関ヶ原ぽんこん合戦
江戸は16××年。
増上寺の裏の林を颯爽と歩く、老狸がいた。関東一円を治めるこの大狸は、かの徳川家康公にあやかって「いえやす狸」と呼ばれていた。
いえやす狸の首には、いつも洒落た襟巻きが巻かれていた。今日もふさふさの襟巻きをたなびかせながら、散歩していると、孫狸やひ孫狸たちが周りに寄って来た。
「おじじ狸さま。いつも着けている、その立派な襟巻きは一体どんな一品なのですか?」
賢そうな瞳をした子狸がいえやす狸に問うた。
「うむ、これか。これはなあ、ある戦いで手に入れた戦利品じゃ。それはまだ江戸がただの野っ原であった頃・・・。」
時は、桃山。時代は太閤・秀吉にあやかって「ひでよし」と呼ばれる、獅子猿のものであった。いえやす狸に言わせれば、こいつはただの人真似猿であった。先に天下を治める一歩手前にまで行きながら、不幸にも腹心のみつひで狸に化かされて、焼き討ちにあって死んだ、のぶなが獅子の真似をしているだけであった。
この獅子猿は、狒々(ひひ)のくせに獅子の皮を被って、「自分は獅子である」と言って憚らなかったのである。それを知らない地方の動物達は、すっかり信じ込んで「百獣の王だ」と獅子猿にひれ伏したのだった。ひでよし猿とともにのぶなが獅子に仕えていた、いえやす狸は、獅子猿の正体を知っていたので、ほぞを噛む思いであった。
そしてこの獅子猿の横にはいつもこしゃくな狐が付き従っていた。
そもそもこの頃の日本には、東にいえやす狸率いる「ぽんぽこ同盟」が鎮座しており、西では近江狐や安芸狐を中心とした「こんこん連盟」が権勢を誇っていた。
獅子猿一の子分は、この近江狐の一匹であった。名を「佐和山のみつなり狐」といった。大変頭の回る狐で、思いつきで行動するひでよし猿を陰に日向に支えていた。そしていえやす狸が、あわよくばひでよし猿を蹴落として、天下狸の座につこうとすると、必ずみつなり狐が邪魔をした。
例えば、家康たぬきが領地で作っている、「ぽんぽこ印のどぶろく」の量を過少申告し密売し、天下転覆を計らんと小判を溜め込んでいた。するとどうだ、みつなり狐が算盤を片手に江戸に乗り込んでくると、冷酷無比に製造される酒量を正確に計算して、隠し持っていた小判を没収してしまった。しかしそこは老獪ないえやす狸である。召し上げられた小判に、木っ葉を化かしたものを相当数混ぜてやったのだ。後日、それに気づいたみつなり狐は、いえやす狸を糾弾した。かくしていえやす狸とみつなり狐は、犬猿の仲ならぬぽんこんの仲となったのである。
あるうららかな日に、秀吉獅子猿は思いつきで、やつしくらべを主催すると発表した。「やつしくらべ」とは、現在でいう物真似大会である。
「みなの衆!今度の満月の晩に、やつしくらべをしよう!あとには飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎもする!奮って参加せよ!」
ひでよし猿は、獅子の皮の下から満面の笑みで宣言した。横でみつなり狐が目をむいて、算盤を取り出すと眉間にしわを寄せて、ぱちぱちやり出した。また例の無駄遣いである。
いかにも派手好きな物真似猿の考えつきそうな話である。しかし、化け術なら狸に一日の長がある。いえやす狸はほくそ笑んだ。江戸に飛んで帰ると、いえやす狸は早速、三日三晩の水垢離を行って霊力を高めた。夏とはいえ、滝壺の水は冷たかった。
(ぶるる。寒くてたまらん。しかしこれもあのひでよし猿めの鼻を明かすためである!)
