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第4話 弓の大会にて


 翌朝、調査隊へ赴くと、予想外の冷たい眼差しを受けた。どうやら優秀と呼ばれる彼らは他人の助けを必要とする現状に不満を持っているらしい。


 長机に座る30名の隊員が一様に注目してくる。中にはあの遭難者A、B、Cもいたけれど、さすがにその3人は気まずそうに視線を落としていた。


「道案内を頼むローレンだ。彼は調査を快く引き受けて──」


「ブレンダン隊長、特別顧問なんていらないですよ。俺達だけでやっていけます。この間は、この3人がちょっとヘマをしただけです。他所者(よそもの)の力なんか借りずに俺達だけでやっていきましょうよ」


 ブレンダンは溜息をついた。

 どうやら以前から繰り返し交わされているやり取りのようだ。


「調査は遅れてる。陛下の命令は早急な開拓だ。彼がいれば調査のスピードは格段に上がる。──俺達は国の繁栄のために存在してるんだぞ。無駄なプライドは捨てろ」


 不満げに押し黙る隊員達。


 いや、紹介するならせめて皆が納得してからにしてくれよ、と思わなくもない。

 他人の顔色を気にする質なので、余計に気疲れする。

 まあ、こちらが配慮してご機嫌取りをする必要もないのだけど。


 とにかく早く戻ろうよ、と願わずにはいられない沈黙を誰かが破った。


「足手まといはごめんです。その人、自分の身は自分で守れるんでしょうね?」


 また注目が集まった。ブレンダンが代わりに答えた。


「彼は速いし、身のこなしも靭やかだし、なにより弓を使う。そうだよな、ローレン?」

「え、あ、はい。まあ」

「弓? ちょうどいい! 午後に弓の大会がある。そこで優勝したら、俺達もこの人に従いますよ」

「そうだ、それがいい!」


 ひとりの発案に便乗する隊員達。


 えー、こういうノリ本当嫌い。


 なんだろう。中学2年生の悪ノリというか。高校1年生のイキリというか。いや、皆が皆そういうわけじゃないのだろうけど世間一般的なアレ。


「お前達、いい加減にしないか! ローレンがせっかく快く引き受けてくれたんだぞ! それに午後の大会は各国のトップクラスが集まる伝統的な──」


「いいですよ、出ても」

「……え?」


 驚いたのはブレンダンだけではなかった。多くの隊員達はローレンが怖じ気づくか、反論するかを想定していたのだろう。目が点になっている。


「森の中でいざこざがあると、それこそ誰かが死にます。そんな理由は潰しておいたほうがいい。もし大会で勝てなかったらこの話はなかったことにすればいいわけですし」


 安請け合いを後悔していたし、どちらに転んでもローレンには興味がなかった。


 どっちでもいい。


 結局、前世から続く執着のなさは続いていた。


「いや、しかし──」

「ほ、ほら、こう言ってますし! そうしましょう、隊長!」

「いいですよ、本当に。とにかく早く出ましょう。ここは空気が悪い。淀んでる」

「……はあ!? おま、俺達が原因だとでも言うのかよ!?」

「いやぁ、自然育ちなもので」

「移民のくせに調子乗んなよ!!」


 やだやだ、と耳を塞ぎながら部屋をあとにする。廊下に出て扉を閉めると、ようやく隊員達の野次が小さくなった。


「すまない! いつものあいつらは優秀で、統率も取れているのだが、陛下に調査の遅延を指摘されて焦っているんだ。精鋭であるプライドもあるし、ヒビナ国民という誇りもあってあんな態度になっているのだと思う」


 つまりは移民に対する差別か。どの世界にいっても、なくならないものはあるのだなと感心してしまう。


「はあ、まあ、どうでもいいです。とりあえず、さっさと大会を終わらせましょう」

「そのことなんだが、各国の代表が参加する世界有数の大会なんだ。選手は全員、今日のために並々ならぬ努力をしてきてる。だから、その」

「君では無理だと?」

「……すまない」


 素直な人だ。取り繕って出場を辞めさせようとはしてこないらしい。


「駄目だったらそのとき考えればいいんです。さ、行きましょう、行きましょう」

「でも……なんだかなあ……」


 心配そうなブレンダンをよそに、ローレンは来た道を戻り始めた。



◇◇◇◆◆◆



 いざ、大会。

 各国から何百人と出場があり、受付脇に大きく貼られた選手表にはずらりと名前が並んでいた。その端の方に、申請したばかりのローレンの名前も貼付される。出場国は一応、ゴクラク国扱いになっていた。


