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玉鍵たま、ついに着装!? 新型パイロットスーツ! ……の前日談(実装は未定です)

懲りない大量の誤字脱字をご指摘くださる皆様方、この書き物に貴方の労力を割いて下さり本当にありがとうございます。そんなみなさんに私がお礼をするとなると、やはりキーボードをポチポチするしかできません。


お礼とお詫びに一話あげさせていただきます。またも書き上げたお詫び回。よければご賞味くださいませ。


※性質上、読まなくても本編に影響はありません。また、誤字脱字機能で教えてくださるなろうの皆様へのお礼なので、今回もカクヨム側にはあげておりません。

<放送中>


「たまちゃんにパイロットスーツを着せたいの」


 ちょっとした雑談の後で天野和美が口にした話題は、提案した本人が考えている以上に場を騒然とさせた。


 ここはサイタマ基地にあるラング・フロイト用の一室。場合によってはS関係でも直接指揮を執ることになる彼女は、個人で長官クラスの豪華な部屋を持っており、今日はここで若くしてラング派へと入った少女たちのため、ささやかながら歓迎会を開いていた。


 とはいえ歓迎する相手ではなく、この中で一番忙しいラングのスケジュールに合わせて開かれているのはご愛敬だろう。そもそも辣腕の彼女でなければ数分の時間さえとれない仕事量なのだから。


「無理じゃない? あいつ前に私が選んだスーツだって着なかったもん」


 今日のために用意されたのは、サイタマの老舗として名高く、庶民ではパイロットでもそうそう手が出ない名店の菓子類。


 そしてメインは何といっても、Sワールド産の高級茶葉で淹れた紅茶である。それはとうに地表で死滅したはずの銘柄であり、今の人類では戦果報酬として獲得するしか入手する手段の無い、非常に貴重な嗜好品であった。


「何が何でもあの白ジャージなのよね。意外とゲン担ぎとかかしら? 初出撃からずっとそうみたいだし」


 アスカ・フロイト・敷島は、そのフルーツのような厚みのある甘い香りをまだ痛む腫れぼったい鼻で楽しみながら、やや不機嫌にそう続けてた。


 玉鍵たまとペアを組むことになった際、アスカは鼻息荒く自分とお揃いのパイロットスーツを彼女に着せようとした。


 しかし玉鍵はこれを頑なに固辞し、すでに地表でも彼女のトレードマークとなっている白いジャージ姿で出撃している。


 その玉鍵はここにいない。極度の疲労と脱水症状からくる体調不良で、ラングの家に用意された自室で静養している。


 アスカだって本来はこんな集まりなど参加せず、玉鍵のケアのために傍にいたかった。しかしその当人から『ひとりで気兼ねなくグッスリ寝たい』と言われて、数時間程度ならと天野呼びかけのこの集まりに参加することにしたのである。


 あのとき助けに行ったのはアスカたちとは言え、ミズキとベルフラウのコンビには最後の最後で助けられてもいる。その礼の意味もあった。


「あー、TOP・ACEスーツっスよね? たまさんが着たら……周りがすごいことになりそう。いや、似合う似合わないの話ならスゲー似合いそうっスけど。ほぼ戦女神? ううん、神はいないんだから正義の味方? ヒーローっスかね?」


 やや不機嫌そうなアスカに臆することなく、可愛らしいシュシュを付けた手をヒラヒラさせて春日部つみきが話題をインターセプトする。


 以前は銀河派に与していたと思われていたつみきだが、実際はバトルファイト部の健全化を目的として、織姫たちの横暴に彼女らの卒業まで耐えていただけだった。


 内実の実績によってそれを証明した彼女は晴れてフロイト派へと参入が許され、ミズキとベルフラウと共に祝おうとまとめて呼ばれていたのである。


 そんな祝われる側のつみきだが、ここに玉鍵がいないことを内心ガッカリしているのはおくびにも出さない。疑り深く陰湿な織姫たちを騙し通したつみきのギャルスマイルは、中学生にしてもはや名人芸の域に達していた。


 なお彼女はミソの付き過ぎたバトルファイト部に完全に見切りをつけ、新たに『AT部』という別の部活を立ちあげている。


 活動内容はバトルファイト部と同様のスポーツAT。


 ただし、スポーツを勘違いしていた彦星アタルのために濁り切ってしまったバトルファイト部と違い、玉鍵がそうしたようにフェアプレイを推奨している。また部活動内でのシゴキやイジメは、これを徹底して排除するつもりだった。


