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第5話 死鎌アダマス 中編

 ぱんとヨウヒメは柏手かしわでを打ち鳴らした。

 ヨウヒメの身体を魔装が包み込む。

 現出した魔力が部品となって彼女の周りを包み込む。

 纏っていた衣装が消えて、鳥居のような術式陣が広がりを見せて彼女の姿を隠し、高速回転する術式に合わせて部品が組みあがって行く。

 それは極東における巫女服にも似た物。しかし、それは戦装束である。左右非対称の軽武装。その左腕の篭手には弓が接続され、腰には矢筒が組みあがる。

「さて、行きますわよ」

 ふわりと脚部魔装に内蔵していた飛翔術式を使ってヨウヒメは軽く浮く。浮きすぎないように地面すれすれ地面に足をつけずに高速移動できるようにした構え。

 ヨウヒメが担当するのは左第二陣。

 そこに存在する部隊は、高機動重装歩兵。生じる戦闘方は超高速密集陣形ハイスピードファランクス

 各個人により展開される盾術式が統合され超高硬度防御に転じている。

 その硬さは、

(わたくし)の矢も防ぎますか」

 ――本調子でないとは言っても、それなりに威力あるはずですのに。

 矢をひいて放つ瞬間に起動する術式はシンプルに三種類、弾体加速と威力向上、貫通付与。威力偏重の術式構成で放つ。

 今回は超速移動はしても縦横無尽というほどではないので威力を超重視した術式構成のみで挑んでいるわけだが、

「かったいですわね」

 それを無駄と言わんばかりに軽い音をさせて弾く。

「いったいどんな硬さしてますの?」

 そう呟きながらも後退しながら射撃を続ける。千人が複数に密集し、超高速機動で迫る様はまさに走る城壁のようである。

 円錐状に形状変化させた防護術式は盾である以上に矛でもあり、あれに轢かれればそのまま轢殺されるだろう。

 それが都合十個。百人単位で動く超高速密集陣形部隊は、それぞれが連携して一個の生物のようであった。

「わかっているなお前ら!」

「オッス班長! 美人とくんずほぐれつできます!」

「よくわかってるじゃないか! だったら気合いを入れろ!」

「班長、ぜひ突撃する時は前に!」

「バカヤロウ! 俺が前だ! 胸触ってくる!」

「ブーブー!」

 また、何やら嫌な視線と嫌な会話が聞こえてくる。

 現状、速度を合わせている為に追いつかれることはないが、これでは相手もこちらもジリ貧だろう。

「いえ、このままではこちらが負けますわね」

 相手は百人単位。防護術式を発動しているのは最前列のみ。彼らの防御を矢で削ってもすぐに背後の者たちと代わり再度防壁を展開する。

 それまでの間は他の一団が防御して隙がない。

 そのため、一人で攻撃術式、防御、飛翔術式等を発現させて使っているヨウヒメの方が先にバテるのは確実だった。

「無理に貫通させようとしても、術式がブレますし」

 先ほどまでの魔素酔いのおかげで調子がすこぶる悪い。照準も誤差があって状況は悪いと言わざる負えない。

「でも、やりますわよ」

 それでも退く気はない。負ける気もない。

 恋に身を焦がす乙女は無敵なのだ。

 魔力は常に滾っている。

「無理してでも勝ちますわよ」

 ――アルス(あなた)に、恋する女の力見せて差し上げますわ。

 柏手を打ち鳴らす。

 術式陣が彼女の周りを回転する。

 そのままに彼女は弓を引き絞った。

 矢が回転する術式陣の一つを通過する。すると矢が分かれた。数十、数百に分かれた矢が部隊へと殺到する。

 その一発一発が重い。そのために敵は止まらざるを得ない。

「まだまだ」

 更にもう一発。今度は別の術式陣を通過させる。

 その一射が加速する。何よりも早く飛翔して止まった部隊へと飛翔する。

「飛びなさい」

 そうヨウヒメが命令した瞬間、矢が飛ぶ(・・)。盾の直前で消えて、盾の中へと現出する。

 矢は直進し、密集していた部隊を一瞬引き留め後ろに下げて、貫通した。並んでいた数十のゾンビの捩じ切り突き刺さったまま矢はいずこへと飛び去って行った。

 種は簡単。空間跳躍術式による壁抜けだ。むしろ本家の壁抜けよりも対象が見えている分難易度は下がる。

