遺物
誤字脱字のご指摘、いつもありがとうございます。
ジャイアントなお嬢様の最新刊を購入。今回は推しの娘の出番が多くて嬉しい。
<放送中>
恐ろしい光景が広がっている。
いち早く隕石の陰に退避することに成功したブルー小隊がそっと目にしているのは、秘匿基地を取り囲む敵の大部隊だった。
周りを埋め尽くす敵は10メートルに満たない小型機が多いが、中型の30メートル級や大型の50メートル級も散見している。総数は見えているだけで500を下るまい。
そしてそれらを艦載していたであろう敵艦が大小3隻。
特に空母と思しきもっとも大きく奇怪な形をした1隻は全長2千メートル近いだろうか。宇宙戦闘艦ならではと言える形状をしており、カタカナの『エ』の字を歪にしたような形をしている。あるいは向きの認識が違って『H』かもしれないが。
小型の2隻はまだ人が想像する船らしい形をしているだけに、この大型空母のフォルムは異質だった。
「まるで……異星人の船ね」
通信を切ったままで呟かれたキャスリンの独り言は青いバイザーの中に消える。
巨大空母はともかく、あれだけの敵が固まった中に反応弾を使えば機動兵器を十数機、あるいは数十機をまとめて倒せるかもしれない。間違いなくこれまでのキャスリンらの撃破レコードを大幅に更新できるだろう。
もちろん、それが最後の戦闘になってしまうと分かっているからそんな事はできないが。それにこちらの搭載火器の装弾数に比べて敵の数が多すぎては、どんな腕っこきでも撃滅は不可能だ。
ロンドン組のECMによって広範囲にレーダーと通信が利かなくなった状況は、問題と恩恵を同時にブルー小隊に与えた。
恩恵は目による索敵も疎かにしていなかったキャスリンたちが、敵の出現に先制で気付いて隠れるだけの時間的猶予が出来たことだ。もしレーダーが正常に機能する状態であれば、探査装置の積載規模で機動兵器に大きく勝る艦船のレーダーには即発見されていただろう。そしてそのまま数の暴力に押し潰されていたに違いない。
逆に問題はと言えば――――
「Sorry……サンボットチーム」
――――調査班の1機『サンブル』と基地の異変に気付いて隊を離れてしまった『サンベース』のサンボットチームに、敵の出現を警告出来なかったことだろう。
ECMで通信が妨害されていたから。そう心の中で言い訳するキャスリンだが、たとえ通信が出来たとしても彼らに警告を飛ばして自分たち小隊の事を勘づかれる危険を冒せたかというと、胸を張って弁解はできなかった。
彼らはなんとか開口していた隔壁から基地内へ逃げたようだが、それを追っていく多数の敵の姿もあった。狭い場所で人型にもなれない分離機がどこまで耐えられるかと言えば、とてもではないが悪い未来しか見えない。外で集中砲火を受けるよりはマシかもしれないが、撃破されるのは時間の問題だろう。
「そして彼らが逃げ込んだ先でタマたちも、ロンドン組も、おそらく敵に見つかってしまう……ここまでかしら」
キャスリンは近くのチームメイトに風防越しでハンドサインで指示を送る。
他の少年少女パイロットたちとキャスリンたちの大きな違いのひとつは、こういった軍隊で使うような技能の訓練を積んでいることだ。これによって通信ができないような状況でも的確な意思疎通が可能になっている。
キャスリンの下した指示は撤退準備。
隕石に紛れてそっと敵から離れ、隙を見てシャトルを呼ぶことだった。呼んでから到着までの約五分を凌げる距離を稼げれば、帰還は不可能ではないだろう。
「……カキヤマとの合流はまず無理よ。すでに基地の周辺は敵の包囲下にある」
チームメイトのハンドサインで柿山の安否を心配されたキャスリンは、堪え難い苦しさを感じながらも残っている味方を優先する判断を変えるつもりはなかった。
ロンドン組の監視に付けていた柿山はチームメイトの中でもパイロットとしての技量が高く、何より人柄が良いため他者とトラブルを起こさない男だった。いっそ腕より人当たりの良さに期待して送り出したと言っていい。
天才と称され、周囲にやや冷淡な印象を与えてしまう自分に代わってチームのまとめ役に近かった彼。
(そんな彼を見捨てたら……また、ひとりになるのかな)
たとえ隊長として最善の判断を下したと弁解しても、仲間を見捨てた自分をチームメイトたちは信用しなくなるだろう。
人の感情は利害だけでは決まらない。たったひとりのために味方全員の命を危険にさらす愚かな選択こそ尊ばれ、見捨てる判断を批難されることがある。
命が助かって、初めて冷徹な判断に文句が言えるのだと頭では分かっていながらも。
―――――キャスリン・マクスウェルにとって最善とは、そこそこであること。可能な限り最大公約数であることだ。
1人を助けるのに自分を含む4人の命を賭けることはベターではないし、玉鍵たちやサンボットチームはそれぞれで自己責任。キャスリンたちの援護はせいぜい努力義務でしかない。
権利と義務。いずれも大手を振って口にできる、正当に見捨てた理由になる。なるはずだ。少なくともキャスリンは両親からそう学んでいたし、自分自身もそれで正しいと思っていた。
誰もを助け逆境を覆すヒーローなど、現実で期待してはいけない。そんな甘い幻想を抱けばベターどころか目も当てられない損害を出すことになる。
リーダーは。従える者は。どこまでも現実主義でなければいけない。たとえ人でなしと罵られても。
導く者は夢を見てはいけないのだ。
(それなのに……どうして私は迷っているの?)
