飲みに行こう!(下ネタ注意)
近所の無人駅から十分程電車に揺られ、比較的開けている駅へ。
私はホームから改札まで人の波に乗って行き、そこから友人との待ち合わせ場所である南口へ向かう。
駅の壁や柱には痴漢は犯罪、タバコのポイ捨て禁止、パンダに抱き着かない、などの注意喚起を促すポスターが。私はそれを眺めつつ、かと言って大して意識もせず南口から駅の外へと出た。
南口には大きなロータリーがあり、タクシーに乗ろうとする人々の列が見て取れる。空は少し曇り空だけど、どこか涼しい風が。少し前まで猛暑猛暑と騒いでいたが、最近はそうでもない。今日も中々にちょうどいい気候だ。少し湿っぽいが。
南口から出て、しばらく駅の壁沿いを歩くとコンビニが。そのコンビニの前で煙草を吹かしながら、忙しく時計を確認するサラリーマン風の男性を後目に、私も鞄から煙草を出して火をつけた。
目の前を行き交う人々。中には煙草を吸っている私と一瞬目を合わせてくる人も居る。そろそろ電子タバコにでも変えようかとも考えているが、中々手が出せない。別に金が無いわけでは無い。私は今年で十五年目のOLだ。既に三十路に突入し、結婚する気もさらさら無い独身貴族。
ならば何が弊害となっているのか。単純な話、めんどくさい。コンビニで電子タバコの本体を買おうとしても、何故かいつもと同じ煙草を買ってしまう。気づいた時には既に清算済み。
要は意識の問題だ。私にはさらさら現状を改善しようとする意志が無い。行動力の無さが自覚出来ているのに、それを何とかしようとも思っていない。このまま私はズルズルと歳をとっていくんだろう。大した変化も無く、一人寂しく老後を迎えて……
「おっすー。久しぶり」
煙草を吸いながら自虐する私に話しかけてくる女子が一人。私が黒魔術師なら、彼女は光魔術師。私が裏の暗殺者なら、彼女は表の悪役令嬢。そんな感じの友人だ。
「久しぶり、茜。半年くらいぶり?」
「いやぁ、もっといってんじゃない? 前に一緒に飲んだの秋くらいじゃなかったっけ」
茜は私の隣に陣取り、同じ様に煙草を吸い始める。さっきまで居たサラリーマンはいつの間にか居なくなっていた。少し好みのオッサンだったんだが。
「とりあえず勝っちゃん行く? あんたどっか行きたい所ある?」
「んー、カラオケ以外なら何処でも。ぁ、久しぶりにbarとか行きたい」
「了解。じゃあ今日は二人で質素に飲みますか」
何だ、質素って。もしかして……
「茜……またフラれたの?」
「……その話題は後に取っといて。酒入ったらガンガン愚痴るからよろしく」
成程。今日はその為の飲み会か。
まあ、貴重で愉快な……それでいて数少ない友人だ。今日は思う存分付き合ってやろう。なんならカラオケで歌わせた方が良いかもしれない。私の負担軽減に繋がる。
※
そのまま駅から五分程歩いた先。駅周辺の綺麗に舗装された外観とは裏腹に、まるでスラム街か? と言いたくなるくらいの飲み屋街へ。スラム街は言い過ぎた。あれだ、昭和の風景が未だに残ってるっぽい街並みだ。
「いらっしゃいやせー!」
店員の元気のいい挨拶、そして店内のザ・居酒屋的な雰囲気でテンションが一段階上がる。
ちなみに本日は花の金曜日。混んでるかもと思っていたが、そうでもない。まだ時間が早いからだろうか。
私達は予約も無しに四人席を占領。そのまま店員にとりあえず生二つ、と注文。
「あー、何食べよっかなー……ぁ、なんか餃子とかある。すいませーん、餃子と店長オススメパリパリサラダと……」
茜はメニューを見つつ適当にツマミを注文していく。メニューのラインナップがまるでオッサンだ。ちょうど、あそこで煙草を吸っていたサラリーマンが同僚と一緒に来て頼むようなメニューばかり。
