「彼女の願い」
それは、人肌恋しくなる季節に体験した甘くて切ない不思議な出来事。
僕は本が好きなので、図書委員に所属している。
近頃は、スマホが普及したからか、図書室を利用する生徒は殆どいない。
だけど最近、ある一人の女子生徒を図書室でよく見かける様になった。
いつも決まった時間に現れて、同じ席に座り、決まった時間に図書室を去って行く。
僕は、そんな彼女の事が少しずつ気になっていった。
一度、彼女と好きな作品や作者について語り合ってみたい。
カウンターから彼女を見ているだけでは、もの足りなくなり、行動を起こすことにした。
僕は、小さな声で彼女に声を掛けたが、とても驚いた表情で彼女に顔を見られる。
そして彼女は本を本棚にしまい、足早に図書室を去って行った。
あれ?
どうしたんだろう?
次の日もいつも通り彼女は図書室にいた。
昨日の事を謝ろうと今度は驚かさない様に近づく。
今日は彼女の方から僕に気が付いてくれた。
だが、彼女は頬をを赤く染め、慌てて下を向き、再び本を読み出した。
何故だろう?
人見知りなのかな?
それから図書委員の仕事が無い日でも、僕は図書室に毎日毎日通い続けた。
一生懸命に読書をしている姿は可愛いし、二人っきりで同じ空間にいれるだけで幸せだから。
だが、ある日を境に彼女は図書室に来なくなった。
僕は、彼女の事が心配になり、図書室を管理している先生に聞いてみた。
「あなた、あの子が見えたの?」
意味の分からない事を聞かれる。
いや、普通に見えるでしょ。
幽霊じゃあるまいし。
「どういう事か説明してくれますか?」
先生は順を追って丁寧に説明してくれた。
それは、僕がこの高校に入学する以前の話――――。
彼女は僕と同じく図書委員に所属していたそうだ。
どこにでもいる本好きの少女。
しかし、彼女は病気を患っていた。
今日と同じような寒い冬の日。
先生が図書室に施錠をしに来たときに、彼女は図書室の中で倒れていたそうだ。
病院に緊急搬送されたが、既に彼女は息を引き取っていたらしい。
大好きな本に囲まれて。
それを聞いて色々納得出来た。
初めて声を掛けた時に驚かれた理由。
僕が声を掛けても言葉が返って来ない理由も。
その話を聞いてからは、図書室に行かなくなり、大好きだった本とも少し距離を置くことにした。
数週間経ち、僕は図書室の先生に呼び出され1冊の本を渡された。
その本は彼女が最後に読んでいたものだった。
「これ、あの子が倒れていた時に手に持っていた本よ」
彼女はこの本が1番お気に入りの作品なのだろう。
「君の今の姿を見ると、きっと彼女は悲しむだろうね」
「じゃあ、私は用事があるから」
そう言い残して、先生は図書室を後にした。
今日はカウンターではなく、彼女がいつも座っている席で先ほど受け取った本を読もう。
本のタイトルは『初恋』
読み進めていくと、彼女と同じような境遇の女子生徒が、男子生徒に恋をするストーリーだった。
彼女はこの主人公に自分を重ねていたのだろう。
最後のページに手紙が挟まっていた。
それは、僕宛の手紙だった。
私の願いを叶えてくれてありがとう。
私はこの本の主人公と同じ境遇だったけど、あの時の私はまだ恋を知らなかったの。
そして、いつも一人で寂しく本を読んでいる時に君に出会った。
声を掛けられた時は正直驚いたけど、嬉しかったよ。
時々、声を掛けてくれる様になったから知らず知らずに君に恋をしていたみたい。
でも、恋をすることが叶った今、もう、私は此処にはいられない。
最後にわがまま二つ聞いてくれるかな?
私がいなくなっても悲しまないで。
それと、これからも沢山本を読むこと。
この約束を守ってくれると嬉しいです。
最後になりますが、私のことを忘れないで下さい。
手紙にはそう綴られていた。
僕は窓を開け、揺れる空を眺める。