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第4話 鉄拳ポリュデウケース

 ヨウヒメが統治する街を出発してから幾許か。

「~♪~♪」

 鼻歌。少しばかりアップテンポなオリジナルの曲。

 牧歌的な風景の中でそんな曲が風に乗って響いてきた。

「あら、この歌は」

「? どうしましたヨウヒメさん?」

「はあ、あなた少しは周りを見た方がいいですわよ。この歌、わたくしたちの身内が好きな曲ですわよ」

「え、そうなんですか?」

 ――まったくこの子は。

 そう呆れながらヨウヒメはピクリと自慢の耳を震わせて音源を聞き取ろうとする。

 獣人である己は、感覚も鋭い。

「見つけましたわ」

 ――でもなんでこんなところに。

 少なくともヨウヒメが知る限りではこんなところにいるような者ではない。この鼻歌を歌う者は少なくともこんな場所にいていいような者ではない。

 ともかく、

「オールド・グッドマン。こんなところで何をしてますの?」

 話しかける。

「んー? ああ、ヨウちゃんか。ひさしぶりー」

 能天気に笑う少年のような容貌のオールド・グッドマン。

 しかし、ヨウヒメは知っている。彼がどのような人物かを。

 彼は魔王と同じくらい生きている最初期に発生した魔族の1人だ。ゆえに、彼の立場は十将軍の中でも特殊。

 気軽に出歩いているはずもないほどの上の存在だ。

「ちょ、頭を撫でないでくださいまし!」

「いいじゃんいいじゃん。やー、やっぱりヨウちゃんの耳は柔らかいね。尻尾はなんだか、いつもより減ってるけど。うん、もふりやすいしいいか」

「ちょ、やめ」

「あ、ツァリちゃんもおひさー」

「…………」

「あれ、もしかしてぼくのこと忘れてたりして」

 ――本当にこの子は。

 ギギギと目をそらしたツァリーヌ。本当にこの子は(わたくし)より年上なのだろうかとヨウイメは思いながら、呆れて溜め息を吐く。

「やっぱり研究ばっかしてるからー。よしよし、勉強熱心で偉いえらい。ぼくはオールド・グッドマン。今度は覚えていてね」

「は、はい」

 それからオールド・グッドマンはアルスへと視線を向ける。探るように上から下へ。ぶしつけであるが、彼の雰囲気はそういうことを感じさせない。

「君が、今話題の勇者アルスくん?」

「そうだが、お前は」

「ぼくはオールド・グッドマン。魔王の親友とかそういうところかな」

 十将軍の中において最も魔王の信があつい男だ。

「そうか。お前も十将軍か」

 アルスの覇気が増大する。剣の柄を握り、抜く。すらりとした黒の剣身は、されど大気に振れることはなかった。

 オールド・グッドマンがその柄を押さえたからだ。彼はいつの間にかアルスの目の前にいた。先ほどまでヨウヒメの耳と尻尾をもふもふしていたと思ったらもう目の前だ。

 縮地。そう呼ばれる魔族特有の戦闘歩行技術。彼我の距離を一瞬でゼロにする神速の踏み込み。いや、もはや空間跳躍と言っても良い。

 なぜならば、地を縮める歩行術なのだ。まぎれもなく目の前にオールド・グッドマンは現出したのだ。

「まあ待ってよ。すぐに戦っちゃ味気ない。君は強い。けど、ぼくだって強い。ならもっと良いところで戦おうよ」

「…………」

 その言葉にアルスは剣気を下げて力を抜く。

 それにオールド・グッドマンは笑みを浮かべて押さえていた柄から手を放す。

 刹那、剣閃が走った。

 音もなく、ゆらりと揺らめく陽炎のように一瞬で剣身が走る。

 硬い鞘に収められてた刃は鞘から抜かれると同時に加速し走った。

 居合いと呼ばれる抜刀術。それはヨウヒメが教えたものだった。

 硬い鞘、布などではない鞘を使っての高速抜刀攻撃術。極東以外では中々お目にかかれない技術だ。

 こちらの鞘は布や革などが一般的で硬い鞘を使わないからだ。それと大概湾曲した刀と呼ばれる剣でなければ行いにくいというのもある。

 そういうものがあるとアルスに教えたのだが、もうものにしたというのか。

 流石は勇者だ。そう心の中でヨウヒメは賞賛する。

 教えたばかりだというのに、熟練の抜刀術だった。一瞬でトップスピード。直剣だというのをものともせず感覚と才覚だけで剣を抜き放っていた。

 これが勇者に選ばれた男が数十年修業して至った剣の極致。その理は剣であるのならば何でも糧にして昇華させんと猛っている。

 これが勇者。これが雄。

 ――ああ、やはり、この人は素晴らしい。

 だからこそ、ヨウヒメも滾る。魔心臓が跳ねる。

 漆黒の斬線を残しながらオールド・グッドマンの首へと刃は走る。

 笑顔を浮かべたままのオールド・グッドマンは反応できずに斬られた。

「やった!」

 ツァリーヌが声を上げる。

「いいえ」

 それでもヨウヒメは否定した。

 オールド・グッドマンを知っているのであれば、この程度。首を斬られて死んだ程度(・・・・・)ではどうにもならないことを知っている。

「ひっどいなー。うんでも、勇者ならこれくらいできなきゃね。君やっぱり先代たちより強いよ」

 死体をそこに残しながらオールド・グッドマンが新たに現れた。

「…………」

 ――あ、きっとそんなことをいうなって思ってらっしゃいますわね。

 ツァリーヌがわかっているかはわからないが、ヨウヒメは獣人特有の鋭い感覚から察している。

 アルスは、自分が勇者であることを認めていない。そして、先代たちを神格化している。それはもうありえないほどに。

 勇者であるならば神滅魔装ラグナロクを一刀両断にしろ? 勇者であるならば敵を一撃で屠れ? 先代たちがやってきたのだから、出来ない自分はおかしい才能がない未熟者だ。

 ――いやいや、その考えの方がおかしすぎですわ。

 その考えは実に素晴らしいとヨウヒメは思う。

 ストイックの権化。理想がとてつもなく高く、それに向かって邁進してきた彼の姿はとても素晴らしい。

 だが、それは明らかに過剰すぎる。

 人間が求めるべき分を遥かに逸脱している。

 一体、どうすればこんな風な理想を持つのだ。どんな話を聞かされればあの(・・)先代勇者たちがそんな化け物だと思うようになるのだ。

 勇者は決してそんな化け物ではない。彼らもまた人間だった。

 神滅魔装を斬ることなんてできないし、決して敵を一撃で屠ってきたなどとは言えない。

 苦戦しながら、血反吐を吐きながらも諦めない不屈の心で立ち向かってきた。

 それが先代勇者たちだ。

 だからこそ、魔族は苦戦した。自分たちと似たような者たちだったからだ。

 窮地に陥れば陥るほど、彼らは強くなった。

 ――まだだ!