玉鍵との会話は楽しかった。周りとの能力差を感じていた自分がもっと上の存在を知ることで、初めて他人を人間として見れた気がする。
柿山には苦労を掛けた。どうしても言葉が足りない自分の代わりにチームメイトや整備士たちとのやり取りを取り持ってくれたことで、今までよりずっと人間関係を構築できた気がする。
三島には無性に腹が立った。自分とは系統の違う天才だが、その言動から他人を見下しているのが分かった。――――まるで己の嫌な面を鏡写しに見せられるようで。
幼い頃から多様な才能があることで逆に何にも興味が持てず、灰色に近かった自分の世界。Sワールドのパイロットになることだけがこの退屈を癒してくれると思っていた。
そんな自分がやっと手に入れた、他人との交流に感情が動く『キャスリンの世界』。
自分はどうしてそんな宝物を捨てようとしているのか?
妥当だからだ。少ない命を見捨てて、多い命を助けるのが順当だから。望み薄の可能性に賭けず、現実的な可能性に賭けるのが妥当だから。
たとえ命の価値を考えれば、自分たち全員より玉鍵や三島ミコトのほうが上であろうとも。
人の建前として、命の価値は等価値なのだから。
(だけど……その先に待っているものに私は耐えられるの?)
ふと気付けば他のチームメイトからしきりにハンドサインが送られていた。
(助けよう……戦おう……仲間を――――見捨てない)
コックピット内で俯き、外から見えないようにしてからバイザーを上げて目元を拭う。熱い水滴は手袋に吸われることなく、宙中で宝石のような玉を作った。
「OK。もうとことん行きましょう。でもタイミングを間違えてはいけない、タマたちが動くのを待つ。彼女ならきっと基地から脱出するわ。そこを私たちで援護するのよ」
敵はパイロットがロボットから降りている間は攻撃してこない。この性質が分かっているから生身のオレたちは比較的自由に行動ができる。さすがに自分から近づいたりはしないがね。
あくまで直接攻撃してこないってだけで、何気ない移動の拍子に跳ね飛ばされたり噴射炎で焼かれちまうリスクはあるんだ。脱出手段のひとつとして鹵獲も考えたが、動き回ってるやつに生身で取り付くのは現実的じゃねえなぁ。せめて止まってくれないと何もできないわ。
(しっかし参ったな。さっきから小型機が引っ切り無しに入ってくるからWF4に取り付けねえじゃん。もう30機は入って来たろ。どこに向かってんだ?)