 相手の盾が硬く貫けない時、ヨウヒメは二つの選択肢を考える。

 一つは、威力をもっと上げて力押しで貫通させること。

 本来ならばこちらを選択するのがヨウヒメなのだが、生憎と威力をあげるには相手と同じ人数分の魔力を捻出する必要がある。

 相手が一人ならそれをやってもいいのだが、相手が複数であり戦闘が続くとあればそれでは魔力を使いすぎる。

 ゆえに、第二案。盾を無視する。

 盾を貫通できないのなら盾を無視して直接中身を狙えば良いという超脳筋理論で生まれた超精密空間跳躍術式。

 動体に対して使用するのが難しいが止めてしまえばあとは簡単だ。

 如何に硬い盾だろうともそれの中身は柔らかい。盾さえなければヨウヒメの矢はどのような相手でも貫く。

 そして、空へと舞いあがる。敵が来れぬ空へと舞い上がり、一方的に射撃を敢行する。

 空から俯瞰し、敵の飛翔術式を消し飛ばし部隊を蹂躙する。

 盾で防いでも無駄だ。その盾を無視して矢を飛ばす。

 もはや、ヨウヒメの矢から逃れられる者はいない。

 これが十将軍一の射撃の威力を誇るヨウヒメの実力――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ヨウヒメ。またの名を脳筋弓姫。防御を捨てた攻撃偏重の矢の一射は味方にすれば途轍もなく頼もしいが敵にすると厄介この上ない。

 その上、脳筋認定されるくらいの攻撃特化型のくせして壁抜け術式とかの小技も駆使できるというのは先ほどの戦闘結果を見れば明らかだった。

 それゆえに、彼女が弓を引けば部隊員の大半を削られていく。

 攻撃全振りのくせに小技も使える。むしろその大威力攻撃を当てる為に全てを賭けていると言っても過言ではない。

 それなりに理性的だが、このヨウヒメかつての戦乱の時、弓兵のくせに前線に出てヒャッハーしていたのをメアは忘れたわけではない。

 ――そのおかげで何度面倒くさいことになったか。

「だから、オマエも嫌いだよワタシは」

 前線でヒャッハーしたいのならそれ相応の装備をしろ。軍団一高い攻撃力持った砲撃兵。それが紙装甲のくせに前線に出るな。

 かつての戦乱においては、当たらなければどうとでもありませんわとかつて言ってのけていたがメアからしたら冗談ではない。

「そのおかげでオマエの無駄に高性能な軍が動かなかったのだぞ」

 流石です、お嬢様と言って戦闘を眺めているばかり。

 ヨウヒメ旗下はヨウヒメファンクラブと言っても差し支えない。

 だから、彼女が前線に出たのなら邪魔しないように見ている。

 邪魔しないようにではない。ヨウヒメの雄姿をじっくり見たいから動かないだけだ。

 ――そのおかげでどれだけワタシが苦労をしたと思っている。

「ヨウヒメ自身はきっちり働くから何も言えないのがまたイラつかせてくれたものだな」

 ――さて、オマエの弱点は知っている。

 ヨウヒメは基本的物理射手だ。かといって、大気中の魔素を矢に変換するために矢が尽きる心配はない。

 ゆえに耐久作戦などとっても意味はない。魔力が尽きることはあるが、それがいつになるかは不明であるため得策ではない。

 自身も魔族である。魔族というものがどういうものかわかりきっている。

 窮地になればなるほど燃えるのだ。越えることの難しい壁などに魔族はどうしようもなく燃えてしまう。

 越えようと普段以上の力を発揮する。

 まだだ、とか言い出すのがその証だ。今の現状が認められないゆえに、それを否定し新たに切り開く。そのために覚醒する。

 魔族とはそういう生き物だ。つくづく狂った生き物である。それが原因でヘヴルは滅んだというのに。

 それでも魔族は止まれない。失敗した。だからどうした。今度は成功させる。

「ワタシもそのどうしようもない魔族ですがね」

 十将軍を三人も相手にしている。その上で勇者も相手にしなければならないという窮地、困難。

 端的に言って燃えている。

 まずは一手。

「オマエの得意分野、空を封じさせてもらおう」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「――っ!」

