スポコン開始? アニメの走り込みはシーン尺かせ……特訓の王道!
いつも誤字脱字のご指摘をありがとうございます。またもえらい量がご報告いただけておりました。それまでの分を合わせて感謝回を書く段階と判断。よろしければお待ちくださいませ。
<放送中>
発作的に吐き気を覚えて粘膜を焼くような感覚に喉を詰まらせる。昼にあれだけ食べなければよかったとひたすらに後悔しながら、初宮はつい足を緩めてしまった。
「ペースを守れっ!」
厳しい言葉と共にメガホンで尻を叩かれて、ほんの一瞬だけ速度を戻した少女であったが、いかんせん体のほうは長く付いてこなかった。
「由香! 立ちなさい! 走り切るまでは死体になっても休ませないわよ!」
もつれた足が言うことを聞かずに踏み出せなったことで、バタリと前に転倒した初宮。外のグラウンドという環境にも関わらず、このまま恥も外聞もなく意識を失いたいほどの疲労に溶けてしまいそうだった。
「たまちゃんにはずいぶん甘やかされていたようね! それでトレーニングと言えるレベル!? 恥を知りなさい!」
たまちゃんという単語が耳に入った瞬間、諦観に飲まれかけていた初宮の意識に再び火が灯る。乳酸で焼けるような気分の足腰を奮い立たせて立ち上がると、少女はフラフラになりながらも足を動かし始めた。
「うわ……教官もいきなり酷だなぁ」
訓練開始から1時間。もはや死に体となった初宮由香を相手に、なおもトレーニングウェア姿の天野和美が付きっきりで尻を叩き続ける姿を眺めて、クールダウン中の花代ミズキは過去の自分もされた洗礼ともいえるシゴキを思い出して顔をしかめた。
「思った以上に情けなくて、ちょっと失望してるから余計に力が入ってるんでしょ」
同じくノルマをこなし終わっていたベルフラウ・勝鬨がやや冷めた目つきでトラックを回る初宮を眺める。
一般層において玉鍵たまのチームメイトを務めていた一人、初宮由香。
過去にブレイガーチームとして玉鍵と共にSRキラーの超大型宇宙戦艦マゼランを撃破したパイロットのひとりとして、一般層のパイロットでありながらエリート層に属するサイタマ基地でも名前程度は幾度か聞かれた少女である。
あの玉鍵たまのチームメイト。それだけで人々に注目されるのは当然な流れであり、同時に興味を持って調べることで得られる彼女のプロフィールに、まるで騙されたような気分で失望するまでがワンセットであろう。
初宮由香はこれまでの実戦において別段と活躍したわけでもなく、シミュレーターの戦績も凡庸の一言。
否、ベルフラウに限らず記録されている映像と戦績を他人が見る限り、並以下の実力という他は無かった。
その事実を裏付けるように訓練教官の天野に課されたマラソンで、周回数の半分に満たないうちからトラックでヘバる姿を見せられてはベルフラウも乾いた笑いしか出てこない。
相手の価値によって付き合い方を変える性格のベルフラウにとって、初宮は今のところ『玉鍵の友人』以上の価値を見出せない相手だった。
「…ま、……まあ……見た目から……なんと、なく……分かってたっ……スけど、ねっ」
こちらにも息を切らしてゼイゼイ言っている少女がひとり。汗だくでもなんとか2人の会話に入ってきたのは2年の春日部つみきだった。
つみきが授業以外で行われる天野の特別訓練に参加するようになったのは最近の事であり、ベルフラウたちにとって少し前まではつみきが初宮のポジションであった。
「喋らずに息を整えないと後が辛いですよ、先輩」
「……きっ、……キツイ、なぁ」
つみき自身はATの選手として、かつてのバトルファイト部の連中よりもずっと真面目に体力作りを行ってきたつもりである。
だがSワールドパイロットの訓練教官たる天野和美がパイロットを目指すつみきに課した訓練メニューには、とてもついていけなかった程度でしかなかった。
つみきが命賭けの戦いに挑む者たちとの差を痛感したのは言うまでもなく、今も同じメニューをこなしながらつみきより早くノルマを終えた3人を前に、あの玉鍵とそこそこに戦えたという密かな自慢は吹き飛んでしまった。
……それでもかなり早い段階でノルマをこなせるようになってきたのだから、つみきが自主的に行ってきた体力作りは決して無駄ではなく、日ごろの訓練の成果は出たと言えるだろう。
「あれでよくタマのチームメイトと言えたもんだわ。ただのお荷物じゃない」
無意識に出そうになった舌打ちを我慢しながらアスカが毒を吐く。
基礎体力も基礎筋力も明らかに不十分。搭乗するロボットによっては敵との交戦中に機体の挙動からくる負荷に耐えられずあっさり失神するか、ごく短時間で体力切れを起こして気を失うだろう。
そう、そうでなくてはおかしい。あんな素人に毛が生えた程度のパイロットでは。
(……気を失うはずなのよ。あんなポンコツ女じゃ。なのにゼッターのシミュレーションでは失神しなかった……おかしくない?)
