愛のアダムスキー
青空に手を伸ばしてあたしは飛んだ。
すぐに体は戻って来て、運動靴は骨の音を立てて着地する。
「何やってんの」
わにゃにゃがタマゴハムサンドをむしゃつきながら言った。
金色の鳥の巣アタマに化粧の濃い顔が宇宙人に見えた。
あたしは答えた。
「届きそうだって、思って……」
「子供か!」
わにゃにゃはそう言うと、つまらなそうにまたサンドイッチを口に運ぶ。
校庭をパノラマ展望景色にしてお昼ご飯を食べているのはあたし達だけだった。正確にはあたしは食べていないのでわにゃにゃ1人だけだ。
「ねえ、ひとつあげようか?」
そう言いながらわにゃにゃがサンドイッチを差し出す。
「ありがとう。でも、あたしはもう授業中に食べちゃったから」
「嘘つけ。また捨てたんだろ」
誤魔化すように笑って、あたしは鉄棒めがけて走った。
くるりと回って足をかけると、スカートがひっくり返った傘のようになる。大丈夫、体操着穿いてますよ。
「ねー、ヒミコさー」
わにゃにゃがあたしの名前を呼んだ。
「そんなにお母さんのお弁当食べるのが嫌なの?」
「あれはお母さんなんかじゃないってば」
あたしは答えた。
「あたしのお母さんはアダムスキーなんだから」
「またそれかよ」
わにゃにゃは呆れたようにサンドイッチを貪った。
呆れながらいつもあたしの話につき合ってくれる。親友よ!
「いつかアダムスキーが空のむこうから、あたしを迎えに来てくれるんだよ」
あたしはいつもの話をまた繰り返した。
「あたしみたいに変わってる子は、間違いなく宇宙人なんだから」
「地球人だよ、あんたは」
わにゃにゃは言った。
「間違いなく地球人だ」
「でも、あたし、小説投稿サイトに小説投稿してるじゃん?」
「うん。あれもふつーだよ」
「でも、感想とかもらったら普通、めっちゃ嬉しいじゃん?」
「知らんけど、そうなんだろねー」
「あたしもめっちゃ嬉しいんだよ」
「だからふつーじゃん」
「でも、自分からは他人の作品に感想書けないんだよ、あたし」
「なんで?」
「あたしなんかに感想もらったら、もらった人がすっごく嫌な気持ちになって、不機嫌になって、バカなこと書いちゃったあたしのことを恨んで、何か言い返して来たら怖いなって思って」
「自意識過剰なだけじゃん」
「他人の考えてることなんてわからない。自分が感想貰ったら嬉しいからって、他人もそうだとは限らない。あたしは変わってるから嬉しいだけで、ほとんどの人は感想貰ったら死ぬほど嫌な気持ちになるのかもしれない」
「さっき『普通みんな嬉しい』って言ってたじゃん」
「本当はわかんないよ? 人間関係を円滑にするための嘘をみんな言ってるのかもしれない。嘘はほーべんとか言うでしょ? 『感想嬉しいです』なんて返信を見ても、目に見えてるものをそのまま信じてはいけない。その言葉の裏にあるものを感じれば、見えて来る。99%以上の人間は嘘つきだということが」
「ごめん。やっぱ、あんた変わってるわ」
「でしょ?」
わにゃにゃの言葉にあたしは有頂天になった。
「だから宇宙人なんだよ。いつかアダムスキーがあたしを迎えに来るの」
「アダムスキーって、UFOだよね? 誰が乗ってるの? やっぱ、あんたの本当のパパとママ?」
「ううん。フレディー・マーキュリーだよ」
「クイーンの? 故人じゃね?」
「その通り。クイーンの『Who wants to live forever』を高らかに歌い上げながら、あたしを迎えに来るんだよ」
「よくわからんな」
「『誰が永遠に生きることなど望むだろう』!?」
「あたしは望むよ。永遠の命、欲しいじゃん」
「なんで? 一生に一回しか死ねないんだよ? 死にたいじゃん」
「そんなこと言う人初めて見たわ」
「生きることはそれほどでもないけど、死ぬのはドラマチックなんだよ? どんなドラマチックな展開が自分を待ってるのか、わくわくしない? それが永遠にやって来ないなんて、つまらなすぎる」
「どうせおばあちゃんになって病院のベッドの上とかで平凡に死ぬんだよ。車に轢かれてミンチとかのほうがいいの?」
「わにゃにゃは普通のこと言うなあ……」
あたしは呆れた。
「どーせあたしは普通だよ。名前以外は」
わにゃにゃは本名だ。織田わにゃにゃがフルネーム。
あたしは水星ヒミコ。水星、フレディーの姓と女王の名を持つ女。
女王だけど狭い地球のさらに狭い日本のたかが一市民の家の一人っ子の女王だが、それは表向き。
きっと本当はどこかの星のお姫様で、まだ卵の時にお母さんがうっかりアダムスキーからあたしを落っことして、一市民の家に生まれてしまっただけなんだ。
そうでなければ説明がつかない。あたしがよく他人から『変わってるね』と言われることの。
あたしはみんなが面白がってるものを面白いと思わない。あたしが『いいね』するYouTube動画その他は軒並み再生回数一万回以下だ。自分が初めてで唯一の『いいね』をしたりもよくする。
みんなが共感する話に共感することがほとんどない。バイクが危険なすり抜けをするのに怒ったトラック運転手が左に壁を作って、右から追い越そうとしたバイクがコケて道路を滑って行く動画をみんなで見て、みんなが「メシウマ」とバイクを責めていても、あたしはバカな子に事故を起こさせてしまったトラック運転手を責めてしまう。
変わってることは悪いことじゃない。きっと宇宙人なだけだ。昔は正しくない自分に罪悪感を感じ、考えてることがバレないようにビクビクしていたが、今では堂々と胸を張っている。
宇宙人の中ではあたしの考え方は、きっと正しいのだ。
正しすぎて高貴なほどだ。
もしかしたら王族のお母さんが敵勢力に追われていた時、あたしだけでも助けようと地球に落としたのかもしれない。
ともかく感じるのだ。自分の中に息づく、姫の鼓動を。
いつかフレディー・マーキュリーがアダムスキーに乗って、あたしを迎えに来てくれるのだ。
正しい世界へ。
高らかにマイクを掲げて。
その夜、アダムスキーは空から降りて来た。
ギラギラの青やピンクのイルミネーションを光らせて。
町を包み込むほどの底面が群衆の頭上で停止し、フレディー・マーキュリーによく似た異星人が降りて来た。
高らかに歌い上げるフレディーの横を通り抜けて、フルフェイスのヘルメットをかぶった偉そうな人が前に進み出て、言った。
「お迎えにあがりました、姫様。あなたは本当は我が星の姫君なのです。幼い時、反乱勢力に追われ、仕方なく王妃様があなた様を地球に下ろし、この星の養母様にあなたをお預けになったのです。さ、帰りましょう。あなたのいた、元の世界へ」
わにゃにゃは不安そうにあたしを見た。
そしてそのまま宇宙人に手を繋がれて、彼女はアダムスキーに乗り込んでいった。