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第4.5話 温泉街の夜

 グッドマンが旅に加わって闘技場の街を出てから一日。

 アルスとその他は湯治場に来ていた。ちょうどよい宿泊場がここだったのだ。

 そういうわけで風呂である。

 これより先は、露店風呂である――。

 ざばっ、湯を肩からかける。きちんと体全体の汚れを落とすように。

 ツァリーヌは最近まで気にしていなかったが、恋する乙女となってからは少しの汚れも気になる。すっかり綺麗好きになってしまった。

「こら、もっとしっかり丁寧に洗いなさいですわ。あなたの髪はただでさえ癖が強いのに」

「あうぅ」

 ――でも結局、ヨウヒメさんに髪を洗われる。

 最初は恥ずかしいから逃げていた。だが、最近は、逃げなくても良いかなとツァリーヌは思うようになっていた。

 他人に洗ってもらった方が楽だし自分でやるより綺麗になる気がするのだ。

「あはは、まったくツァリちゃんは恋しても変わらないねー」

「なんで、ナチュラルに女湯に居ますのグッドマン」

「んー? だってほら、ぼくってば性別なんてないようなもんだし? どちらにも変えられるから今は女ってだけ。君らといた方が面白そうだしねー」

 機械種は性別の概念がない。強いて言うなら両性ということになる。

 彼らは主の求める性別に変化するというのだ。姿形も彼らが主と仰いだ者の好みに合わせることができる。

 それが機械種としての恋愛感情の発露だとグッドマンは言った。

 それからそもそも身体を自由に組み替えたり、部品を追加することのできる機械種にはその手の概念が薄いので言っても仕方ないという身もふたもないことを言ってオチをつけたが。