ゼッターの合体シミュレーションはアスカでさえ面食らうほどの滅茶苦茶な難度だった。あれでさえ実機より負荷はマイルドというのだから、とても半人前が操れるものではない。
事実、アスカでさえ終始機体のパワーに振り回され気味で合体がままならなかったのだから。
それでももうひとつの課題として出された編隊飛行だけはどうにかスマートに出来たのは、日ごろからミズキとベルフラウという同門の弟子との訓練で連携を学んでいたことと、アスカの先頭に玉鍵機というこれ以上ない手本がいたからである。
しかしことマニュアル合体となると自分の技量に頼るしかなく、結果は散々たるもの。アスカはシミュレーター試験を指示した天野から不合格の烙印を押されてしまっている。
対して初宮は編隊飛行の課題がままならず、速度維持もできずに先頭機を追い抜いてしまうオーバーシュート程度は可愛いもので、酷いときには旋回の拍子にアスカ機や玉鍵機に激突するというミスを犯している。
だがその一方で合体の成功率はアスカを大きく引き離しており、当人が言うように玉鍵の呼吸が分かっているのが見て取れてアスカは無駄に額の血管がピキピキと動くのを感じることになる。
――――そして今ひとつ、あのときは興奮していて考えもしなかったが、アスカはシミュレーション時に奇妙な違和感を初宮に感じていた。
すなわち、妙に負荷に強い。体つきから分かる通りまるで鍛えていないにも関わらず、初宮はシミュレーターによって再現された負荷に耐え切っていた。録画されている訓練映像で見る限り、アスカのほうが苦しそうでさえある。
(見かけよりタフってことかしら? ま、飢餓には強そうだけど)
疲労と酸欠によって走行フォームどころか姿勢さえ崩れ切って、もはや尻を叩かれても歩くようなペースでしか走れない少女が最後の1周に入る。
自分よりも明らかに膨らみのある初宮のジャージの胸元をジトリと睨みつけると、アスカは時計に目をやり次のメニューに移ることにした。
アスカが新たに加えたのはゼッターガーディアンのシミュレーションである。
すでに訓練を積めばなんとかなるという手応えだけは感じているものの、その訓練をする理由が自分の前から消えてしまったのは酷い皮肉であろう。
(タマめ……あんたもあんたよ。一般なんかに居残ってないで、さっさとサイタマに帰ってくればいいじゃないっ!)