そうして万全の体制で臨んだ、やつしくらべである。みつなり狐が駆けずり回って、準備しただけあって会は盛況であった。
司会はきよまさ猫である。この虎柄の立派な体格の化け猫は、法螺貝を吹いては、大きな声で動物たちを紹介していった。
「越後の国〜。かげかつ狐〜。」
越後狐は、親分のかげかつ狐は源頼朝に、子分のかねつぐ狐は源義経に化けてみせた。
みなが好んで化けるのはやはり源平合戦の英雄か美女であった。特に源頼朝、平清盛あたりは人気であった。かくいういえやす狸も、源頼朝が関東に下る時に(秘密だが食用に)随行した狸を始祖する家系を自称していたので、当然化けるのは源氏の英雄である。だが源頼朝などのありきたりな人物ではない。
「江戸〜。いえやす狸〜。」
いえやす狸は、きんたま袋を両手で掴んで目一杯伸ばすと、すっぽりと体を包み込んでしまった。くるんと回って出てきたのは、目の覚めるような美男子であった。源頼光四天王で力自慢の源綱である。
隣ではいえやす配下の江戸狸の中でも特に体格が良く野性味あふれる風貌のただかつ狸が、恐ろしげな鬼、酒呑童子に化けていた。
いえやす狸は歌舞伎のように見得を切りながら、声を上げた。
「洛中洛外で悪事を繰り返す、悪鬼とはお前のことか〜!この源綱が退治してくれる〜!」
そう言って、酒呑童子をばっさりと切ってのけた。派手に倒れる酒呑童子と、見得を切る源綱。会心の出来であった。大きな拍手の中、ぼんと音を立てていえやす狸は正体を現すと、満足げな顔で客席に下がった。
「トリは日の本国主〜。ひでよし獅子であります〜。」
大きな拍手が起こった。
すると紅白の段幕の奥から、しずしずと豪華に着飾った遊女が出てきた。四季の花を散らした豪奢な黒の着物の陰から、ちらりと顔を見せたのはひでよし猿であった。白粉を大量にたたいて真っ白にした顔の上に、紅を差して、いかにも高級な遊女という風情だ。
(猿にしてはうまく化けている。が、儂の敵ではないな。)
いえやす狸が鼻で笑った時である。段幕の後ろからみつなり狐率いるたくさんの近江狐が出てきて、ひでよし猿の後ろに並んだ。
頭に木の葉を乗せて、手をあわせると、気合の声を上げた。
「「「はっ。」」」
ぼっと尻尾を膨らませたかと思うと、狐たちは沢山の美女に変身した。美女たちは、ひでよし猿の化けた遊女に傅くと行列を作って、観客の間を練り歩いた。
これには観客も大歓声である。江戸の狸さえも、やんややんやと声を上げながら、木っ葉を化かして変えた小判をおひねりとして遊女たちに差し出した。ひでよし猿と近江狐たちもそれに応えて、しなを作ってみせたり踊ってみせたりした。
「優勝はひでよし獅子〜。ひでよし獅子〜。」
きよまさ猫のよく通る声が会場に響きわたった。
さっとひでよし猿が出てくると、声を張った。
「みな、参加してくれたことに礼をいう!今日は楽しかった!ささやかな酒肴を用意したから、存分に楽しんで行ってくれ!」
すっぽりと頭から獅子の皮を被ったひでよし猿が、本物の小判を散らしながら、締めくくった。酒は狸が用意したもので、肴は狐が用意したものである。
会は盛況のうちに終わったが、いえやす狸は機嫌が悪かった。そのため大いに悪酔いした。
ひでよし猿といえば。こちらは最高の気分の中、したたかに酒を飲み、かなり酔っ払っていた。
「ああ、酔った。酔った。儂はちょっと夜風にあたってくるよ。」
そう言って、立ち上がったかと思った途端、尻餅をついた。盛大に転んだので、獅子の皮が一瞬めくれて、赤い尻が見えてしまった。
「殿下、大丈夫ですか。」