 ともかく、グッドマンの性別についてとやかく言っても仕方がないということ。

 だからツァリーヌもヨウヒメも気にしないことにして、身体を洗うことを再開する。と言ってもツァリーヌが一方的に洗われているだけだが。

「あなた、自分の身体くらい自分で洗えませんの?」

「洗えますよ。駄目だししてるのヨウヒメさんじゃないですか」

「そりゃそうです。乙女としてなってませんもの」

「だって、数百年前ですよ、私がまだその手の事に気を使ってたの、忘れましたもん」

 忘れても身体が覚えているとか良く言われるが、数百年もやらなければすっかり忘れてしまうのは自明の理。

 現にツァリーヌはすっかりと忘れてしまっているからヨウヒメの世話になっているわけである。

「なら覚えなさいな。あなた、物覚えは良い方でしょうに」

「これでも覚えた方ですよ。髪が多いので」

 ツァリーヌの髪は量が多くさらに癖もあるので洗いにくい。乙女であったのは、もう数百年以上も前だ。すっかり記憶の彼方。

 再度乙女になってわかる、自分の喪ぷり。

「なら切ります? (わたくし)が切って差し上げますわよ? 長さを変えないで量を減らすくらい簡単ですわよ」

「本当ですか?」

「ええ。安心なさいな。変な髪型には致しませんから」

「ならお願いします」

 宿の主人に許可を取り道具を借りる。十将軍であるからそのあたりの便宜をそれとなく図ってもらえるのだ。

 何より、アルスという今世間をにぎわせている超絶有名人が宿泊するとなればかなりの箔になるので宿側もある程度のことは許容する。

 ――鋏で髪をいじられるのはいったいいつ振りでしょう。

 少なくとも向こう数百年はなかったはずだ。その間ずっと魔法研究とかしていたが、男っ気のない人生であると今更ながらにツァリーヌは自分にあきれ返る。

「そういえばさー。どっちが正妻で、どっちが妾な訳?」

 一人さっさと湯船につかっているグッドマンがそんなことを聞いてくる。

「こっちが正妻、(わたくし)が妾ですわ」

「ああ、じゃあ、もう勝負したんだ」

 魔族にとっての結婚。恋愛とは常に勝負の世界だ。

 優劣を決める。そのために、魔族は互いに全力を尽くす。結婚を望む相手とは常に最上の相手。

 だからこそ求める女は多い。

 ゆえに勝負である。複数の女が一人の男を好きになったらあとはもう実力勝負だ。

 強い方が正妻になり、あとは妾。

 単純極まりない理論であるが、全力を尽くして戦った。勝った奴はそれほどまでに愛が深かった重かった。

 だからこそ勝った。勝ったから正妻にふさわしい者として誰からも認められる。

 あとくされなどあるはずがないし、何より正妻だろうと妾だろうとも平等に愛するだけの器を持つのが男というもの。

 勝負は単に女たちの意地のぶつかり合いでもあるし、魔族の本能ともいえる。一番に誰でもなりたいものだ。

 そして、負ければあとはすっぱり収まるべき場所に収まる。

 正妻と妾が決まっているのならそれはもう勝負のあとだということだ。

「ええ、神滅魔装まで持ち出しての全力勝負でしたわ」

「紙一重でしたけどね」

「へー、いいなー、神滅魔装同士の戦いとか、有史以来初だよ。そこまで思われるなんて流石は勇者だねぇ」

 ――本人は、絶対に認めなさそうですけどね。

「はい、動かない、間違って耳切りますわよ」

「すみません」

「でも、実際の序列は君の方が上っぽいねー」

「これがもっと女として問題ないなら(わたくし)だってこんなにはしませんわよ」

「面目有りません……」

「ま、仲が良いことはいいことだしね」

 ――魔族なら当然じゃないでしょうか?

「いや、相手は人間じゃない? 人間基準で考えれば、正妻と妾って相当仲悪かったりするらしいよ?」

「そうなんですの? 信じられませんわね」

 ――ありゃ、ヨウヒメさんはそこら辺詳しくないんですね。

 だからグッドマンから引き継いでツァリーヌが補足説明をする。

「グッドマンさんの言うとおりですよ。人間の特に貴族の正妻と妾というのは、険悪なことが多かったそうです。子供が生まれるだけでも、大きく問題になったらしいですし。妾が男の子を生んだだけで大問題に発展してお家分断しての大騒動とか血で血を洗う間諜戦とか、国を割っての大戦なんてざらだったらしいですし」

