小さな違和感? 夏堀マコトの欠席
誤字脱字のご指摘をいつもありがとうございます。
微妙に胃のもやもやが取れず正露〇祭り。そういえば1年前のGW、急性胃炎でダメにしたなぁ。本格的におかしくなる前に受診すべきか
長官ねーちゃんとの話の終わりに、セントラルタワーからオレ宛に基地に届いたコンテナの件を聞いた。
あそこには第二都市と地表を繋ぐ唯一の正式なエレベーターがあり、サイタマとの人や物資のやり取りは基本的にここを介して行われる。
地表で建造されたロボットの搬入もここからで、デカいロボットはパーツ単位に分解されて運び込まれ、第二基地で組み立てている。
そういう意味でも単品で動作して、移動車両を使わずとも自前で移動できる合体機のほうが都合がいいらしい。
ずっと荷卸し待ちになるコンテナより、さっさと自分で掃けてくれる自走できる荷物のほうが手間が無いし、場所を取らずに済むからだろう。
なにせ地表と行き来できるのがここ1ヶ所だけだからなぁ。それにどうしたって荷物を置くスペースの問題があるから、管理者は無駄な荷を捌きたくて仕方ないだろうよ。
最近になってアンダーワールドという勢力が使う、ごく細かい移動経路も確認されたが、こちらはすでにS課主導の下に潰されている最中だ――――そこに住むエリートにも一般にも属さない、不法占拠者たちごと。
……あの勢力に知り合いが1人だけいるが、たとえあいつが生きていても死んでいても、もう会うことは無いだろう。もし出会ったら殺す、そういう決別の仕方をしたんだからな。死にたくなかったら二度と顔見せるんじゃねえぞ。
コンテナの送り主の名は天野和美。サイタマで世話になった訓練ねーちゃんだった。
オレに引き続き初宮の面倒を見てくれることからも分かる通り、ずいぶんとお節介で世話好きな人物だ。
正直、あのねーちゃんには礼をし足りてないと思っている。何かで返してやれる機会でもありゃいいんだが。
預かってきた爺に言われてコンテナを開けると、ベルトでしっかり固定された見慣れたバイクだけが入っていた。
《お帰り功夫ライダー。低ちゃんのお尻が恋しかったかナ?》
(尻が恋しいバイクがいてたまるかっ。見た感じ損傷の修復は終わってるか。自動修復ってのはありがたいもんだ)
こいつの外装は形状を大きく変化させることができるのだが、これは自動修復機能の延長のような代物で、中枢に致命的な損傷を受けないかぎりは新品同様に直るほど高性能だ。いや、そのつど外装を作ってる形になるから新品そのものか。S技術さまさまだ。
《液体窒素も向こうで入れ直してくれてるね。これならすぐにでもクンフーと合体できるジェイ。あとハンドルにプレゼントもぶら下がってるDay》
(見えてるよ。メッセージカードと、赤毛ねーちゃんの自慢してたなんとかって銘柄の紅茶の茶葉入れたカンカンか。あとは、後部に括りつけてある薄いケースはなんだ?)
なんかメカメカしいケースだな。まさかガンケースってわけでもねえだろうが。拳銃はもうS課に返却したし、ハンドガン用のサイズでもない。
《メッセージ。『これが貴女の身を守りますように』たまちゃんのお友達一同より》
(……お節介どもめ)
《ムホホホホッ♪ 嬉しい? ねえ嬉しい? 顔ニヤけてる低ちゃんや》
(うるせえよっ! こういうのは黙って余韻に浸らせろや無粋な無機物め)
物理錠と電子的なロックもあるが、どっちも掛かってないな。まあこのコンテナ自体がセキュリティみたいなもんか――――なんだこれ? 緑色の星型をしたブロック?