 彼らは負けそうになるとそういって、逆転してきたのだ。

 ただ、人類の為にという執念で。

 決して弱いわけではない。彼らも尊敬すべき勇者たちだ。

 今でも、魔王城には歴代勇者の肖像が飾られ、多くの者がそれを見ては、かつての彼らの雄姿を思い起こす。

 王都には勇者を題材にした歌劇があるほどだ。どの勇者の物語もとても人気だ。

 彼らは良い好敵手だった。もう戦えぬのが残念と思うほどに。

 戦ったことのあるヨウヒメやオールド・グッドマンがそういうのだから間違いではない。

 そして、アルスはそんな彼らの中で最も強いと言っても過言ではない。まず間違いなく最強だ。

 その才能は凄まじい。そもそも神滅魔装を持ち出されてそれでも人間が生き残るなどありえないのだ。

 あれに振れれば魔力密度と吹き荒れる暴風に殺される。

 だというのに、彼は生きている。あろうことか、神滅魔装を斬り裂くまでに至っている。一体どれほどの才能と努力を行えばその領域に至れるのだ。

 おそらくは、妥協せずに自分を極限まで追い込んできたのだ。何十年も、老いて死する直前まで、ただ魔王を倒すという目的のみを見つめてやってきたのだ。

 それを可能とする才能を才能と言わずして、そんな男を最強と言わずしてどうする。

 間違いなく彼は勇者最強だ。

 ――でも、彼はそれを認めない。

 自己評価が低く、理想が高すぎる。

 そんな彼は自分が何を成しているのかをわかっていない。どれほど凄いことをしていると思っているのだ。

 有史以来変わることなく存在していた十将軍を二人も殺して、弱いなど口が裂けても言えないだろう。

「でも、君はそんなこと言われても信じられないだろうね」

 ――そうですわね。

 オールド・グッドマンの言うとおり。きっと彼自ら強さに気が付くのはその魔王を下したときくらいだろう。あるいは、永遠に気が付かないのかもしれない。

 それでも良い。既にヨウヒメは彼と共に行くことを決めた。どのようになろうとも、彼の最期を看取るまで、あるいはこの身が果てるまで一緒に逝くのだ。ツァリーヌも同じ覚悟であろう。

「…………」

「おっと、怒った?」

「やらんのか。なら宝珠を渡せ。ここで斬る」

「あー、はいはい。わかったわかった。やろうやろう。君とは大舞台で戦って見たかったけど、まあ、いいか。見届け人は幸い、二人はいるみたいだしね。勇者アルスの歌劇とか、作りたいから映像記録に残せる――あ、そうか転移すればよかったんだった。いや、失念失念。じゃあ、行こうか――」