急に初宮が抜けてちょっとギクシャクしてる感じがある2人を見て、ちょいと結束を固めようと考え向井に夕食をうちの寮で食わないかと誘ってみた。
というのは半分建前で、明日の差し入れに考えているメニューがめんどくさいから人手が欲しいんだわ。バイト代は夕飯ってことで頼まぁ。
「りょ、了解。応援に向かうっ」
「んー、別にいいけど。向井君、前みたいな恰好はやめてよね?」
「分かってる! あれに関してはもう言わないでくれ!」
ちょっと夏堀が嫌がるかと思ったらわりとすんなりOKが出た。夏堀なりに今のチームの状態に思う事があるんだろう。
むしろ向井の方が動揺気味というか、女の家ってやつに身構えてるのが思春期の坊主らしい。見てるこっちが恥ずかしくなるっての。
CARSに初乗車した向井が変に感動してたのもおかしかった。男はわりと車とか単車とか好きなやつが多いが、向井もそのクチらしいな。
基地で買ってきた食材を前に、キッチンで2人にざっと指示をする。主に夏堀が力仕事。刃物を使うのは向井担当だ。
ピーラーでも怪我した夏堀に包丁だけは弄らせんぞ。以前コッペパンに切れ込みいれる作業でさえ危なっかしかったしな。
すること自体はいつもの通りだから慣れたもんだ。けど料理番組と違ってすぐ次の工程とはいかない作業も多い。手早く仕込んだ圧力鍋が鳴るのを待っていると、基地での実機確認の事が頭をよぎった。
(…………あんま強そうじゃなかったな)
わざわざ用意してもらっておいて何だが、地下の格納庫から整備用のハンガーに移されてきた実機の印象は、なーんか頼りねえロボットだった。
20メートル級という、3機による合体機構を持つロボットにしてはかなり小さいサイズの『スローニン』。
3機は残らず外見はまったくと言っていいほど違うが、基本はいずれも航空機タイプの分離機だ。
性能表を見る限りそこまで大きな差は無い。Sワールドらしい無茶なフォルムからくる空気抵抗を考慮すると、ちょっとは違いはありそうなもんだがなぁ。
《スローニンは繋ぎに近いロボットだしねぇ。特撮ヒーローの中間形態みたいな感じ? 作品によっては途中のほうが最終形態より強いのもあるケド》
(販促とスケジュールに悲しみを背負った、商戦ヒーローの話に例えるんじゃありません)
インパクト重視で強くしたぶん、使い辛い制限があるとかは創作のお約束だしな。
寿命が縮む、精神崩壊、破損。不便の何にも無い最終形態より、こういう制限があるからこそ絵的にカッコイイやつもあるってこったろう。
実際に自分で使うとなったらどれも遠慮したいがよ。
スローニンを構成するパーツ機は胴体を担当する『キングボルト』、頭部と腕になる『ジャックライダー』、脚部の『クィーンガーベラ』。こいつらが合体することで20メートル級ロボット『スローニン』となる。
ここでちょいと問題になるのは、スローニンのメインになるのはクィーンガーベラのパイロットということ。まあこれは後だ。
一番の問題はこの3機が合体することで完成するスローニンが、実のところ本命ではないということだろう。
「玉鍵さーん、お芋潰し終わったよぉー。これ結構しんどいねぇ……」
使っていたポテトマッシャーを杖のようにイモだらけのボウルの中に突いて、軽く休んでいる夏堀。家庭で作るとわりかし面倒なんだよな、コロッケって。手伝ってくれて助かるよ。
「ありがと(よ)。これにしっかり炒めておいたタマネギと牛そぼろを混ぜ込んで、塩コショウで下味を付ける。後は向井が切ってるチーズを中に仕込んでタネが完成だ。悪いがかなり数がいるから、引き続きこっちも手伝ってくれ」
ポテト潰しは力仕事だから野郎の向井のほうが良かったんだが、夏堀はまだ刃物の持ち方が危なっかしいのだ。手伝いのついでより一回時間取ってまじめに教えた方がいいだろう。怪我してからじゃ遅いからな。
「待て、せっかく切ったのにつまみ食いするな」
すでに腹が減っているらしい夏堀。向井が包丁で切っているチーズの一切れを勝手に摘まんで文句を言われてら。こいつらそこそこ仲良いよな。
チーム内恋愛は正直勘弁してほしいところだが、本能全開になりがちの若いやつにそんなこと言ってもなぁ。なるようにしかならんだろう。
「チーズ入りコロッケかぁ。まさにカロリー爆弾って感じ」
「別にカロリーは悪役じゃないぞ。摂取分消費しないのが悪い」
飽食の時代はカロリーオフとか謳ってる商品をありがたがってたようだがな。食糧難の今では貧困層になるほどカロリー総量が正義だ。それこそ栄養バランスより優先しなくゃいけないくらいによ。
幸いオレはパイロットで稼いでるほうだし、食材の買い付けも優先権があるから選り好みだってできるがね。
一般層でも貧乏人はフードパウダーまみれの食い物かじって凌がにゃならんから厳しいもんさ。
第二もサイタマに倣って業突く張りの大日本から離脱したとはいえ、都民の生活が上向くのはまだ先の話だろう。
「たませんせぇ! 私、今日もカロリーメッチャ消費しましたっ!」
「だれが先生(だ)。味見代わりに夕飯の一皿に加えるよ」
「イェーッ!」
《若い体を持て余す欲求不満な女生徒を淫靡に誘う、背徳の女教師たま先生の手口とは?》
(煽り文句のセンスが古いぞスーツちゃん)
2週間ぶりに戻って来たら、整備のガキどもが信じがたいほど干上がってたからな。とにもかくにもカロリーブチ込んでやらんと倒れちまうぞ、ありゃ。
……気のせいか、爺も微妙にやつれてたしよ。労働が過酷すぎなんじゃねえの?