《おー、完成したんだねえ。低ちゃん専用パイロットスーツ》
「はあ? ちっ、ちょっと待て」
「どうした嬢ちゃん?」
「なんでもない!」
コンテナを覗き込んできた爺に手を振っておく。なんか恥ずかしいからこっちくんな。
ケースに入っていたのはたぶん、おそらく、見方によってはパイロットスーツらしき物が一式。
メカメカしい手甲みたいなグローブに、こしゃまっくれたSFに出てきそうな、尖がり過ぎたロボットの足みたいなハイヒール型ブーツ。この星型のブロックって、もしかしてヘアアクセサリーか?
「うわぁ……」
透明な袋に梱包された白いスーツは、予想通り股の切れ込みが微妙に鋭いハイレグ仕様。
《アスカちんたちのスーツよりは角度はマシかナ? ヨカッタネ》
(たいして違わねえ。なんで死ぬほど鼠蹊部出すことに拘ってんだ、あのねーちゃんたちは……)
そっ閉じ。悪い、気持ちだけ貰っとくわ。
《モーフィング終了スマシタ!》
(せんでいい! 絶対着ねえ!)
急な話だが夏堀が数日実家に帰ることになった。
なんでも弟が寂しがってるとかで、家族サービスってほどじゃないが、しばらく向こうで寝泊まりするつもりらしい。
長官ねーちゃんの呼び出しから戻って合流したとき、妙に気落ちしているから変に思ったらそういうことか。
確かあいつには成人してる姉と低学年の弟がいるんだったか。一応、どちらともオレは面識がある。弟にカツアゲかましてる不良どもをぶちのめしたときだ。
あー、名前は……どっちも忘れちまったい。鼻たれとバカがつくお人好しって印象しか残ってねえ。
個人的にはそんなに寂しがる姉弟ってのが想像できねえな。現実の姉弟なんて鬱陶しいだけだろと思っちまう……親兄弟のいないヤツの僻みかねぇ。
(独り暮らしに憧れて寮入りしたとはいえ、別に姉弟が嫌いなわけじゃなさそうだし、あいつ自身もたまには会いたいんだろうな)
《前長官とその息子がいなくなって、実家に戻るのに抵抗が無くなったのもあるだろうニィ》
夏堀は元長官の息子と幼馴染の関係で、パイロットになりたての頃は半ば強引にチームメイトに引き入れられてしまい、初出撃で散々な目にあったという経緯がある。
元長官の息子にはパイロットになる前からも迷惑をかけられ続けていたため、それより前からかなり辟易としていたようだが。
だがあいつの親は基地関係の仕事をしていて、役職の高い元長官の『息子をよろしく』という圧の強いお願いを断り辛い立場だった。
そのせいで娘の夏堀にも元長官の息子と関係を切るのを思い留まるよう言い出すなど、ちょっと親としちゃ問題があるように思える。いくら上司が睨んでくるからって、娘が死にかかった原因を作った野郎とまだ接点を持てってのはなぁ。
(初宮といい夏堀といい、子供を守らない親が多くで嘆かわしいぜ)
現実なんてこんなもんなんだろうがな。アニメや漫画みたいなきれいな親子愛に憧れる身としてはやるせねえけどよ。
――――へっ、親がいたかどうかも覚えてねえや。まあクソ親に一生悩まされるより、初めからいないほうがマシだ、マシ。
そんな親に嫌気がさしたのも、夏堀が独り暮らしに憧れた理由のひとつだろうよ。
けどその親のガンになってた相手はいなくなったし、関係修復に向けて動きたくなったのかもしれねえな。
初宮んトコみたいに完全に終わってる親でもないようだし、構わないから行って来いと送り出した。
なんか去り際に暗い目つきをしたような気がして気になったが。
急に飛び出した手前、姉弟はともかく親と顔を合わせるのが怖いのかもしれねえな。まあ、ちゃんと話してこい。拗れたらまたこっちに来りゃいいさ。
功夫はロボットの方とのデータ同期のために、今日は基地に置いていくことになった。ファイター形態が役に立ったと伝えたら爺がえらく上機嫌になってやがったぜ。
「「「「「玉鍵さーん」」」」」
基地から帰ろうと通路でCARSを呼び出していると、訓練帰りの星川たちに捕まった。
(なんだ、雨汐までいるのかよ。まだ骨折は治ってないだろうに)