「えーっと……あんた枝豆いる?」
「豆嫌い」
「ぅいー。ぁ、鳥からも一つお願いしますー。とりあえず以上で」
ありあとしたーっ! といいながら店員は去って行き、私達はとりあえず煙草に火を。先程吸ったばかりだが、店に入ったらまず一本吸ってしまうのは何の心理だろうか。
「最近どうよ。いいの見つかった?」
「何が? 男?」
「当たり前じゃん。あんた結婚とか考えて無いの?」
「考えてたら煙草吸ってない……」
天井に向かって煙草の煙を吐きながら、そろそろ止めようかとも考えてみる。しかし三秒後には却下。なんて意志が弱いんだ、私。
そうこうしている内に、店員のお兄さんがビールとツマミを持ってきてくれる。中々に早い。
「はい、じゃあとりあえずお疲れ様ー」
「おつかれーぃ」
乾杯しつつ半分くらいまで一気飲み。喉を乾かせておいたお陰で、ビールが美味い。もう完全にオッサンだ。しかしこれは止められない。
「あー……いきなりだけどさ。あんたの所の上司、セクハラとかする?」
何だ、本当にいきなりだな。
「セクハラって……いや、別に。うちの上司……寡黙というか仕事の事以外は喋らないから」
「いいなーっ! そういう人がいいのよ! 私も!」
別に良くないぞ。私はもう慣れたから報連相も問題無いが、新人達はそんな上司に怯えて話かける事すら出来ない。結果報告できずに叱られ、さらに怯えるわけだが……。
「何、茜チャンはセクハラされるんですか? 三十路で」
「あんたのその発言がセクハラだわ。まあ、別に露骨に体触ってくるとかは無いんだけど……」
いや、それ普通に痴漢やん。
「違う違う、肩叩いたり背中摩ってきたりとかあるじゃん。そういうのは……まあ、最近は無くなったのよ」
昔はあったのか。私は考えられないな……。私の会社は男女比がかなり激しい。ちなみに男が異様に多い。八割が男だ。しかし逆にそんな環境だからか、女子達はかなり警戒されている。何がセクハラに繋がるか分からないからだろう。
「で? どんなセクハラされるの。茜チャンは」
「視線よ、視線。話してる時に目線が合わないのよ。チラッチラ……見てきてさぁ。バレないと思ってるのかね、男子諸君は」
「ふむ。何処を見られるんだね、茜チャン」
「……あんた、酒入ると途端に親父臭くなるわね……」
そんな事ないぞ。というか……茜はスタイルいいからな。私も思わず見てしまう程だ。でも……
「私も見られるぞ。大して大きくもないけど」
「そりゃ見るでしょー。あんた顔面偏差値は平均以上なんだから。小さくても気になるじゃない」
うへへ、と何かを揉むかのようなジェスチャーする茜。どうやらいい感じに酔ってきたようだ。まだ中ジョッキで一杯目だけど。
「でさー、ほんっと……視線がウザイ。後輩男子ならまだいいわよ! というか見ろ!」
「出たよ、ショタコン……」
「あー、もうー! 和希君……いい感じだったのに……」
お、もうその話題行きますか、茜さん。
とりあえず次の料理来たら生中頼むか。
「はぁ……煙草一本頂戴……」
「どうぞどうぞ。で? 和希君がどうしたって?」
「……浮気された」
うわ、これアカン奴や。
とりあえず飲ませて……今日はカラオケコース決定だな……。
「浮気って……誰と? 同じ会社の子?」
「そう……。私よりも五歳も年下の女に……。やっぱり二十台って響きがいいのかね……男は」
まあ人に寄るとは思うが。
というか二十台の後輩女子に彼氏を取られるとか……その男舐めとるな。
いや、それとも女の方が迫ったのか?