 彼が柏手を打つ。それだけで、転移陣が起動し、次の瞬間には別の場所にいる。

 そこは闘技場だった。既に大観衆が押しかけている。

「さあああ! 勇者アルスとこのぼくオールド・グッドマンの対決だ! 世紀の戦いだぞ、見届ける準備は出来ているか!」

 オールド・グッドマンが声を張る。それだけで、闘技場を揺らすように大歓声が巻き起こった。

「これは良い席を確保してくださいましたわね」

 貴賓席。それも特上の席をヨウヒメとツァリーヌはあてがわれていた。

「あの、グッドマンさんは、どうしてこんなことを?」

「あなた……。はあ。まあいいですわ。グッドマンは暇が大っ嫌いですの。だから、時々こういうイベントをやりますわ」

 ――今回もその一環ですわね。

 ちょうどよい相手がいたから、誘ってみた。もともとここまで持ってくることは決まっていたはずだ。そうでなければここまで観客が押しかけているはずがないだろう。

 その理由は、単純に面白そうだから。彼の行動原理などそれで説明が付く。

 面白ければそれでいい。誰よりも長く魔王とともに生きてきた彼は面白いことが何よりも好きだ。

 だからこそ、面白さの権化であるアルスに対して黙っていることなんてできなかったのだろう。

「さあ、賭けますわよ」

 ――ならばこちらも乗るまでですわ。

 勝つと信じている。ならば全力で賭けてみるのも一興だろう。

「そうですね。じゃあ、アルスさんに」

(わたくし)も賭けますわ」

 貴賓席にいたボーイに賭け金を渡す。あとは結果をご覧じろ。

 大舞台が始まる。 

「さあ、始めようか。十将軍が一人拳のグッドマン」

「……勇者アルス」

「いざ尋常に――勝負」

 ゴングと共に試合が開始された。

 まず飛び出したのはオールド・グッドマンだ。

 魔装を展開する。身体の上に円を描く。そこから魔装が召喚される。篭手と脚鎧。たったそれのみ。緑色の燐光を放つそれが装着される。

 あると言えばマフラーとハチマキくらいか。あとはそれ以外いらぬとばかりにそのまま。魔装の術式防御があるために問題はないだろう。

 ――普通なら、ですわね。

 だが、相手は普通ではない。相手は勇者アルスだ。彼の剣戟は術式防御なんてものともしない。

 ――でも、オールド・グッドマンなら問題になんてしないですわよね。

 両腕を少し広げた独特のファイティングポーズで笑みを浮かべるオールド・グッドマン。

 準備が出来ると同時に彼の姿は砂煙をあげて消え失せた。縮地だ。

 遠方から見ているからこそ分かる。彼の姿は次の瞬間には、アルスの背後へと現出している。

 右拳を握り込む。拳を握り込むことを阻害しない篭手の機構がガチャリと音を鳴らした。

 ぎちぎちと引き絞られる弓のように振りかぶられ、振るわれる右の拳。

「おお」

 それに対してアルスは反応する。鍛え上げられた戦闘勘。話に聞いた秘境での修行の成果。

 秘境と呼ばれる魔王様ですら手を出すのを面倒くさがるほどの大地での修行。四六時中弱い人間であるアルスを喰らおうとする魔物たちに襲われていたのだ。

 魔族であれ、魔物であれ、人間であれ。攻撃する時は殺気が出る。それはどんなに巧妙に隠したところでどうしようもないものだ。

 要するにアルスはそれを即座に感じ取って反応している。

 ――つまり、弓の一撃だろうとも反応できるってことですわよね。

 知れば知るほど好きになって行く男だ。最初からぞっこんのツァリーヌもいるが、ヨウヒメはまだそこまで行っていない。

 好みではある、その子を孕んでみたいとも思うが、気持ちが本気で熱するにはもう少しかかる。

 反応したアルスは、振り返ると同時に剣の柄で拳を受ける。