《基地で治療を受けてるんでない? パイロットなら都市の病院使うより安いし》
(そうやって安さで釣って、パイロットの細胞採取してクローンを作ってたんだろうな)
違法クローン作ってた銀河の傘下で、寒天とか言うのはもう壊滅したとはいえ、オレはまだ信用する気になれねえなぁ。
「お疲れ(さん)。今日は雨汐も一緒か」
「たまサン、何でいいヨ。そろそろ落ち着いてきたし、体力が落ち過ぎないようにかるく運動してるノ」
(ああ、前もそう呼べって言われたっけ? 大陸圏の名前は似たような名前が多いから、どっちで呼べばいいのか混乱するな)
《世にも珍しい『勝った幼馴染』として有名なヒロインと同じ、偉大な名前やデ。刻の涙がここにアル》
(そういやスーツちゃんのイントネーションって中華圏寄りなのか? 似てる気がするが)
《スーツちゃんの口調は昔懐かしい怪しげな外人訛りダゼ》
(なるほど、わからん)
「……玉鍵さん、夕食代を出す。貴方のごはんを食べさせてほしい。できればカレー関係」
袖をクイクイ引っ張ってきたのは、この中でオレと一番身長が近い雪泉。それでも2センチくらいこいつが上なんだよなあ。
《あん。強く引っ張っちゃダメん》
(自重しとけやロリコンスーツ)
「ちょっ、シズク?」
「ああ、玉鍵さんのカレーおいしかったもんねぇ。カレー好きのシズクちゃんには忘れられないレベルかも」
下手なフォローを入れたのは湯ヶ島。むしろおまえのほうが食い気があるだろう。初宮といい勝負だろうが。
「そりゃいいや。玉鍵さん、久しぶりに遊びに行ってもいいかい?」
名案みたいな顔で同意する槍先。なんかここまでの流れ、最初から取り決めてなかったかおまえら。
「ノッチー! あんたまで! ごめん、玉鍵さん。お邪魔だったら気にしないでいいから」
《仲間に振り回されて、リーダーというより苦労人だナ。でも本人はわりと楽しそうだから、美少女の味方であるスーツ的にはアリです》
(左様で。邪悪なヒーローもいたもんだ)
《エネルギー源は百合の気配っ》
(打ち切られてしまえ)
うちの寮には入居者が知り合いを連れてくるときは、事前の連絡が必須という取り決めがある。これはオレが決めたもので、入居者同士のトラブルや犯罪を予防する意味で設けたルールだ。
急な事だが今日の寮には初宮も夏堀もいないし、星川たちならいいか。
けどカレーかぁ。昨日はビーフシチューだったし、続けてドロドロ系はなぁ。昨日に輪をかけて仕込みの時間も無い。
「ドライカレーかカレーピラフなら」
「……了解っ」
なんかスゲー親指を立てられた。星川ズの中でこいつのキャラだけ未だにわっかんねえ。
「失礼でしょ、シズク。玉鍵さん、お邪魔します」
「「「「お邪魔しまーす」」」」
《うーん濃厚。なっちゃんはっちゃんでは採れない、シスターズでしか得られない栄養があるネ。お風呂も借りてもらおうZE》
(キモスッ)
《キモくねーし!?》
翌日。夏堀が学校を休んだ。
何かあったかと思ったが、生理の影響でちょっと体調を崩したらしい。そういや夏堀はそろそろ周期だったか。ホントめんどくせえよなあ、生理。
夏堀はいつもはそこまで重いほうじゃないらしいんだが、初宮の事もあって精神的にナイーブになった影響があるのかもな。まあ親元に帰ってたタイミングだし、ゆっくり休むにはちょうどいいんじゃねえの。
明日には出てこれるってことなので、男の向井にはちょっとした発熱とだけ伝えておく。まあ、うん。察しろ。オレも中身が男の身としてはほじられても困る話だ。
朝から揃って飯がうまかったと鼻息の荒い星川たちに囲まれて辟易したが、そんなに素人の飯がうまいもんかねえ? 赤毛ねーちゃんには『素人以上、プロ未満』と言われてる程度だぞ。
一般の食文化は経済事情で先細りしていて、人の舌が貧相になってるのが原因かもな。フードパウダーによる味覚汚染の線もあるか。食糧危機の話があるからなんとも言えんが、あれはいい加減に成分を見直したほうがいいんじゃねえの?