 魔法研究のほかにも色々と研究をしていたからこの辺りにツァリーヌは詳しい。

 ツァリーヌが告げた事実にヨウヒメは信じられないと驚く。

「なんですのそれ。そんなのどっちの息子でも娘でも。優秀な方が跡を継ぐに決まってますのに」

「人間はそういう風じゃなくて生まれで跡継ぎを決めたらしいですよ」

「ま、全部が全部そうじゃないらしいけどねー」

「はあ、そうなんですのねぇ。――って、あなた、こういうことには詳しいのに何でこっち方面は駄目駄目なんですの?」

 ――それは、言わないでください。反省してるので。

 これから覚えていけばいい。そう今も覚えている最中だ。だから前より前に進んでいると思うことにしている。

「まあ、良いですけど。それなら、アルス様はどうなんですの? こっちの都合で話進めてますけど、アルス様的には問題だらけかもしれませんわよ」

 ――もっともな話ですね。そこのところどうなんでしょう。

 ――何も考えていなさそうなんですよね。

 今までのアルスの言動などを思い起こせば、まったくもって相手にされていないことがわかってしまう。

 正妻だ、妾だ言う前に、恋人だとか恋愛だとかそういう関係にすらなっていない。

 それどころか、此れから先そんな甘い関係になれるとはまったく思えない。

 アピールしてもまったく気が付かなそうである。

「とんだ朴念仁だねー。まあ、あれは厳密には違うっぽいけどねー。まったく本当、どこまで似るつもりなんだろうねー」

「それ、前も言ってましたわね。誰のことですの?」

「誰って、魔王だよ」

「魔王様とアルス様が似ている?」

「似てます?」

 ツァリーヌが覚えている限りでは、あまり似てないように思える。もちろん外見はそうだ。

 魔族と人間、違うのは当り前である。だから、グッドマンが言っているのは内面のことだろうか。

 しかし、どんなに記憶を探ってもアルスと魔王の共通点を見いだせない。

「そりゃ、部下に対してあまり見せるもんじゃないしね。親友だからってやつ」

「そういうの羨ましいですわよね。はい、終わりましたわよ」

「おー、軽いです。ありがとうございます!」

 髪を切り終えたので、片づけをしてツァリーヌとヨウヒメも湯船につかる。白い濁り湯で肌にまとわりつくようなしっとりとした温泉だ。

「はぁ、気持ちいですわー」

「良いものなんですねお風呂って」

 最近ようやくわかってきたお風呂の良さ。こんな広いお風呂は実に良いものだ。

「そうだねー。あ、そういえばさ、ヨウちゃん、尻尾どうしたの?」

「はい?」

 グッドマンがヨウヒメの尻尾を指さす。お湯の中でゆらゆらと尻尾が揺れている。

 どこにも異常などないようだった。

「なにもありませんわよ?」

「いや、前の会議の時は九本だったよねって」

「そういえば、戦った時も九本でしたね。今は一本ですけど」

 ツァリーヌが戦った時は彼女の尻尾は九本だった。今は一本だけになっている。

「あれは魔力の具現ですわ。もともと奉納で受け取った魔力をあの形で保管していただけですので、使ったり別の保管場所にいれた場合はもともとの一本になりますの」

「なるほどねー」

「奉納、便利そうですよね。神滅魔装よべる魔力を貯蓄できるとか」

 極東特有の魔法術式奉納は、他者に魔力を奉納させることで莫大な魔力を貯蓄プールさせておく手段である。

 そのおかげで、初っ端から神滅魔装による神滅巨人闘争ティタノマキアだ。

 恋する乙女じゃなければ相手にすらならず敗北していたという笑えない状況である。

「まあ、そうですけど。前回のあれは奉納の一部分ですわよ?」

「そこのところ詳しく!」

 未知の技術は燃える。

 未知を既知に変えるために様々なことを研究していたのだ。だから、そういうことにはツァリーヌは食いつく。

 そのあまりの食いつきにヨウヒメも引く。