 拮抗はしない。むしろ、何もせずその力だけを受ける。

 殴りつけられた剣はアルスの右腕から真っ直ぐに飛翔しようと飛び出す。

 あろうことか左手でアルスはそれを掴んだ。

「うそお!?」

 オールド・グッドマンがあまりのことにそう叫ぶ。

 しかも、勢いを殺すことなどせずにそのまま勢いに方向性を与えてやる。アルスの身体が回転する。

 右脚を軸にして回転。高速で撃ちだされた刃の分、その回転は速くオールド・グッドマンを襲うことになる。

 ――流石ですわ。

 力が足りないと思っている。だからこそ、相手の力は余すことなく利用する。

 その身体操作技術に舌を巻く。相手の力を完璧に受け流して利用するなど、身体を壊さないようにやることがどれほど難しいか。

 ましてや魔族の中でも拳打の一撃が最も重いオールド・グッドマンの一撃だ。それを完全に受け流して攻撃に転用するなど流石は勇者と讃えられてしかるべきだ。

「さっすがあ!」

 オールド・グッドマンが賞賛する。

「…………」

 ――あ、そんな賞賛するなっていま思ってますわね。

「でもねえ!」

 これでも十将軍でもトップクラスの近接格闘技術を持っているのだ。迫る刃の下から左の拳打を打ち込む。

「む、さっすがに折れないか。普通ならあそこで堪えようとするんだけど、流石は勇者だね」

 そのままに任せて吹っ飛ぶアルス。着地して剣を確かめるが折れてはいない。

「…………」

 ――ああ、自虐してますねアレ。

 ――それが分かってて言ってるオールド・グッドマンも意地が悪いですわ。

「さて、んじゃ、もうちょっと速くしてみようか」

 宣言通りオールド・グッドマンは速度を上げる。

 縮地による高速踏み込みからの無拍子の拳打。下から抉り込むかのようにアルスの顎を狙う。

 それを首だけ動かして躱す。

 躱して、掌底をオールド・グッドマンへと叩き込む。

「アハっ!」

 全身の力を使われての一撃。しかも、

 ――発勁ですか。

 剣だけでなくそんなものまで習得しているとは流石だ。

 発勁。

 それは相手の体内に力を伝播させる打撃の打ち込み方だ。徹しと呼ばれる技術からの発展であり、硬い相手へ打ち込む時にこれほどふさわしいものはない。

 アルスはわかっていたのだ。拳の間合いになると。そうなれば己は剣を使えない。生身では魔族を害することなどできないことがわかっていたのだ。

 自己評価は低いが、その判断は間違いではない。だからこそ、通す為の拳打を選択した。

 そうして、軽く間を開けることによって、剣の間合いへと出した。

 発勁により内部にわずかながら損傷を負ったオールド・グッドマンの身体は少しであるが浮いている。

 そこに容赦なく刃が振り下ろされる。断頭刃のように振り下ろされる漆黒。

「まだまだ」

 勢いよく腕を回して身体を回転させるオールド・グッドマン。

 そのまま蹴りを放ち振り下ろされる剣を蹴り上げる。

 空中であるためほんの触る程度であったが、それでも剣は跳ね上がる。少しの抵抗(・・)をもって。

 次の瞬間には、次の振りおろしが来ていた。

「持ち替えましたの?!」

 ヨウヒメは見た。跳ね上がった剣。握っていた右腕も同様だ。それを戻す頃にはオールド・グッドマンは更に別の行動に入るだろう。

 だから、そのまま蹴りを受けた瞬間、一瞬だけそれに抵抗して剣を上方へ。

 蹴りの威力はその抵抗で殺している為にうまく上へと上がる。

 そこに待機していた左手で剣を受けとり再度振り下ろしたのだ。

 ――この振り下ろしは躱せませんわ。

 なにせ防いだ瞬間に次の一撃が来ているのだ。

 このクラスの達人の戦いにおいては、それを躱すことはほとんど不可能。オールド・グッドマンはですら例外ではない。

