた理由は――――
「――――いや、その辺は後だ。(スーツちゃん、味方の救助を始めよう、って、規制したってことは誰か気付いたのか?)」
《柿山くんが気付いたよ。やっぱタフだね。ミコっちゃんはもう少し掛かるかな?》
それからは一番危ない状況の野伏を救助し、合間にキャスたちやサンボットチームも通信を入れてきた。
全機が全機、ズタボロの満身創痍だが、この規模の戦闘で死人だけは1人も出ていないのは不幸中の幸いだろう。
WBL.<夢じゃないのね……基地が下の地盤ごと完全に切断されてるとか、どういう出力なの、それ?>
基地と岩盤を輪切りにした正体、エディオンの腕から出ていた光はもう消えている。今も出ていたら危なっかしくて仕方なかったろうな。
基地の奥深くで擱座していた野伏機の救出はわりと簡単に終わった。野伏のWF1の近辺が上から下まで、ケーキに刃を入れたかのようにスッパリ輪切りになっていたからだ。
いくら基地の深部にいようとも階層をパカッと割れば、ショートケーキの中のイチゴのスライスよろしく、すぐほじって食えるってなもんさ。まあ建造物規模でそんな事が出来ればの話なんだがよ。
それが出来ちまったのがおかしいってだけでな。基地の階層はミルフィーユ、下の岩盤はタルトの土台みたいに見えら。
「分からん。たぶんすぐ計測できるものじゃないぞ」
キャスから質問されたがオレだってわっかんねえよ。
計器に数値表示らしいものはあるが、地球と言語が違うようでスーツちゃんでも読めないからな。三島あたりの技術屋が解読したらそのうち分かるんじゃね?
<敵のロボットでこんなの出てきたら悪夢だな。もしかしなくてもSRキラーじゃないか?>
柿山の言う通りそこらの敵とは毛色が違う。SRキラーの1体の可能性はあるだろう。基地どころかその下の巨大隕石まで貫くビームなんて喰らったら、50メートル級の耐久力だって1発でアウトだぞ。
……あ、そうそう基地だ。敵から野伏を助けるために腕の光で基地をブチ抜いた辺りまではうっすら記憶があるんだ。ここから何が起きたんだか。
記録されている映像を見る限り、エディオンが敵を撃退したようだけどよ。オレ自身には直近の記憶がまったく無い。
下手するとこいつ、パイロットの意識を乗っ取って戦うヤバイロボットの可能性があるな。戦闘力が高いのもその代償がゆえって考えたらありえそうだ。
(意識が戻ってこれたのはスーツちゃんのおかげか? だとしたら助かったよ、ありがとう)
《……なんのなんの。スーツちゃんは超汎用支援衣装であるからして。低ちゃんがパイロットとして戦うためなら支援は惜しまないでゴザルよ? お代はコンプライアンスのギリギリを攻める形でヨロ》
(腐れエロ衣装、中坊の体にそういうのはやめろっ言ってんだろっ)
《ムホホホホッ。恥ずかしがる美少女、甘露甘露》
外が女なら中身が男でもいいとか、無敵かこいつは。クソ、星川たちの言ってた文化祭だとかで提案されたメイド衣装、マジで着るしかねえのかなぁ……。
(せめて世間体を考えたものにしてくれよ? 別にスーツちゃん痴女が好きなわけじゃねえだろ)
《ウィ、痴女はイケマセン! でも、痴女めいた衣装を着させられて恥ずかしがってる美少女はアリかナシかでいえば……アリ!》
(脳が痛くなるからもうヤメ。文化祭は普通の制服着てくわ)
《ダイジョブダッテ。本気で嫌がるレベルはしないカラ》
この野郎、先の事を考えただけで戦闘の疲労が倍増したわ。今日はもうさっさと帰ってダラダラしてえ。
「サンボットチーム、すまないが5名ほど相乗りさせてほしい。報酬は払う」
SB1.<へ? いいけど、どうしてさ?>
SB2.<バカ。Sワールドのものはゲートを潜ると消えちまうって知ってるだろ>
SB1.<バカまで言うことないだろ!>
戦闘の緊張が途切れたことですっかり気が楽になったのか、トンカツくんが身内でギャアギャアやりあっている。別行動してお互いの心配をしていた分もあるんだろうな。仲が良いチームのようだ。