『乗り込んでる』の判定がどこからかわっかんねえから、うっかり触れもしねえや。操縦席に入ったらなのか、ロボットに触れていたらなのか。ルールを明文化して人類側に送ってくんねえかなぁ。
《正確には31機ナ。どうやら基地内部に味方が追い込まれて、それを包囲しようとしてるみたい》
(いろんな意味でマズいな)
味方が攻撃されてるのもマズイが、基地内を逃げ回ってるのもマズい。バカスカ撃ちまくりながらこの辺を通られでもしたら、味方にその気がなくても流れ弾でこっちがミンチになっちまうぞ。ミサイルでも使われたらそれこそ1発で終わりだ。
せめて安全な場所が確保できればいいんだが、さっきからあちこちの通路にヌッと出てくる敵のせいで肝心のWF4にまったく取り付けない。
しかし取りついたところでどうにかなるかと言えば難しい。操縦席がひとつしかないから二人はマニピュレーターにでも持つしかないからだ。
戦闘はおろか飛行さえ細心の注意を払わないと、ちょっとした急制動でロボットの手に持っているだけの人間なんか死んじまうだろう。
一応、クルセイダーが意地でも遺してくれた壊れなかった胴体部分があるから、複座の操縦席に三島とロンドン女を突っ込んで運ぶという案で考えちゃいるが……悠長にスクラップ運んでるポンコツなんざ黙って見逃してはくれないだろうな。
――――ロンドン女は相変わらず死体同然で面倒極まりない。そしてもうひとり、三島もちょっと使い物にならなくなっちまった。
<ティコ……ティコ……無事でいてくれ……ティコ>
野伏の安否だけで頭が一杯になってやがる。まあ、気持ちは分かるがよ。
(せめて流れ弾を防げる安全な場所に行きたいが、どうしたもんか。オレらだけで脱出するにしても味方に拾ってもらうにしても、あまりWF4や3000の近くを離れるわけにもいかん)
こいつが一種のオレらがいるって目印だ。ここを離れるとすれ違いになる可能性が高い。
味方は基地内を逃げ回っている以上、手掛かりがあっても時間をかけて付近を探すことはできないだろうしな。できる限りすぐ見つけてくれる場所にいないといけないだろう。
(スーツちゃん、近くに退避できる場所は無いか? できれば味方の接近に気付けるところがいい)
《それなら下のあの赤いのなんてええんでナイ?》
(赤いの? 穴の下でWF4の残骸に埋まってる、クソデカい箱みたいなヤツか?)
垂直に見下ろす真下には、岩肌に埋もれる形で9機ものワスプを粉砕した元凶らしき赤い突起物がある。
基地内だというのに隕石の岩肌むき出しというのも変だが、そこに埋まるようにしてある人工物らしき建造物というのも変な話だ。
これではまるで基地の格納庫というより――――遺跡の採掘現場か何かじゃないか。
(見つけたときは時間が無いから流したが、ありゃなんだ? 砲門の類とは違うのか?)
ECM機に録画されていた映像では、ロンドン組のWF4はあの赤い露出物から放たれた竜巻みたいなものに粉砕されていた。
エナジー兵器の場合、実体弾を用いる兵器と違って銃口となる部分に物理的な穴が無くても成立するものがある。放つエネルギーの種類によっては形状なんてどんな形でもよくなるからだ。だからあれもそういった兵器の砲口部分だとばかり思っていた。
《ズームするヨン。よく見るとあの平面の場所、風防っぽく見えない? 汚れが付着してるから分かりにくいけどサ》
(……強いて言えばレスキューサンダーとか、車両系スーパーロボットのフロント部分に見えるな。サイズはレスキュー以上だが)
見えているのが車両のフロント部分だとすると相当デカいぞ。30メートルはありそうだ。
(乗り込めるか? いや、そうなると『ロボットに乗った』ことにならないか? 動かないロボットに乗ったことで敵に認識されて、そのまま攻撃され続けたら降りたくても降りられなくなるぞ)
《ウヒョヒョ。ここからどうするかは低ちゃん次第かナ? あれが敵のロボットなら乗り込んでも見逃されるかもしれないし、もしかしたら動くかもしれない。もちろん見つかるなり攻撃されるかもしれないし、そもそも中に入れないかもしれない。さあ、どうする低ちゃん?》
……オレが質問することでスーツちゃんがこんな風に教えてくれたってことは、あれも生き残るための選択肢のひとつなのは間違いない。
この無機物は直近の危険こそ積極的に教えてくれるが、そこまでじゃないときは質問されるまでは黙ってるからだ。
(試すだけ試すか。あれの入口はどこだい?)