 漆黒の斬線が走り、オールド・グッドマンを両断する。

 だが、

「いやー、また殺されちゃったよ」

 両断されたオールド・グッドマンとは別にオールド・グッドマンが現れる。

「お前、いったい何人いる」

「わああ、わかるんだ、うん、教えてあげよう」

 オールド・グッドマンが指を鳴らす。すると闘技場に現れるのは97人のオールド・グッドマン。

「機械仕掛けの魔族か」

 アルスがちらりと下に視線を動かす。そこにある死体を見る。血が一滴も流れていない。そこにあるのは、機械で出来たオールド・グッドマンだ。

「そう。ぼくはいっぱいいる。まあ、今は百で、君に殺されたから僕を含めてあと98人。一人軍隊とかそういうのがぼくの二つ名だったな」

 それがオールド・グッドマンだ。

 機械種と呼ばれる特殊な魔族の彼は自らを増やすことができる。寸分たがわぬ己を持つことによって、今の己が死んだ場合、別の己があとを引き継ぐのだ。

 つまり、殺したところで意味はない。真の意味で殺すのであれば、ここにいる全てのオールド・グッドマンを殺す必要がある。

「そうか」

 アルスはやる気だ。もといできることは一つだ。

「全て斬る。それだけだ。まとめてかかってくるも好きにしろ」

「はは、まさか。ぼくは一対一で戦うよ。その方が楽しい」

「たわけめ。そのような嘘が通ずるものか」

「あ、っそう? なにせ、全部ぼくだからね。百体いようがぼくという存在は一人だから、一対一。これ、結構引っかかる人多いんだよ、なんでわかったの?」

「そうなら後ろの奴らの殺気を隠すのだな」

「ほー、そうか。うん、参考にさせてもらうよ」

 そういうことなら遠慮はいらないねとばかりに、98人のオールド・グッドマンがアルスへと殺到する。

 アルスは一人一人処理していく。放たれる拳打をいなし、打撃の方向を変えて同士討ちも狙う。

 一人、また一人とオールド・グッドマンは減って行く。それに比例するかのようにアルスの傷も増えていった。

 誰もが固唾を飲んで見守る。

 アルスの傷は深い。肋骨が何本折れているだろうか。左腕の骨はとっくの昔に折れていた。足の傷も深い。

 だが、アルスの瞳は前を見続けている。

 襲い来るオールド・グッドマンの攻撃を最小の動作で躱し、最小の動作で斬りつけて倒していく。その数は半数を超えて全滅への道を進んでいる。

 その間もオールド・グッドマンをの拳打はアルスの肉体を抉り折っていく。 

 いったいどれほどの致命傷を受けただろうか。それでもアルスは倒れない。

「あははは、やっぱり君は勇者だよ! その瞳こそが勇者の証だ!」

 絶望的な状況でなお前を向き、自らの勝利を疑わないその真っ直ぐな瞳こそが勇者の証。

 オールド・グッドマンは加速する。

「ぐっ――」

 血しぶきが上がる。

 脚が完全にイカレたようだ。避けることはできない。自由に動けない。

 これで詰み。

 いや、

「まだだ――」

 アルスの声が響く。

 どこにそんな力が残っているのか。老いているとは到底思えぬほどの速度で剣が振るわれる。彼の剣戟は鋭さを増していた。

 殺到するオールド・グッドマンを彼の剣閃が切り裂いた。

 さながらそれは剣の結界。振るわれた刃の間合いに入った瞬間、尽くが斬り捨てられた。

「最後だ」

 全身から血を流し満身創痍のアルス。しかし、それでもその瞳の意思はまったくと言ってよいほど変わっていない。

 ――あ、もうこれ駄目ですわね。

 ヨウヒメにも完全に火が点いた。種火としてくすぶっていた火が大きく燃え上がる。

「もっと見せてください。(わたくし)にその雄姿を」

「あ、ヨウヒメさんが本気に。うぅぅ、私も頑張らないと。がんばってください、アルスさん!」