SB3.<あんたら騒いでないで自分の機体の損傷チェックしなさい。っと、あれ? 玉鍵さん、5名って? 4名じゃないの?>
チームの紅一点がガキっぽい2人のメンバーを一喝する。こういうときって女子が音頭を取るよな。
WBL.<まずタマ、カキヤマ、ミコトで3人。ティコの機体も不安があるから、念のために降りたほうがいいから彼女も追加で計4人。あと1人は誰?>
「ロンドン組の生き残りを見つけた。ひとりだけだが」
救助までの大まかな経緯を話すも、それぞれの反応は淡泊なものだった。『ふーん』という程度。
積極的に死ねとまでは思ってないが、助けても助けなくてもどうでもいいってところだろう。
考えてみたらこいつらどうして全滅したんだろうな? やったのはエディオンっぽいが、防犯装置的なものにでも引っかかったのか? だとするとオレらもヤバかったかもしれん。
ま、今さらか。ロンドン組は運悪くエディオンのご機嫌を損ねて、オレらはそうじゃなかった。それだけの話だ。
運不運で死ぬのがパイロット。たとえガキでもな。終わっちまった事まで他人のオレが悩むのもバカらしい。せめて生き残ったやつだけでも連れて帰ってやるだけさ。それ以上は何もできない。
(ロンドン女は……いない?)
背後を見てもロンドン女の姿は無かった。てっきりこの操縦室のどこかに繋がれているとばかり思っていたんだが。
となると三島のほうか? あいつもテンパってるなりに預けたものはちゃんと管理してくれたかね。自分と一緒に他の操縦室まで連れて行ったらしい。
――――見回した視線を戻したとき、ふと操縦席のモニターの上にあるレーダーみたいなものに目が留まる。
そういえば途中からすげえ光ってた気がする。しかし今は中央に小さい点がポツンと灯っているだけになっていた。
エディオンのパワーを視覚的に表示する計器なのかね? それだけにしちゃ大げさなサイズだ。
まあいいか。それもこれも全部あとだ、あと。帰ってからでいい。
「柿山、そっちも離れる準備をしてくれ。(オレは)三島たちを連れてくる」
<ひとりで2人は大変だろ。運搬を手伝う。三島あたりはひとりで宇宙に出すとそのまま飛んでいきそうだし>
「ははっ、それもそうだ。頼む」
<……言いたい放題だねぇ>
シートから腰を上げたとき、操縦室同士を繋ぐ通路の片方からゴツいスーツを着込んだ三島が現れた。
背後から銃を突きつけられて。
<放送中>
<どういうつもりだ?>
通信に乗った音声は彼女らしからず陰のある声だった。
それでもなお自然と人を引き付ける澄んだ声質を持つ少女に対し、ミコトの背後にいる女はボソボソと口汚く差別用語を吐き散らしてから、ようやく玉鍵に答える。
<この機体は我々ロンドンが持ち帰る。おまえたち下等なカラードには過ぎたものよ>
白人種であることを至上と教える宗派によって、生まれた時から教育されているらしい女は、その価値観の根底からミコトたちとは違う世界が形成されていることが伺える。
つまり道徳に訴える説得は不可能。物事の判断基準の最初から異なる人間との意思疎通など、たとえ言葉が通じても正しく行えるわけもない。
ミコトとて理解していることを目の前の少女が分かっていないはずがないが、この少女はミコトよりもずっと人情的な考え方を持っている。
たとえ敵対している相手でも、相手の事を慮って説得を始めようとする可能性はあった。
(まあさすがに今回はチャンスを伺うためだろうねぇ……というか、今回はずっと醜態を晒してばかりで、さしものボクでも皆に申し訳なくなってきたな)
よもや人質に取られるとはと、三島ミコトは内心で自分の状況に頭を抱えていた。
精神が崩壊したかのようだったこの女が、まさか意識を取り戻して襲ってくるとはミコトは夢にも思っていなかったのだ。