 急激に生じた圧力に毛が逆立つ。

 ――これ、は……。

 刹那、大地が割れた。

 裂け目から現れたのは巨大な魔物だった。巨大なワームだ。

 巨人族すら呑みこめる規模のワーム。

 大地の裂け目から現れたワームは左第二陣ごと戦場を丸呑みにする。

 それは空にあるヨウヒメですら例外ではない。

 いや、ヨウヒメこそが目標なのだろう。

 いったいどれほどの大きさなのか。大地の裂け目から上昇して避けようとするヨウヒメを追ってその身体を伸ばしてくる。

 飛翔系ワームでもあるらしい。終わりが見えないどころか更にどれほど高度を上げても追ってくる。

 縦横無尽に逃げ回ってもどこまでも追走してきた。

 そして、その大口を開く。

 全てを呑みこまんと開かれた口が吸引を開始する。

 大気中の全てのものを吸い込まんと竜巻が生じる。

 いくらヨウヒメでも自然災害の中を飛べるほどではない。

 ――逃げられませんわね。

 ――なら。

 空へと逃げるヨウヒメすら例外なくただただ呑みこもうとする。

 ならば、逆にヨウヒメはワームへと突っ込んだ。

 どうせ呑みこまれるのなら呑みこまれよう。

 そして中から食い破るのだ。

「うげぇ、臭いで鼻が曲がりそうですわ。それに、ねちょねちょしますわー」

 体内は酷い状態だ。ねちょねちょとしているし、何より臭い。そして、術式が機能しない。

「うぷ、なんて、魔素濃度」

 ――これ、ニブレム原産のワームですわね。

 ワームは体内に擬似環境を作り上げる。内部で魔物を飼い半永久的に餌とするのだ。

 そのためワームの体内は外部環境と寸分たがわぬものとなる。

 ねちょねちょしているという違いがあるが、ニブレムで生まれたワームであれば体内は当然ニブレムを再現したものになる。

「あ、やば、吐きそうですわ」

 ――そ、それだけはなんとしても阻止!

 乙女としての沽券にかかわるし、なにより戦闘中に吐きたくない。

 なにせ、

「います、わよ、うぷ、ね」

 敵はここにもいるのだ。

 共に飲まれた左第二陣のゾンビたちがそこはいる。

 皮膚がはがれた赤い肉塊が悪魔として成形されたような異形の姿。

 ぽっかりと胸に開いた穴は、死者としての証。死の眷属たる紋様がそこを中心に広がっている。

 禍々しい漆黒の装備は否応なく怖れを抱かせる。

 彼らを倒すには心臓を破壊しなければならない。だが、彼らの心臓はここにはない。

 どこか近くにはあるだろう。目に見える位置にはない。だからこそゾンビは恐ろしい。

 そんなほとんど不死の軍団が高機動密集陣形ハイスピードファランクスを形成する。

 防御陣形の攻撃転用。

 彼らはヨウヒメを轢殺せんと突撃を開始する。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「呑まれたか。いや、ジブンから呑まれたか。馬鹿なヤツだ」

 ヨウヒメの厄介な点は、その機動力だ。高威力を放つ弓兵だが、決して固定砲台ではない。

 超高機動移動砲台。それがヨウヒメだ。

 倒すならばどうすればいいか。それは彼女の機動力を奪ってやればいい。

 どうしようもなく狭い場所。彼女の機動力が活かせない場所に誘い込んでやる。

「そのためのワームだ」

 ニブレムで生まれたワームを大切に育て上げた特別だ。

 体内硬度はイロカネを超えている。神滅魔装が展開する超高密度魔力防壁並みの硬度。

 ただの魔装ではどうやっても貫けない。ヨウヒメの全力でようやく破れるくらい。

 そして、

「ヨウヒメは魔素耐性が低い」

 獣人に言えることだが、魔族でも比較的人間種に近いために魔素に対する耐性が少し低いのだ。

 城に招待する前にきつそうにしていたのをメアは見ている。

 だからこそ、ワームの中でのヨウヒメは全力なんて出せるはずもない。

「空を奪い、機動力を奪い、閉所に追い込み、高密度魔素空間へ落とし、そこを襲撃した」

 だが、まだだ。

 その状況でもヨウヒメは戦うだろう。

「そら、もう一手だ」

 ゆえに驕らずにもう一手。

 驕らぬ王者の一手がヨウヒメを追い詰める。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 突撃の構えを取った密集陣形が八つ。二つほど外で消し飛ばしたので残りは八つ。800人ほどのゾンビ。