みつなり狐が慌てて、体を支えてやった。
「おお、悪いな。ありがとう。」
ひでよし猿が場を中座して夜風に当たりにいった途端、いえやす狸は意地悪な顔をした。酒や肴を配る指示を出しているみつなり狐を、見てにやにやしながらいった。
「殿下のお顔は大層、赤うござるなあ。そう、まるで猿みたいですなあ。」
その声に、二匹の周りの狸や狐が振り返った。
「それは殿下が大層、酒に酔われているからです。言いがかりはやめて頂きたい。」
みつなり狐が憮然として言った。するといえやす狸がせせら笑った。
「そうでしたか、それは失礼。しかし先ほどちらりと見えた殿下の尻も大層赤うございましたなあ。まるっきり猿みたいですなあ。」
「それはずっと座ってらしたからです。あなたみたいにきんたま袋を尻の下に敷いている方とは違うのです。」
今度は少々苦しかった。みつなり狐は内心、こいつは何を言い出すのか、と気が気ではなかった。獅子に扮するひでよし猿が実は猿だと知っているのは、いえやす狸のような昔馴染みと、みつなり狐たち側近だけである。
(本当に油断のならない奴だ。これだから狸は嫌なんだ。)
みつなり狐はいえやす狸を睨みつけた。
一方、いえやす狸は、ひでよし猿に恥をかかせてやろうと思ったのに失敗して面白くなかった。
やつしくらべから数日後の話である。
「なあ、この前のやつしくらべは楽しかったなあ。儂が一番なのは間違いないが、次点はいえやす狸のやつだったな。」
ひでよし猿はニコニコとして言った。
「そのいえやす狸なのですが…。私はあいつを退治するべきだと思います。あいつには二心があります。」
「みつなりよ。世の中、二心のないお前のような者の方が少ないのだよ。清濁併せ呑むのが、大将の器というものさ。また、なんの大義名分もなく、争うことは天下に動乱を巻き起こすことにつながる。それに、いえやすは確かにいやらしいところがあるが、あいつは儂の数少ない昔馴染みだから、退治してしまうのは忍びない。」
「ははあ。私の考えが矮小でした。」
みつなり狐は、ひでよし猿の言葉にいたく感激した。もともと、みつなり狐はひでよし猿に心酔しているところがあった。
(なんと考えが深く、心が広いのだろう。やはりこのお方は、百獣の王の器である。姿形こそは狒々であるが、心は獅子である。)
みつなり狐はますます、ひでよし猿に忠誠を誓った。
いえやす狸を許したことと、やつしくらべでの変身ぶりで、ひでよしは益々名を挙げた。曰く、殿下はまことの百獣の王であるだけでなく、獅子なのに変身まで上手である、と。
一方、憤懣やるかたないいえやす狸は、江戸に帰ると、てんかい狸を呼んだ。てんかい狸は、家康の相談相手で、虚無僧の格好をした呪い師である。この狸には噂がある。あののぶなが獅子を裏切って焼き殺した、みつひで狸が化けた姿なのではないかという話である。しかし真相は藪より毛深い狸のきんたまの中である。
「ひでよし猿めをぎゃふんと言わせたい!なにかいい手はないか。」
いえやす狸は手を組んでぐるぐる回りながら、言った。
「それではさっそく占ってみましょう。」
てんかい狸は懐から、先祖伝来だという狸の骨を取り出した。そうしてそれを火にくべてひびを読むという、太占を行った。
「邪教ではありますが、巫蠱の術を行いましょう。普通は犬でやりますが、ここはひとつ、憎き狐でやってやりましょう。」