(最初に玉鍵のほうを襲わなかったのは正解だよ。それだったらたとえ銃を持っていようと彼女に1発でノされていた事だろう)
野伏ティコの安否を心配していたミコトは、この女のことなどかなり早い段階で頭に無かった。
拘束はせいぜい女の片手を縛る程度。戦闘中に操縦室で跳ね回って玉鍵の邪魔をしないよう、最低限配慮するだけだった。
そのため操縦室の機材の出っ張りに自前の無重力移動用のワイヤーで繋げる程度で放置した後は、自分はティコを見捨てるような行動を取る可能性があるマックスたちを牽制するために、柿山とは別の銃座席を探すため玉鍵たちから離れていたのだ。
たとえ半端な拘束でこの女があちこちに叩きつけられても構いやしないし、なんなら死んでも構わなかった。そんなことより1秒でも早くティコの安全を確保したかったのである。
そしてとてつもない戦力差の中でも怯むことなくティコ捜索のために戦い続ける玉鍵と共に、ミコトもまたミコトなりの戦い方で玉鍵たちを援護した。
……実はつい感情的になり、フレンドリーファイヤを示唆してしまったマックスたちにも、ミコトは謝罪代わりに自分が操るミサイルで援護している。
今さらそれを口にして、マックスたちから許しを請う気などこの偏屈な天才には毛頭ないのだが。
そんな圧倒的な戦力差のなか、玉鍵の戦闘センスに引っ張られるような感覚に陥ったミコトは、今まさに基地内で撃破されかかっているティコの姿を頭のどこかで見た気がした。
視界などまったく通っていないのに。あの瞬間だけは疲れ切ったティコの息遣いさえ聞こえたようで、なんとも不思議な感覚であった。
自分の中に起きた超感覚への戸惑いのなか、基地奥深くで窮地に陥るティコを援護したのは、やはり玉鍵だった。
彼女の操る敵のロボットが放った光は、ティコのWF1に迫る敵はおろか、基地とそれが乗る隕石さえも両断してミコトの大切な人を救っている。
そこからは脳と体がシェイクされるような戦闘の連続となり、ミコトは途中から完全に目を回してしまってよく覚えていない。
クルセイダーでの無茶苦茶な機動や基地内の調査ですでに疲労していた事、ティコの無事に安心して気が抜けた事もあるだろう。
だが、友が救われ安堵したはずのミコトの目覚ましは最低のものだった。
玉鍵のいる操縦室に繋がれていたはずのこの女は、あろうことか拘束を解いてミコトのいる銃座席に入り込むと、まだ酩酊していたミコトを銃底で殴ってきたのだ。
ヘルメット越しとはいえかなりの衝撃を感じるあたり、この女がいかに有色人種を軽んじているかが分かる扱いである。
(拳銃があるんだ、ナイフだって1本くらい持っているだろうねぇ。ちゃんと身体検査をして、両手も縛っておくべきだったよ)
多くのパイロットスーツは頑丈とはいえ、さすがに銃弾を防げるモデルは多くない。防げるモデルもあくまで部分的に強い部位に限った話であり、撃たれれば基本的に怪我は免れないし死ぬ可能性もある。
まして空気のない宇宙空間でのスーツやヘルメットの損傷は、たとえ軽度の物でも死に直結するだろう。
(玉鍵のパイロットスーツなら拳銃弾クラスは大丈夫そうだが……だからこそ、こいつもボクから狙いを外さないんだろう)
目の前の玉鍵は一見するとパイロットスーツはおろかヘルメットさえ付けてはいないジャージ姿。だがその白いジャージの下はS技術の開発に用いられる希少なプリマテリアル製という、超が付く高級モデルである。
肌の露出があろうがヘルメットが無かろうが、身に着けているパイロットにどんな環境下でも最高のポテンシャルを約束する。
まさにワールドエースのみに許された贅沢な代物だ。たとえマガジン全弾撃ち切ったところで、玉鍵に致命傷を与える事はできないだろう。
そして彼女であればたとえ撃たれても怯むことなく、この恩知らずな女を殴り飛ばせるはず。
……つまり、どこまで行っても人質のとなったミコトが足を引っ張っていることになる。