《側面にハッチっぽいのがあるデ。ちょっと端っこが岩で埋まってるけどナ》
(確か三島が3000に積んでた機材の中にレーザートーチがあったよな。当のクルセイダーは全損だが。積み込んだ機材ボックス、生きてっかなぁ)
いつ敵に探知されるかわからない中で、おっかなびっくり機材ボックスをクルセイダーの残骸から引きずり出す。ボックスを収めていた部位は比較的頑健だったようで、どうにか破損は免れていた。
やっぱおまえは良い子だよクルセイダー。預けた物も人間もちゃんと生かしてくれたな。
「三島、今から(オレは)ちょっとやることがある。引っぱたかれたくなかったら切り替えろ。全員で生きて帰るぞ」
反応が無いので肩のアーマーと一体型になっている三島のヘルメットを掴み、バイザーの向こうのうつろな目に向けてボコボコ殴りつける。悪いが命が危険な状況だ、こんなときまで紳士的なエスコートなんぞしてやるほど間抜けじゃねえぞ。
<なっ、玉鍵!? 何をっ>
「安全を確保する当てが見つかったかもしれないから、今から試しにいく。だが最悪は死ぬかもしれない。そうなったら後は三島の判断で頑張れ。最後まで諦めるな」
<ちょっと待った、待って! 何が何だか分からないよ、まず説明をしてくれ!>
「下にある赤い構造物、あれは敵のロボットかその類の何かだ。乗り込めるかもしれない。敵のロボットなら中に入っても攻撃されない可能性もある。うまくいけば、な」
返事を聞かずにトーチを持って、無重力に任せて宙を舞う。
アスカたちがくれたパイロットスーツには弱いながら重力に作用するアクセサリーが付属していた。本来はオレの長い髪がハッチなんかに巻き込まれないように自動で逃がすものらしいが、これを使えば無重力空間でもかなり自由に動き回ることができる。
レーザートーチなんて使うのは初めてだな。まあスーツちゃんが使い方を教えてくれるから問題はない。
ハッチを塞いでいる部分の岩肌をレーザーで雑に焼き切り、最後は踵で蹴り飛ばしてハッチを開くスペースをこじ開ける。
さあ、ここからだ。もしハッチに触れたとき敵が来たらどうなることやら。
《ロックは無いね。取っ手を回せばすぐ開くよ》
(大昔の車かよ、セキュリティはもちろん安全面でも不安になるわ。これ戦闘ロボットじゃなくて、ただの埋もれた大型重機じぇねえの?)
サイズのわりに妙に薄っぺらく軽いハッチを開口する。外部の大きさから分かる通り、ハッチのすぐ向こうが操縦席ということはなかった。もっと奥まったところにあるのか?
中に入る。頭部ガジェットのライトに照らされた内部はまるで作りかけのサーバー室のような空間で、酷く雑多な印象を受ける。配線とか剥き出しの場所も少なくない。チリや元が何かわからん細かい破片も浮いている。
ああ、あれだ。オレがスクラップから組んだGUNMEDの操縦席周りにイメージに近い。あちこち継ぎ接ぎでゴミだらけ、やっつけ感ありありだ。
(お邪魔しますよっと)
《邪魔するなら帰ってヤー》
(コントしてんじゃねえよ……うへぇ、本当にシートと操作装置っぽいのがありやがる。確かに人が乗れそうだ)
一人乗りにしては操縦席の空間がやたら大きいのはいいとして。計器らしきものとかスイッチ周りとか、こっちもなんというか素人の手作り、あるいは急造品みたいな雑な印象を受けた。
(別系統の技術をチャンポンしたみたいな操縦席だなぁ。動くのかこれ? まあ、最悪はこの中に避難できればそれでいいんだがよ)
《やっぱり人間が使うサイズだね。作りがだいぶ大雑把な感じで時代を感じますニャア》
さっき見た防衛機の操縦席と技術系譜がかなり違うようだ。あっちのほうはリアル寄りだろう。こいつはどっちかというとスーパー系かねぇ?
……敵のフォルムに統一感が無いのは前からだが、やっぱそれぞれ使われてる技術が違うからか? そんなに兵器やロボットの建造技術って多様性を持つものか?
――――まるでオレたちが試行錯誤してるロボットみたいな混沌具合で――――
《低ちゃん、操縦できそう?》
(――――あん? どうだろな。戦闘ロボットの操縦席より、重機の操縦システムっぽい印象だ。わりといい加減な操作でも動くタイプっぽいから、コツが分かれば何とかなるかもしれん)
ブレイガー前に向井たちが乗ってたやつが近いかね? システムが大雑把過ぎるのが恐いところだ。その辺にあるレバーとかスイッチとか、変に動かしたら何が起きるかわっかんねぇ。
オレらも使ってるこういうレトロタイプのロボットとか、自爆ボタンがしれっとコンソール正面にあったりするしよ。開発するやつ絶対に頭おかしいだろ。
さっきのハッチも薄かったもんなぁ。業務用冷蔵庫のドアのほうがまだ頑丈に見える。うまいこと入れたはいいが退避場所としてホントに大丈夫かコレ。
