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純文学

何でもない日

作者: カタタン
掲載日:2018/08/21

 とある朝。


「ねえ」


 突然、誰かが私に話しかけてきた。

 驚いて、手に持っていたスマホを落としてしまう。

 そのまま、揺れる車内の床を滑っていった。


「ちょっと、大丈夫かい?」


 声を掛けてきた主は、私が落としたスマホを拾いに行った。

 落ち着く為に、窓の外を見る。

 見慣れたようで、見覚えのない田んぼが続いて、過ぎていく。

 それを見ている間に、先程の人は戻ってきた。


「はい、どうぞ」


 手渡された、私のスマホ。

 急いで受け取る。


「別に中は見てないよ」


 そう言って、苦笑いしていた。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 お互いに頭を下げた。

 そして、私は画面に顔を向ける。




 カタン、カタンと規則正しい音が耳を通り抜けていく。


「ねえ」


 また、話しかけてきた。


「なんですか」


 いらだちながら言葉を返す。


「君、どこにいくんだい」


 その人は、やさしい声で、私を切り裂いてきた。


「学校ですよ」


「こんな時間に?」


「そうです」


「なんで行くんだい?」


 私は思わず睨み付けた。

 しかし、相手は何食わぬ顔でこちらを見てくる。


「なんで言わなきゃいけないんですか」


「そりゃ、気になるから」


 思いっきり蹴とばしたい。そう思って、やめた。


「学生だからですよ」


「へえ、そうなのか」


 自分の左手を握りしめながら、席を立った。


「どこへ行くんだい」


「もうすぐ降りるだけです!」


 私はカバンを乱暴につかんで、その場から逃げた。

 後ろから目線を感じたが、気にしなかった。




 降りたのは、知らない駅だった。

 見た目はきれいな改札を抜けて、古びた階段を下りる。

 駅の周りにはちらほらと建物が建っていた。

 スーパー、コンビニ、カラオケ。

 その道を抜けて、前に進む。

 途中、パチンコの店のドアが開いて大きな音が耳に流れ込んできたが、気にしなかった。

 続いていたのは住宅街。

 似たような家が視線の先にたくさん見える。

 バス使えばよかったかな、と思いつつも、足を動かしていく。

 住宅街は、坂の頂上に着いても続いていた。

 どこを見ても、家ばかり。そんな風景だった。

 先ほど見た田んぼを探してみたが、見つからず。

 代わりに、木の生い茂る森、のようなものを見つけた。




 そこは、公園だった。

 木々に覆われてはいたが、舗装されている道がその内側を通っていた。

 また、公園には噴水が機嫌良く水を空に向かって打上げていた。

 私は、その中を歩く。

 他に歩いている人は見かけない。

 目の前にベンチを見つけ、腰掛ける。

 カバンを横に置いて、空を見る。

 大きな雲がゆっくりと動いて、太陽を隠していく。

 木々が揺れて、静かな音が私の体を満たした。




「ねえ」


 その声に、私は目を開く。

 声の主は、隣にいた。


「なに」


 目をこすりながら、答える。


「君はなんでここに来たんだい」


「なんでも」


「逃げてきたんじゃなくて?」


「それは関係ないもの」


 なんとなく、答えた。


「そうなんだ」


 話が途切れる。

 そこで私は頭が覚めた。

 そうか、自分はここに座って寝ていたんだ。

 気付いて、先程の会話を思い出す。

 右を向いたが、誰もいない。

 気のせいだったのかもしれない。

 スマホをポケットから取り出し、時間を確認した。

 昼前だった。まだ帰るのには早い。

 スマホをしまい、カバンを漁る。

 取り出したのは弁当箱。

 膝の上に乗せ、カバンのファスナーを閉める。


 今日の弁当は、卵焼きとほうれん草、おかかごはんだった。

 卵焼きを口に運ぶ。

 口に甘味が広がっていく。

 ご飯を食べる。

 そしてほうれん草。

 順番に食べていき、弁当箱は空になった。


 カバンに軽くなった弁当箱を入れる。

 スマホを取り出そうとして、やめた。

 早いけど、帰ろう。

 そう思って、立ち上がった。




 延々と続く家。昼下がり。

 家が半分なくても良いと思う位、人気がない道を歩く。

 家ってなんでこんなにあるんだろう。


「たけとんぼ、する!」


 元気のある声と共に、子供が家から飛び出してきた。


「待ちなさい、飛び出したら危ないわよ!」


 それを追いかけて、母親が出てくる。

 親子は、そのまま道の先へと走っていった。

 一瞬、母親がこちらを見た気がした。

 不思議とカバンを重く感じた。




 カタン、カタンと規則正しい音が心に響いていく。

 見覚えのある田んぼが、窓の外に続いていた。

 スマホを取り出し、見つめる。

 黒い画面には、うっすらと自分の顔が映っていた。


「ねえ」


 無視した。


「どうして君は逃げているの?」


 私は、無視した。


「そう、わかった。そうなんだね」


 私は、何も言わなかった。




 いつもの駅で、降りる。

 同じ車内には、他に誰もいなかった。

 真新しい改札を抜け、足跡が残る階段を下りる。

 きらびやかな駅通りを通り、廃れた商店街へ。

 途中で一度曲がって、商店街の先の住宅街に入る。


 他より汚れが目立つアパートの二階。

 その今にも壊れそうな扉に鍵を通す。

 音だけはきちんと鳴って、回った。

 軋む音を立てながら、扉を開き、閉じる。

 居間には、朝から動いていない布団があった。

 カバンを壁に立てかけて、布団をたたみ、隅に片付けた。

 大きさだけは立派な机を見ながら、床に座る。


 今日はもう終わり。


 そう思った。

 そしてずっと、シミが残る天井を見つめていた。









読んで頂きありがとうございます。

楽しんで貰えれば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何でもない日を題材にしたこと。 当たり前の日常がよく書けてるなあと思いました。 パチンコ屋のドアが開く瞬間の音とか、母親の声とか。 風景描写もちゃんと伝わってきました。 何でもない日常を書…
2018/08/21 03:01 退会済み
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