 ちなみに、ゴクラクからは唯一の選手だ。


「試合は2種目あって、速射と動的だ。速射はその名の通り、的に向かっていかに速く5本の矢を放てるか。その速さと合計点を競う。動的は、動く的をいかに少ない矢で、いかに速く打ち抜けるかを競う。ふたつの競技の合計点で順位が決まるんだ」

「わかりました」


 びよん、びよん。

 急遽、部屋から持ってきた馴染みの弓を弄ぶ。感触に慣れていないと話にならない。

 ぶんっ、ぶんっ。

 構えて弦を離す。構えて弦を離す。


(今日は()()()感じか)


「的には数の限りがあるから、100人ずつ、何グループかに分けてやる。ローレンは最終グループだ」

「はいはい」


 空を見る。

 雲が早い。

 風が強いはずなのに、闘技場には風が届いていない。

 壁に遮られているのだ。


 屋根はないが、闘技場は壁に囲まれていた。そこに横一列でずらりと的が並んでいるものだから、個人競技といえど弦が手指から離れる音と、矢が的を射る音がうるさいくらいに聞こえる。

 壁の向こうには立見できる観客席があって、調査隊の塊も中央に陣取っているのが見えた。


 そして窓の正面の観客席はどうやらVIP専用らしい。各国の国王並の人間がいるのか、きらびやかな集団が4つある。

 有数の大会というのは嘘ではないらしい。


「射る姿勢はなんでもいいんですか?」

「え? あ、ああ。けど、一番弦を引きやすい立ち姿勢が主流だな。俺はそれ以外の姿勢で射る人を見たことはない」

「そうですか」


 第1グループから競技が始まっていく。初めは速射からだった。手に5本の矢を既に持って構えるもの。矢筒を自分の取り出しやすいところに身に着けて構えるまでの時間を短縮するものがほとんどだ。


 いよいよローレンのグループになる。

 ローレンは最終グループの最も下座の端だった。


「結果がどうあれ、調査の指南はしてくれ。一緒に森に入らなくても構わないから、作戦だけでも」


 射座に入る直前、ブレンダンが懇願するように言った。まあ机上の空論を唱えてやるくらいならいいだろうと思って、ローレンは『はいはい』と頷く。

 そして射座について構えると、会場がどよめいた。



 ローレンは膝を付いて構えたのだ。



 左膝をたて、右膝をつく姿勢。矢を地面に綺麗に並べて置き、左手構えをする。

 屈強な男達が仁王立ちで威迫たっぷりに構える中で、体の小さなローレンがさらに小さくなって姿勢を取っているのは誰が見ても異質だった。


「じゅ、準備はいいですか?」


 開始の合図をする係員が思わずローレンに声を掛けたくらいには稀有な構えだったらしい。ローレンが頷くと躊躇いがちに持ち場に戻るのが見えた。ひとりひとりに係員がつき、タイム計測と点数確認をする要領だ。


「で、では、最終グループ、競技開始!」


 ぱ、ぱ、ぱ、ぱ、ぱつん!


 5本の矢を放つリズムはほとんどの選手が同じだったが、空隙はそれぞれ違った。ローレンは確かに早かった。──が、グループ内での1位ではなかった。ローレンよりも早い男がいた。ローレンはそれに気付いて、立ち上がって男を見た。


 男は1列の中心に立っていた。


 短い青髪、青眼の若い男で、背はすらりと高く、白の軍服がよく似合う。金色の礼肩章と左胸の勲章を見るに、かなりの手練とみた。


 それよりも、その小指の糸だ。


 ローレンから伸びる青の糸が、あの男と繋がっている。ふわふわと、間にいる選手陣を避けて繋がる糸は、不思議とふたりの視線をも交差させた。


 冷たい眼だった。


 そこには情熱や熱意などはなく、ただただ冷たい氷海が広がっている。

 ふたりはしばらく見つめ合っていた。


 それは互いに実力を認めた証でもあった。

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