ドーピング勇者、お薬キメて魔王討伐☆ ~妹の裏切り、母の腹パン~
魔王は目覚める! 来たれ勇者!! 世界の平和は君に託されている!!
そんなタイトルの見出しが、新聞(朝刊)の一面を飾っていた。
科学全盛の時代に「魔王復活」とはキャッチーなフレーズだ。
俺は興味を引かれて続きを読み始める。
魔王のいた頃、世界は混沌であった。
魔王の周りにいると人は精神を病み、金属は腐食した。
世界は混沌に包まれていた。突如現れた女神様が魔王を封印してはや千年。魔王は復活する。
「魔王? そんなものが復活するなんて」
三行読んだところで新聞から視線を外す。
魔王……。
千年前に魔王は封印されたらしい。
人類は魔王を倒すことは出来ず、最後に女神が魔王を地下深くに封じ込めたそうだ。
「いやいや。義務教育の最初らへんに学ぶことですよ。お兄ちゃんも学生の時に習ってるでしょう?」
新聞の内容に驚いていると、隣で味噌汁をすすっていた中学生の妹がじとーっとした目で俺を見つめてくる。そのジト目は常識知らずへの侮蔑の瞳……。
「まあそれはそうと、どうして魔王は復活するんだ?」
「小学校からやり直して来いって先生によく言われない? まあいいや。えとね、女神様はこの世界が千年も存続するなんて考えてなかったのよ」
「……詳しく」
「魔王封印の術式には数字入力枠が三桁しかない上に、女神様は零から九までの十進法を採用していた。つまり、千年後には初期状態――封印前に戻ってしまうの」
「oh fuck」
なんてことだ。女神様の数えられる数は千までなのか。
「じゃあ、封印の解けた魔王はどうなるんだ?」
「復活するのよ!」
妹が食卓をバーンと叩く。食卓に置いてあった茶碗がガシャンと音を鳴った。
家族四人で食卓を囲んでいる中、社畜の父親は、ちっ、と舌を打ち、女子プロレスラーの母親は、ちょっと迫力に欠けるわねえ、とよく分からないため息を付いた。
魔王が復活する、か。
どうやら俺の住んでいる国――、というより世界は大変な危機に陥っているらしい。
「魔王ねえ。それは大変だ」
「大変なのはこれからだよ。魔王を倒すためには兵器じゃ駄目で、生身の人間が人柱特攻を決めないといけないの」
「へー」
そいつは大変だ。
「それだけじゃないよ! 常人だと精神を病むので元々頭のおかしい人を選ばなきゃいけないし、金属を腐食させてしまうから丸腰で魔王に挑むんだから!」
妹は再び食卓を叩いた。少し自分に酔っているらしい。
父親は深くため息を吐き、母親は満足げにあごを摩っていた。衝撃で俺のお茶碗は割れた。
しかし、妹の言っていることを整理すると、魔王と戦うためには短パン半袖で肉弾戦を仕掛ける必要があるということか?
太古の昔に封印された伝説の魔王と丸腰ファイト……。そんな無茶なことをやろうという人物が世界にいるとは思えない。
「誰が倒すんだ?」
「問題はそこなのよ。魔王討伐のためには魔王に立ち向かうクレイジーな鉄砲玉……、ううん、勇者様が必要なんだけど、志願者がなかなか集まらないらしくて」
「鉄砲玉? なんか本音漏れませんでしたか」
「それで言いにくいんだけど……」
妹は唐突にもじもじし始めた。中学生らしい可愛らしい仕草でお兄ちゃんドキッと来ちゃうぞ。
「お兄ちゃんが行ってくれば良いと思うよ」
「は?」
妹は笑顔のまま何か言った。すると突然、女子プロレスラーの母親が立ち上がる。
鍛え抜かれた足で俺の脛にローキックをかまし、痛みが俺の神経を伝達する前に腕を絡め、きれいなヘッドロックを決めた。
遅れてやってくる激痛。困惑。
「ということで、政府のみなさーん。お兄ちゃん確保しましたーっ!」
妹のかけ声と共にサングラスをかけた黒服が我が家に乗り込んでくる。
驚くほどやくざ面をした男達だ。
更に驚くべき事は、母親は仁王立ちのまま微動だにせず、父親は炊飯器からご飯のおかわりをよそっていたことであった。
え? は? どうして平然としてるの?