いえやす狸は早速、てんかい狸の助言の通りに、狐を一匹捕まえてきた。それを顔だけ地面から出した状態で埋めて、その側に血も滴るような肉を置いた。しばらくすると狐は「腹が減った」、「肉が食いたい」と泣き叫んだが、五日間放置してやった。そうして弱った狐の首を、家宝と伝わる葵の紋が入った懐刀でちょん切ると、祭壇に祀って、いえやす狸てんかい狸がなにごとか呪いを述べた。
「ンムニャムニャ〜。ハイ、拝んでください。」
かけ声と共に、二人は餓死した狐の首に向かって五体投地した。完全なる邪教の祈りである。
いえやす狸の祈りが効いたのかどうかは定かではないが、その年の終わりにひでよし猿は病についてしまった。
しかし良いことも同時に起こった、長らく跡取りがいなかった、ひでよし猿に息子が生まれたのである。
ひでよし猿の病床に、かれを慕うきよまさ猫やまさのり猫が、毎日のように見舞いにきてはオンオンと泣いた。一方、みつなり狐は留守がちで二匹の不興を買ったものである。
みつなり狐は日本中を駆けずり回って、良く効くと評判の異国の薬や霊験あらたかなお札などを買いあさっては、ひでよし猿の枕元に持って行った。果ては九州の猫神神社から取り寄せた動物のための病魔退散のお札まで貼った。ひでよし猿の枕元にはみつなり狐が集めた物がうず高く積まれていたが、その病状は一向に良くならなかった。
そんなある日、ひでよし猿はみつなり狐に言った。
「儂はもう駄目だ。」
「そんなことを言わないでください。」
みつなり狐は涙ぐんで、そろそろと差し出された毛がボソボソになったひでよし猿の手を握った。
「いいや駄目さ。お前に言い残すことがある。」
「なんでしょう。」
「息子のひでよりを頼んだ。あの時はああいったが、それは跡取りがいなかったからだ。儂が死んだ後、天下がいえやすのものになってもいいと思っていた。でも今はなんとしてもひでよりに跡を継がせたい。あの時、いえやすを退治しなかったのは間違いだったかもしれない・・・。」
「ご心配なく。ひでよりさまの身は必ず守ります。いえやす目がなにかしたら私が必ず退治いたします。」
猿と狐という不思議な主従は固く手を握りあった。
ひでよし猿はその三日後、息を引き取った。
人を呪わば穴二つとはよく言ったものである。ひでよし猿が病気になったところまでは良かったが、まさか鄙びかけた爺のひでよし猿に息子が生まれてしまうとは、お釈迦さまでも知るまいて。
「ええい。くさくさする。やっとあのひでよし猿めがくたばったのに、今度は息子だと!儂の天下はいつ来るんだ!」
いえやす狸はぐいらいらと歩き回った。
「そうだ、こんな時は鷹狩りだ!」
いえやす狸は鷹狩りが大好きであった。
しかし今度の鷹狩りは趣向が違った。
いえやす狸はただかつ狸に命じて、二匹の日本猿を捕まえさせた。そして大きい方の背中に「ひでよし」、小さい方の背中に「ひでより」と筆で書いた。
そしてそれを鷹に狩らせた。
「いやあ、愉快愉快。」
鷹に追われてキイキイ叫ぶ猿たちを尻目にいえやす狸は団子を頬張って、笑った。家臣一同も、猿が逃げ惑うさまをみて、大いに笑ったという。その遊びは連日連夜繰り返されたらしい。
その「猿狩り」の噂が、みつなり狐の耳に入った。
「なんたる侮辱!殿下とひでよりさまを猿に見立てて狩るなどと無礼千万!この屈辱をはらさずにおられるか!」
みつなり狐は顔を真っ赤にして怒った。
その始祖は天皇家に飼われていたというやんごとなき家系を自称するみかどの貂に会いに、京に上ってきたいえやす狸のもとを、みつなり狐は訪ねた。
「殿下とひでよりさまの名前を猿につけて、狩るとは言語道断である。」
尻尾を膨らませて、歯をむき出したみつなり狐はいえやす狸に詰め寄った。
