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第5話 いよいよ女ってバレる


「フタサ国、ベン・ド・スコット選手、速射3.2秒! 得点は50点満点! 現在トップです!」


 おお、と歓声が挙がる。矢一本につき、1秒も掛かっていないというのは驚異的な数字だ。初めの(しゃ)は構えているところからのスタートだったとしても、かなりの優秀とみた。


「続いて第2位は第3グループの……え? 誰?」


 広報係の男に誰かがこそこそと耳打ちする。ふたりは聞こえない声で会話をし、ややあってから、紙に書かれた名を読み上げた。


「て、訂正します! 第2位は同じく最終グループのゴクラク国、ローレン選手! 速射3.7秒!



 と、得点は……継矢!



 5本のうち2本が継矢! よって満点に4点加算!」


 継矢とは既に刺さっている矢の尻にさらに新しい矢が続けて射られることだ。ローレンの場合、的に3本あたり、残る2本は着矢している2本にそれぞれ継矢した。それが加点要素となったらしかった。


(らっきー)


 正直、速さでは完全に負けていたので諦めかけていた。


 ベンとローレンは横目で未だ互いを見つめ合っている。

 なかなかやるじゃないか、そんな相手への激励があったのかもしれなかった。


 それを遮ったのがブレンダンだった。ふたりの間に入ってきて、青の世界からオレンジへと引き戻される。青の糸がブレンダンを避けるように湾曲した。


 へえ、糸は人も避けるのか。


 と思っていると、ひょいっと抱き上げられるではないか。


 ローレンはとにかく驚いてしまって、目を見開いた。もちろん、抱いたのはブレンダンだ。赤ん坊にやる『高い高い』をされる。


「すごいじゃないか、ローレン! 驚いたぞ!」

「え、あ、はあ。ど、どうも」


 抱き上げれたまま、くるくるとアトラクションのコーヒーカップみたいに回される。目が回りそうだからやめてくれと言う前にブレンダンは止まってくれた。助かった。


「見直した! さすが、あの森を生き抜いてきただけはある! ローレンが部下の命の恩人で誇りに思うぞ!」

「は、はあ」


 なぜあなたが誇りに思うのか。


 一生わかりあえないのであろう感覚だ。ばしばしと叩かれる背中も痛いし、なんだか笑顔も眩しいし、自分のことのように喜んでいるし。


 苦手だと心から思う。


 この人はきっと、自分にとって一番苦手な人だ。


「次は動的だな! 俺も応援に俄然やる気が出てきた! よーし!」

「いや、応援なんていらな──」

「早速、動的の会場へ行こう! 選手が多いから休憩なしで始まるんだぞ!」

「ああ、はあ」


 背中を押されて歩く。

 ブレンダンは意気揚々としていて、もしかしたらこの少年のような彼こそ本来の姿なのでは無いかと思った。いつもは隊長らしく振る舞っているけれど、本当はこういう無邪気な人。


 だんだん、ブレンダンという男がわかってきたぞ。


 そんなとき、ローレンは青い糸に引っ張られた気がして、顔だけで振り向いた。


 まだベンはローレンを見つめていた。




◇◆◇◆◇◆




 結局、ベンとローレンは同着優勝ということになった。

 動的競技では的が動いた瞬間にローレンが圧倒的速さで撃ち抜いたのだけれど、総合点でベンと同点になった。

 問題はそのあとだ。


「ふざけんな! このヒョロッヒョロの男が優勝だと!? そもそもゴクラクはなくなってるんだから、こんな選手登録無効だろ!」


「そ、それは、まだローレン選手の移住手続きが役所で済んでおらず……」


「だから移民なんか出場させんじゃねえって言ってんだよ!」


「森で暮らしてきた、ただの田舎者! 弓の作法だってなにも知らねえじゃねえか!」


「撤回だ! 今すぐ撤回しろ!」

「優勝は無効だ!」


 とまあ、なかなかな文句を大会本部に詰め寄る選手達。


 もう、どっちでもいい。


 大会に出てこいというから出ただけだし、一応、優勝に値する成績は残したし、負けても調査の作戦を練るのに協力するから金はもらえるらしいし、結果などどうでもいい。


 興味がない。

 この諍いも、どうにも時間の無駄な気がしてならない。


 なんで人間達はこういう下らないことに拘るのか甚だ疑問である。もっと気楽に生きたい。

 仕事もせず。

 明日の心配をせず。

 誰とも争わず。のんびり。


 この世界はどうしてそうならないのか。


 ふと匂いがして、空を見上げた。


 風向きが変わった。あの特有の匂いが運ばれてくる。耳の奥で音が鳴った。おおおん──という龍の鳴き声のような音。

 風の音だ。


「……ローレン、すまない。せっかく優勝したのに、こんな醜い蹴落としを見せる羽目になってしまって」


 ブレンダンは律儀に謝ってきた。

 項垂れたライオンのような彼は、さっきまでの陽気さを失って、すっかり意気消沈している。この不毛なクレームはブレンダンのせいではないというのに、どうやら彼は全部を背負い込んでしまう癖があるらしい。責任感が強すぎるようだ。