入ってきた黒服に妹は俺にも見せたことがないほど良い笑顔を見せ、絶望する俺の背後に黒服は回り込み、両腕を押さえる。
「離せっ! 痛いっ! 痛いから!!」
「静かにしろっ!」
殴られた。母親に。腹をワンパン。
……はじめからおかしいと思っていたんだ。
妹が何か嬉しそうに新聞片手に俺に近づいてきて、「おにいちゃーん! これ読んでーっ!」からの「あ、読む前にここのところに名前書いて?」と訊いて来たときに気づくべきだったんだ。
もしあの頃に戻れるならば、妹の胸チラに目を取られて同意書の規約をよく読んでいなかった自分を殴ってやりたい。
今の俺は、政府の人間に両腕を極められて動くこともままならない。
「これからどうなるんですか?」
「静かにしろ!」
再び繰り返される母からの腹パン。
うふんぬっ!? と悶えることしか出来ず、黒伏が「こいつは噂に違わずやべえ……」と声を漏らすまで、漏らした後も奇声を上げ続けた。
ああ痛い。痛い。とっても痛い。
どうして俺がこんな状況に置かれているのか。許すまじ妹。
「こんなことされたら、さしもの温厚な俺も出るとこ出るよ? 裁判しちゃったら困るんじゃないの?」
「安心しろ。お前にはもう人権がない」
「は?」
「あ、どーぞ書類ですっ!」
妹はとてとてと黒服に近寄り、俺の名前が書かれた紙を広げる。
「よく読んでみろ」
「人としての権利を全て放棄します、佐藤ミツオ」
「つまりそういうことだ」
「why !?」
黒服は短く言葉を吐くと、もう話は済んだと俺を抱き上げる。
捺印もしてないのに、そんなに簡単に失われるものなの? 人権。
「ど、どこに連れて行く気だ!?」
「良い場所だ」
顔の体温の感じられるほど近くから黒服のハードボイルドな言葉を聞き、母親に腹パンされる。父親は炊飯器からご飯をよそっていた。
最後に、こんな事態の元凶である妹に視線を向ける。一体どうして……。
「どうしてこんなことを……」
「道徳の授業で成績がひとつ上がるの」
妹は小悪魔スマイルを決めた。母は親指を下に向けていた。何故……。
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「なあ、俺はこれからどうなるんだ?」
「行けば分かる」
黒服は俺を抱きかかえて外に出ると、道を走っていたタクシーの中に入り込んだ。
タクシードライバーにいちいち近道を指示するあたり、節税ってこういうことだったんや、と和やかな気持ちになったが、俺の腕を極めている黒服の脇がじんわりと濡れてきて真顔になる。
――どうして人はわかり合えないのか。それは互いが互いを思いやれないことから生じる。
黒服を美少女に取り替えておくとか、せめて幼稚園児に取り替えておくとか、こう……、創意工夫が求められる。
「あ、その角右で」
タクシーが行き着いた先は、行き止まりだった。
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程なくして俺は政府のとある施設に輸送される。黒服の一人は「行くところがある」とハードボイルドに告げたが、あれはタクシー料金の始末書を提出しに行ったのだ。
「この国にこんなところが……」
俺は今、政府が用意した施設に立っている。
その空間は大きな一つの箱だった。
床を長い木の板が形成し、床には赤テープが貼り巡らされ、所々に不規則に青色のテープも貼られている。
その空間は五十畳もある広大な空間を占有し、一階を見下ろすような二階のスペースまで設けられている。
俺はこの空間を知っている――――体育館。
「ようこそ被験者001号。君は栄えある魔王討伐に選ばれた栄誉ある勇者」
突如、施設の二階から女性の声が聞こえた来た。
長く艶やかな髪、ぱっつんぱっつんのスーツ、メイキング技術は芸術。
「お前は……?」
「私は政府秘密機関直属外注スタッフの安藤。安藤よ」
安藤……。お前の名前は安藤か。
「そんな政府のお偉いさんが俺に何のようだ?」
「今、あなたの生殺与奪は私が握っている」