「あははは、ツァリちゃんはいつも通りだねー。でも、ぼくも知りたいな。奉納って、魔力を分けてもらうだけじゃないんだ」

「これ実は結構企業秘密的なものもあるんですけど、まあいいですわ。奉納は、元来信仰術式の一部ですわ」

 極東の島国はその立地故に現魔王が、全魔族の頂点に立つまで閉鎖されていた。

 閉鎖されれば技術というのは独自進化をする。

 外部と接触がないから技術同士の触れ合いがなく、平均化もされずただただ突き進むからだ。

 極東において魔法が信仰術式として体系付けられる進化をした。

 信仰とは相手に思われ、相手を思うこと。

 その術式に存在するのは奉納と加護としての貸与だ。

「奉納で魔力を分けてもらう代わりに、(わたくし)の能力を加護として貸し出すのですわ」

「ああー、そういうことか。道理で君の旗下の兵団が異様に強かったのは――」

「――ええ、彼らの魔力を(わたくし)に奉納する代わりに、(わたくし)の能力の一部を貸し出していたのですわ」

 具体的に言えば必要のない近接格闘の技能をだ。ヨウヒメクラスの上位魔族としての近接技能を貸与する。

 僅かとはいえど下級魔族が上位魔族の力を振るうのだ。強いに決まっている。

 だから、ヨウヒメは弓を使う。少しでも仲間に与えるために。

「なるほど! 面白いですね!」

 術式研究者としての血が騒ぐのか目を輝かせるツァリーヌ。

「まあ、その分、攻撃性のあるものはないんですけどね」

 信仰術式体系はその性質上攻撃という概念がない。あるのは信仰による受け渡しと貸し渡しのみだ。

 他者への攻撃としての術式は存在しないのだ。どうしてそうなったのかはヨウヒメにもわからないという。

 なにせヨウヒメが生まれた頃から今の形で出自などは失われていた。

 だからツァリーヌは思考する。

「進化の背景の可能性としては二つ。攻撃術式が廃れるということは、それだけ攻撃が必要なかったか、あるいは攻性術式が通用しないような相手がいたということ。ヨウヒメさんの故郷は極東中でも、オーソドックスなあのあたりだから、えっと、あの辺りに生息する魔物は――」

 ぶつぶつとツァリーヌは何事かを呟きながら深く思考する。

 もはや周りなど見えてなく、目の前で手を振っても気が付かない。完全に思考に落ちていた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「これどうします?」

 ――大した集中力ですわ。

「良いんじゃなーい。彼女、それこそ本職だろうしさ」

 将軍としての彼女の役職は研究だ。ありとあらゆることの研究。本職としては魔法術式の進化に関する研究だ。

 魔王が広めた神滅魔装などはまだいいが、それ以外の術式は多種多様。それらの出自を明らかにしていくことで始まりの魔法。始祖術式を探すのが目的である。

 それがなんなのかは誰もわからないが、魔王が探すといったのだから探す。それゆえに、研究員として優秀であったツァリーヌは将軍となった。

 ヨウヒメやグッドマンと違って預かるのは軍ではなく研究施設であるが。

「そういえば、彼女もそうだけどさー。君は抜けて来て大丈夫なわけ?」

「それはあなたもでは?」

「ぼくは何人もいるからね」

「そういうとこ便利ですわね。真似したいとも思いませんけど。心配はいりませんわ。コウジを残してますので」

 従士長であった男を代わりに残した。彼はあれでヨウヒメに次いで強く優秀だ。人気はないため奉納には期待できないだろうが、それなりにうまくやるだろう。

「むしろ、子供を待ち望んでいる奴らもいましたし、願ってもないでしょうけど」

 ――きっと今頃大変でしょうねー。

 侍女たちなどは、総じてやれ結婚しろだとか、早く子供をとか言っていた。

 それは侍女たちがヨウヒメよりも先に結婚できないからだ。侍女が先に結婚するなどあってはならない。だから、今頃その縛りから解放された侍女たちによる婚活が始まっている頃だろう。