「これは異な事。殿下は獅子なのでしょう。獅子である王を猿と呼ぶことは問題があるかもしれない、でも猿を王と呼んでなにが悪いのです。儂はたまたま、ひでよしという名前が気に入ってペットの猿につけただけです。」
いえやす狸は嘯いた。
「貴様は口と性根が腐っている!殿下とひでより君を侮辱したかどで貴様を退治してくれる!」
「ほほう。狐の分際で儂に勝てると思っているのか。」
「なにを。狸のくせに。このみつなり、命を賭してお前に勝ってみせる。」
「いいだろう。受けて立ってやろう。」
二匹はここに開戦宣言をした。
そうは言っても、いえやす狸は関東一円を治める、たぬきの総大将である。みつなり狐はまず、仲の良いよしつぐ狐や、仲間でめっぽう強いと評判のさこん狐に応援を頼んだ。そして、すぐさま文通相手の越後のかねつぐ狐に連絡を取った。かねつぐ狐とその親分のかげかつ狐も、
「いえやす狸のやり口は義に反する。」
としてみつなり狐の味方につくと宣言した。
するとすかさず、いえやす狸が天下を取った暁にはこの先五十年ぽんぽこ印のどぶろくを送ると言って、奥羽の大蛇、まさむねを味方につけてみせた。
それに張り合ってみつなり狐は、西が勝てば、死ぬまで琵琶湖で取れた魚を送るといって、安芸狐と土佐狐を味方につけた。
更に張り合ったいえやす狸はひでよし猿の腹心、きよまさ猫を味方に引き込んだ。これにはなかなか労を用したが、きよまさ猫がみつなり狐嫌いだというところをうまく突いて取り込んだ。
この二匹の間には、しばしこのような会話が交わされた過去がある。
きよまさ猫は常々、
「殿下が獅子なら、この俺は虎さ。」
と言っていたが、それにみつなり狐がいつも、
「なにを言っている。殿下はともかく、お前はただの猫だろう。」
というものだから、きよまさ猫とみつなり狐は仲が悪かった。
みつなり狐は、対きよまさ猫に、琵琶湖の魚半分と引き換えに、薩摩の化け猫、しまづ入道とその一門を引き込んだ。
日の本は、狸と狐、東と西の真っ二つに割れた。
いえやす狸とみつなり狐はお互いに牽制しあった。
両軍はあるものをこの戦の鍵と見込んで買収しあった。それは、ひでよし猿の甥っ子で筑前を支配する貉のひであきである。みつなり狐は西が勝てば琵琶湖の主の大鯉を与えるといい、いえやす狸は江戸の酒蔵に眠る秘蔵の清酒を与えると言った。
ひであき貉は、
(どちらもいかにもうまそうだ。でも琵琶湖の鯉を肴に江戸の清酒を飲んだらどれだけうまいだろうか。)
という具合にどちらとも決められなかった。かれはまことに優柔不断な質であった。
そうこうしているうちに両軍の援軍からは、早く戦をやって褒美をくれという声が上がった。もはやいえやす狸もみつなり狐も引けないところまで来てしまったのである。
そしてついに戦いの火蓋は切って落とされた。
1600年、これが世に言う、関ヶ原の戦いの裏で行われた、「関ヶ原ぽんこん合戦」である。
総勢、二千を超える狸と狐が関ヶ原に集結した。
「オホン。勝負は化け合戦で、より多くの人間を驚かせることのできた方の勝ちである。」
両軍合意のもと、ルール説明がなされた。
関ヶ原の地で真っ二つに割れた軍勢が、睨み合った。
提灯を持った狸と狐が一匹ずつ前に出た。
東と書かれた提灯を掲げた狸が、鬨の声を上げた。
「ひが〜し〜。総大将いえやす狸〜!ぽんぽこ同盟〜!」
続いて西と書かれた提灯を持った狐が、声を上げた。
「に〜し〜。総大将みつなり狐〜!こんこん連盟〜!」
その声を聞くやいなや、いえやす狸と江戸狸たちが飛び上がるときんたま袋を広げて一斉に変身した。するとこそには巨大な一つ目入道が現れて、関ケ原周辺の村の人々を凄まじく恐怖させた。