「どっちがどっち? 和希君が積極的に?」
「知らないけどさー。その後輩女子から行くってのは……たぶん無い。超が付くほど大人しい子だし……」
いやぁ、茜さん……そんなの分からないじゃない。
まあそれを指摘すると泥沼にハマるので言わないが。
「なんで浮気してるって分かったの?」
「ライン誤爆しやがったのよ。私に……昨日はありがとねーっ! とか送ってきて……」
うわぁ……
「昨日って何だよ! 昨日は私、家でモンハンしてたわ! っていうかお前も残業してた筈だろぉ! ってなって」
「成程……やってんなー」
「もう真っ黒よ。っていうか次の料理遅くない? もう呼ぼ」
ピンポーン、と店員を呼び出す茜。
すると次の料理を持った店員さんが現れた。居酒屋あるあるである。
「おまたせしましたーっ!」
「あ、生中二つお願いしますー」
「はーい、畏まりましたーっ!」
テーブルに置かれた鳥からと餃子。私は餃子を口に放り込みつつ、残りのビールを一気。
「ねえねえ、今の店員さんいい感じじゃない? 大学生かな」
「ほんと年下好きだな……。気になるなら次の恋を模索してみてはどうか」
「えー、行っちゃう? でもなぁ、未成年だったら犯罪だよねぇ」
もうまごうこと無き犯罪だ。
しかし茜は妙にニヤニヤしながら店の奥へと目を向けている。
「そういえばさ、アンタは気になる男子居ないの? ホストでも行く?」
「勘弁してください。質素に飲むは何処に行った」
「いやぁ、だってさぁ……あんたの口から彼氏の愚痴聞くのが私の夢だから」
とんでもない夢持ってんな。
その夢が叶う時は来なさそうだが。
「おまたせしましたーっ!」
すると今度はかなり早くビールと残りの料理が。
ビールが絡むと来るの早いようだ。
そして茜はその店員に話しかけようと……妙に笑顔でビールを受け取る。
「ねね、お兄さん何歳?」
「ぁ、僕ですかー? 何歳に見えます?」
店員も酔っ払い対応に慣れてるのか、かなりフレンドリーに返してくれる。
私はその光景を一歩後ろに下がりつつ、ビールをちびちび飲みながら眺める事にする。
「んー……二十歳?」
「残念ーっ、実は二十五歳ですー」
「え、マジで?」
ぁ、茜の目がガチになった。
程々の所で止めないと……。
「私、私何歳に見える?」
「えー……僕と同じくらいですよね」
「ぁ、分かるぅー?」
なんてチョロイ女なんだ! お前もう三十越えてるだろ。
しかし茜はかなりご満悦のご様子。そして店員は私をチラっと見てきた。
「ぁ、すみません。サラダまだ?」
「ぁ、はい! ただいまお持ち致しますので! お待ちくださいーっ!」
そのまま去っていく店員。
茜は店員と楽しい会話が出来て嬉しいのか、非常にニヤついた顔で鳥からを一口。そのままビールを煽る。
「いい子だったねー。でもまだ人生の荒波にもまれてないって感じするね」
「お前が揉まれすぎなの。だからそんなに体の一部が大きく……」
「あんた……そんな親父臭い下ネタ言ってるから彼氏出来ないんだって。まさか会社の飲み会でもそんな事……」
「いうわけ無いだろ。会社の飲み会では大人しい猫被ってるから」
そしてビールなど絶対に頼まない。カシスオレンジばかり頼んでる。たまに隣のビールを少々拝借したりしているが……。
「拝借って……あんた、それ勘違いされるからマジで止めなさいよ」
「え? 駄目なの? 凄い喜ぶよ?」
「だからよ! 男は何歳になっても間接キッスとか信じてんのよ?! それで……ぁ、この子俺に気があるーっ、とか思われたら……」
いやぁ、無いだろ。
流石にそこまでは……
「……これは……下ネタの特訓する必要があるわね。もう下ネタバンバン言って、ドン引きされるしか無いわ!」
「なんでやねん……」
「いいから! はい、下ネタ言って!」
言ってって……。
そんな急にフラれてもな。
「ヒントくれ、茜先輩」
「むぅ、仕方ない。ピリ辛ウィンナー頼むか……」
ちょっと待て!
お前今、凄い下ネタ言ったな!