 しかし、ろくに飛べず、身体能力で相対するにはきつい相手だ。

「でも、やりますわよ」

 この窮地、この困難こそ魔族の本能を刺激する。

 魔心臓は鼓動を高めて、魔力を生成する。

「組み替えますわよ」

 ここでの戦いは少しばかり変則的になるだろう。ゆえに、まずは柏手を叩いて魔装を組み替える。

 左右非対称だった射撃特化の魔装の姿を変える。

 ご丁寧に待ってくれるのは余裕ゆえか。

「良し、お前ら録画術式準備は良いか!」

「ばっちりっす!」

「余さず隅々までとれ!」

「光で重要なところは見えませんよ」

「バカヤロウ! それでいいんだよ!」

 班長の声が木霊する。

「良いか、重要なところは見えなくていい。代わりに心の眼で視るんだ。想像こそが俺たちの最大の武器であることを忘れるな!」

「班長!!」

「それに、重要なところ見えてると規制はいるし」

「あ、そうっすね」

 物凄い嫌な理由で待ってくれていた。

 しかし、待ってくれているのならば好都合。この際見られても良い。

 いや本当は良くないが、どうせ大事なところは全部術式光に紛れて見えない。せいぜい身体のラインくらいだが、そこに関しては自信があるので見せつけてやろう。

 だから今は組み替えに集中する。高濃度魔素中で頭はふらふらするし吐き気が常時襲ってくるが、気合いで押さえつけて組み替える。

 左右非対称を対称にする。重装備の左腕を通常まで落とし、弓を固定式ではなく手持ちに変える。というか弓を二つに分割する。

 あとは機動力確保と近接戦闘用に余分なものを取り除いて完成だ。

 ほとんど衣装でしかなく、腕と脚に辛うじて装甲が残る程度。そのほとんどのリソースは攻撃と魔素中和に割り振った。

 組み替えは完了し、術式光が収まり魔装が顕現する。

「さて、うぷ、行きます、うっぷ」

 ――気持ち悪いですわ。

 中和してなお気持ちが悪いのはもう体質だと諦める。そもそも猛毒レベルでも生活できるワームとかニブレムの環境がおかしいのだ。

 だからといって敵が待ってくれるわけではない。

「行きますわよ――」

 分割した弓の接合部。持ち手部分を逆手にする。

 ヨウヒメの弓は刃だ。近接格闘射撃弓。それが彼女が扱う弓の名前である。

 後方支援が主な弓でヒャッハーするために開発された特別な弓だ。

(わたくし)元来こっちのスタイルですの」

 そう言って踏み込む。

 腰を低く、獣人の身体能力に物を言わせて突っ込んできた部隊へと蹴りをかまし、そのまま防護術式を駆けあがり密集陣形内部へ。

 そのまま分割した弓を振るう。双剣となった弓にて的確に、ゾンビの首と四肢を切断する。

 如何なゾンビだろうと身体がバラバラなら少しばかり再生に時間がかかるというわけだ。

「もう少しで、スカートの中が見えるというのに」

 転がってきた首を蹴飛ばす。凄まじい威力で蹴り飛ばされた頭部は更に突っ込んできていた部隊を一瞬だけ止める。

