第26話 おやすみ
結局、ブレンダンはレイタノとの間に何があったのかを一度と聞かないまま帰宅した。
それでも気にしていないというわけではなく、レイタノがまたローレンに絡もうとすればわざとらしく妨害したりして、それを察したキースとベンがそれに加担して、レイタノは頬を膨らます1日となった。
ローレンは枕に頬をうずめて眠気がくるのを待つ。
(みんな、やさしい)
ローレンを守ろうと、彼らは壁になってくれる。その優しい背中を見ると、ローレンは複雑な気持ちになった。
彼らと笑いたい。
ふざけ合って、歯を見せて笑ってしまいたい。
でもそれは、幸せすぎる。そんな生き方では自分の人生はまるで償いになっていない。
こんこん、とベッドの頭上にある窓が鳴った。
新しい家は1階にガレージ、リビングとダイニング、パントリーと水回りがあり、2階には5部屋と、さらにもう1セットの水回りがある。ローレンは2階を、男性陣は1階を使うルールを決めたのはベンだ。
さすが紳士というべきか、そこは分けたほうがいいというのが彼の意見だった。
階段を上ると左右にドアが3つずつある。
手前、右手側からブレンダン、ベン、水回り。
手前、左手側からレイタノ、キース、ローレンの部屋という順だ。
だから2階の窓にノックなど有り得ないのだが、と思ってカーテンを開けると窓枠に足を引っ掛けているキースが手を振っていた。
窓を開けると、ひらりと身軽に部屋に滑り込んでくる。
「隣の部屋なんだから、普通にドアからおいでよ」
「ドアを開けるとその音で皆が気付いて、ローレンさんとふたりきりになれないじゃないですか」
(まぁ、レイタノなら確実に便乗しそうではある)
ローレンは肩を竦めて、出窓にふたりで腰掛けた。部屋の中よりも、夜の外のほうが明るいせいで部屋にはふたりの影が並んで落ちている。ローレンは脚をぷらぷらとさせながら、その影に視線を落としていた。
「今日はブレンダンさんがなにやら動いていましたね」
レイタノと接しないように働きかけていたことだろう。ローレンは苦笑して、頬を掻いた。どうしてなのかと、理由を聞かれるだろうと思ったからだ。でも、打ち明けるべきなのかまだ迷っている。
沈黙が続いた。
「僕はね、ローレンさん」
ローレンが語ってはくれないと悟ったのか、沈黙を破ったのはキースだった。
「ローレンさんが過去にどんなことをしていても、ローレンさんが僕にしてくれたことは変わらないと思っています。ローレンさんが過去にどんなことをしていても、僕はローレンさんが好きです」
ありがとうと言いたかった。
嬉しくて、泣き出してしまって、声を押し殺すのに必死でなにも言えなかったけれど、ローレンはうんうんと頷いた。
キースは表向きは天使のような息子だった。
毎日休む瞬間もなく仕事と介護を右往左往して、隣人達には愛想よく笑って。
でも、内面は邪悪な欲望が膨らみ続けて、笑ってなんかいなくて、笑いたくなんかないと思っていた。
その両面は、もしかすればローレンにどことなく似ているのかもしれなかった。善悪が混ざったどちらでもない存在。
いや、人とは皆、そうなのかもしれない。
そうであればいい。
自分だけが灰色なのではなくて、皆が皆、全員、灰色であればいい。そしてどうか自分は灰色の中でも一際、色の薄い、明るい灰色であれ。
(そんなことを考えているだけで黒が混じるか)
ならば、白を濃くすれば灰色は薄くなっていくのでは?
これから善行を重ねたら。
これからずっと、善人でい続けられたら、自分は白に限りなく近い灰色になれるのじゃないか。
そうしたら、緑を混ぜても美しい緑になれるのでは。
どす黒い緑じゃなくて、ほんの少しだけくすんだだけの緑に。
ふと影が動いて、窓枠に乗せていたローレンの手にキースの手が重ねられた。
手を合わせた握り方ではなく、ローレンの手の甲を包み、指と指の間にキースの指を挿し込む握り方だった。
「なんだか、表情が少し明るくなりましたね」
「……そう?」
影では黒一色だからわからない。
するとキースが頭を動かした。小首を傾げてみせたのだ。するとローレンとキースの頭の影が合わさる。
「僕達の影、キスしてるみたいですね」
「……はい?」
「本当にしてみます?」
「いやいやいやいや」
「冗談ですよ」
ふふ、と彼は楽しそうに笑った。
仮面のような笑顔とは違う、楽しそうな頬の綻びだった。
ああ、よかったと思った。
なにがよかったのかははっきりと言えないけれど、ローレンはほっとした。
「さて、幸せな気持ちにさせていただいたので戻ります。また来ますね」
「また窓から?」
「もちろん。──ああ、でも雨の日はドアから来ます」
「そうしてください」
ふたりが笑い、顔を見合わせると、確かに影はキスをしているようだった。一瞬、キースの唇が近付いてきた気がしたけれど、互いにほぼ同時に足音に気が付いてドアの方を見た。
ノックもなしにいきなり開くローレンの部屋のドア。
そこにいたのはレイタノだ。
「あーーーー! やっぱり! なんかひそひそ話し声が聞こえるなと思った! なんでオレはローレンと話しちゃだめで他の奴らはいいの!?」
思った通りの反応をするレイタノを見て、ローレンとキースは吹き出して笑った。
レイタノは部屋に踏み込んできてローレンの腕に絡みつく。夕方から夜まで触れられなかったぶんまで取り戻すように、ぎゅうぎゅうとしがみついてきた。
「オレもローレンと喋る!」
「もう寝ようとしていたところですよ、レイタノさん」
「なんでよ、オレは!?」
「また明日かな」
と、ローレン。
キースは明らかに面白がっている。
「じゃあローレンが寝るまでベッドで話してる!」
「それはよくないですよ」
「なんでよ、キースはローレンの部屋に来てるじゃん!」
「僕は、まあ癖みたいなもので」
「なにそれ変態!」
「おやおや、それは聞き捨てならないですね」
そこへアクビをしながらブレンダンとベンがきた。
「まーた騒いでるのか」
「騒がしいぞ」
年齢的にはレイタノのほうが上なのだが、精神的にはブレンダンとベンのほうが兄になるのか、レイタノはふたりに首根っこを掴まれて回収されていく。暴れる足をキースが持って──
「おやすみローレン」
3人はそう言ってくれた。
「おやすみ」
ローレンも3人に向けて言う。
ドアを閉じると、レイタノの叫びか聞こえた。
「オレも言ーいーたーいー! ローレン!! おやすみぃ!!」
その声を聞いて、ローレンは思わずぷぷっと吹き出して笑った。
はいはい。
「おやすみレイタノ」
人と一緒にいて笑ったのは、いつぶりだろう。




