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盗賊勇者のプロローグ  作者: 利苗 誓
第1章 異世界の日常編
9/9

閑話 『リンナとリニエ』

異世界転移のプロローグということで、ここで終わりです。

では、最後の話をどうぞ。  



「広い家だな……」


 私はリニエの家を探索しながら、そう呟いた。これだけ広い家に一人でいるというのは一体どういう気持ちなんだろうか。

 私は少し家を探索してからミライと共に、リニエが作ってくれる夕ご飯の準備の手伝いをする予定を立てている。

 リニエは夕ご飯に、猪をメインにして煮込んだ鍋を作ってくれるという。   

 今は、夕ご飯の前に一度家の中の食材を確認したいから、とミライと共に食料庫に行っている。私も食糧庫に行きたかったが、トイレに行こうと思い、家を探索している。しまったな、家を探索する前にトイレの場所を訊いておくべきだったな。

 異世界召喚された直後から今まではミライの目のつかない所で済ましていたが、やはり森の中では気が休まらない。

 私が「滝を見つけたから」と言ってミライの言葉も聞かずに即座にそっちの方向へ駆けて行ったのは、トイレが近いからという理由もあった。

 「ちょっとトイレに行きたいんだけど」とも言えないし、「ちょっとお花を摘みに行ってくる」というのもトイレのことを意識してるようで嫌だし、何も言わずに目の前で事をいたすのは論外だ。

 そういえばミライは一体どこでトイレをしていたんだろう、トイレに行ってるようなところ一度も見なかったけど。いや、別に知りたいわけじゃないんだ、知りたいわけじゃ。

 私は、自分で自分に言い訳をぶつぶつと独り言ちながらリニエの家を探索する。


「いや、本当広いな……」


 リニエの家は本当に広い。トイレに行きたいのにトイレが見当たらない。帰って来て治癒スキルが終わった後にリニエがトイレに直行してる時に一緒についていけば良かった。

 トイレに行きたい。まるで女性らしくはないけど、早くトイレに行きたい。

 それにしてもさっきから同じ景色ばかり見える。どんだけ広いんだこの家は。奥にミノタウロスでも潜んでるのか。ヒモとか転がしながらきたらよかった。


「これなんか見たことある景色だな……」


 同じところを回っているのだろうか? 

 そういえば昨日ミライが、「森の中で迷ったら気持ち右に曲がる感じで進みましょう。人間は右と左に曲がれる三叉路に迷い込んだら左に曲がりやすいって聞いたことあるんで」なんて豆知識を披露していたな。

 私もミライのおかげで微妙に無駄な……いや、異世界に来た今は価値ある情報を覚えつつあるのかもしれない。

 ミライは本当に雑学をよく知ってるな。


「ミライ様、今日の夕ご飯何にするだか? お風呂にするだか? ご飯にするだか? それとも……お・ら?」

「ご飯を何にするかを訊いてたんじゃ!?」


 家を探索していると、ミライとリニエの声が聞こえてきた。どうやらトイレに行こうと思って結局回りまわって食料庫についてしまったみたいだ。

 こんななら最初からリニエにトイレと場所を聞いとけばよかった。本当トイレに行きたい。もうどこか草むらでやってしまおうか、という原始的な考えすら脳裏を過ってしまう。森で生きることに染まってしまったのだろうか。


「ちょっとリニエとミライ」


 取り敢えず私は声をかけることにした。出来るだけミライにはバレずにトイレの場所を聞き出そう。


「? リンナだか。今までどこ行ってただか?」

「リンナどこ行ってたの? ちょっと手伝ってよ」

「いや、ちょっと家を回ってて……リニエ、ちょっと来てくれない?」

「? いいだよ」


 私はリニエを連れ出すことに成功した。ミライには聞こえない程の場所に連れ込み、相談する。ミライに聞かれたくないのはなんとなく嫌だからだ。


「ちょっとトイレの場所教えてくれない?」


 私は直球でリニエに要件を相談した。


「? トイレ行きたいだか?」

「うん、場所教えて?」

「そだね、この道を真っすぐ向かって右に曲がって、四つ目の窓を左に曲がって角を三つ無視して四つ目の角を右に曲がってそのまま二つ角を無視して直進して三つ目の角を左に曲がって渡り廊下を直進したら右手に見えるだよ」

「いやちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って」

「なんだか?」

「覚えられない」


 もっともだと思う。もう最初どうするのかすら覚えていない。右折か左折も分からない。


「っていうか何でそんな遠い所にトイレあるんだよ! トイレに大金でも置いてあんのかよ!」

「うるさいだべねぇ」

「ちょっと悪いんだけどついてきてくれない?」

「え……ええぇ……」


 今度はリニエが渋る番だった。申し訳ないけどついてきてもらわないと分からない。


「い……嫌だよ! おらミライ様ともう少し話したいだよ!」

「いやいや、いつでも喋れるじゃん! 本当私トイレ行きたいんだって! 教えてよ!」

「嫌だよ! じゃあミライ様つれてトイレ行くだよ!」

「それも嫌だって!」

「なんでだか!」


 私とリニエは檄を飛ばし合い、話は平行線のまま進まない。もうここで漏らしてしまおうか、などと考えてしまう。

 どうしようか、リニエを説得するのを諦めて草むらでしてしまおうか……。だが、現代人としてトイレがあるのに草むらに行くのは嫌だったので、素直に自分の気持ちを話すことにした。


「だって……恥ずかしい……」

「……」


 リニエは沈黙し、私の気持ちを察したのか、二人きりでトイレについてきてくれた。


「リンナ……」

「何?」


 トイレに行っている最中突如リニエから声を掛けられた。何だろうか。


「おら、漏らしちゃっただ……」

「そうか……ちょうどトイレに行けてよかったじゃん……」


 リニエはお漏らしの癖がついてしまっていた。そうして無事、私とリニエはトイレに辿り着いた。


 その後何も言わずに去ってしまったことから、帰ってきたらミライは少しだけ剥れていた。





「うまっ!」

「美味しいな」

「ありがとだべ~」


 私は、私とリニエとミライとで一緒に作った猪鍋を食べていた。


「この、なんていうのかな、獣感が無くなってるよね。パクチーでもいれたの?」

「パクチーってなんだか?」

「猿がよく食ってるやつだよ」

「いや、適当なことばっかり言うなよ」


 ミライは適当な返事をする。突っ込み役がいないと話が進まなそうだ。

 その後美味しく猪鍋を食して、お風呂に入ることになった。


「じゃあおらお風呂入ってくるだよ。リンナも一緒に入るだ」

「え? マジで?」

「じゃあ早く行くだよ、リンナ」

「えぇ……」


 私はリニエに手を引かれ、お風呂へと連れていかれた。

 脱衣所で服を脱ぎ、リニエの躰を見てみると、長年の仕事で肢体はすらっと美しく、くびれた腰つきと豊満な双丘はこれ程とないまでに女らしさを強調している。

 私の貧乳とは大きな違いだ。少し負けた感じがする。


「どうしただか、リンナ?」

「……」


 リニエは勝ち誇った顔で私を一瞥してくる。こんなにお漏らしばっかりしてる癖に体つきが女らしいのはなんというか、ギャップで混乱する。


「さ、入るだよ」

 

 リニエは私をお風呂に連れ込む。


「広ぇ……」


 大理石のような素材で囲まれたお風呂は今まで見たどんなお風呂よりも広かった。日本の銭湯よりも格段に広い。ローマの王宮の銭湯を想起させる。


「リンナ、ちょっと貧相な体してるだね」

「む……」


 リニエが私に喧嘩を売ってきた。私は甘んじてそれを受け入れる。


「ほぉ……。リニエの癖に私に喧嘩を売って来るとはいい度胸じゃないか」

「リンナはえらく貧相な乳してるだね、豆乳飲めばいいだよ、豆乳」

「お……おう、豆乳か、豆乳」


 喧嘩を買ったつもりが、ついリニエの言葉に惑わされてしまった。

 