 あの戦いで見た玉鍵たまの輝きを、つみきは絶対に汚すつもりはない。


 とはいえ部員集めはまだまだ芳しくなく、今は過去にバトルファイト部を離れていったまともなメンバーを呼び寄せている最中である。そのため、広告塔として幽霊部員でもいいので玉鍵に入部してほしいと考えていた。


 今日のお呼ばれでその取っ掛かりを見つけられればよかったのにと、つみきは張り付けた笑顔の裏で残念がっていた。


「あんたもどう? AT用の市販スーツじゃ不安でしょ? S製にしちゃ安いけど性能は悪くないわよ」


 実はつみきはパイロット教官の天野に願い出て、パイロットの資格をとるために勉強中である。


 というのも、立ち上げたばかりのAT部は圧倒的に機材不足であり同好会の域を出ていない。ここから部費を捻出するには学園の施しを待つのではなく、まず自分で稼いだ部費でやりくりし、大会などで実績を作ったほうが申請が通しやすいと考えていた。


 もはや有って無いが如きのバトルファイト部とはいえ、すでに予算は使われてしまっていて、そこそこの用途不明金と共に消えていた。


 なお、それに関してはさすがに親が金持ちだった(・・・)織姫や彦星の犯行ではなく、素行の悪い別の部員の持ち出しであった。


 彼らの罪状は未成年相手とは思えないほど露骨に世間に晒す形で暴かれ、今は件の生徒たちは学園に来ていない。


 その淡々とした調査と追及には、お咎めなしを得たつみきでさえ薄ら寒くなるほどである。


 なんでも、地表には一切しがらみのない非情に優秀で冷淡なエージェントを招聘しているらしかった。


 それはともかく、つみきとしても今さらあの悪徳の掃き溜めのような部室から、PR溶液の一滴でさえ持っていきたくも無かった。あまりにゲンが悪すぎる。


 織姫たちに虐げられた生徒たちと、不正をされて試合に敗れた他校の生徒。そして当の織姫たちの呪いでも掛かっていそうで、とてもじゃないが触りたくない。


 ちなみに織姫家と彦星家は、二家揃って底辺落ちするとの噂が学園中に飛び交っている。


 エリート層からでも底辺落ちする事はある。しかし重犯罪など、よほど(・・・)でなければ一般層を経由せず、即座に底辺行きという話にはならないのが普通。


 つまり、よほどの事(そういうこと)


 少なからず織姫たちの現場(・・)を見てきたつみきは、誰よりもこの判断に納得している。


 むしろ国の対応は遅すぎなのだ。彼らが野放しになっていた時間でどれだけの人々が苦しめられたか。その一端しか知らないつみきでさえ反吐が出る思いなのだから。


「いやー、あーしにはちょっと、その、露出が。ATスーツとは真逆じゃないっスかー」


「……あんた、見た目より安くないのね」


 つみきたちAT乗りが使うスーツは全身を覆うスタイル。その気密性は確かで、ヘルメットと酸素ボンベがあれば簡易宇宙服としても機能するほどのものだ。これはS由来の技術を使わずに作られたスーツとしてはかなり優秀な部類に入る。


 もちろん肌が大きく露出していようと高熱・低温・衝撃・有害な物質の影響など、あらゆる危険を人体に及ぼすことのないS由来のパイロットスーツが比較対象となると、性能は比べるべくもないのだが。


 それでもあの野暮ったいほどストイックなデザインを、つみきは存外気に入っている。


 それに今でこそ慣れたものの、つみきのこのギャルギャルしい恰好は初めかなり勇気を振り絞ったものだった。実家がラーメン屋ということに生活臭的なダサさを感じる思春期の少女としての、せめてもの抵抗である。


「玉鍵さんもあまり肌が出る服は好みじゃないみたいです。特にレオタードタイプとか、足や股がくっきり見える感じのは嫌みたい」


 これに続いたのはベルフラウ・勝鬨(かちどき)。メンバーの中では玉鍵と一番初期から交流を試みた自負があり、彼女の好き嫌いを知っていると暗にアスカへアピールしていく。


 そのアスカはケンカを売られていることに気付くと、『奪えるものなら奪ってみろ』というように不敵に笑んだ。そしてやはり鼻が痛くなり顔をしかめた。


「でもフルスキンのパイロットスーツも着ないんでしょ? あれはあれで体のラインがハッキリ出るから思ったより恥ずかしいけどさ」


 カップを持っていない手を胸元に掲げ、首から下へ降ろすことでフルスキンのパイロットスーツを現したのは花代ミズキ。


 パイロットスーツの中には極力肌を晒さないタイプもある。こういった全身を覆うタイプはとにかく着難い、脱ぎ難いという難点があるものの、筋力補助や耐G能力といった副次的な便利機能を持つものが多い。