基地でもくっついてきたが出撃準備があるからと追い払った。悪気は無いんだろうがあいつらの距離感はなんか疲れる。
シミュレーター訓練を中断して整備棟へ。
初宮の事や功夫の話で後回しにしちまったせいもあって、ようやく実機を弄る段階だ。
準備ペースとしてはだいぶ遅くなったから、ここらでもう少し巻いていかなきゃならん。言ってもやるのはせいぜい操縦席周りの確認だがな。出撃日以外で実機を飛ばすわけにもいかねえ。
キングボルトの操縦席は不自然なほど広く、しかも旅客機のような横配置式のダブルシートになっていた。
操作は1人で出来るのにどうして複座採用なんだこれ? 操縦担当と射撃手担当ってわけでもあるまいに。
(広いな。戦闘機って感じじゃねえ)
狭苦しいのが好きってわけじゃないが、こうまで広いと無駄なスペースって感じちまうよ。広さで言えばテイオウもかなり広かったが、あっちは普通に単座だったし。
操縦棹も旅客機よろしく両手で握るタイプじゃん。機敏に動かす代物には絶対に向いてないぞ。どういう理屈で採用したんだ?
(これって可変型の操縦棹か? 合体変形するロボットにはままあるが。このタイプは好きじゃねえや)
形態の変化に伴って操縦形式そのものが変わるやつは一見すると理に叶ってるが、ギミックが複雑な分だけどうしても故障しやすい面がある。それにボタンの配置が微妙に変わるのもうまくない。
押す場所の感覚がズレて、とっさだとボタンとボタンの間を押しちまったりするからな。
武装の名前を大声張り上げて使ってたりするが、けっこうデリケートなんだぜ? ロボットの操縦ってのはさ。
《ちょっと取り外しが面倒だけど、操作周りは変更できるみたい。今のうちに変えてもらった方がいいね》
(そうしてもらおう。シミュレーターで再現されたレイアウトを見て、こっちが設定間違えたかと思ったぜ)
訓練を中止したのは、シミュレーションルームで再現された操縦席周りがあまりに変だったからだ。
スーパーロボットは色んなタイプのロボットがあるだけに、操縦形式やレイアウトにもかなりの違いがある。
それだけに訓練用のシミュレーターも多様な仕様に対応するため、操縦席自体を可変させることで可能な限り実機に近く再現する機能が備わっている。
さらにホログラフを使って操縦席内の見た目なんかも近付けており、ちょっとしたボタンの色ひとつとっても実機と同じに再現されているほどだ。
まあそのくらいはしないと、素早い判断で動かさなければならない戦闘兵器の訓練にならないってのもあるだろう。
なんせ自分や仲間の命が掛かってるんだ、訓練と実機の配置が違って押し間違えたでは済まされない。
「どうじゃ嬢ちゃん?」
「( おう、爺。)操縦棹はダブルスティックタイプに変更して、複座も取っ払って(くれ)。空いたスペースには通信用のサブモニターをいれて(くれや)」
……信じがたい事に、こいつは通信が入るとメインモニターに通信相手がデカデカと映るよう設定されていた。前が見えねえよ、馬鹿じゃねえの。前に乗ったパイロットは疑問に思わなかったのかこの仕様。
「それとシートベルトを。なんでこの操縦席はノーベルト(なんだよ)?」
「む? 整備記録を見る限り、前のパイロットが衝撃緩和が高性能だからいらんと言ったようじゃな……小賢しい素人め、命綱はいくらあっても無駄にならんというのに」
開いたままの風防に手を掛け、操縦席を覗き込んできたヒゲの爺さんはこの基地の整備長で、獅堂って名前の筋肉ジジイだ。