 そこにヨウヒメが殴り込んだ。双剣を振るい、逃げようとすれば背後から弓が襲う。

 遠近両用。どこにも逃げ場などない。

 近距離でも、遠距離でも。攻撃偏重の一撃が全てを刈り取る。

「これが、本来の――」

 そんな声が響く。

「ああ、久しぶりの感覚。楽しいですわ!」

 思わず口角が上がる。

 これが本来のヨウヒメの戦い方。

 奉納の関係上、遠距離を主体に置いてあっただけで、本来獣人とは近接能力に秀でた種族だ。

「我らでは、対処しきれんか」

 元来騎兵用の密集陣形だ。突っ込んでくるイノシシを相手にするようには出来ていない。

 内部に入られるほどに身軽な相手では良いカモだ。

 ゆえに、

「――っ!」

 奥の手が来る。

 ワームの奥から何かがやってくる。

 ねちゃり、ねちゃりと粘液の音をさせながらそれは高速で飛来した。

 逃げる暇など与えずヨウヒメを拘束したそれは触手。海魔系の粘液たっぷりの触手だった。

 腕を拘束される前に弓を振るい足にまとわりついたそれを叩き落とす。切り裂くことは不可能だった。

 同時に、触手の主が姿を現す。

 蛸のような頭部と触手。身体は人の形であるがどこまでも異形だ。

「邪神系までいますの?!」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ヨウヒメの驚愕ににじんだ表情を見て、邪神系魔族のクトゥンは口角をあげた。この瞬間をどれほど待ち望んだだろうか。

 このワームの腹の中で居座って早数十年。まったく敵など来ない。

 だがようやく敵が来た。相手は強い。

 しかも、

「女。まさしく、我が相手にふさわしいですなぁ」

 気色の悪い笑みを前面に出しながら、クトゥンはその触手をヨウヒメへと向ける。

 くちゅり、くちゅりと粘性の音を立てながら、されどそんな音を立てているとは思えないほどの速度で触手はヨウヒメへと向かう。

「我が身、我が触手。汝が望む死を選べ――」

 触手であれど柔らかいなどと思うなかれ。その硬度は神滅魔装クラス。

 驚くことはない。神滅魔装は彼らのような神を滅する為の武装なのだから。

 魔族と人間の戦争その最初期にて猛威を振るった神々。

 それに対抗する為に作られた神滅の魔装。

 ゆえに、神々の系譜であるクトゥンもまたそれクラスでなければ抗うことなどできない。

 八本の触手と二本の腕。それらによる全方位からの攻撃。二本の腕、二本の武装では抗う事などできはしない。

 振るわれる鞭のような触手が魔装を削り取り、拳が武装を破壊する。

 健気な反撃をものともせずただ相手を討ち滅ぼす為に触手は加速し、拳は際限なく威力を高めていく。

 相手の原型がなくなるまで、その猛攻は止まりはしない。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「――――」