 非常に高価という一大欠点があるものの、家が比較的裕福なパイロットからは一定の支持があった。


「タマがアレ着たら柱みたいにスットンよ。あいつマジで胸だけは無いからね……それ以外は完璧なのに」


 おどけたアスカが自分の胸の前で手を垂直に上下させる仕草に、思わず全員が苦笑する。


 同性さえ見惚れる容姿を持つ玉鍵。しかし身長と胸の大きさだけは同年代の並み以下なのだ。


 玉鍵たまという少女はその強者の気配から身長以上に大きく見えるが、実際の背丈は150センチピタリ。実はこの場の誰より小さい。


 そして胸のほうは万人から一貫して、『ぺったんこ』と認識されている。


 ちなみに玉鍵本人は胸以上に身長を気にしているようで、背伸びしないと届かない物にコンプレックスを抱いている様子が伺えた。


 前に学園の短いスカートを気にしながらその場で軽やかに垂直ジャンプするさまを見て、アスカは己の中にもあるらしい母性のようなものを刺激されてしまい、ちょっと困りつつも隠れて眺めてしまっている。


 なお決して、見えそうで見えない玉鍵のスカートの中が気になるわけではない。決して。


「アスカと大して違わないバストの話はともかく、どんなパイロットスーツなら着てくれるかしらね?」


 フフンと、姪っ子を小馬鹿にする空気でラングが己のタプンッとした豊かな胸を強調し、陰口気味になったアスカにお灸を据える。


「そうなのよねぇ。胸なんてアスカでもさして目立たないんだし、気にしないでいいのに」


 さらに天野も加わり、張りを保ったままの美しいラインを持つ胸をこれみよがしに張る。なおベルフラウがその4つの曲線に数秒呼吸を止めたが、誰も突っ込む役はいない。


 もちろんアスカにとっては今の言葉程度は軽口くらいのもので、玉鍵を馬鹿にする気はまったく無いと二人は知っていた。


 しかし、当人には軽口でも傷つく者はいる。


 ここにいない友人、今は一般層で長官として奮闘している高屋敷法子を思い浮かべて、ラングと天野はいつか救えなかった友人の敵討ちをしたような気分になっていた。


「タマよりは遥かにあるわよ! このおっぱいお化けども!」


 キィッと癇癪を起こし、以前より艶の良くなったツインテールを揺らす少女に二人の大人たちは勝ち誇って話を続ける。


「私としてはやっぱりTOP・ACEスーツを推したいんだけどね」


 天野がもはや信仰心さえ持って推す『TOP・ACEスーツ』は現役時代にラングや天野、そして法子も着用していたトップスーツを前身として再開発された、実績十分のパイロットスーツである。


 性能がよく値段もリーズナブルという優秀なスーツで、天野とラングにとっても思い出深く、実際に最後まで身を守ってくれたという確固たる実績がある。


 ……当時もそのデザインが一部で取り沙汰されたものの、最終的には現在でも後継モデルが作られているほどの名品である。


 TOP・ACEスーツもいわゆるハイレグに分類される前身モデルのデザインをそのまま踏襲しており、内側にインナーを付ける必要が無いよう、胸などの局所は特殊繊維でパッドなどの当て布がされている。


 これが地味ながら重要な点で、戦闘中に下着などがズレてしまうと不快なうえに布ずれの原因になるのだ。特に女子パイロットは男子に比べて総じて肌が繊細ということもあり、布ずれによる肌へのダメージ対策は必須であった。


 これらを外から見えない形でクリアしたTOP・ACEスーツはデザインのわりに着心地は非常に快適で、慣れてしまえばその際どさもそこまで気になるものでもないというのが、現場のパイロットたちの総評である。


 ――――ただこのパイロットの感覚は、少なからず麻痺(・・)した者が口にする意見であることを、この場の約1名は感じながら最後まで沈黙した。


 なにせ春日部つみき以外のこの場全員、TOP系スーツの着用者なのだ。ここで変に声を上げたら5対1で自分も着る流れになるかもしれないと、つみきは笑顔を張り付けて気配を殺す。