「うわー、それ面白そう。ちょっと見に行こうかなー」

「趣味が悪いですわよ。あと、あなた行ったら行ったで多分狙われますわよ」

 魔族の女は強い男を求める。男は強い女を求める。

 グッドマンほどの男になれば狙われない理由はない。機械種ならば男にも狙われる。

「おー、それはそれで面白そうだけどね。今回も結構用意してるし、うん、見に言って並列化すればいいか」

「それ、女泣かせですわね」

「ま、ぼくだけの特権だよ」

 そんなことができる機械種はグッドマンくらいだ。

「ま、それはいいとしてまだツァリちゃんは戻ってこないんだ」

 ツァリーヌはまだ思考の海の中だ。こういうところが乙女をやめさせたのだろうなとヨウヒメは思う。

「うーん。たぷたぷ」

「こらこらこら」

 気が付かないのを良いことにグッドマンがツァリーヌの胸をつつく。水に浮いてたぷたぷと揺れるそれ。とても柔らかいことが見た目でもわかる。

「大きいよねー。それにくらべて」

 グッドマンの視線はヨウヒメの胸へ。水滴がすとんと体の線を落ちていく。

「つつましいよね」

 ツァリーヌと比べるとヨウヒメの()の胸はとても慎ましいく可愛らしい。

「あなた、わかってて言ってますわよね」

 そんなあけすけなグッドマンの言動に半眼になるヨウヒメ。

「変化を使えばどんな胸でも作れますわ。どれも本物。(わたくし)の胸は可変式ですから、今慎ましやかだとしても問題ありませんわ」

「それ役割分け?」

「そうですわよ」

 巨乳のツァリーヌがいるのだから、ヨウヒメは彼女が担当できないところを担当するのが常道だろう。

 そうすれば夫に飽きられない。そういう工夫。

 だから巨乳のツァリーヌに対してヨウヒメは慎ましやかな胸にしている。

「せっかくの妾ですからね。アルス様も色々と楽しめた方がよろしいでしょう」

「ま、彼がどう思うかは知らないけどねー」

 そこが一番の問題である。

 これだけこちらがやってもまったく反応を見せない。あの年頃の人間はとうに性など枯れている頃だろう。

 だが、それを越えて本気にさせるのが女の甲斐性というもの。

「彼は色々と特殊ですので、ゆっくりやりますわ。あの子も頑張るみたいですし」

「君の方が年下なのにお姉さんっぽいよね」

「それは、種族としての違いだと思いたいですわ」

 リッチと狐人。不死種と獣人。

 種族が違えば思考体系は変わる。根本として魔族の本能だけはまったく変わらないが、思考の仕方は種それぞれだ。

 不死種は不変。ゆえに、その精神性もあまり変わらない。老成しないという事ではなく、最初から完成しているというべきか。

 だから、自分の方がお姉さんっぽいというのは重ねた時がそれだけ表出しているということにしておく。ツァリーヌの名誉のために。

「わかったああ――!!」

 突然思考の海から回帰するツァリーヌ。

「おおっと」

「こら、大声出さない」

「わかりましたよヨウヒメさん!」

「わかったって何がですの?」

「信仰術式ですよ。その起源はですね、おそらくですが――」

「はいはい。それは良いですからあがりますわよ」

「あ、そうですね。っとと、その前に忘れる前にアカデミーの方に連絡しても良いですか?」

「ああ、そういえばあなたアカデミーの学長でしたわね」

 研究員でもありアカデミーの学長でもある。本当、その辺は優秀なのに人並みの生活技能がないのはどうしてなのか。

 魔法を使えば良いとは言うが、それでもできた方が良い。だから魔法使いになると堕落すると言われるのだ。

「アカデミー。ツァリーヌ学派って言えば、わりとアレなところだよね」

 想像が出来るのは魔窟だ。研究施設にこもって風呂にも入らず休みも取らず研究に明け暮れる光景が目に浮かぶ。

「ハンナさーん、いますー?」

 通信術式をアカデミに―につなげたのだろう。術式円陣が彼女の前に浮かび上がりそこに一人の女性を映し出す。