「リンナはミライ様のとどういう関係なんだか?」

「ん?」


 おう、なんだかいいな、こういうの。女子トークって感じがする。


「私は遠い所から来て、たまたまミライと会ってここに来たんだ」

「へ~、そうだか。ミライ様、素敵だべよね~」

「……そうだな、色んなことを知ってるな……」


 リニエはそこで、私と色々な話をした。たった一日しか一緒にいなかったミライのことを根掘り葉掘り訊かれた。


 長風呂になった。


「そうなんだか~、ありがとだべ、リンナ」

「お……おう」


 微妙にリニエとの距離が縮まった気がした。リニエはミライのことをどう思っているんだろう。懸想なのか、憧憬なのか。


「じゃ、ミライ様呼ぶべ!」

「はぁっ!?」


 リニエはその美しい肢体を見せつけるように立ち上がり、決然と言い張った。


「いやいやいや、あいつ男だから!」

「それがどうかしただか?」


 リニエは性差を気にする様子もない。自分の躰に自信があるのか、ミライを人間を超越した何かだと憧憬しているのか。


「ミライ様に私の躰見て欲しいだよ~」


 でへへ、と口元を緩ませ、よだれを垂らしながら両手を頬につけている。これからある事態に思いを馳せているようだった。まさに変態そのものだ。


「いやいやいや! ダメだろ! 常識的に!」

「そんな常識知らないだ。嫌ならリンナ上がっていいだよ。リンナが服着てからおらが呼ぶだから」

「く……」


 リニエは私にあがることを勧めてきた。ここで上がれば私の裸は見られないが、ミライはリニエと二人きりでお風呂に入ることになる。


 それは嫌だった。


 私だけがリニエとミライとの懸想の様子を遠くで見ておかないといけないのは絶対に嫌だった。この世界でたった一人しかいないかもしれない、同郷で仲間のミライを奪われるわけにはいかなかった。


「い……いいぜ、じゃあ呼べよ」

「ふふふ、分かっただ」


 リニエはこうなることを予め予見していたかのように、お風呂から上がった。


 ……ん? あがった? 全裸で?


 数十秒後、ミライの悲鳴が上がった。


「ああああああぁぁぁぁぁーーー!」

「ミライ様、一緒にお風呂入るだよ!」

「来んな! 来ないでくれ! せめてタオル!」


 ミライは女の裸に耐性がないのだろうか、ひどく狼狽していた。


 そして十数分後、ミライを説得したリニエが、お風呂に入って来た。


「説得出来ただよ!」

「そうか……」


 と、リニエは喜色満面で帰って来た。一体何をしたんだろうか。


「お前も入ってんのかよ……」


 と、ミライは腰にタオルをかけ、お風呂に入って来た。お風呂が広すぎて、互いの距離がかなり離れている。というか、離れすぎている。シャイか、あいつ。


「ほら」


 ミライが、この場でただ一人タオルを巻いていない私にタオルを放って来た。それもタオルを一度丸めて結んで。

 私なら一度そのまま放り投げて空気抵抗で全然飛ばなかっただろう。やはり想像力のある男は違うな。


「ミライ様~、これがこの世界での常識ですだよ~! お互い裸の付き合いで友誼を深めるだよ~!」


 と、リニエは遠くから声をかける。登山かよ。

 なるほど、こんな甘言を使ってミライを誑かしたのか。あいつは案外ああ見えて貞操観念が固いからなぁ。


 ミライはそう言われてか、私たちの元にやって来た。目にタオルを巻いている。腰にかけていたタオルを使っているのか、と思ったが新しいタオルを使っているようだ。ラブコメの主人公みたいなことしてるな。


「お前それ見えてるとかいうオチじゃないの?」

「見えてないっすから」

「ミライ様、これで私たちの絆は永遠ですだよ!」

「えぇ……そんなに……」


 ミライは少し困惑した様子でぶくぶくと顔を水面に浸している。

 

 その後、ラブコメ的展開で目隠しが外れるということもなく、リニエがミライにいちゃつくだけでお風呂は終わった。

 

 今回のことで、ミライの貞操観念の固さが分かった。いやらしい目で見てくる割には案外固い貞操観念だったな。


 そして、私とリニエは少し仲が良くなった。裸の付き合いというのは案外その通りなのかもしれない。





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