 恰好こそギャルではあるが、これはあくまで実家のラーメン屋のイメージから脱却したくて始めたもの。別に際どい衣装を好き好んで着たいわけではない。


「いっそのこと、タマ用の新スーツとして開発するのも悪くないんじゃないかしら。あの子用ならすぐ国の予算も降りるし、服飾メーカーにデザインを公募したら一流どころからアホみたいな数の手が上がるはずよ」


 玉鍵は世界が認めるワールドエース。専用装備のひとつやふたつ、国は喜んで認可するだろう。むしろ国が率先して贈るぐらいの気持ちでいいぐらいだ。


 冗談でなく冷遇なぞしていたら、別の国が玉鍵の囲い込みに動くかもしれないのだ。それを防ぐためにも目に見える形で厚く遇する必要がある。あの少女には間違いなくそれだけの価値があるのだから。


「…そんな大げさにしたら嫌がられませんか? 玉鍵さんは前に芸能界入りを拒んだって聞いてますし、広告塔みたいな扱いになりそうなら断るかも」


 当然のごとくその容姿から注目を集めた玉鍵であったが、学業とパイロット業に注力したいと芸能界入りは完全に断っている。


 情報通の花代が聞くところによると『一般層では断ったが、エリート層ならあるいは』と思っていた芸能関係者の落胆は大きかったらしい。


 ゴホッ、と。菓子を食べていたつみきから小さい咳が漏れたが、本当に小さかったので全員とりあえずスルーする。菓子の欠片が喉に絡むくらいは誰にでもあると考えて。


「そうね、公募までしたら引っ込みがつかないわ」


 重要なのは玉鍵の安全のためにパイロットスーツを着せることであり、それ以外の話は提案者の天野には不要な話である。


 天野和美が玉鍵たまにパイロットスーツを着せたいのは、頑張りすぎる彼女が常に過酷な戦いに身を投じざるを得ないことを案じているから。


 そもそもSワールド由来のスーツどころか、碌に耐G性能も持たないジャージで戦いに赴くなど本来ならば狂気の沙汰なのだ。仮に玉鍵の実力と戦果が無かったなら、天野は殴ってでも彼女にパイロットスーツを身に着けさせていただろう。


「えっと、じゃあたまさんにどんなスーツデザインなら妥協するか聞くっていうのは?」


「「「「「それじゃサプライズにならないでしょ?」」」」」


「そ……っスね。あはは」


 こりゃダメだ。内心でそう溜息をついたつみきを他所に、同じ感性を持つ2人と、その教えをしっかり受け継いだ3名による似た者同士の闇鍋のような宴が開幕する。


 あーでもないこーでもないと、ラングの付き合える時間ギリギリまで言い合い、ついには『もうこの場にいる私たちでデザイン起こさね?』という暴言まで飛び出す始末。


 古今東西の煮詰まった会議がそうであるように、どこかおかしなテンションとなった彼女たちは思い思いの『玉鍵に似合うパイロットスーツ案』をテキスト、イラスト、3Dモデルとして書き加えていく。