それに応えて今度は、みつなり狐を頂点に近江狐が組み上がって、頭に木の葉を乗せると声をそろえた。
「「「はっ。」」」
ぼんと化けたかと思うとそこには世にも恐ろしいがしゃ髑髏が現れて、村人を脅かした。これには、人々も阿鼻叫喚で散り散りに逃げた。
これに対抗すべく、江戸狸たちが組み合って、ねぶたのような巨体と顔を持つ平将門に変身すると、西軍の陣地に向かって首を飛ばしてみせた。これには村人たちも恐れをなして震え上がった
「負けるなー!」
その声とともに安芸の狐三兄弟が躍り出た。三匹は塔のように組み上がると、巨大な源為朝公に変身して三本の矢を東軍の陣地に打ち込み返した。人々はその姿を見ると、その雄大さに、ある者は震え、ある者は拝んだという。
すると流れを変えるべく、まさむね蛇が躍り出た。この巨大な白蛇には神通力があるというもっぱらの噂である。まさむね蛇は、人々の前に現れるとくるりと丸まった。その上に子分のかげつな蛙がさっと乗っかったかと思うと、なんとも美味そうなずんだ餡付きの餅となった。村人が思わず、手に取った途端に、
「シャー!」
と恐ろしい口を開けて、威嚇した。人々は驚いてもちを放り出して逃げた。
その勢いに乗らんと、きよまさ猫たち化け猫が僧に化けて村を練り歩いた。村人たちはこれ幸いと、きよまさらが化けた僧に助けを求めた。
「お坊さま!さっきから恐ろしい妖怪が、次々襲ってきます。助けてください!」
「恐ろしい妖怪とはこのようなものかな。」
そういって一斉に振り返った僧の顔は、のっぺら坊だった。助けを求めた村人は腰を抜かしてしまった。
それに対して、しまづの化け猫軍団が撃って出た。化け猫対決である。
「それいけー!」
化け猫たちは次々に背中に乗っかって積み上がっていくと、どろんと化けて巨大な一体の猫又となった。
「にゃーお。」
不気味な声があたりに響き渡った。巨大な猫又が地面を踏み鳴らして、村々を歩き回った。
これに勢いづいたみつなり狐率いる西軍の狐たちが続いて、巨大な妖怪、でいだら坊に化けるべく組みあがっていた。狐たちは声を合わせると化けて、村人を脅かした。趨勢は西軍有利かと思われた。
しかしいえやす狸はその右の脛にあたる場所にひであき貉がいるのを目ざとく見つけていた。ひであき貉はここにいたってもどちらにつくか決められずにいて、両軍をちょろちょろしていた。そこでいえやす狸は、騒ぎに乗じて民家から盗んできた鉄砲をひであき貉に向かって打ち込んだ。
臆病者のひであき貉は怯えて、変身を解いてしまった。
狐たちは総崩れになった。それを見た村人たちは口々に声を上げた。
「見ろ!妖怪じゃない!狐が化けていたんだ!狸もいるぞ!」
「鉄砲を持ってきて撃ち殺せ!」
散々脅かされて腹を立てた人間たちによって、山狩りが始まった。人々は手に鉄砲を持って、一番近くにいた、でいだら坊に化けた狐たちに向かって、弾を撃ち込み始めた。いえやす狸たち江戸狸は、その隙に人間の姿に化けて、逃げ出した。
勇敢にもさこん狐が鉄砲を持った人間に向かって突進するとその手に食らいついたが、別の人間に打ち据えられてしまった。
その隙に仲間のみつなり狐を逃がさんとした、よしつぐ狐も後ろから撃たれ、毛皮が美しくないという理由で人間に踏みつけられてしまった。
命からがら逃げだしたみつなり狐は、仲間の死にざまにコーンコーンと悔し泣きしたという。
一夜明けて、江戸に引き返す山中で、いえやす狸に話しかけてきた狐がいた。よしまさ狐である。この狐は、利を優先して近江狐のくせに狸方に加わったものであった。