安藤は不敵に笑い、二階から俺を見下ろした。
「あなたを守るものは何もない。つまり、あなたはそこら辺の犬の糞と同等の存在」
「犬の糞……」
「私があなたにどんなことをしようとも自由自在、例えば、こんなことも」
安藤が指を鳴らすと、扉から数十人の黒服が一斉に入ってきた。
「な、何だと!?」
「その男達は政府直属機関の正社員。外注スタッフだと責任逃れできない悲しみを背負う者達」
突如として現れた悲しき男達が俺を取り囲み、直立不動で立ち止まった。
彼らは指示を待っている。あの女が指示したと言える証拠を。
男達の胸ポケットには裁判の証拠になるアナログ式のボイスレコーダーが仕込まれている。
「彼らは私の忠実な僕。あなたの命運もここまでのようね」
調子に乗ったのか、安藤の口調はまるで物語の中盤で倒される女幹部のようだ。そして、ノリが一昔古い。
この時代にそんな態度ではやっていけないぞと警鐘を鳴らしたいが、安藤はそのノリのまま突き進んでいく。
「さあ、観念してこの注射を受けるのよ」
安藤は白衣のポケットから注射器を取り出した。針の先端が尖っている危険な代物だ。
注射器の中には紫色の液体が入っており、その表面には毒々しい虹色の油が浮いている。
一体どんな成分が含まれているというのだ。
「そ、それは、体内に入れて良いものなのか?」
「これは体の筋肉を三倍に膨らませる魔法の液体。ビタミンCみたいなものだと思ってくれれば良いわ」
「ビタミンCだと……?」
なら安心だ。
「どちらにせよあなたに拒否権はないけどね。拒否することは権利なのよ」
「ああ、そうだな」
常任理事国の拒否権は強大である。何故みんなで決めたことをたった一カ国で廃案できるのか。
俺は大国が拒否権を発動する度に憤りを感じていたが、つまりはそういうことなのだ。
国際情勢は複雑怪奇。
社会の波に呑まれた俺は哀れな犬の糞……。
唐突に、俺は悟った。
涅槃寂静。
心頭滅却。
仏のような顔でその時を待つ。
安藤が近寄ってくる。
いつのまにか安藤は一階に降りてきていた。どうやって二階から一階に降りてきたんだ。
安藤の手にはビタミンCの入った注射器が握られている。いや、慌てることはない。悟りに比べれば小さなこと。
……しかし、安藤が近づいてくるにつれて俺は胸の動悸を抑えるが出来なかった。
お注射怖い。
それは太古の昔から定められし絶対の掟。
「いやだああああああ!! 注射は嫌だあああああああっ!!!!!」
「静かにしろっ!!」
「ぐふぅ!」
殴られた。母親に。俺は正気に戻った。
「マザー!?」
いや、それは幻覚だったのだろうか。黒服の中に母親の顔はない。
「静かになったわね。覚悟を決めたのかしら?」
そして、気が付けば目の前に安藤。右手に注射針。
「だめえええええええええええええええええっ!!!!」
針が近づいてくる。その距離わずか。
俺は身体を思い切り動かそうとしたが、屈強な男達に押さえられて微動だにしない。
その力はまるで鋼――。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
腕にちくりとした痛みが走る。
硬質な金属の針が体内に容赦なく突き刺さっていた。
身体の中からめくられる違和感! 圧倒的激痛!!
「い、いやああああああああああああああああああ」
冷たい液体が身体の中に入っていく。
血管の中に取り込まれたそれは神経網を犯し、強い痛みを俺に与えてくる。
激痛。注射の痛みは半端じゃない。
そんな事情など知らぬと、安藤はぐいぐいと注射器を押し込み、ビタミンCがどんどん身体の中に取り込まれていく。
「ぐううっ」
ビタミンCが身体に染みこんで来ると共に、全身を痛みが走った。
それは成長期の時に子供が感じる筋肉痛のような激痛。心臓が通常の十倍はドキドキし、体中の血液が沸騰しそうなほど熱い。しかし、注射器にはまだ半分以上のビタミンCが残っている。痛い。というか痛い。冗談じゃなく痛い。安藤注射ヘタ――。
「んぎゃああああああああああああああっ!!」
痛い痛い痛い痛い!!
