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落ちこぼれの微笑み  作者: 雷山
2/2

休暇

 手元のチケットはやはり写真展への招待券だった。

 姉の結婚式から一週間後の土曜日、フェースターは休暇をとらせてもらい、招待券に誘われるがままに出かけていた。

 結局、編集長にチケットの件について後日電話をすると、忘れていた、と返ってきた。

 というのも、元からこのチケットはフェースターにあげるためにファイルに入れていたというのだ。彼はフェースターに説明するのを忘れていたのだ。

「困ったもんだけど、なんせ最近はこんなことが多いな」

 つい二日前、出版社の撮影依頼である、パーダーボルンでの集会に撮影人として参加したフェースターは、その集まりが単なる同窓会ではないことを、思い知らされた。

 旧国防軍兵士の集まりであることに間違いはなかったが、現場に参加していた老人たちは、皆、戦車兵だった。

 フェースターは一見明るそうな老人たちだがこの人たちは全欧州を震撼させたあの大戦争の生き残りなのだ、と空気から感じ取った。

 その集会は元戦車兵たちの集まりであった。開始早々、司会者である若者が追悼をはじめ、大きな写真を前にして手紙を読んだ。

 すると着席していた参加者全員が起立して、最前にある兵士の大きな写真に向かって全員が祈ったのだ。

 唖然としたフェースターはただただその光景をカメラに収めていったが、その葬儀のような光景の時を止めていくことに罪悪感がわいた。

 追悼が終わると、フェースターのもとに一人の若い女性が歩いてきた。

 彼女はフェースターに話しかけると、今撮った写真を一枚売ってほしいというのだ。

 フェースターは特に考えることもなく快く返した。

 プリントが終わればあなたの家にも送っておこう、というと女性は値段を聞いてきたため、フェースターは気を利かせてタダでいいよ、といった。

 しかし女性は引き下がらず、お金を払わせてほしいと言ってきた。

 フェースターとしては、このような場でさらにお金をとろうとは、さらに気を悪くしそうだと大変困ったが、女性はこの写真に価値を持ってくれているのだろうと意見をのんだ。

 集会も一段落し、各それぞれが自由に会場内で会話を始めると、フェースターの前にさらに一人の人物が現れた。

 先ほど写真を買いに来た女性に押されながら、車いすに乗ってやってきた年配の男性は、優しそうな笑みを浮かべてフェースターに話しかけてきた。

 彼もまた国防軍の元戦車兵であり、戦後は連邦軍の教官勤務もしていた人物だった。

「孫がいい青年と話していたもんだから、気になってな」、と男性は笑いを起こしていた。後ろの女性も見つからないように笑っている。

 フェースターは男性と握手すると、名刺を差し出して自己紹介をした。

「ほうほう、写真家か、旅する若者はいい、夢がある」

 フェースターは昼食をとりながらその男性と女性と談笑した。

 話の中身は、これまでの人生の失敗を笑い飛ばしたりなどのとっつきづらいことだったが、男性はそれを堂々と恥じることなく語った。

 それに男性は自らそれをふざけた話のネタにもしていたのだった。

 フェースターは苦笑した。笑っていいものなのかどうか分からないこともあったのだから仕方がない。女性は申し訳なさそうにフェースターと時々顔を合わせ、苦笑していた。

 晴天の真下で野外ランチを食べながらしばらくの間、話が進んでいた。

 食事も終盤にさしかかり、デザートが持ち運ばれてきたとき、ふとフェースターが男性に尋ねた。

「つかぬ事をお聞きしますが、この会の開会式の時追悼されていたのはいったい誰なんですか?」

「ん?しっかり名前も司会のエッボ君が言っておったぞ?」

 男性は笑顔のまま水を一口飲んで返答する。

 フェースターは本職の作業に集中していたということもあり、全くそれを聞いていなかった。

「あ、非常にそれは申し訳ないですが自分、聞いていませんでした」

 フェースターは申し訳なさそうにいうと男性は笑い声をあげてよしよし、と頷いた。

「あれはな、今年の一月早々に死んでしまった戦友なんじゃよ。聞いたことがないかね、オットーカリウス中尉」

 フェースターはしばらく考えたが首を横に振った。

 女性は黙ったままその二人の会話を静かに聞いていた。

「そうかそうか、フランツのやつ、多少は昔話をしてやればよいものを・・・まあいいそれでだ、カリウスのことだが、我が国防軍の戦車部隊の中でも実に優秀な兵士の一人でな、比較的若く血も赤かったのだが、冷静で、慎重で、それでいて勢いがあった、まさにドイツ戦車乗りの中のエースよ」