 やつれた女性だ。ゾンビのように肌は青白く、髪はだらりと垂れて真夜中に遭遇したくない容貌。女として色々と終わっている感じだ。

「しょぢょおおおおお、どこでなにやってるんですかあああああ」

 しかも第一声が慟哭ときた。

「ずいぶんと、あれですわね」

「うわーお、想像以上」

「どこって、アセラムの温泉街ですよ?」

「なんで、そんなところにいるんですかあああああ!? 一人で保養ですか?! 人間見に行くんじゃなかったんですかああああ。てか、何百年ぶりのお風呂ですか?!」

「失礼な。私だって、乙女なんです」

「はっ」

 ハンナと呼ばれた女は、ツァリーヌの言葉に鼻で笑った。

「ツァリーヌが普段どんなだったかわかりますわー」

「くくく、面白いよねーやっぱり」

「な、なんですか! そんなに私がお風呂入るのがおかしいですか!」

 ハンナに喰ってかかるツァリーヌ。自分の行動を見直してから言えと言いたいヨウヒメだった。

「だって、乙女って、なんですか。研究が恋人とか言ってたあなたが乙女って。はっ」

「むぅぅぅう! 良いです。せっかく信仰術式の起源がわかったから報告しよと思ってましたけどやめます」

「は!? ちょ、待って、まって所長様! 今、なんと?」

「だから、信仰術式ですよ。その起源がわかったんですけど、聞きたくないんですね」

 逡巡もせず、通信術式の中の女性は土下座を敢行した。

 土下座。極東から伝わった最上級の懇願姿勢。高度なテクニックが色々と要求されるが、それをやればどんな相手にだろうと無下にはされない。

「見事な、土下座ですわね」

「なんか跳ね上がって空中で捻ってたけど、オプション?」

「ええ、そうですわ」

 土下座には色々とオプションが点いたりするが、それはそれ。

「じゃあ、教えますんで、きちんとアカデミーの方で記録しておいてくださいね」

「イエスマム!」

 ツァリーヌが術式に色々と添付して送り、口頭で補足する。

「――というわけです」

「なるほど、やはり術式進化は、それぞれの固有環境が与えるものが多そうですね」

「進化論、これでまとまりそうですね」

「はい! で、なんで温泉にいるんです? あのズボラで女捨ててた所長が。そもそも人間はどうしたんです」

 そして、話題はまた戻る。

「えっとですね、人間に会ったは良いですけど、一目惚れして今、彼について旅をしてるところです」

「…………」

 面白いようにハンナの動きが固まった。

 何を考えているのか手に取るようにわかる。

 ――その気持ち本当にわかりますわよ。

「所長が恋!?」

「どういうことですか!?」

「だって、だって、所長ですよ!?」

 ――言いたいことはわかりますわよ。

 ツァリーヌは女として終わっていた。

 それこそかなり胸以外無価値と言っても良い。それもヨウヒメからすれば胸の大きさを変えられるのでその点で考えると胸以外どころか胸も価値はない。

 料理が出来ない、掃除も洗濯も魔法任せ。

 そんな喪女が恋をした? ちゃんちゃらおかしいと思うのは間違いないだろう。

 ヨウヒメだって妾の立場じゃなかったら思っている。

「どういう意味ですか!」

「自覚あるでしょう所長」

「ぅ」

「で、相手は?」

「勇者アルス」

「あー。なるほど雄々しい男が所長の女に火をつけたと。まあ、頑張ってください。あ、それなら私たちが休み貰ってもいいのでは?」

「あ、そうですね。お休みにします。アカデミーの方は今長期休暇中でしたっけ」

「ええ、ですので問題ないかと」

「じゃあ、それで」

「はい、頑張ってくださいね。ヤフー、これで彼氏とデートいけるぞおおおおお!」

 通信が切れる直前ではっちゃけたハンナ。

 なんとも言えない微妙な空気になりながらも露天風呂から上がる。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 部屋に戻ると既にアルスは壁に背を預けて眠っていた。食事は勝手にとったのだろう。