「薬が効いてきたみたいね」
安藤は空になった注射器を後ろに放り投げる。
注射器は放物線を描いて飛んでいき、待機していた黒服の一人にぷすっと突き刺さる。
「ぬおおっ!!? ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
黒服の身体が膨れあがっていく。どんどん黒服の肉体は巨大化していき、遂には黒服の黒服をびりびりと破った。
注射器にまだビタミンCが残っていたのだ。
「あら?」
黒服の叫び声を聞いて安藤は後ろを振り向く。
そこには黒服としてのアイデンティティを失った公務員が居た。破れてしまった哀れな黒服が地面に転がっている……。
安藤は何事もなかったようにこちらに向いた。
「調子はどうかしら?」
「ああ……、とても良い気分だ」
安藤は何事もなさそうにしている。だから俺は何食わぬ顔で応える。この場の責任者は安藤。守るべきは安藤の気分。
恐らくビタミンCに浮かんでいた虹色の部分が有効成分であり、俺に注射されたのはただの緩衝剤。しかし、それを安藤に知られるわけにはいかない。
「ふ、む。少しは筋肉が増えたみたいだけど効果がイマイチね。大腸菌に投与した時はもう少し劇的な変化が見られたのに。……人間の場合はあまり効果がないのかしら?」
安藤がかたくなに無視している公務員は膨れあがった筋肉の球体のようになっていた。微グロだ。しかし、それでも筋肉は美しい。半径二メートルくらいの肉塊が体育館に転がり、未だに膨れ続けている。微グロだ。しかし、それでも筋肉は美しい。
そういえば今、安藤はとんでもないことを言った気がする。大腸菌がどうとか。
「大腸菌だと? 臨床段階はどうした」
「安心しなさい。ちゃんと重量計算はしてあるわ」
Oh Fuck .
つまりは、大腸菌でなんか良い結果が出たから人間でも大丈夫♪ と考えたということか。馬鹿じゃないのか。
「ま、良いわ。次の段階に進むわよ」
安藤はポケットから、ブクブク泡立つ黒い液体が入っている注射器を取り出した。
「これは痛みを忘れられる薬――。ビタミンCみたいなものと思ってくれて良いわ」
恐怖の人体改造が始まるっ!!
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「ふうっ! ふうっ! ふうっ!」
何回もお注射を受け、俺の身体はすっかり変わってしまった。
少したるみ気味だった腹はシックスパックに、乱視は治り、女子から「身長ちっさいよね-、あと顔キモッ」と言われていた顔は爽やかイケメンに、身長は高身長に。
凄いぞドーピング。ありがとうドーピング。
「実験は成功ね」
安藤は一仕事終えた後の爽やかな汗を流した。
「お疲れ様。魔王を倒したら――」
安藤はポケットに手を入れる。また注射か?
「ふふ、安心して」
俺の警戒を先読みをしたかのように安藤が笑う。取り出したのはメモ帳。そこには奇妙な文字列が書かれていた。
しかし、俺の顔を見つめる安藤の顔――、これがイケメンの世界か。
「これ、私のID。ライ――」
「た、大変です!!」
安藤が何か言おうとした瞬間、黒服が施設に入ってくる。安藤は舌打ちした。
「どうしたの? 用件によっては殴るわよ」
「魔王が生まれます」
な、なんだってーっ!!??
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太古の昔、魔王はここ日ノ本で生まれました。
魔王は近づく者の魂を蝕み、金属を腐食させ、一日に数万もの卵を産みました。まさに人類の敵――。伝説では女神様が封印したとされていますが、封印の力は千年限定。
私たち人類は再び、魔王の脅威に曝されています。
千年の時を経て復活しようとしている魔王に立ち向かう勇者――、佐藤ミツオ氏は朝刊の呼びかけに応じて、数々の苦難を乗り越え魔王と戦うことを決意したのです。
はい、実況の富竹さん。中継をお願いします!
「実況の富竹です。ここ、志士師志士市は魔王が封印されていることで有名な地方都市です。ヘリコプターから見えるのは、まさに魔王が復活しようとしている志士師志士市の市立第四中学校。市名の由来は魔王と共に市ごと沈没してしま――」
頭上でヘリコプターが飛んでいる。どこぞの放送局が魔王復活の瞬間をカメラに収めたいのだろう。それも一社ではない。下手したら三桁のヘリコプターが俺の上に飛んでいた。
頭上数百メートルでの会話なんて本来聞き取れるはずがないが、ドーピング強化された聴力によってその全てを聞き取ることが出来る。俺マジ聖徳太子。
――それでは勇者佐藤ミツオさんに詳しい地元の方の声を聴きたいと思います! 現場の富竹さーん。
「私、富竹の乗るヘリコプターには勇者様を良く知っている方が同乗しています。かわいらしお嬢さん、あなたのお名前は?」
「私の名前は佐藤アキです!」
「おや? 勇者様と苗字が同じですね」
「はいっ! 実は私、勇者の妹なんですっ!」
妹の声が聞こえる。
妹は富竹レポーターの乗るヘリに同乗して、ちゃっかりインタビューを受けていた。話し方も通常よりハキハキしてて二割増しでかわいい。
「ご家族がお兄様を勇者に送るときはどんな様子でしたか?」
「お兄ちゃんが朝刊を見て立ち上がった時には家族で止めたんですけど、お兄ちゃんの決意は固くて……、泣きながら見送りました」
「世界のために家族を……。素晴らしいっ! ふつう出来ませんよそんなこと。世界のために勇者になるお兄ちゃんと見送るご家族! この科学全盛の日本でそのような美しいヒューマンドラマがおきているなんて!」
おいふざけるなよ。
事実とはこうして修正されていくものなのか。
「何を怒っているの? それよりも校庭を見て」
俺は今、中学校の校庭に立っている。どうやら魔王が封印されているのはこの中学校の深くらしい。
女神様の封印は今まさに解かれようとしており、校庭の真ん中には五芒星の紋様が、淡く輝いていた。
「……早く魔王現れないかな」
魔王の吐く息は金属を腐食させる――。早くあのヘリ落ちないかな。
俺はポキポキと指を鳴らした。
今の俺は人類の誰にだって負ける気はしない。百メートル二秒、視力は六、デッドリフト4000キロ、握力1000キロ。
他にも色々強化され、先ほどの新体力テストでは黒服達を驚かせたものだ。今の俺はちょっと人間離れしている。
ヘリ墜落の後に瞬殺してやんよっ!!