初めはオレの持ってきたゼッターGと、前からあるガンドールのダブル整備で大変なのかと焦ったが、それだとやつれる時間軸が合わない。オレのいない2週間の間になんかあったんだろうな。
ガキ共のほうはもしかしたらパイロット不在の整備士として、別ントコに駆り出されたあげくに体よく酷使されたのかもしれん。
整備長の爺の忙しさはいつものことだが、前に臨時で長官兼任とか無理したツケが今頃出てきたとも考えられる。
このへんの事情、長官ねーちゃん辺りと一度話つけたほうがいいかもしれんな――――まあ、うん。あいつらに倒れられたらパイロットのオレが一番困るんだからよ。他意は無え。
「このサイズで手の平に乗せて、チーズを中に仕込んだらまとめてくれ」
2人に見本を見せて衣付けの要領までを教えておく。フライヤーの温度がいい感じになったら順次揚げていくぞ。
「夏堀、サイズが大きいぞ」
「向井君は形が悪いじゃん」
「商品じゃないんだ、多少適当でもいい。チーズだけ気を付けてくれ。外に出てると衣から溶けて出てくる」
《全部揚げるの? ちょっとしたお店レベルじゃのぅ》
(まさか。タネにしたら冷しておくさ。今日食べるぶんだけだよ)
差し入れ分は明日に揚げる。どのみち届ける頃には衣がしなってるだろうが、そこまでは気にしてらんねえわ。一応、冷めてもパリッとしてる衣に作ってるがよ。
(人様の差し入れは降ってわいた幸運と思って、文句言わずにありがたく食ってほしいね)
《なお食べたぶんは働かせる模様》
(ははっ、先行投資ってことで。ああ、降ってわいたと言えば爺はブレイガーに似てると言ってたが、むしろダイショーグンのほうがキワモノだろ――――ロボット丸ごとSワールド側に頼るってどういうことだよ)
それこそ、降ってわいたものに頼るようなシステムじゃん。
《戦国武将ダイショーグン。世界初の『Sワールドから召喚する』スーパーロボット。現実と行き来するのはあくまでスローニンだけで、ダイショーグンは出撃のつどSワールドのいずこからか現れるという、謎多きロマン溢れるロボットでっス》
ダイショーグンというロボットは、人類側の開発リストに存在しない。
スーパーロボットとして建造されたのはあくまで20メートル級のスローニンだけであり、この50メートル級のダイショーグンとやらはカタログに影も形も無いのだ。
パイロットはスローニンでSワールドに突入したのち、このダイショーグンという所属の明らかでない謎のロボットを『呼び出す』のである。
(意味が分からない。つまりダイショーグンは何なんだ? 作ってないロボットがなんで来る?)
ブレイガーのオプションにあるブレイキャノンのように、基地側から追加支援として放たれるアイテムってのも、ロボットによっては存在する。
けどそれだって建造棟で開発されて、おのおのの基地に搬入されているからカタパルトで飛ばせるんだ。存在しないのにどっからやって来んだよそのロボット。
《この辺りはブレイガーより、むしろガンドールに使われてる仕組みが近いかナ? 必殺技の》
(44Finishか? ……ああ、あんとき出てくる手と銃か)
銃撃巨弾ガンドール。あのロボットの必殺技と言っていい装備に、それぞれの分離機に分解格納された1丁のハンドガン、『44マグナム』がある。
この銃を使って放つのが44Finishって攻撃なんだが、ガンドールが手にする組み上げられたハンドガン、これ自体は攻撃手段ではない。
ガンドール44Finish。
その真価は鋼鉄の巨人が44マグナムを手にしたとき、時空の彼方から現れる。
突如フィールドを覆う暗黒の雷雲を抜けて顕現するのは、50メートル級を誇るガンドールの全高とまったく同じサイズの、『ロボットの手の平』。
そんなガンドールそっくりのマニピュレーターに握られた―――――超巨大なハンドガンだ。
手の先があるのかどうかは知らないが、パーツのサイズから分かるその巨大っぷりは、超弩級とされるザンバスターさえお呼びがつかない。
どの国、どの都市だってあんなバカが付くレベルの巨人を建造してるわけがない。もちろんその手が握っているハンドガンだって。
それなのにあの手と銃はガンドールの呼び出しに応じて姿を現し、狙った敵をウルトラサイズの銃弾で木っ端みじんにするのだ。
(召喚型、か。便利そうでもあんまり聞かないってことは問題があるんだろう?)