 その声援は決して届かない。

 だが、関係ないだろう。アルスは既に覚悟を決めている。

 立ちふさがる全てを斬って、魔王を倒すのだと。

「良いよ、ああ、良い。実にいい。久しぶりの高揚だよ」

 ゆえに、本気を見せよう。オールド・グッドマンの声が風に乗って闘技場に響き渡った。

 数百年ぶりの高揚が更なる力を呼ぶ。意気高揚。魔力を発生させる魔心臓は、何よりも強くその高揚に合わせて速く、速く鼓動を刻んでいる。 

 生成される魔力は既に、通常時の数十倍以上。

「――来たれ神滅魔装ラグナロク、我が半身ポリュデウケース!! 我が心を燃焼させ、我が魔装は駆動する――!!」

 かつての戦乱においても最終局面においてのみ使用された真なる魔の武装がその姿を現す。

 これより先は神滅巨人闘争ティタノマキア

 超常の力が彼方の空より現出する。

 これが魔族が畏れられ、この大地を制覇するに至った理由。上位魔族しか扱えぬ魔装の次なる段階。

 数十メートルの人型。武器ではない最初から人の姿。全てを打ち崩す拳打の形。

 如何な上位魔族であろうとも、これを戦いの場で出すことなど稀だ。そこまで魔心臓は加熱せず、意気は燃焼しない。

 だが、この場においての相手は勇者アルス。強敵だった。

 滾ったのだ。忘れかけていた闘争の日々。

 血沸き肉躍る戦いこそが、魔族としての本能に火をつける。

 神々に挑み、全てを崩壊させる黄昏の種族の在り方を思い出させる。

「一撃で決めよう。言葉はいらないだろ」

「応――」

 人の身でこれに抗うことなどできない。

 だが、世界を滅ぼす力を前にしてアルスは引かない。

 これを斬る。そうでなければ勇者ではない。

 勇者は誰よりも輝き、鮮烈な希望でなければならないのだ。その背にて希望を示す。それこそが勇者。

 ならばこそ、彼はやるのだ。

「勝つ。勝つのは――俺だ」

 勇者としての矜持をもって叫ぶ。

 剣の柄を更に強く握る。悲鳴をあげるかのように剣が軋んだ。

 今度こそ勝利するとその軋む剣が告げている。

「行くぞ」

「来い」

 小型の神滅魔装ポリュデウケースが疾走する。大気を引き裂き、暴風の刃が無意識の刃となりながら、大地を揺らしてアルスへと必殺の拳を叩き込まんとする。

 ポリュデウケースの握りしめた拳が展開する。右の腕が展開され、莫大な魔力が放出される。それに従ってポリュデウケースが加速した。

 他の神滅魔装よりもポリュデウケースは小型だ。だが、弱いわけでは決してない。

 突撃していたポリュデウケースは消える。

 縮地。オールド・グッドマンが最も得意とする歩行技術を駆使してアルスの背後へと現出する。

 奇しくも最初の攻防と同じ構図。

 違うのは、アルスがそのまま反応して刃を振るったことだ。

 斬線が静かに走ったのをアルスは見たのだろう長く伸びた斬線を。

 身体を回転させてその勢いのまま握り込んだ剣を振るう。

 漆黒の軌跡を描き、刃は走る。

 何の音もない。ただするりと感慨もなく剣はポリュデウケースの拳へと入る。

 リィィンと、鈴の音が鳴り響く。

 剣の言葉が響く。

「まだだよ――!」

 半ばまで切り裂かれた右腕。

 それを無視して左腕の拳が唸る。

 大気を抉り巨大な剛腕がアルスへと迫る。

「アルスさん!」

「アルス様!」

 ツァリーヌとヨウヒメの叫びが貴賓席に木霊した。

 このままではアルスが死んでしまう。そう思った。

「まだ、まだだ――!!」

 だが、この勇者はまだ諦めてなどいない。

 非才で未熟な身で魔王に抗うのだ。諦めの悪さは誰よりも上だ。

 彼は今も自らの未熟に泣いている。