 フェースターは兄のこともあり、軍属の話が得意ではないことは分かっていたが、なぜか今はすっと頭の中に入ってきたのを不思議に思った。

 早く続きが聞きたくて、多少の応対を繰り返す。

「しばらく東のソ連の地をあの、ティーゲルで荒らしまわった後に怪我を負ってな、しばらくした後で今度は西側の防衛を任されて・・・それでなんだったかな、ええと、そうだ、そのまま米軍に降伏したんじゃ」

「は、はあ」

 あまりにもあっさりとした説明にフェースターは口を開けた。

 この人はじっくり時間をかけて話すつもりはなかったのだ、と理解すると口角が上がってしまった。

「ん?なんだね?腰抜けだとでも思ったかい?」

「あ、いやいや全然!もっと長話のなると思っていたものですから」

 男性はまた一口水を飲むと、また笑った。

「おーそれはすまんのう、しっかしだな、ソ連を相手に猛威を振るったことは確かじゃぞ、敵車両の撃破した数は150両をこえる」

「それって、どの位凄いんです?」

 すると男性は両腕を高く上げるとおおきな円を描いて、このくらいじゃといった。

「ぷっ、かはは、なるほど分かりましたよ」

 フェースターは思わずこらえようとした笑いを下手に吹き出してしまった。

「君もコンピューターが使える人間だろうから調べてみるといい、すぐに調べられると思うぞ」

「分かりました、お話し聞かせていただきありがとうございました」

 そう言ってフェースターはその日の仕事をほぼ終えて帰路についたのだった。

 

 二日後に男性と女性が住むフランクフルトに向けて写真を送ると、女性から電話番号登録を依頼されて、携帯でメッセージ共有するようになった。

「これも、ミウラさんが言ってた、縁ってやつなのかな」

 フェースターは女性に大した興味を持つ男ではなかったが、あの女性とはいい友人になれそうな気がした。

 笑みを浮かべながらフェースターは飛行機の到着時刻がまだ二時間あることを確認すると、機内でパソコンが使えないかどうかを機内表示で確認した。

 機内での通信行為は許可されているみたいだ。

 コーヒーを客室乗務員に注文し、そのまま足元に置いておいたPCケースからパソコンを取り出すと、早速、あの男性から聞いた人物について調べてみた。

 人名検索をかけ、検索結果の一覧の中で一番目についたサイトを開く。

 ネットの中じゃ有名な百科事典、それにはあの集会でも見た古い写真もあった。

「オットーカリウス・・・国防軍に所属した軍人で、当時ドイツ軍戦車兵の中でも無類の活躍を誇った人物の一人・・・」

 サイトを流し見しながら、フェースターはやはりしっかりと理解できるもんじゃないな、と溜息をついた。

 読んでいてもほぼわからないが、ドイツの地名や人物はよくでてくる。

 それを手探り感覚で理解するしかなかった。

「んん、だめだなあ、少し休むとしよう」

 我慢しきれなくなったフェースターはそのままパソコンをスリープさせると、ケースにしまった。

「お待たせしました」

 ちょうどいいところに客室乗務員が紙コップに入ったコーヒーを持ってきた。

 受け取ると熱いコーヒーを音を立てて少しすする。

 カフェイン入りの飲み物を飲んだとしても大して気分が落ち着くわけでもなく、フェースターは座席の背もたれによりかかると、そのまま寝込んでしまった。

 意識がほぼ飛んでる中ぼーっとしながら自分が小さいころに考えていたことを思い出しながら、彼は瞼を閉じた。


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