昔は軍隊で戦車の整備兵をやってたとかで、このいかつい体格で80才以上なんだとよ。
他はあるかという視線を向けられたので首を振っておく。
「ひとまずこれで」
「わかった! アーノルド! 倉庫からこいつに合うコックピット機材の在庫漁って来い! 丸ごと変えるぞ!」
元軍人ってのもあるだろうが、さすがに耳が遠くなってきたようで声がやたらデカいんだよなぁ。作業音でクソうるせえ整備棟にいたら、自然と大声でやり取りするようになるのかもしれんが。
「いや、部分的にでいい(ぞ)。忙しいはず(だろ)」
爺さんの号令で黒い肌の若い整備士が今やってる作業の手を止めて、慌てて動き出したのを見てやめさせる。
整備士ってのはどいつも基本忙しいからな。こんな感じに急に別の作業が挟まるのは事故の元だ。
ただでさえまだガキの未熟な整備士なんだから加減してやれよ。どうもこの爺さんは軍隊上がりのクセなのか、下に厳しくていけねえや。
昔から国はパイロットの拡充には積極的なのに、整備士に代表されるバックアップ人材についてはおざなりで、そのせいもあって慢性的に人手不足なんだよな。
ロボットは小さい物でも10メートル級。普通はもっと多くの人間の手が入るべきサイズだってのに。
扱う物がデカいってことは、見る場所や弄る場所が多いってことでもある。そこらの乗用車とモンスター級の重機では、掛かる手間は段違いなのと理屈は同じだ。
整備工程のかなり面はオートメーション化されているとはいえ、人間が見る部分や弄る部分はまだまだ無くなっていない。それを少ない人員で回していたら問題が出てくるのは当たり前の事だ。
過去にオレの乗機で起きた問題だって、遠因はやっぱ人手不足だろうよ。どうにかならねえもんかねえ。
「はっ、パイロットがいらん遠慮すんな。半端な形のまま動かして変なクセ付けたら、後々まで困るのは嬢ちゃんだぞ?」
「過重労働でミスされるよりマシ(だ)。ガンドールとスローニン、さらにゼッターの3機整備は無茶(だろう)」
「……ああ、ゼッターのほうは送り返すことになったから心配せんでええわい。ガンドールも前回出撃した9と45以外は通常点検だけじゃしの」
(ゼッターはサイタマに返すのか。まあ、あのロボットの所属はサイタマ基地だから順当なところか)
赤毛ねーちゃんの話では最新鋭機ってことだったし、物のついでに一般に投げ渡すには勿体ないって事だろう。
《あのロボット、低ちゃん以外に使えるパイロットなんているかのぉ?》
(プロトと違って合体もオートで出来るし、あのウソみてえなパワーのほうも部分的にリミッターをかければ……まあ、扱えるだろ)
ゼッターシリーズ一番の問題にしてパイロット資格の登竜門、合体はオートに頼ればいい。
手慣れたパイロットが手動で合体するのに比べると時間が掛かるのと、特殊な機動では合体に移行できない柔軟性の欠如って面に目を瞑れば、ギリギリ実用の域だ。
パイロットが潰れかねない高機動も、機体側からセーブが効くようになれば事故は無くなるだろう。
それとビームで見せた過剰出力についてだが、爺の話じゃ3基のゼッター炉の調整不足からくる偶然の産物だったらしい。
威力の担保として無駄に大量のエネルギーを吐き出しただけ。要は暴発に近い物なんだと。
でなきゃあんなバ火力が簡単に出るわけがない――――言われたときは納得したフリをしたが、さすがに無理があるぞ爺さん。