「ベースカラーはやっぱりホワイトよね」


「白はいいとして差し色は欲しいわ。白なら大抵の色と親和性があるわよ」


「たまちゃんの黒髪なら赤が映えるんだけど、それだとトップスーツと被っちゃうか。他にもう1色くらいほしいかも」


「トリコロールはちょっと派手じゃないですか? 白黒のモノトーンにもう1色くらいで」


「色より形状が問題かな。うーん、つまるところVゾーンとか胸が恥ずかしいんでしょ? そこにアンダーで1枚加えればいいんじゃないかな」


「あまり重ねるとパイロットスーツとして意味ないじゃない。動き難いのは論外よ、アンダー補強は最小限でいいわ」


「あのー、なんか女の子の大事な部分に味海苔がついたみたいになってるっスよ? これじゃ余計に卑猥なんじゃないスかね」


「もちろんその辺はおかしくならないようデザインを落とし込むわよ。たまちゃんってペッタンコだから、リボンとか何かで胸元を盛ったほうがいいかしら」


「機能性のあるヘアアクセサリーとかも加えたいです。ほら、玉鍵さんの髪って長いじゃないですか。毎回コックピットやドアに巻き込みそうで怖いんですよね」


「あー、分かる。一応運動の時はポニテとかにしてるけど長過ぎなんだよね」


「でも切るのは…あの髪すっごくきれいッスよ」


「…確か軍需メーカーの生産で、軽量の物なら浮かせる素材がプリマテリアルで出来たのよ。それをアクセサリーに加工できないかしら」


「ならスーツ自体にも付けてみたいわ。スーツが軽ければそれだけ慣性緩和も少なくて済むし、タマも怪我もし難くなるはずよ」


「アスカ、コックピットから玉鍵さんを引っ張り出したとき泣いてたものね。タマが死んじゃうって」


「ホントに死にそうに見えたんだからしょうがないでしょ!? ミズキ、あんた一度ザンバスターに乗ってみなさいよ! 内臓ごと引っ繰り返るから!」


 女たちの会話は盛り上がる。それが当たり前の事と言えるなら、その者は幸せな境遇であると言えるだろう。


 いがみ、妬み、こき下ろすことなく、たった一人の友人のために全員が知恵を絞り合う。それはきっと、幸せな事。









「……なしてこうなったん?」


《訛るくらい嬉しいとは。よかったね低ちゃん、愛されてるヨン》


「そうじゃねえよ。訛るくらい純粋な疑問だよ」


 オレのベッドに届けられた新品のホログラフカードには、立体映像で表示された5分の1スケールのオレが映っている。オレ専用のパイロットスーツとやらを着て。


「なんだこのエロスーツ!?」


 白いハイレグというだけでもアレなのに、局所を申し訳程度にアンダーが覆っている。これじゃ逆に視線誘導してるだろッ。


 ……というかなんだこの黒い紐パン。


 アンダーじゃなくてただの黒いローライズじゃねーのかコレ。胸は胸で黒いビニールテープを一枚くっ付けたみたいにして、その、なんだ、突起(・・)のあるところまで細いアンダーラインが伸びている。厚みもなんの意味があるってレベルだ、むしろ強調されて余計恥ずかしいわ。


《えー? 露出はまあまあ少ないジャン》


「背後を見て同じことを言ってみろ。ケツがほぼ丸出しを露出少ないとは言わんっ」


 手足はアームカバーとニーソみたいな物で覆ってるクセに、二の腕と太ももはしっかり素肌を晒してやがる。そこまで行ったら最後まで布を伸ばせよ! 諦めんなよ!


《でもこれ、全部プリマテリアル製のかなり高価で高性能な品らしいよ? プロテクター部とかも動きを阻害しないよう可動部マシマシで、それでいてしっかり硬いし》


「動きの事を言うならブーツがハイヒール形状なのはおかしいだろ。なんだこの無駄なハイテクヒールは」


 しかもやたらヒールが高くてほぼつま先立ちじゃねーか。あれか、暗にオレが小さいことを揶揄してんのか? おぉん?


《高いヒールは女の子の憧れっ》


「いつの時代だ。それになんだよコレ? このエメラルドみたいな透明なヤツ。スーツのあっちこっちについてるクリアパーツはよ」


《重量軽減効果のある新素材だって。ちょっとだけど慣性制御も効くみたい。特にこのヘアアクセサリーは自動で髪を動かして、ドアとかに挟まらないよう動かしてくれるんだって》


「このでっかい星型のヤツゥ? 日曜の女子アニメでヒロインが全身にわんさとつけてそうなコレでぇ?」


 却下っ、却下だバカヤロウ。何がサプライズだ、ドッキリ通り越してドン引きしたわ! さすがにプリマテリアルを使うから着手前に確認してくれて助かったぜ。ただの布なら完成まで知らされずに突っ走られるところだった。


《デュフフフフww ついに年貢の納め時だネ。低ちゃんの愛されボディがジャージという楽園を追放される日が来たんだよ。さあみんなの愛と仁義の名の下に、いざ駆け脱げるとき!》


「字がおかしい!」


《レッツ、十字アウッ!!》


「データだけでまだ実物は来てねえよ! 勝手に脱げようとすんなぁーっ!」







<放送中>


「ただいま」


 アスカは小声で帰宅の挨拶をすると、そっと忍び込むように玄関に入った。当然これは玉鍵が寝ているかもしれないと思っての配慮である。


 基地内で改めて鼻の手当を受けたのち、外で営業しているキッチンカーから出来合いの夕食を買ってきたアスカ。

 彼女はひとまずリビングにそれらを置くと、すぐ玉鍵の部屋に近づこうとして急停止した。手洗いとうがいを忘れていることに気付いて洗面所に向かったのである。ただでさえ弱っている相手に雑菌を持っていったら風邪を引いてしまうと思い至ったのだ。