「君、君を助けてくれたのは玉鍵だよ。英国女は恩も感じないのかい? 小賢しい礼節や品格を謳うくせに、自分が下になると途端に賊の血が顔を出すねぇ」
ならばせめて女の注意を向けて玉鍵に隙を付くチャンスを作らねば。ミコトは自然とそう感じて銃口を向ける女に話しかけた。できるだけ苛立つ口ぶりで。
そういう物言いは慣れている――――昔から自分が素で話していれば、勝手に凡人は苛立つのだから。
「ぐ……っ、酷いねぇ」
アーマーの無いわき腹を背後から強く殴られる。それでも銃口だけは動かさないあたり、正式に軍隊の訓練でも受けているようだと痛みに顔をしかめながら分析する。
<そいつは世界的に権利を保護されている三島だぞ。バカな真似をするな>
<うるさいわよイエロー! おまえらは極東のサルは人間もどきよ、偉そうにするな出来損ないのチンパンジーが!>
ヒステリックに叫ぶ女だが、やはり玉鍵に銃を向ける愚行はしない。
しかし女は苛立ちを誤魔化すように、複数の侮辱的な言葉を呪詛の如く口にし続ける。吐き出される言葉はミコトでさえ腹が立ってくるほどの差別用語に溢れていた。
(およそどんな偏った教育を受けて、どんな腐った環境で育ったか知れるねぇ……それにしても玉鍵はさすがだ。この糞の塊のように悪臭を放つ悪口が聞こえているだろうに、まるで苛立っていない)
ネイティブな発音とはいえ彼女が英語を理解していないわけはない。それでも聞き取っていないかのように受け流す玉鍵の不動の精神に、ミコトは状況を忘れて感心した。
やがて場にマックスのチームメイトの少年も現れたが、状況の膠着は解消されなかった。とにもかくにもミコトに突き付けられた銃が問題になっている。
自分に玉鍵ほどの、いやヒカルやティコほどの運動能力があれば賭けに出て抵抗してもいい。だが、残念ながらミコトのひ弱な身体能力では、変に暴れても救助を模索する玉鍵たちの邪魔になるだけだろう。
<このロボットはSワールドのものだ。ゲートを潜れば消滅する可能性が高い。このくらいパイロットなら常識だろ、もうやめろ。持ち帰ることなんて無理だ>
――――過去にゲートを潜って第二基地に現れた虫型の存在があり、他ならぬ目の前の玉鍵がこれを撃退している。なのでゲートを潜っても絶対に消滅するとは言い切れないかもしれない。
だが消滅する可能性があるものに乗って帰るなど、やはり正気の沙汰ではないだろう。せっかく助かった命をまた分の悪いルーレットに賭けるようなものだ。
しかし、玉鍵の説得に対して女は一瞬呆けた後、やがて煮詰めた魔女の鍋から零れる毒のような、ひどく薄気味悪い笑い声を漏らした。
<無限。無限の存在が消えることはありえない。神を信じる我々にこそ……唯一の神から遣わされたこの聖遺物は相応しい!>
(何を言ってるんだ、こいつ?)
おそらくは玉鍵やマックスのチームに属する少年も、ミコトと同様の感想だったろう。2人からも困惑した空気が伝わってくる。
宗教などに傾倒している人間特有の、物事を信者だけにとって都合の良い解釈をする精神状態かと推測していたミコトだったが、不意に後ろから押されて思考を中断し、歩くことを余儀なくされる。
<我らが聖なる遺物から出ろ。貴様ら異教徒が触れていいものではない。しかもカラードの分際で!>
玉鍵たちにもハッチに向かうよう要求する女は、なかなか動かない2人に苛立ちついに1発の銃弾を放った。
<三島っ!>
玉鍵が反応するがいかんせん距離が遠い、すでに銃口はミコトの命に1発で届く位置に戻されていた。
「この……やってくれる」
銃弾はミコトの体を貫くことはなかったが、放たれた弾丸はヘルメットの酸素供給装置を繋ぐ柔い部分に切れ込みを入れ、中から酸素を漏れ出させていた。
<テープなりで処置しないとこいつが酸欠で死ぬわよ。殺したくないならさっさと下がれモンキー!>
こちらの状況を見た玉鍵が少年に下がるよう指示し、自分は何を思ったか手を差し出した。