もう理屈はさっぱり思い出せないが、あのとき大怪球を消滅させた攻撃を仕掛けたとき『このロボットがどういう理屈で強いか』を体感した感覚だけはまだオレの中に残っている。
ゼッターを動かす何かとオレの何かがカチリとはまった、奇妙な全能感が。それがどうして感じられるのか、その理屈だけが思い出せない。
ゼッターは間違いなく他のロボットには無い何かを持っている。それが人間にとって本当に良いものか悪いものかは、正直分かんねえけど。
あれは唯一無二。圧倒的な力なのは間違いない。
……いや、オレの知る限り似たような感覚を抱くロボットはもう1機存在するんだが。こちらも人の手に余る代物ってのは共通だ。
テイオウ。あいつの次元融合システムもまた危険極まる代物だ。
ただゼッターと違って、こっちはある程度オレの頭でも危険だと分かる。ある程度だがな。存在と非存在の落差からエネルギーをとか、専門の話はさっぱりだ。
ホント、ゼッターって何なんだろうな? ちょいと気難しいが、根性見せてくれるからオレはわりと好きになったけどよ。
けどあの誤魔化しといい、どうも爺はゼッターにオレを乗せたくないらしい。
まあいいか。ロボットは個人の持ち物じゃない。どんな理由であれ、乗機可能の選択肢に出てこないならパイロットには選ぶことはできないんだ。
「ゼッターが気になるか? 悪いがもうパッケージングしてエレベーターの予定待ちなんじゃ……挨拶させてやれんですまんの」
電子書類で諸々のチェックをしていた爺さんは、白髪の太い眉を動かしてチラリとこっちを見ると、らしくなくバツが悪そうにした。
「いい(よ)。ありがとう」
サイタマでもがんばれよゼッター。あんまパイロットの選り好みすると解体されちまうぜ?
今回のオレの乗機はキングボルト。そしてこいつを介して呼び出すまだ見ぬスーパーロボット、戦国武将ダイショーグンだ。
建造にも整備にも人の手を入れた事の無い、完全なSワールド製のロボット。過去に1度だけの戦闘実績があるだけで、まだまだ謎が多い代物だ。
……そういえば、オレはなんでこんな怪しげなロボットを選んだんだろう? いくら3機編成で提示された物の中でも強そうとはいえ、もっと堅実なロボットもあったんだ。何よりこんな不確かなものはこの人は好きじゃないのに。彼の性格に合わな――――
「ばぁか! そっちじゃねえ! こいつに全周囲モニターなんて付けられるか!」
「きゃっ。…?」
「っ!? す、すまん嬢ちゃん! おめえを怒鳴ったわけじゃねえ」
「――――え、あ、ああ。いいんだ、驚いただけ」
《どったの低ちゃん? あんなことで悲鳴なんて》
(……深く考え事してたんだよ。悲鳴は――――悲鳴はたぶん女の体になったせいだろ。女は本当に無意識に悲鳴を上げちまうもんなんだな)
ヤベエな。長いこと女の体でいるせいか、心と体が馴染みだしたのかもしれん。最初の頃に危惧したように、脳も女仕様になってるせいで男だった頃の反応と齟齬が出始めているんじゃないか?
「そ、そうか。しかし意外というか、おまえさんでもあんなかわいい声を出すんじゃなぁ……」
「整備長ぉー、それセクハラ発言っスよ」
珍しいものを見たようなしみじみした物言いの爺に向けて、フォークリフトを操作していた整備のガキがひょこりと顔を向けてツッコんでくる。
「うるせえぞアルッ! おめえはさっさとその荷物片してこい!」
操縦棹から離した自分の手を見る。記憶の中にある前のオレの手とは似ても似つかない、小さく白い手を。
オレは――――オレはあと何回、個人を保ってリスタートできるんだろう?