 もはやヨウヒメは悲鳴すらあげられない。

 ありとあらゆる角度から触手が打ち付け、全身を殴打していく。

 骨は砕け、もはやぐちゃぐちゃの肉袋。

 だが、まだ、生きていた。

 潰れていない目で己の状態を確認した。

 有体に言ってなんで生きているんだという状態。

 腕――真っ白な骨が赤く染まって各所から突きだしている。関節がたくさん増えたようだ。

 足――折れて砕けた骨が足先に溜まって冗談のように膨れている。空いた穴からは噴水のように血が噴き出していた。

 胴――大穴が開いている。そこから千切れた内臓が垂れ下がっていた。

 頭――感覚でしかないが、半分かそこらは潰れている。

 武装――粉々に砕け散っている。

 衣装――そんなものはあったことすらわからないだろう。

 だが、まだ生きている。

 魔心臓はまだ鼓動を続けている。

 それはまだあきらめていないということだ。もとより魔族に諦めるという言葉はありはしない。

 いい加減魔力は溜まっている。

 だが、神滅巨人闘争ティタノマキアは来ない。

 これより先は、同じくシンの闘争。

 封じていたものを開放しよう。

 極東術式の究極。

 奉納をされる者だけが至れる極地。

「――開封神成――」

 今ここに、女は神と成る――


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ぬ――」

 クトゥンが感じ取ったのは、懐かしい気配だった。己と同等の気配。そう、神に類する気配。

 生じたのは巨大な、自らと同等の九尾の狐。

 赤く瞳を輝かせた九尾の狐が自らの喉元に食らいつく。

「ぐ――」

 振り払おうと触手を振るうがその瞬間には、九尾の狐は消え失せる。変化。それにより小さくなったのだ。

 そう気が付いた瞬間には、九尾の狐は目の前にいる。鋭い爪が触手を斬り裂いた。

「はは――」

 クトゥンは笑う。狩るだけの容易い仕事であると思っていた。

 だが結果はどうだ。

 目の前にあるのはまさしく正しい神の姿だ。

「極東信仰術式。それによる神成。まっこっと見事よ。獣人の娘」

 正確なところはわからないが読み取った結果からの予測はこうだ。

 術式を用い、自らに与えられていた信仰を糧として神へと位階をあげた。

 信仰術式と呼ばれる、奉納と加護という一種神の在り方を体現した術式の究極系だ。

「いいぞ、いいぞ」

 口角が上がる。神の闘争など久しぶりだ。

「楽しいぞ! さあ、もっと見せるが良い!」

 燃える。神が高揚する。

 八本の触手が猛り、剛腕が振るわれる。

 それに追随する九尾の狐。神と成った女の姿。

 もはやその攻防、ワームの体内で完結することなどできない。

 ワームが内側からはじけ飛ぶ。それだけに飽き足らず余波は大地をひっくり返した。

 それすらも意に介さず、触手を振るい拳にて穿つ。

 互いに一歩も譲らず、九尾の狐が喉元へ食らいつく。

 そのまま触手を突き刺せば、爪を突き刺し返される。

 牙が首を抉る。触手が九尾を引き裂くのはまったくの同時。

 そして、互いの巨体が崩れ落ちた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 メアが再び駒を倒す。

「勝ったか。だが、これ以上は不可能であろうな」

 クトゥンは良くやっただろうが、これ以上の戦闘は不可能。いや、神をここまで削ったヨウヒメこそ賞賛されるべきだろう。

「あのような切り札を隠しているとは知らなかったがこれで奴は動けん」

 左第二陣は終わった。次は右第一陣。だが、そこももはや終わりだった。

 術式で映し出した右第一陣。そこで行われているのはたった一発の魔法が全てを終わらせた光景。

 彼女こそがもっとも厄介な戦力だ。ツァリーヌ自身はまともに戦場に立ったことなどないが、だからこそ彼女に容赦の二文字はない。

 彼女には何をやっても意味がない。

 友だからこそわかるのだ。圧倒的すぎる。近接戦闘だろうと近づく前に撃たれてしまえば終わりなのは当然。

 だが、彼女は心配いらないだろう。こちらの邪魔はしない。彼女に言って聞かせた恋愛理論があるならば男の邪魔などしない。

 だから終わりなのだ。

「一足先に本命に行くか」

 終わった盤面はもう見ない。

 ゆえに次の盤面へとメアは駒を進める。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 術式光が煌めき、魔法が顕現する。莫大な魔力。生じる結果は単純だ。