<下がれ!>
<下がるさ。だから三島を放せ。これで死なせたらおまえが殺人者だ。戻ってもタダじゃすまないし、済ませないぞ>
<下がれっ!>
<人質は生きてる間だけ有効だ。もし、三島が死んだら即座におまえを殺す。楽な死に方なんざさせない。死体から人と理解できないくらい、顔面ブッ壊して殺す。そのうえで焼く>
<っ……>
<死体が焼かれるのは教義上、最悪なんだっけか? そんなことこっちは知ったこっちゃないぞ――――三島を放せ、紳士気取りの卑しい蛮族の末裔が>
<ジャアアアッッップッッ!!>
銃口がミコトを逸れ、とうとう玉鍵に向けられ――――瞬間、ヌッと背後から伸びた腕によって絡め取られた銃は、トリガーに掛かった女の指をへし折りながら叩き飛ばされ、射撃は未然に防がれた。
<―――っ! ――――っ! ―――っっっ!>
ボディ、ボディ、ボディ。女のスーツのアーマーの無い部分を的確に抉る拳が何往復も繰り出される。
英国女の体を壁際に拳の連打で固定し、自身も壁を床に見立てて足でガッチリ下半身を安定させたファイターの渾身のナックルが、すでに吐き出された吐しゃ物でヘルメット内を汚した女の腹に、執拗に突き刺さっていく。
「ティコ!」
背後から銃を奪ったのはミコトのチームメイト、野伏ティコだった。
玉鍵が不自然な行動と罵倒で女の注意を引いたのは、こっそり乗り込んできたティコの存在を悟らせないためだったのたろう。
<野伏! もういい、やめろ! 死んじまうぞ!>
玉鍵に後ろから押さえつけられたティコは、それでもミコトを殺しかけた女が憎いのか、殴れないと知ると蹴りを放って完全に引き離されるまで攻撃し続けた。
<こんなやつをおまえのキルスコアにいれるな。落ち着け>
興奮するとうまく話せなくなる事もあり、ティコはしばらく黙っていたが、やがて英国女のゲロまみれのバイザーの中に血が混じっている様子を見て、やっと溜飲を下げた。
「ティコ、ありがとう。助かったよ」
緊急用のテープでヘルメットの応急修理をしながら友人に礼を言うと、ティコは震える身体でミコトを抱きしめて放さなかった。
その力の強さにあたたかい気持ちを感じながら、ミコトは改めて玉鍵に大きな借りが出来たと思った。
自分を助けようとしてくれた事。ティコという友人を救ってくれた事。そして友に人殺しをさせず止めてくれた事も。
<よし、それじゃ今度こそ帰還だ。キャスたちやサンボットチームも待ちくたびれているだろう>
――――玉鍵の言葉に全員が頷き、このロボットから出ようとしたとき。
<お、おい。なんかこいつ動いてないか?>
マックスのチームメイトが違和感を口にするより早く、玉鍵がシートに飛び座って操作を試みる。だがその表情はすぐに曇った。
<操作を受け付けないっ! ハッチに行け! すぐ出るんだ!>
ミコトを掴んだティコがいち早く近くのハッチに辿り着くも、その安っぽいドアは鍛えあげた友人の膂力を持ってしてもビクともしなかった。
<開か、ないっ!>
少年、さらに玉鍵も来てこじ開けようとするも、やはりハッチは1ミリたりとも動かない。
さらにガクンという衝撃を受けて、足の離れた全員が通路と操縦室の中をフワリと舞う。
WBL.<タマ! いつシャトルを呼んだの!? 急にゲートが開いて――――ちょっと、機体が3つにバラけて、それぞれバリアみたいなのに包まれてるわよ! Why!?>
SB2.<分離して変形してるぞ! 今は中で変に動くな! 変形機構に潰されるぞ!>
<状況がさっぱり分からん! こっちはいい、とにかくおまえたちはいつも通り帰還しろ!>
制御の効かなくなったロボットの中で、やがて重力を感じた体がゲートに入ったと気付かせる。
消滅の二文字が頭を過る中、無意味と知りながらも身構えていたミコトたちは拍子抜けするほどあっさりと、慣れ親しんだ地下都市へと戻ってきた。
3機に別れた謎のロボットと共に。




