サイタマトップのちょっとした愚痴
いつも誤字脱字のご指摘をありがとうございます。
私用で忙しくなってきました。毎年夏は嫌いや……
※今回、主人公視点はありません。
<放送中>
「やっぱりあの子とテイオウが議題に上るのは避けられないかぁ……」
今日までいくつかの都市との申し合わせを行ったが、それでも望みの流れにならないと結論したスーツの女性は、己のデスクに肘をついて深い溜息をついた。
彼女はサイタマ都市・初代大統領『ラング・フロイト』――――世界的にはサイタマの独立はまだ公式に認められていない。
今回の会議はまさにこの『国からの都市単位の離脱』を、他国が認めるか否かを決定する事こそ主題。
そのために近く行われる『国際会議』を、ラングはできるだけきれいな形で乗り切りたいと思っていた。新興国が鼻息荒く大暴れをしては、今後の外交に差し支えると考えたからだ。
「どちらかというと他国ではそっちが本命でしょうしね。でも私たちからすれば独立が大本命よ」
ラングのデスクの向こう側に寄りかかるのは天野和美。お願いされていたいくつかの頼み事の報告がてら、心労の重なる友人の心のケアを兼ねて愚痴に付き合っていた。
会議は地表都市と一般の地下都市の長たちによって開かれる。つまりここで独立を認められれば世界へ向けての公認通達となるのだ。
承認を勝ち取り初代サイタマ大統領となるべく、ラングは動き回っていた。
対外的なアピールはいざ知らず、今も昔もそれぞれの国家の利益を優先して条約の制定や調整、あるいは破棄を発表する場であることはこの際どうでもいい事であろう。
ラングたちサイタマ勢とて、自己の利益のために動いているのは同じなのだから。
「こっちはなんとか間に合ったわ。寝不足とストレスで肌が荒れちゃったわよ、まったく」
「お疲れさま。貴方が肌が荒れるほど頑張ったなら、どうにかなりそうね」
「なるわよ。なってもらわなくちゃ困るわ」
普通であればここで取り上げる前に他国を抱き込み、水面下で決定事項となっているのが当たり前の舞台。当然ラングもその習いに則って根回しを行っている。
しかし拒否権がある強国が無視するのもまた慣例。
国際とは名ばかり。小国が強国のパワーゲームに翻弄されるのが常である。
つまり会議とは強者たちによって決められたお芝居なのだ。ラングはそう認識している。
シナリオを書く側になれない役者は、損な役を掴まされるのだ。
――――ただし、過去に比べて世界の常識が大幅に変化した現在のこの星においては、たったひとつの都市であっても世界に向けて我を張れる可能性が生まれていた。
それがS基地である。
ひとつの都市でも人々を養える資源を勝ち取れる可能性を秘め、他国・他都市の侵略への抑止力としても働く施設。
都市ごとに設けられた金のなる木であり、身を守る城壁でもあるこの施設が『都市ひとつ』の価値を大きく引き上げている。
もはや国という枠組みは経済・軍事において必須ではなくなり、精神面以外では意味をなさないほどに形骸化しているのだ。
根回ししたラングの手応えとして、独立については恐らく通る。今後の第2第3の独立国樹立のための先駆けとして、独立を狙う多くの都市代表がサイタマを独立国と認めるだろう。
「でも虫の巣穴を掃除し終わったら、途端に素知らぬ顔で文句を言ってくるから参るわ。その虫に喜んで集られていた犯罪者どもがっ」
「おこぼれに預かっていた程度なんでしょうけど、嫌になるわね……」
海外がサイタマを認める要因は様々だが、理由のひとつには大日本に巣喰っていた『銀河』という質の悪い一族が関係していた。
かの血縁至上主義の組織は自国に飽き足らず、他の国でも個人的・組織的問わず犯罪を行っており、現地の要人たちを抱き込んで不正の限りを尽くしていたからだ。
それも大手を振って大日本国の旗を掲げて。
国の中枢に入り込んでいた寄生虫たちは、まさに自分たちがこの国の王であるかのように振舞い、自国だけでなく他国の要人たちをも汚染していた。
そんな厚かましい虫の支配からついに脱した都市があるならば、良心的な第三者を抱える国であれば我らもと手を上げるだろう。
もちろん銀河という虫から甘い汁を吸っていた者たちからすれば、利権と秩序の破壊者。糾弾されるのは目に見えている。