「あ、現れますっ!!」
イライラしていた俺の耳に富竹の声が届く。そして、校庭の紋章は強く輝き始める。地響きが鳴り始めた。
地底深くから何か巨大なものがせり上がってくる音――。
「うん?」
何か校庭の土がせり上がってきたなー、と思ったら、それは人間の頭くらいの大きさになり、肩幅くらいになり、ちょっと大きめの仏像くらいになり、遂には校庭全体に広がっていった。
「魔王大きくない?」
校庭が上昇していく。校庭の土が縮尺的に薄いとさえ思える。気づけば校庭から魔王の顔が生えていた。
でかい。でかすぎるぞ。
超巨大生物……。これが、魔王。
こんなもん、ちょっと人間離れした程度で倒せるのだろうか。いや、無理。
「逃げるわこんなん」
俺は地上からひょっこり顔を出した魔王に背中を向けた。と、同時に魔王は目を開いた。
「う、うわあああああああああっ!!」
魔王が開眼した瞬間、頭上から富竹の悲鳴が聞こえてきた。富竹の搭乗していたヘリコプターが錆びて落下したのだ。――魔王の近くにある金属は腐食する。
マズいぞ。このままだと上空を飛んでいるヘリコプターはみんな――。
「きゃーっ!」
「ぬおおおおっ!!」
「ジーザスっ!!」
いくつもの言語で悲鳴が上がる。
俺はドーピングされた動体視力で妹の落下を見守り――。
「――大丈夫ですか」
見守りたい、その落下。
しかし、彼らを助けたのは、仏のような顔をした公務員(推定100メートル)だった。
「まさか私のような公務員に世界が託されるなんてね」
仏のような顔をして丁寧に各国のレポーターを地上に降ろすと、公務員は魔王に近づき首に抱きついた。
「魔王め、息絶えろ」
――裸締めだ。
公務員は未だに身体を土の中に埋めている魔王に裸締めを極めたのだ。あれは殺意が高い。
目覚めたばかりの魔王は首を締め付けられて眼球をくるりと裏返した。
これは決まったんじゃないか?
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――っ!!!!」
決まった。
魔王は泡を吹いて死亡した。
裸締めを受けて生きていられる生物はいない。
断末魔を叫ぶと、魔王はそれっきり動かなくなり、それでも公務員は念のため三時間くらい締め続け、魔王の首が変な方向に折れたのを確認して、ようやく腕を放した。
「良い戦いでした」
公務員は滝のように流れる汗を拭うと立ち上がる。
凄いぞ公務員。ありがとう公務員。
救助されたレポーターはこぞって公務員の元に駆け寄っていた。俺は一仕事終えた男の顔をしていた。
「終わったな……」
「ええ、良い戦いだったわ」
俺の呟きに安藤が静かに応じる。ハードボイルドな時間だ。
息絶えて目を瞑っている魔王を見る。その目が開かれることは二度とない。
世界に平和が訪れたのだ。
「おや?」
――魔王の身体が急に光り始める。その光はドンドン大きくなり、志士志志士市立中学校を飲み込む。
「きれい……」
魔王は光の粒子となってほどけていく。
それはまるで無数の蛍が飛び立つかのよう。
「人類の……勝利だっ!!」
まばゆい光の中、俺は勝利をかみしめていた。