「あなたのせいではないです。それより、帰りましょう。雨が降ります。結構、降りますよ」

「……え? こんなに晴れてるのに?」


 ブレンダンも空を見上げた。まだ青い空に浮かぶ雲は先よりも量が増えていたが、その速度は衰え知らずだ。

 (はた)から見れば、快晴に見える。


 しかし、ブレンダンはすぐに頷いた。


「ローレンが言うなら信じよう。……本当に結果を見届けなくていいのか?」

「はい。雨に濡れると体力を奪われます。濡れたくない。帰りましょう」

「わかっ──」

「待て。勝負はついていないぞ。勝ち逃げするつもりか」


 歩こうとするふたりの行く手を阻んだのは、あのベンだ。


 対峙すると、ローレンから伸びる青い糸とオレンジの糸が忙しく空気の海をたゆたう。

 ローレンは顔を顰めた。鬱陶しい。


「勝ち逃げって……。同点だったじゃないですか」

「同点は負けと同じだ。改めて勝負しろ」

「えぇ……」


 あれだ。

 バリバリの体育会系だ。


 現状維持は衰退だとか、そういうことを言ってくるタイプの人間だ。


 無理無理。関わっていられない。


 ローレンは適当に受け流そうとした。


「じゃあ、また今度」


 ブレンダンの腕を引っ張って歩こうとする。さっさと離れるほうが吉。

 しかし、ベンは行く手を阻んだ。誤魔化しは効かないようだ。


「いつだ」

「いつか」

「いま約束してくれ。次の勝負はいつだ」


 駄目だ、これは。

 本当に日付を決めないと退()いてくれそうもない。相手にしていたら負ける。


「帰りましょう」



 再びブレンダンの腕を引いて大会会場をあとにする。しかし、あろうことか、ベンがついてくるではないか。袖にしてその場を切り抜けようとしたのに、意外にしつこい。


 そんなときだった。


 ザァッ──!


 視界が霞むくらいの大雨が降ってきた。


「家まで走ろう! ローレン、こっちだ!」


 言って、走りながら上着を脱いだブレンダンはローレンを引き寄せた。上着を傘代わりにして、雨を避けてくれているのだ。ふたりで上着の下に入るのは、狭くて近い。

 肩を抱き寄せてくれる腕が優しすぎた。


 優しさなんていらない。


 どうせ裏切るくせに。


 表向きは優しくしておいて、裏では悪口言って罵って、馬鹿にするくせに。仲良しの仮面を被って、裏では陥れようとするくせに。そうして傷付いた私の顔を見て、笑うくせに。


 騙されたほうが悪いのだと。

 最初から友達なんかじゃなかったのだと。


 過去すら嘘にするくせに。



「ひとりで走れますから」


 だからブレンダンの腕から逃げようとするのに、ブレンダンは肩を離してくれない。


(なんなんだ、もう)


 嫌気がさす。この強引さも。優しさも。




 駆け込んだ家の玄関口で、ようやく解放された。



「──って、なんでフタサ国の選手まで俺ん()に来てんだよ!?」

「まだ勝負の日を決めていない。彼は『今度』と確かに言った」

「社交辞令って知らないのか?」

「知っているが、あれは社交辞令ではない」


 駄目だ、この人。と、ブレンダンも同じことを思ったらしかった。


「……とにかく、着替えよう。ローレンは大会で汗も掻いただろうし、ついでに風呂に入ってきたらどうだ?」

「じゃあ、そうします」


 雨は体が冷える。

 自然にとって降雨は必要な現象ではあるが、ローレンはあまり好きな天気ではなかった。森での雨は家の外に出るだけで髪も体も洗えるし、貴重な水源ではあったが、降りすぎると今度は脅威になる。すぐに止んでくれるだろうかとヤキモキするのは、(しょう)に合わなかった。


 ローレンは、とにかく平穏で、変化のない毎日を望む。


 風呂場に向かう。

 体に張り付く重くなった服をやっとの思いで脱ぎ終えると──



「ローレン、着替えここに置いておくから──」



 ブレンダンが脱衣所に入ってきてしまった。男だと思っていたからの親切心だったのだろうけど、裏目に出た。


 鉢合わせするふたり。

 裸の(ローレン)

 その女を男と思い込んでいたブレンダン。


 目をぱちくり。




「ぎぃぇああああああ!?」



 叫んだのはブレンダンだった。


 その叫びを聞いて、何事かとベンも駆け付けてしまう。ふたりはローレンの裸体をまじまじといつまでも眺めているので、さすがのローレンも脱いだばかりの上着を羽織った。


 なんで裸体を晒し続けねばならんのだ。



「お、女ぁ!? ろ、ローレン、女だったのか!?」

「ば、馬鹿な……この俺が、女性と同点だと……?」

「なんで騙したんだ!?」

「いや、騙したわけでは……。そもそも聞かれなかったし、初めに勘違いしたのはそっちですし。というか出て行ってくださいよ。お風呂に入るんですけど」

「ああああ、そ、そうか! ごめん!」


 ばたんと閉まる扉を見届けて、溜息混じりに再度上着を脱ぐ。すっかり冷たくなった体を湯船に沈ませたところで、再びブレンダンの悲鳴が聞こえた。


(うるさいな)


 もはやローレンは耳を塞ぐしかなかった。

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