ただし、寄生虫が利益を生む力を残していればだが。
「手の平返しもいいところよ。まあゴロツキ同士なんてそんなものでしょうけど」
組織として完全に壊滅し、今や自分たちの『生きた犯罪の証拠』ともいえる銀河残党を庇う勢力などありはしない。
むしろ可能であれば自分たちの手で闇に葬りたいほどであろう。敵対勢力に犯罪の証拠など持たれてはたまらない。
ラングの調査ではあの日、『銀河帝国』を名乗った銀河一族のクーデターが鎮圧されて間もなく、水面下で海外勢力による『治安回復のための武力介入』が行われようとしていた。
無論そんなものは名ばかりであり、件の証拠の隠滅や銀河一族の資産の強奪、そしてあわよくば都市の実効支配を画策していただけである。
後に待っているのは他の国々による植民地化だ。もちろん植民地などという言葉は、彼らは決して使わないだろうが。
そしてその国々の胴元は、昔から世界に名の知れた植民地政略で力を付けた海賊国家であった。
土地面積的には小国でありながら、海を渡り他国の財をかき集めることで大国に並ぶ列強へと躍り出た国である。
「星が連なる旗を掲げた国や、赤い旗の連中は『F』の粛清で大陸ごと砕けたのに。なんであいつら三枚舌はちゃっかり現存してるのかしらね?」
「立ち回りがうまいってそういうことでしょ。元が小国だから強くてもケンカする相手はちゃんと選んでるんじゃないかしら。私掠は相手を見ないと自分たちが沈められるからね」
正義と治安維持という、かつての弟分が掲げていた言葉を丸写しにして今も活動している海洋国家。
彼らの連合による侵攻が密かにサイタマ、いやさ大日本すべてに向けて行われようとしていた形跡を、ラング傘下の諜報部は突き止めている。
(認めないでしょうけどね。絶対に……タマ、貴方は間違っていなかったわよ。貴方がいなかったら本当に外国勢に侵略されていたわ)
強欲な海賊たちが侵略を諦めた最大の理由について想いを馳せたラングは、デスクに寄りかかっている和美を見る。
体重をかけたことでスーツ越しに浮き出てしまっている友人の下着のラインとお尻を眺めながら、改めて頭痛の種となっている難題について口にした。
「国際派遣パイロット保護条約(仮)」
これは大日本残党の手によって、今回の会議に私的なルートから緊急の案件として滑り込んできた議題だ。
大まかな内容は都市ごとに専属となっているパイロットを『住んでいる都市の所属』という枠から切り離し、一種の武力派遣組織として世界共通の人材として再登録するというもの。
人材の提供する技術はもちろんパイロットとしての実力。つまり――――傭兵だ。
「不当に低い報酬で活動を余儀なくされるパイロットたちを保護し、また都市ごとの戦力の公平な分配を行う組織……ねぇ」
胡散臭い。
学生時代から同性にもモテた和美の美形には、そんな感想が浮いていた。美形ではラングも負けてはいないが、行儀が良く面倒見のいい和美のほうが慕われていた。
「いっそ言葉を飾らずにこすっからい本音を書いてくれば、感心くらいはしてあげるんだけどね」
つまり都市の垣根を越えて、どの都市にも強いパイロットを派遣できるという『法の下地』を作るのが目的であろう。
(……引いては玉鍵たまのような強力なパイロットを自分たちの懐に呼び込み、そのまま強引な方法で留めるための布石)
ラングはそう読み解く。
しかし、確かにこれが通れば恩恵を受けるパイロットも多くはなるだろう。それはラングもそう思う。特に腕の良いパイロットは様々な国・都市から依頼が舞い込むに違いない。
命を賭けて得た報酬について不満を抱いたことは、パイロットをしたこ事のある者なら一度や二度ではないはずだ。それはラングにしても天野にしても経験があった。
「報酬というか、ほぼ税率の問題よね。一般層だと半分以上を税金に持っていかれるんだもの。馬鹿らしくなったものだわ」
特に和美は現役の頃にこの制度があったなら、もっと稼ごうと税率の低い都市の依頼をこなしただろう。大日本は当時から他国に比べてパイロットが報酬から徴収される税金が高かったのだ。
もっとお金があれば救えたかも知れない人を想って、和美は心の中で溜息をついた。
別にこの条約を鵜呑みにしてはいない。依頼が正当な報酬となるかは現段階ではまったくの未保証だ。