「って、タマ!? そんな恰好で何してんのよっ」


 洗面所と続いている構造のカーテンの開いた脱衣所には、下着姿の先客がいた。それはすっかりこの家にも馴染んだ玉鍵である。


 彼女はちょうど洗濯機に自分の寝巻を突っ込んでいた最中のようで、入ってきたアスカを見ると間が悪いところを見つかったように、少し恥ずかしそうにした。


(……こぉんのバカ、仕草も表情もいちいちクッソカワイイのやめてよねッ)


 下着姿で顔を赤らめる少女というシチュエーションに、同性のはずのアスカは自分でも謎の動揺をしつつ視線を逸らす。


 透き通るような美人の外見に見合わず可愛らしいデザインも好みなのか、今日の玉鍵の下着は小さな猫のイラストが散りばめられたパステルピンクの上下だった。


 しかし動揺しつつも何をしていたかは察しがつく。おそらく玉鍵は寝汗を吸ったパジャマを替える際、ついでに洗濯もしようとしたのだろう。アスカとラングで復調するまで家事なんかしなくていいと言ってあったというのに。


「そっちは私がやるわ。ボタンひとつ押せばいいだけなんだから大丈夫よ」


 制服やスーツなどはクリーニングに出すものの、さすがに家着程度は自宅で洗っている。それでもこの家のズボラな()住人たちは可能な限り面倒を省くため、家電にはかなり金をかけ最新機種を揃えていた。


 この洗濯機もスロットに洗剤等をセットし忘れなければ洗濯・乾燥までボタンひとつである。と言っても、ほんの5日ほど前はその洗剤を補充するスロットの開け方さえアスカは知らなかったのだが。


「あんたが好きそうなごはん買ってきたから食べましょ。……料理はまだ私には無理だけど、リンゴくらいなら剥いてあげるからさ」


「…ありがとう、アスカ」


 玉鍵の素直な感謝の言葉を受けて、まるでつたないお手伝いを母親に誉められた子供のように上機嫌になったアスカは、つい調子に乗ってしまい腰に手を当てて満足げにふんぞり返る。


「いいわよ。ほら、さっさとシャワー浴びてきなさい。ああ、そういえば送ったデータは見た? 早いとこ修正箇所を出しておいてよね。それだけ早く作れるんだから」


「………それについては後でじっくり話し合おう。洗濯物(・・・)が乾いた後にでも」


 体調がイマイチのせいだろう、少し陰のある響きになってしまった返事をすると玉鍵はシャワーを浴びるために下着に手をかける。


 そこでようやく裸同然の玉鍵を凝視していたことを思い出したアスカは慌てて脱衣所を出る。同性とはいえジロジロ見るものではないという常識を思い出して。


 そしてシャワーの水音が聞こえてきたところで再び脱衣所に入り、洗濯機を開ける。もちろん変な理由ではなく、容量に余裕がありそうなら他も洗ってしまおうと考えたのだ。


 チラリと、洗濯籠にきれいに入っている玉鍵の脱いだばかりの下着が目に入る。布地の裏が見えないよう、丁寧に畳まれたそれを前にアスカは頭を強く振って悟ったように()になることに努めた。


 女性物の下着はなるべく手洗いが基本。この家の洗濯機はグレードの高い最新機種の強みで繊細な物でも洗えるが、下着ひとつとっても下手な家電より高価な品を身に着けている玉鍵の私物をポンと乱暴に放り込むわけにはいかない。


 そもそも下着だ。相棒で同性のアスカにだって軽々に触られたくはないだろう。


「……って、なんてもんと一緒に突っ込んでるのよ」


 邪念を飛ばしたアスカが改めて洗濯槽を覗き込むと、そこにはトイレマットと一緒くたにされたパジャマが入っていた。


 あいつまだ本調子じゃないな、そう判断したアスカはトイレマットを除けて洗濯機のボタンを押した。


 ――――後日、アスカがかねてから狙っていたが限定品すぎて高倍率すぎる抽選となっていたブランドシューズが見事当選したのは別の話。

《待った、待ってって! いくらなんでもトイレマットと一緒はヒドクナイ!?  スーツちゃんは汚れもにおいもつかないスーパースーツなのにッ!》


「うるせえ! 不浄と煩悩も一緒に洗濯されちまえ、この変態ドスケベスーツが!」

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― 新着の感想 ―
[一言] アスカ、抽選に当たるなんて運が良いんだなー(棒) 共同生活のトイレマットを洗濯物と洗うのは……。 一人暮らしならやる人いるだろうね。 それでも一緒に洗うと公言しないわな。 まあ、スーツち…
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