 基本的に誰かに貰わない限りはアルスは自分で用意したもの以外は食べない。

 用心の為か。その方が楽だからか。

 おそらくは後者だ。用心とかこの男は考えない。

 なにせ、アルス一行とはアルスとその他なのだ。

 彼の中でツァリーヌ、ヨウヒメ、グッドマンは仲間に入っていない。

 勝手についてきている魔族。そういう認識なのだ。

 休すもうとしたら部屋を用意されて、他三人も一緒に居座っているとかそういう認識で、まったく歯牙にもかけていない。

 彼にとっては、等しく自分と敵とそれ以外しかない。

 立ちふさがれば敵。それ以外は敵じゃない。

 仲間は既に死に絶えて、自分以外誰もいないからそんな認識。

 グッドマンは、眠る彼を一瞥してから窓際に座る。

 ――悲しいというべきか。 

 ――たぶん、悲しいとも思っていないよね。

 どうしようもなく勇者である彼はもう魔王を倒す以外にやることなどないし関心もない。

 壊れているとかそうじゃなくて、彼はもともとそう言う人間なのだ。

 進むべき道をどこまでも進むことのできる人間。

 それ以外を捨てられるそういう人間だ。

 ――まさしく勇者。

 人類の為に全てを捨てられるからこそ、彼は勇者なのだ。

 そのための要素も力もあるというのに本人だけがそれを認めていないのは皮肉か何かか。

「もう寝てますの。流石に早いですわね」

「私たちが遅かったんでしょうか」

「いや、人間じゃもう晩年どころか寿命近いだろうしね」

 ――だからこそ修業をやめて出て来たんだろうけど。

「さて、ぼくらも寝るかい? 別に食事は必要ないだろう?」

 魔族は魔力があるためにいくらか食事をとらなくても問題ない。彼が眠っているというのであれば騒ぐこともない。

 だからここは彼にならってさっさと眠ることにするのが得策だろう。

「ええ、問題ありませんわ」

「大丈夫です」

「よしよし、おやすみー」

 ツァリーヌとヨウヒメも眠りにつく。

「さあて、行きますかー」

 グッドマンは眠らずに部屋を出る。

 そのまま宿の裏手へ。そこに潜んでいた影を殴りつける。

「はーい、覗き見とは趣味が悪い。どこの手の者だいって。ま、わかってるんだけどねー」

「ぐ、オールド・グッドマン!」

 殴りつけて踏まれているというのに元気がある。中々の上位魔族だ。

「おっと、いまのぼくはただのグッドマンだよ。で、君、メアのところの奴だよね」

 間諜系魔族特有の薄い気配。影に溶け込むような黒い体表に細い身体と来たらもうそれ以外にない。

「メアは、魔族の中でも珍しいからね。勝つ為なら何でもやる。それこそ、暗躍、暗殺、毒殺、なんでもござれ。そういうなりふり構わない姿勢って大好き。けど、ま、今はぼくはこっち側だからね。阻止させてもらったわけ」

 ぎりぃと悔しさで歯を鳴らす影。

 魔族の原理は単純だ。勝てばいい。こういう暗殺も大歓迎なのだ。暗殺されたら暗殺された方が悪い。毒殺されれば毒を分解できなかった己の不手際。

 そういうことで、こういう戦い方も魔族らしく歓迎される。

「けど、あの子たちはそういうタイプじゃないからね。来るなら真正面からきなよ君、ねえメア」

 突然影にあった表情が消え失せる。

『まったく。キミのそういうところがワタシは嫌いだ』

 メアが乗り移ってきたのだろう。そういう術式を彼女は得意とする。

「そう? ぼくとしては君のことけっこう好きなんだけど」

『抜かせ。そのような感情もないくせに。まあいい。もとよりこれで殺せるとも思っていない。アレは、この程度も乗り越えられないオトコではないだろう。ゆえに、招待だ。ワタシの城に来ると良い。望み通り正面から挑ませてもらう』

 彼女もまた魔族だ。強い敵は大歓迎。そのために全力を尽くすことを良しとしている。だからこそ、こうやって影を放った。

 彼女の本分は暗殺、間諜。ありとあらゆる闇の集約が彼女だ。

 それでいてどうしようもない武人でもあるのだから、いいとこどりしすぎと常々グッドマンは思うわけなのだが。

「っと、んじゃ。そういうことで。彼らを連れていくよ。久しぶりにぼくも暴れたいしね」

『だから、キミが嫌いなんだ』

 それを最後に影の表情が戻る。

「はい、それじゃ、主人の所に戻りな」

 影は何も言わず風景に溶けるように消えた。

「さて、それじゃぼくも寝ようかなー。明日から楽しい楽しいメアの城へ行くんだしね」

 メア。十将軍の一人。大鎌の処刑人。

 次なる相手へと旅は進む――。


温泉回。.5と付く回は戦闘なしのほのぼの系です。

次回は、鎌。

果たしてチームプレーはあるのか。

色々未定。

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