「いえやすさま。みつなり狐は、故郷の近江に逃げたものだと思われます。そして私は近江狐です。そこで、私にみつなり狐を探せてください。必ずや、いえやすさまに喧嘩を売った身の程知らずのみつなり狐を、いえやすさまの前に引き据えてみせます。」
「ううむ。一理ある。どちらにしろ、命を賭けるといったからには、勝敗ははっきりさせねばならぬ。」
いえやす狸の命を受けたまさよし狐は佐和山へと向かった。そこにみつなり狐は隠れているに違いなかった。
このまさよし狐というのは、常々、
(俺の方が賢いのに、なぜ殿下はみつなりなんかを重んじるのだろう。それはきっと俺に運がないからさ・・。)
と考えて、みつなり狐をよく思っていなかった。だから今度のこともこれ幸いと、みつなり狐をいえやす狸に突き出してやろうと考えていた。
一方、みつなり狐は、恐怖と怒りで毛を逆立てながら、佐和山の森にある岩の裂け目に隠れていた。
(さこんもよしつぐも死んでしまった。かくなる上は、卑怯な手を使ったいえやす目を成敗して、仇を討つ。まずは大阪のひでよりさまのところへと行って、再び仲間を集めるのだ。)
そう固く決意して、山狩りが終わるのを身を縮めて待っていた。
そこにまさよし狐がやってきた。
「みつなりさん、みつなりさん。私は近江の狐です。仲間です。人間に見つからずに、ここから脱出する道を知っています。出てきてください。」
洞窟の入り口から呼びかけた。しかし、
「お前は狐のくせに狸どもについた、よしまさだろう!出ていくものか。」
みつなり狐はよしまさ狐が思っていたより、ずっと賢かった。
そこでよしまさ狐は一計を案じた。
人間に化けると山をくだって、村に出た。山狩りをしている猟師を見つけると、声をかけた。
「私は隣村の者です。昨夜のあの怪異に驚いて山に迷い込んでいました。そこで洞窟に隠れる見事な毛皮の狐を見つけました。ぜひ退治してください。」
「ほう。そこまで案内してくれ。」
よしまさ狐は、鉄砲を持った猟師を例の洞窟へと案内した。
「ううむ。ここには人間は入れまい。」
漁師は唸ったが、背嚢から荷物を取り出すと、松明を作った。そして洞窟の入り口に置くと、みつなり狐を燻した。
「山火事だあ。逃げろ!」
よしまさ狐が目をらんらんとさせて、洞窟に向かって、怒鳴った。
これには堪らず、みつなり狐が岩の裂け目から飛び出してきた。
あたりに鉄砲の音が響き渡った。
コーン。
みつなり狐が断末魔を上げた。
哀れ、みつなり狐は猟師に撃ち殺されてしまった。
よしまさ狐は猟師の隙を見て、みつなり狐のまだ暖かい死体を盗みだした。
あとは狐の姿に戻ると、それを咥えて、江戸へと山中を走った。
江戸にて、いえやす狸の目の前に、すっかり冷たくなったみつなり狐の死体が置かれていた。
「みつなり狐もついに死んでしまったか。いけすかない狐ではあったが、猿なんかに忠義を誓ったとはいえ、日の本一の忠義者といえよう。それに敬意を払うことにしよう。」
いえやす狸の命令で、みつなり狐は毛皮に鞣された。それは見事な黄金の毛皮であった。
「・・・そうして出来上がったのが、この襟巻なのである。」
いえやす狸は襟巻を撫でながら、子狸たちに向かってそう語り終えた。
子狸たちは歓声を上げて、襟巻に触ろうと手を伸ばした。
その時、朝露がみつなり狐の目元に落ちて、涙のように光ったとさ・・・。
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