「何よ。私はウィンナー食べたくなっただけよ。何想像してんのよ、スケベ」
「っぐ……こやつ……」
そのまま私達は居酒屋『勝っちゃん』で有意義? な時を過ごし……その後カラオケに。
調子良く茜がストレス発散し、涙を浮かべて少しナイーブになった所で……私達は次の店、barへと移動した。
※
「いらっしゃい」
そのbarは少し前に出来た所で、マスターは見た目四十代のイケメン。茜は年上には全く興味は無いけど、私はぶっちゃけ好きだ。付き合うなら落ち着いた雰囲気の大人な人がいい。しかし中々そんな人との出会いは無いが。
マスターの落ち着いた声で迎えられ、私達はカウンター席へと。
他にもお客さんはチラホラと見て取れる。カウンター席に座るカップルに、男女三人で飲んでる人達に、隅で一人で飲んでる老人に……あとはボックス席にタンクトップ姿の筋肉三人組。ラインナップに富んでるな。
「ご注文は?」
茜は彼氏の事を思い出し、少し大人しくなっていた。というか完全に酔うとコイツは昔の男達を思い出し、目に涙を浮かべ始めるのだ。いつもそれを慰めつつ、タクシーに放り込んで飲みは終了というパターンである。
「……私は焼酎の水割りで。茜は?」
「同じの……」
マスターは無言で頷きつつ、焼酎のボトルを開ける。
茜はしばらく静かにしていたが、ちょっと元気が出てきたようだ。barの静かな雰囲気を楽しむかのように、目線だけ動かしてその景色を楽しんでいる。
「いい感じの店だね。私初めてきたけど……」
「ありがとうございます」
いいつつ焼酎を出してくるマスター。
私達は再び乾杯しつつ、一口。むむ、なんか薄い。でも今はこれがいい。
「……んー……マスター、お菓子あります?」
茜はマスターへとお菓子を所望する。
マスターは「どうぞ」とサラミやらベビー〇ターラーメンやらが入った小さな籠を出してくる。
私もそっと横からサラミを食べつつ……
「このサラミ……ちっちゃいね」
その茜の発言に思わず吹き出してしまう私。
咳き込みつつ、焼酎を喉へ通す。いきなり何を言い出すんだ、コイツは。
「な、何よ、どうしたのよ」
「べ、別に……」
サラミが小さいのは……あれだ、一口サイズだからだ。
うん、それだけだ。
「まさかあんた……あの、マスター、ウィンナーってあります?」
「おいいいい! そういうの止めろ! この変態!」
「な、なによ。何考えてんのよアンタ」
べ、別に……。
というか下ネタ禁止!
「凄い喜んでるじゃない。小学生じゃあるまいし……」
するとマスターは……ウィンナーの盛り合わせでいいかと聞いてくる。
盛り合わせって……もしかして色んな種類のが……
ヤバイ、なんか……笑いが止まらない。
何でだ、私こんな事で……
「あ、マスター、なんかこの子、今下ネタにハマってるみたいで。何か言ってあげてくださいよ」
何言い出すんだコイツ!
駄目! 止めてマスター!
「下ネタですか? イってもいいですか?」
その瞬間、鼻から焼酎が出そうになるのを堪える私。
アカン、意味が分からない人はご両親に聞いていただきたい。怒られるかもしれんけど。
「あはは、マスター面白いー。カッコイイし……」
「ありがとうございます。お嬢さんも綺麗ですよ」
お、お嬢さん?
茜をお嬢さんって……なんか凄い違和感バリバリなのに、マスターから聞くとそこまで不自然でも無い。すんなりとそんな事を言ってのけるなんて……。
「ほら、マスターも下ネタ言ってくれたんだし……あんたも頑張りなさいよ」
「な、何を……。そんなの頑張るような事じゃ……」
すると目の前にバイトの狸さんがウィンナーの盛り合わせを持ってきてくれる。
私は何気なくその内の一本を取り……
「……なんか……太いね、これ……」
その後、素直な感想を言っただけなのに、マスターと茜にドン引きされながら称賛されたのは言うまでもない。
お酒と煙草はニ十歳から!