 このような事態になる前に一刀両断できぬ己を恥じている。

 だからこそ、彼は折れた左腕を意思の力で無理矢理動かす。

 無理に動かしたせいで複雑に折れ曲がる左腕。だが、知ったことかと彼はその腕で剣を握る。

「オオオオオオォォォォォ――――!!!!!」

 勇者が吠えた。

 そして、そのまま振りぬいた。

 斬撃が走る。

「ハハ――見事」

 右腕を引き裂き、そのまま迫る左腕すらも斬り裂いた。

 そして、そのまま剣を振り下ろす。

 斬り裂かれた装甲。その中のオールド・グッドマンを彼は斬った。

 神滅魔装が消えて、あとには切り裂かれたオールド・グッドマンが残る。

 そして、大歓声が闘技場を揺らした。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 あの後、倒れたアルスは闘技場の医務室で治療を受けていた。

 流石は魔族の治療というべきなのだろうか。治療魔法のおかげであれほどの重傷がすぐに完治だ。

 失った体力までは戻らないから少なくとも明日まではここにいなければいけないらしいがそれでも傷が治ったのは良いことだろう。

 だが、それは良いのだ。問題は、

「いやー負けた負けた。凄いねーやっぱり」

 寝台の横で楽しげに笑っているオールド・グッドマンだ。

「全て斬ったはずだが」

「うん、古いぼく(オールド・グッドマン)はね。今のぼくは最新式のニュー・グッドマンとでも言おうかな。まあ、ただのグッドマンの方がいいか」

「全て無駄だと」

「まさか。きちんと君はぼくを殺した。それは賞賛されるべき事実だ。君はきちんと魔王の宝珠を砕いた。ほら、これが証拠」

 砕けた白い宝珠の欠片を彼は差し出す。

「そうか」

 ならばアルスに何も言うことはなかった。

「いやー、本当にいい勝負だったよ。君は良い勇者だ」

 ――そんなはずがないだろう。

「いやいや、そんなはずがあるよ。君は強いんだ。自信をもっていい。ぼくや、ツァリちゃん、ヨウちゃんがそれを証明してくれるさ」

「世辞などいらん」

 所詮、敵を一撃で屠れぬ弱い勇者だ。先の戦いも辛勝だ。

 圧勝できぬ時点で勇者失格。そんな身に受ける評価など全て過分だ。

「まったく君ってやつは、本当にあいつに似てる。見てて心配になるよ。んー、そうだね、心配だからぼくもついていってあげよう」

「勝手にしろ」

 誰が増えようがアルスには興味がない。ただ魔王を斬る。それだけだ。

「そういうところが心配なんだよ。ほら、そこの健気な二人にいい加減世話になりなよ」

「はい、どうぞあーんしてくださいまし。大丈夫でしょうが念のために」

「あー! ヨウヒメさんズルいです!」

「ふふふふ、こういうのは早い者勝ちですわ」

 何やらアルスに料理をどちらが食べさせるかでもめているヨウヒメとツァリーヌ。

「あの二人は何をしているのだ」

「駄目だこりゃ。はー、本当、変なところまでそっくりだな、君は」

 ぎゃーぎゃーわめくツァリーヌとヨウヒメを見てわけがわからないアルスと、そんな彼を見て苦笑するグッドマン。

「なんだか楽しくなりそうだね」

 そんなグッドマンの呟きは、病室の窓から天高く昇って行った――。


勇者パーティー(笑)完成の巻。

勇者、拳士、弓兵、魔法使い。ほら、勇者パーティー(笑)でしょ。まあ、ほとんど魔族ですけど。

全員年上キャラで書いている私にとってはとても天国みたいなパーティーです。


次回はチーム戦でもしてみるかな。良い感じに勇者パーティーが出来上がったし。そうすると、次は鎌か。

まあ、予定は未定です。

ではまた次回。


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