 圧倒的は破壊。

 生じる熱風に触れるだけで、全てが溶けていく。

 魔法の直撃を受けていないというのにその余波だけで全てが崩壊してく。

 なんだ、なんなのだこれは。兵士は思う。

 魔法にも物理にも強いゴースト兵。我らに死はなく砕かれてもいつか復活する。

 無敵の兵士だ。訓練されたゴーストほど怖い者はない。

 術式による波状攻撃に、浸透したゴーストによる奇襲近接戦闘。

 これで倒せぬ敵などいないはずだった。

 だが――、

「なんなのだ、あの女は!」

 研究員としての彼女は知っている。だからこそ、戦場に立つ彼女の姿を誰も見たことがない。

「あ、あの、すみません。もう少し弱めの方がよかったでしょうか。でも、私これ以上弱くは出来なくて。あの、まだありますよね。これで終わりじゃないですよね」

 最高に手加減して、たった一瞬で戦場にいた一千人が薙ぎ払われ蒸発した。

 運よく拡散しなかったゴーストが見たのはクレーターだ。

 戦場全てを呑みこんだ地獄の釜の形。赤熱した地面の中で立っているのは彼女一人。

 魔法使いは接近してしまえば弱い。

 セオリー通り接近しようとしたその瞬間には、もう全てが終わっていたのだ。

 彼女は数キロ単位を呑みこんだ魔法をたった一言で使って見せた。

 その結果、戦場には何もなくなった。残っているのは辛うじて己を保ったゴースト兵とこの惨状を引き起こした張本人だけ。

 もはや戦いだとかそんな空気にすらなっていない。

 ただ、軽く小突いた。ツァリーヌからしたらその程度だったのだろう。

 だが結果はこの通りだ。何もかもがなくなってしまった。

 そんな状況でなおツァリーヌは続ける気だった。まだ敵は残っている。ならば続ける。至極当然の論理。

「っはは」

 その論理にゴーストは、口角をあげていた。

 当然だった。こんなものを見せられて、終われるはずがないではないか。

 この窮地。この難敵こそ望むもの。今こそ、心が躍る。

「そうだ。まだだ――」

 意気高揚。それは散って行った者たちもまた同様に。

 彼らは一つの群体であり、軍隊。複数で一つ。その魔力を発生させる魔心臓は、何よりも強く鼓動している。

 伝説を目の前にして更に高揚は高まり。魔心臓は高揚に合わせて速く、速く鼓動を刻んでいる。 

 生成される魔力は既に、通常時の数十倍以上。

「――来たれ神滅魔装ラグナロク、我らが肉体レムレース!! 我らが心を燃焼させ、我らが魔装は駆動する――!!」

 かつての戦乱においても最終局面においてのみ使用された真なる魔の武装がその姿を現す。

 これより先は神滅巨人闘争ティタノマキア

 超常の力が彼方の空より現出する。これが魔族が畏れられ、この大地を制覇するに至った理由。上位魔族しか扱えぬ魔装の次なる段階。

 数十メートル、あるいは数百メートルにも及ぶ超巨大武装。

それは、超巨大な影の肉体だ。大地を、世界を抉り潰さんとばかりに巨大な得物が現出する。

 如何な上位魔族であろうとも、これを戦いの場で出すことなど稀だ。そこまで魔心臓は加熱せず、意気は燃焼しない。

 だが、あの結果を見せられて高揚しない魔族などいない。

 ゴーストは等しく滾ったのだ。

 血沸き肉躍る戦い。これこそが、魔族としての本能。神々に挑み、全てを崩壊させる黄昏の種族の在り方。

 これに抗うならば同様のものを出す必要がある。

「んー、さっそく試せそうですね」

 しかし、彼女は神滅魔装を展開しない。そもそも魔装すら展開していない。

 ただ彼女は一つの術式を展開する。

 広大な戦場を包み込むかのような巨大な術式。

「もともと私はあまりアレって好きじゃありませんし」

 魔法戦闘を行うならば己の身があれば十分。

 一人の男をめぐる戦いであったヨウヒメの時は、その性質上お互い同条件で行わなければならなかったが、今回は別。

 自分らしい戦い方をさせてもらうとする。

 対神滅魔装術式。アルスを見て考案した対神滅魔装特化の術式が今、起動する。

 莫大な量の魔力によって起動した術式が空間を支配する。

 生じる結果は斬ったという結果のみ。

 愛しい男の斬撃を愚直なまでに術式で再現した女の愛の形。

 結果は決まっている。

 術式は神滅魔装を両断してみせた。

 愛の勝利だ。

「ふぅ、少し疲れましたね。アルスさんはどうでしょうか」

 中央よりの右第二陣。そこでアルスは戦っていることだろう。

 本来ならば加勢に行くところなのだろうが、

「座して待つのも女の甲斐性でしたよね、メア」

 女ならば男が勝つと信じて待つもの。それが魔族の女だ。

 だから、ツァリーヌはアルスの勝利を信じて待つ。

 中央の戦況。ただ一人軍団と戦う男をただ信じて待つ――。


ヨウヒメ、ツァリーヌのターン。

ただしほとんどヨウヒメ。ツァリーヌは本気出すとこんなことになります。

あと愛の勝利。恋する乙女は無敵なのです。


次回はアルスのターン。軍団線からのメアとの二連戦予定。

ただし、次回はリアルの状況により29日に投稿できないかもしれないですが。その時はすみません。

ではまた。


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