まあどのみち酸素の事もある。危険でも安全でも宇宙に長居はできない。動ける酸素があるうちに脱出の算段をつけないとな。オレや三島はまだ平気だが、ロンドン女の酸素は残りどのくらいかねぇ。
《振動検知。戦闘によるものと推定。これはこっちに来るルートっぽいゾ》
(チッ、来やがったか。ともかく三島とロンドン女を運ぶぞ、外で剥き出しよりマシだろう)
誰かが逃げ回ってるとすれば三島たちを発見する余裕も無いかもしれない。そんなところでロボット同士の撃ち合いでもされたら一瞬で死体の出来上がりだ。
(ん? これ、ハッチを開けたときに非常電源でも動いたのか? レーダーっぽいものが点灯してるぞ)
操縦席から見えるフロントガラスっぽい風防上面には円形のレーダーらしき装置がある。その中心にさっきまで無かった光点がポツンと灯っていた。
《点いてないよりいいんでナイ? もしかしたら動くカモ?》
「(だったらいいがな。)三島! 乗れそうだ!」
開いたハッチから身を乗り出して手を振ると、うえで見下ろしていた三島が気付いてヨタつきながら何とか降りようとしてくる。
だがロンドン女まで抱える余裕がないようで、あいつ自分だけで来やがった。しょうがねえからオレが行ってフワーッと漂ってたロンドン女を回収し、まだワタワタと漂ってる三島ごとまとめてハッチ内に押し込む。あークソ、無駄にデカいんだよ三島、そのスーツはよぉ。
<死体袋に入って運ばれたらこんな気分かねぇ>
「縁起でもない。非常電源だけは点いたが与圧とかはわからん。おそらく酸素も無いからバイザーは上げるなよ」
<それはもちろんだが、これは動くのかい?>
「いや、さすがにメインエンジンの動かし方が分からない。外にいるよりマシってだけだ」
<なるほど。色々とスイッチはあるようだが、変に弄るのは確かに恐い――――>
三島のセリフを遮るように、汚れで見えにくい風防の向こうで不自然な発光が見えた。
<――――ティコ!>
光の正体は爆発。その爆発に煽られ、半壊しているWF1らしき機体が格納庫の壁にぶち当たってピンボールと化したのが三島の目にも見えたようだ。
<ティコ! ティコッ!>
操縦席、いや操縦室から飛び出そうとする三島を押さえ込む。アホ、今出たら無重力空間に飛び散ったWF1の破片の跳弾でズタズタだぞ!
《あれはティコちゃんのWF1じゃないナ。グリーンのラインが入ってるから柿山くんだゾイ》
「落ち着け三島! あれはステ、柿山のワスプだ!」
《柿山くんあれだけぶつかったのに意識があるね、タフぅ。大破した乗機から脱出しようと奮闘中……あー、でもこれマズイかな。動けなくなった姿勢が悪いよ。機体が壁に張り付く感じになっちゃって、その壁が邪魔で風防が開かないっぽい。先にWF1が爆発するかも》
「っ! 早くしろ! 柿山! 爆発するぞっ!」
野伏じゃないと知った三島はすぐ落ち着いたが、今度はこっちが焦る番だ。スーツちゃんの他人事実況だけが頭に響いてくる。男には特に冷たいぜこの野郎。
冗談じゃねえ、仲間の死ぬところをこんな間近で見てられるか! 死ぬな! よりにもよってオレの前で死ぬなよ!? 後でキャスに何て言えばいいってんだ!? あいつの事は残念だったとでも言わせる気かっ!
WF1から火花がっ、スパークがっ、マズイッ、マズイマズイマズイッ!
――――誰かの命がこんなに近いのに、私はまた何も出来ないの!?
《ちょい低ちゃん、メインエンジンが》
エンジンが掛かった!? 旧式の計器類に次々と光が灯っていく。腹に響く振動はこいつの目覚めの表れか。
その瞬間、オレの思考が急速に加速していく。思考加速の中でさえ思考することを忘れて、ゆっくりになった時間の中を無心でシートに飛び乗った。
ゴチャゴチャ試す時間はない。1発勝負。
自分がこれまで動かしてきたあらゆるロボットの操縦法が導くまま、本能だけでスティックを握り手を突き動かした。
「起きろぉぉぉぉぉぉッ!」
岩肌をメキメキとブチ抜いて巨大な腕が伸びる。その機械の腕はオレの意思を汲み、こんな雑な操縦形式でも的確にやりたいことを実現してくれた。
爆発するワスプの本体と操縦席周りを強引に切り離し、肉厚で巨大なマニピュレーターの内側で柿山の身を破片から庇う。
「よしっ! 柿山をこっちに回収する。三島、ここに座るだけ座っとけ」
<さっぱり分からないが了解だ……うん、しばらく思考するのはやめておこう。ここで君がどんな突飛な行動をしてどんな異常な現象が起きたとしても、その理由を考える事自体が愚かなようだ>
三島が何言ってるのか分っかんねえが今は柿山の安否だ、生きてろよステーキくん。キャスのこともあるが、おまえはなんか死なせたくねえんだ。