むしろまだ未成年の少年少女の情に訴え、安く使い倒すような下劣な依頼も出てくるに違いないと和美は危惧する。
一方ラングはどうしても可決されてしまうようなケースも想定し、条文に国や都市側が好き勝手出来ないような文言を考え出して――――やめた。
(そんなものは後。まず否決させるほうに全力を入れましょ)
訓練教官の和美と同様に、元パイロットとして未だ鍛え抜かれている体を維持している赤毛の美女は、その美しい外見よりもゴツゴツした指を走らせデスク備え付けの端末を弄った。
「新型バスターモビルは次の出撃に間に合いそうにないわね」
卓上にホログラフで現れたのは建造中のスーパーロボットの映像。剥き出しの中枢や接合されていない手足から、まだまだ組み立て段階であることが見て取れる。
「そりゃあサイズアップして武装を追加した分、建造も調整も10メートル級より掛かるわよ。アスカが『まだっ?』てうるさいから困るわ」
ラングの急な話の転換に特に戸惑うことなく和美は付き合う。すでに長い付き合いの相手、それまでの何気ない仕草から話が変わると予想していたからだ。
「あら? 私から見ると思ったより落ち着いてて意外なんだけど」
「……由香ちゃんの面倒を見るのが、思ったよりあの子自身のケアになっているみたい」
親の決定的な不仲を見せつけられてからというもの、精神的な余裕を失くしがちなアスカは過度に実力を鼻にかけて攻撃的になったり、見下すように皮肉気な口をきくなど心が不安定な少女だった。
そんなアスカだったが、彼女以上の実力を持ちつつも家庭的な玉鍵と接するうちに、失くしかけた家族を取り戻したようにみるみる落ち着きを取り戻していた。
だからこそ玉鍵が一般に戻ってしまい荒れることが予想されたのだが、ラングが言うように思ったより余裕を失くしてはいなかった。
その理由は玉鍵と入れ替わるように現れた一般層の少女、初宮由香であると和美は予想している。
玉鍵はアスカにとって保護者の代わりとなる精神的な支柱になっていたと例えるならば、初宮はアスカにとって自分が保護すべき対象として、気に掛ける存在なのではないだろうか。
自分がしっかりしなければと感じ、アスカは無意識に己の精神を落ち着けたのだろう。
――――子供がぬいぐるみを可愛がるのは、しばしば自分を愛してほしい気持ちの代償行為であることがある。アスカは初宮を構う事で、自分が構われたいという気持ちを慰めているのかもしれないが。
「よかった。少しは役に立ってくれそうね」
「ラング」
子供を利用価値で測るような発言をした友人を和美が諫める。それを『はいはい』と苦笑しつつあしらったラングは、しばらく姪のケアを新しい同居人に任せることにして次の話に移る。
保護連盟の設立以上に問題のある議題があるからだ。
それは都市ごとに抱える秘蔵のスーパーロボット。その性能のばらつきについての意見が長じた、全基地を対象とした技術開示案である。
S技術は全ての基地で共有している技術も多いが、中にはその都市だけで秘匿している技術と、その秘匿した技術で建造した秘蔵の切り札もある。
サイタマであれば『ザンバスター』や、『ゼッターシリーズ』が該当する機体であろう。
ただ『ザンバスター』に関しては、機体サイズ以外は他でも周知の技術を駆使しただけのロボットであり、技術開示そのものは問題ない。
むしろ聞かれたら本当に必要かとラングは問い返すだろう。
ザンバスターは最初から採算度外視で建造された殲滅機であり、確実に強いが戦果としては割りに合わないのだ。
むしろなぜこれを大量のプリマテリアルを使って建造したのか。姪たちの帰還後に設計した技術屋に問い質したくらいである。
なおこの質問に対しては、『もっとも大きく強いロボットを作ってみたかった』という子供のような回答が返って来たことで、ラングは技術畑という生き物の業の深さについて考えさせられる結果に終わっている。
「ゼッターはノゥ。あれはできるだけ教えたくないわね。サガやトカチにも完成品を1機送っているとはいえ、サイタマでしか建造できないし今後もさせたくない」
「あれは強いし人気があるからサイタマに増えたけど、ほとんどのパイロットは使いこなしているとは言い難いのよね。たまちゃんを見ると、だけどさ」