運用するサイズ以上の兵器をノーコスト・ノーリスクで使えるならもっと広まってるはずだ。けど実数として召喚型は数がとても少ない。
……つまり数は少ないが、申し訳程度に建造されるくらいにはどうにか問題と折り合いがついているってことでもあるんだろう。
《YES。まず建造自体がうまくいかないことが多いみたい。開発者の脳内でちゃんとしたイメージが固まらないのが原因じゃ》
(プリマテリアルの精製はフワッとしたイメージじゃダメなんだってな。巨大ロボットってスペースファンタジーなりに、そこそこ理屈が通ってないとうまくいかないとかなんとか聞いた)
《必要なのは夢見る空想力と、それをまあまあリアルに落とし込む説得力サ。いわゆる大きなお友達には簡単ジャロ?》
(あー、ちょっと学のある設定魔のオタクが向いてるって事でOK?)
《半分正解。学の部分とオタク気質の配合バランスは難しいけどナ。でも一番大事なのは『空想を現実のように想像できる頭脳』だぜぃ》
プリマテリアルって物質は好きな事になると早口になる感じの、めんどくさいオタクみたいな性質があるのかよ。クセの強い物質だなぁ。
(オタクというより、空想と現実の区別がついてないヤベーのが得意そうだな)
《それは逆。区別がついてなかったらただの個人の妄想だよ。あくまで『イメージを現実に近付ける』確固たる意志が必要なのサ》
(……違いがよくわかんねえ。まあいいや、要約すると建造し辛いから数が無いってこったな? なら一度うまく出来たものをベースに何機か追加生産出来ないもんかね?)
《開発者の性格じゃない? 1機作れたらもう満足しちゃって、国が命令しても同じのは飽きたから作りたくない、とか言ってそう》
(開発者の適性聞く限り、国の顔色なんか気にしないめんどくさそうな人間ばっかの気配はあるもんなぁ)
っと、圧力釜の方もぼちぼち良い感じか。初めはおっかなびっくりだったが慣れると便利なもんだぜ。
「即席ビーフシチューで悪いな。柔らかいのは保証するよ」
圧力抜いて蓋を開ければ、強引にうまみを閉じ込めた肉と野菜のシチューのお披露目だ。ここからルーを整えて味を馴染ませればビーフシチューとしてそれっぽくなるだろう。
《今晩のメニューは麗しのBeefStew》
(なんで流ちょうに発音した?)
《そして揚げたてのCroquetteに、手作りドレッシングをかけたFruitSalad。付け合わせは上質のバター香るPan》
(パンはBreadな)
《……PAN!》
(力技で通そうとするな)
「即席ってほどには簡単じゃないでしょ。料理って大変だなぁ」
「ビーフ……またずいぶん高い肉を使った食事だ」
向井の言う通り、自分で買っておいてグラム表記の値段見て『はっ?』って言いそうになったわ。差し入れのコロッケにクズ肉入れるのさえ躊躇うレベルってどういうこっちゃ。
元からクソ高いってのもあるが、税率の問題で地表より一般のほうが物価が高いのもあるだろう。サイタマで買い物した時は逆に安くて驚いたもんな。この辺の不平等も赤毛ねーちゃんには解消してほしいもんだ。
「2人には手伝ってもらったから代金は取らないよ」
食器棚に仕舞ってある皿をテーブルに並べていくと、ふと個人用のスプーンが目についた。
……ちゃんと飯食ってるかね、あの食いしん坊どもは。
<放送中>
「ちょっと! レトルトのチャーハンとか手抜きしないでよ!」
「じゃあフロイトさんも手伝ってよ! こっちは足がプルプルして立ってられないの!」
その日、ギャアギャア言い合いながら夕食の支度をした2人の少女は、やはりギャアギャアと言い合いながら賑やかに食事をしていた。
そんなお互いに遠慮の無い言い合いや素振りを見て、本気のケンカしたばかりだからと心配して様子を見に来ていた天野は、『この子たち意外にウマが合うのでは?』と首を捻りつつご相伴に預かるのだった。




