花束
夏の終わり。
暑さが次第に暖かさになり、そして肌寒く感じられるようになった9月の初め。
学校の帰り道にあるフラワーショップに目がとまった。
いつも通っている道なのに、一度も入ったことがないことに気付き、じゅんは花々の間をくぐった。
「いらっしゃいませ」
感じの良い女性の店員が、あかるく声をかける。
ペコリと会釈をして、じゅんは店内を賑わす花々に目を向けた。
―――カスミソウ、シオン、コスモス、バラ、ユリ、チトニア…。
他にも、名も知らぬ花々が並んでいて、華やかな空気に心が安らぐ気がした。
中でも、ガラスの中にある紅いバラは一層豪華で、そんなはずはないのに、香りが届いてきそうな錯覚まである。
改めて見ると、花って綺麗なんだな、とじゅんは微笑んだ。
ひんやりとしたガラスの端に、ひっそりと息づく花がある。
真っ赤なバラの隣に、桃色のそれがたたずんでいた。
艶やかなピンクで、生命の源であるしずくが花びらにのっている。
可愛らしい色合いと、豪勢な花びらが少し不釣合いに見えて、つい見入ってしまった。
「お気に召しましたか?」
声に振り向くと、先ほどの店員がにこにこ笑って隣に立っている。
「あ、はい。……ピンクのバラが綺麗だなって」
「あぁ、あれは女性へのプレゼントに人気が高いんですよ。【プリティーウーマン】っていう品種なんです」
淡いピンクで、中央に行くにつれて色が濃くなっていく。
きっと、男性は自分の愛する女性に見立てて、これを渡すのだろう。
店員はガラリとガラス戸を開け、【プリティーウーマン】を一本取り出してじゅんに渡した。
「香りはそれほど強くないので少し物足りないかもしれませんけど、ユリなんかと合わせると素敵な花束になるんです」
受け取ったバラはまだトゲがあって、じゅんの指を少しだけかすった。
綺麗で、少しトゲがあって、それでも可愛らしいこの花が愛おしく思える。
本当は、誕生日プレゼントは用意してあるのだけれど。
誕生日に花束なんて、キザすぎるな、と思うけれど。
やっぱり彼女にもこの花を見て欲しいと思った。
「あっちのピンクのバラは違う種類ですか?」
ガラスの中の反対側には、ピンクのバラが分けて置かれていた。
「これは、【ノブレス】といって、ブライダル用によく使われるんですよ」
少し照れた様に笑う店員につられて、じゅんもなんだか照れくさくなって笑った。
「この【可愛い女の子】、綺麗に着飾ってくれますか?」
「はい!ありがとうございます」
今日、お金持っていたかな、と高校生らしい心配をして、じゅんはポケットを探った。
ピンクのバラに、同色のユリ。
濃い紫色のリンドウを加え、可愛らしい花束が出来上がる。
「メッセージはいかがいたしますか?」
カードとペンを示され、じゅんは躊躇い無く言った。
「『Happy Berthday』でお願いします」
――可愛いあなたへ。
生まれてきてくれた、あなたに感謝をこめて。