「和美ぃ、あの子と比べたらダメよ。使いこなすどころかロボットの限界以上の力をガンガン引きずり出すんだから」
玉鍵の実力に呼応したのか、搭載していない武装を発現して敵を消滅させたゼッターG。
記録された映像を見ている2人は、その得体のしれない力を目覚めさせた切っ掛けはパイロットにあると予感していた。
「――――第二から戻ってきたゼッターGの2号機と3号機のゼッター炉。下からは破損していると報告にあったのに、整備がコンテナから出した時点ですでに直っていたそうよ。それも1号機並に出力が激増して」
「……それって、基礎フレームがもたないレベルのパワーじゃないの?」
Gの性能を細部まで頭に入れていた和美が、3基分のゼッター炉から生まれる出力を試算して眉を寄せる。
「あれでも最新型なんだけどねぇ……タマのせいでエンジンの進化が速すぎるわ」
「いや、勝手に進化するスーパーロボットの高出力炉とか怖すぎるんだけど。一時的にパワーが上がったとかならともかく、機械がパイロットに応えて進化とか聞いたことないわよ。他のゼッターでもそんな報告は無いはず」
「忘れたの? プロトゼッターから数えれば2度目よ。G1号の炉心はタマの乗ったプロト3のものだからね」
「やっぱり怖いわ、あのロボット。あれも開示は控えた方がいいんじゃない? 量産もこれ以上は……」
とはいえゼッターの元となる媒体が有限である以上、他都市に建造できるノウハウがあっても機数は必然的に頭打ちが見えている。
そのため基地の技術屋たちからは、『ゼッターロボは最終的には消えゆく系譜』として認識されていた。
会話がしばし途切れる。
今のはいわば会話の枕。話題にしたい事柄の心理的な高さからくる『助走』であった。
この2機は提案をあげた者もそれに賛同する者たちにも、恐らく本命ではない。ラングも和美もそれは分かっていた。
そして本命たるスーパーロボットを思い浮かべて、2人はお互いの目を見た。
やがて心の中で『問題は』と呟いて、口を開く。
「「テイオウ」」
銀河帝国という悪を打ち滅ぼした断罪の剣。
海の向こうから火事場泥棒のようにやってきた、武力介入を戦わずに退けた守護神。
――――基地から遠く離れた標的を、人・機械の区別なく跡形も無く消滅させる攻撃を放った、謎のスーパーロボット。
「あれこそ絶対に駄目よ。絶対に量産していいものじゃない」
「そうなんだけどね。その『絶対に駄目』を持つのが都市ひとつだけなのが世界には問題なのよ」
ラングの言いたいことを理解しても、和美は首を横に振る。
その力をあらゆる国に開示することは、スーパーロボットという『狩りの道具』に『人を殺す兵器』としての道を歩ませかねない。
それこそかつて人類が生み出した汚い爆弾、核兵器のように都市や国が滅びるほどの力となって未来を脅かすだろう。
「保有するのがサイタマだけっていうのは、どう考えても他国に批難されるわ……まあ、『テイオウ』だけならコピーしてもかまやしないけどね」
幸いと言うべきはテイオウをテイオウたらしめる中核『次元融合システム』は、開示しようにも開示出来ない代物という事だろう。
テイオウは銀河との戦闘終了後、サイタマの技術解析班によって入念に調査された。
しかしこのロボットについて分かった事は、そのほとんどの部分が古い技術を用いた旧式ロボットであることだけ。
そして『ほとんど』に該当しないメインエンジン部、『次元融合システム』はまったく解析ができなかったという。
テイオウのサブコンピューターから吸い出した機体データから、エンジンの理論と模型と思しきグラフィックデータは入手できたものの、これはサイタマのS技術を持ってしてもとても開発できないとすでに結論されている。
テイオウの強さは『次元融合システム』こそがすべて。
これこそが無限のエネルギーの源であり、膨大な情報を処理する制御機であり、そして未知の攻撃法を持つ武装であったのだ。
そんな『次元融合システム』を搭載していないテイオウは、80メートルもの巨体を持つだけの旧式ロボットにすぎない。
……ならばその次元融合システムはどうやって作られたのか? 誰もが思いつく疑問が会議でも問われるだろう。
(当面は銀河との戦闘で根幹技術を喪失したと言い張るつもりだけど、騙されてくれないでしょうね)
唯一の現物は少し前に世間を騒がせた戦利品、『物質転換機』によって作られたと、その程度の予想にはすぐ頭が巡るだろう。
ラングにとっての問題は、この未曽有の技術を行使できる物品を保有し、使う事が出来るのがたったひとりの少女『玉鍵たま』のみという事実だ。
こちらは詳しく調べたわけではないが、現物を見たラングは確信を持って『物質転換機』は玉鍵しか使えないと直感していた。
(つまりタマの身柄を押さえれば、『物質転換機』と『次元融合システム』が手に入るとも言える。もし知られたら世界中がどんな手段を持ってしても、あの子を狙う)
『Fever!!』の動かぬギリギリで彼女の懐柔を行い、やがては法でがんじがらめにするに違いない。
「……こんなとき頭が良いって嫌ね」
もし自分の立場が海外勢力であったなら。ついそんなシミュレートをしてしまう自分に皮肉気な笑みを浮かべて、ラングは端末を閉じた。
「機体の話が出たからついでに聞くけど、法子の『秘匿基地・調査作戦』にサイタマから協力するパイロットを出す話、私の見立てで選別していいのね?」
「ええ。和美も法子も実力より信用で人を見るからね。私だと点数で見ちゃうところがあるから」
第二基地主導による秘匿基地の調査の件は、2人の友人であり第二基地長官の高屋敷法子の名でサイタマにも協力要請が届いている。
それぞれのパイロットたちが漫然と戦いに行く通常の出撃と違い、明確な目的の下に部隊を整えて挑むこの作戦。
サイタマではある程度基地側で選別して、そのうえで志願したパイロットを採用するつもりだったが、参加を希望したパイロットは予想以上の数に上っている。
「敵が基地だけの場合、帰還のゲートがどれだけの人数に開くかの検証になるかもしれないって、脅かしているんだけどね」
Sワールドに向かう出撃のゲートに『出撃枠』という制限があるように、帰還のゲートにもまた制限がある。
それは最低でも1機を倒さなければ帰還のゲートが開かず、帰還用のシャトルも来ないという仕様だ。
チームとして登録していれば最大で5人までは1機撃破で戻ることが出来るが、これを超える場合は5倍数で必要な撃破数が2、4、8機と倍々で増えていく。
単純にチームの合計数が30人ともなれば、32機もの敵を倒さなければならない計算だ。31人なら64機、36人なら128機である。
危険度は割に合わず。同時にそれだけの数が出現する保証もない。だからパイロットたちはフィールドをあまり被らせず、バラけて戦うのだ。
今回の場合、仮に基地が撃破1とカウントされた場合、出撃した6人目以降のパイロットたちは別の目標を探さねばならないことになる。
敵がいるかどうかも分からない未知の世界で。
これまでの戦闘記録から秘匿基地周辺には補給と思われる部隊の立ち寄りが確認されているが、基地が沈黙した今ではどうなるか。
そう脅しても逆に意気込む者が多く、訓練教官としては悩ましいところだった。
「問題は実力より第二との連携がキチンと取れるか。すぐ喧嘩したり挑発したがるパイロットは論外。何かあった時にひとりでさっさと逃げるような子も駄目」
和美はラングからの指摘も期待して、選定基準を声に出す。
今回は個人が生き残るセンスに長けているだけでは意味が無い。チームとして他者を手助けできるパイロットの選別が必要だ。人間性からくる不協和音はトラブルの素になる。
協調的で多少の不満は受け流せる、そんな大らかな性格のパイロットがよいだろう。
「最低限の実力も必要だから、なんとも言えないけど」
「へえ、アスカたち以外にもいるのね? 誰かしら」
和美の中の人間性の第一選考を通った者がひとりいる。
だが彼はパイロットと言ってもサブパイロットとしての経験しかなく、それも分離機などに搭乗した経験も無い。はっきり言って技術面ではズブの素人なのだが。
しかしその意気込みと根性だけは、和美も密かに教官として目にかけていた。
「元ジャリンガーの大石大五郎くんっていう子がいるの。チームが解散してから個人パイロットになるため猛特訓しているわ」
誰だっけ? という顔をしたラングに溜息を付いた和美は、凡庸だが根性は人一倍の少年パイロットに想いを馳せた。
鷹揚な彼がパイロットとしての実力を身につければ、チームのまとめ役として大いに期待できるだろう。




